最終話 魔王、世界を救う?
峠の岩場で、魔王ルシフェリアと勇者アルトは向かい合っていた。
山頂を吹き抜ける風が、互いのマントを翻す。
「魔王ルシフェリア! 貴様こそがこの世界を――」
「滅ぼさん!」
食い気味に遮った。
「お前こそ、世界いったん消す?とか言っとたじゃろ!」
「違う。もっといい世界にするんだ!」
「それ、先々代の魔王が言っておった話と同じじゃぞ……」
「おれは気づいたんだ。もっと癒しがあって、ライーンの既読スルーが続いたとしても気に病まない、そんな優しい世界があっても悪くないんじゃないのかって。それには世界を一回滅ぼすのが一番いいんだ!そうすれば、おれの黒歴史もついでに消える!そうだろう!!」
「こいつの理想の世界って何なんだろうな」
モブがいう。もうシドじゃなくてモブでいいや。
「お前こそ、魔王だったら世界滅ぼそうとするだろ、普通するだろ?」
「テンプレにはめるな。そんなことしたら、世界から猫がいなくじなるじゃろ。猫こそすべてじゃ。ラブアンドキャットじゃ。
妾は猫がのんびり昼寝できる世界を作るために戦っておるのじゃ!」
「おれの存在意義がなくなっちゃうだろーーーーー!!」
勇者アルト、ここにきて器の小ささが明確になってくる。
「ん?……猫?」
勇者が反すうする。
「うん。猫」
沈黙。
アルトがぽつりと呟く。
「俺も……猫は好きだ」
「ほう」
「小さい頃、野良猫に命を救われたことがあってな」
「……それは妾と似ておるのぅ」
目が合い、わずかに柔らかくなる二人の表情。
背後でシドがひそひそ。
「おい、これ、和解するんじゃねえか?」
「にゃー……」
謎の鳴き声が混ざったが、誰も気にしなかった。
そのとき、アルトの背後に浮かび上がる巨大な魔法陣。
「……その呪文は?」
ルシフェリアが眉を上げる。
「これは世界消滅魔法の残骸だ。レアアイテムがなくなっちゃったから早くキャンセルしないと」
「「それをまずやれ!!」」
アルトが遠い目をする。
「さっき素材袋を落としたとき、魔法式がちょっとズレたかもしれん」
嫌な予感とともに、魔法陣が一気に輝きを増す。
光が弾け、世界を包み――
⸻
次の瞬間、ルシフェリアの頭上に、ふわふわの三角耳が生えていた。
「……なんじゃこれは」
「……お前、似合ってるぞ」
アルトも耳ピコ状態。
シドも耳がピクピク。
「俺までかよ!」
峠の下では、乱戦中だった応援隊と討伐隊も一斉にネコミミ化。
「な、なんだこのかわいさは……」
「いや違う、油断するな!」
「にゃー!」
言った本人が鳴いた。
「お、お前も鳴いたぞ!」
「嘘だろ!?」
「にゃあ!」
どちらの陣営も混乱し、殴り合いは一時中断。
そして――
「……猫耳か」
「……猫耳だな」
妙な共感が生まれ、敵味方が同時に頷く。
「やっぱ、猫は正義だな」
「わかる」
握手する応援隊と討伐隊。
だが、次の瞬間――
「……でも魔王の耳、やけに小さくない?」
「胸も耳もぺったんこってことか」
「誰がぺったんこじゃ!」
和解は即終了した。
⸻
リゼットも例外ではなかった。決めポーズのまま、耳がぴょこんと揺れる。
「これぞ真の闇の契約……にゃー!?」
自分の声に赤面し、さらに決めポーズを繰り返す。
シドが呆れ顔でつぶやく。
「すっっっげえ綺麗なのに、どうしてこんなに残念なんだろうな」
「リゼットおばさん、その耳……魔族でも珍しい形じゃな」
「おばさんと言うなー! 私は独身だ!」
「いや、親族の呼び方として、妾にとって、おばさんなんじゃよ。10代でもおばさん。年齢的にもおばさん。」
リゼットが崩れ落ちる。しかし、どこか決めポーズっぽい。
厨二病もおばさんが発症すると完全に痛い。
リゼットを無言で凝視していた魔王は正気に戻る。
「……アルトよ。このままでは世界が猫耳のままになってしまう。妾が何とかしよう」
ルシフェリアがぺったんこの胸を張る。
「行くぞ。妾の力を最大限利用して――!!」
天を突くほどの魔力が集まり、空が紫に染まる。
魔王の横で、なぜか決めポーズを次々にするリゼットおばさん。完全に振り切れている。
「極大魔法――全解除・世界生誕の宴<キャンセル・フェスティバル>!!」
まばゆい閃光が走り、耳の根元にじんじんとした感覚が広がった。
……そして静寂。
「どうじゃ。民は取れたか?」
シドは恐る恐る指さす。
「いや、耳はついたまま……しかも……」
ルシフェリアの腰から、ふさふさの尻尾が一本、ぴょこんと生えていた。
「……なんじゃこりゃあああああああああああああ!!!!!」
その場にいた全員の腰からも同じく尻尾が生え、峠は耳と尻尾だらけに。
「にゃあ!」
「みゃー!!」
「しっぽ動く!かわいい!!」
討伐隊も応援隊も、自分の尻尾を追いかけてグルグル回り始める。
しばらくすると、応援隊と討伐隊も合流し、峠は――猫耳の応援隊 vs 猫耳の討伐隊 vs 猫耳魔王と仲間たち、の地獄絵図と化した。
「……よし、行くぞシド」
ルシフェリアは土煙を巻き上げ、混乱の中を抜け出した。
アルトは尻尾を振りながら半笑い。
「……これ、悪くないかもしれんな」
「よくないわあああああ!」
魔王の悲鳴が峠にこだました。
こうして世界は滅びなかった。
ただし全員、猫耳つきになったままで――。
それでも世界は息づいていた。
戦場に積もった灰は消え、海は青く澄み、山の緑は陽光を受けてきらめく。
子供たちは尻尾を揺らしながら駆け回り、商人たちは耳をぴくぴくさせながら笑いあう。
猫耳の王は剣を置き、猫尻尾の魔王は玉座から立ち上がった。
台地は温かく、空はどこまでも高い。
―――だれもが、もう一度世界を選び直した。
なお、猫耳が消える日は二度と来なかった。
次の更新予定
毎日 10:00 予定は変更される可能性があります
魔王ですけど世界を守ります……勇者から! ヒカリ @koalapantagon
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