「仁慈な復讐」

@k-shirakawa

本文(完結・2845文字)

幼稚園から中学まで壮絶ないじめに遭っていた美智子は数十年後、そのいじめの主犯格の義男とイジメをされていた時の担任の石川先生に縁をした美智子の復讐とは?


義男は幼稚園から中学まで同じクラスで、どういう訳か女子の美智子だけをターゲットにしてイジメていた、この義男やその取り巻きの男子は彼の親が代々から受け継いだ地場産業の業績の良い会社の社長で、更にはPTA会長だと言う事で義男に忖度して、美智子に「エンガチョ」や「汚い、臭い」などと言っていた。


小学校に入るとクラスの女子も巻き込んで美智子の悪口を言いふらしていた。


「美智子のお父さんは泥棒で警察に何度も捕まっている」


「美智子の家は貧乏で風呂に一週間に一回しか入ってないから不潔だ」


「美智子はコンビニで万引きをしていた」などなどだ。


現代なら教育委員会が介入するレベルのいじめや嫌がらせを受けていた。


美智子の父は前科など一切ない善良な市役所勤務の職員だった。  


市民に対して誠実に職務をこなしている父親に対し、美智子はいつも尊敬していた。


それだけに両親にはいじめを受けている事は言い出せなかった。


義男の所為で学校でもいじめにあったが美智子はスルーしていた。


反論せずスルーしていたのがいけなかったのか、結果的に美智子は幼稚園から小中学校時代の11年間、学校でも孤立していじめを受けていた。


義男の親は小中学校全てでPTA会長だった事でいい気になって美智子を徹底的にイジメていた。


中学校の個々のロッカーには鍵はなかった。


ある時に義男のカバンから現金が無くなったと言って


大騒ぎになり、義男が剛士たけしに嘘の証言をさせて、


「美智子が盗ったところを見た!」と担任に言った。


それどころか、その日は美智子の現金が無くなっていて、カバンはカッターで切り裂かれて、


下駄箱の靴には画鋲が入っていた。


それも義男がやった事だった。


担任の石川先生はPTA会長の息子の義男と、その取り巻きの剛士が言ったので、それを一方的に信じて、美智子に謝罪と弁償金を出させた。


流石の彼女も、これだけは我慢が出来ず両親に訴えた。


しかし剛士が激しく嘘をついた事で、両親は謝罪して弁償させられる羽目になった。


靴に入れられる画鋲は、二度目以降は必ずチェックしてから履くようにした。


カバンは流石に悲しくて両親に言えなかったので透明のガムテープを貼り付けて通った。


それを見た義男は、「貧乏な家だから金を盗んだ。新しいカバンも買ってもらえないんだ」とまた言いふらした。


その後もイジメはエスカレートして、体操着にマジックで、「バカ」とか「死ね!」などと落書きされたが、この事を両親に言えば、また謝罪しなくてはいけなくなるのを恐れて言えずに、その体操着を着てそれ以降も体育の授業に出ていた。    


通学用の自転車のタイヤに釘で穴を開けられて、連日パンクさせられたのには参っていた美智子だった。


美智子は一時間以上も歩いて中学校に通っていたことで、足腰が鍛えられて筋力が付いた、結果的に中学校で短距離では男子も抜いて学年で一番になっていた。


修学旅行の時には義男が健司にやらせて、ぶつかった振りをして背中を押されて線路に突き落とされた。


それ以降はクラスメイトたちと電車で移動しての学習会などに参加をする時はホームに電車が入って来るまで、列に並ばずにホームの壁側にくっ付いていた。


担任の石川先生は美智子が、いじめられている事を知っていたにも関わらず、義男やその取り巻きを注意する事は中学を卒業するまでなかった。


担任の石川先生は義男の親のPTA会長が校長に言い付けられるのが怖かったからで、生徒を見殺しにする事が平気な人だった。


しかし、美智子は学校で短距離が一番早かった事で、陸上部の顧問の先生が陸上の強い高校に推薦をして美智子は受験勉強をせずに高校に特待生として入学が出来た。


卒業時に担任の石川先生は他の生徒には色紙に偉人の言葉と自身のサインをして渡していたが美智子にだけは一言もなく色紙も貰えなかった。


美智子は高校では義男たちと離れた事で陸上部に入部し良い成績を残し、大学も推薦で入学し、高校大学を有意義に過ごし卒業した。


そして市役所の採用試験に合格して父と同じ市役所に入職した。


そんな美智子もアラフォーになり市役所の生活保護課の課長として勤務していた。


定年退職した父もこの課の課長職を歴任して誠実に職務を行った事を聞いていて、美智子は父を尊敬していた、彼女も一所懸命にそして市民の為に身を粉にして誠実に勤務した。


この不景気による会社の倒産に伴った失業者が多く課の窓口に相談に来ていた。


また不正受給の人たちも多く、その見極めにも苦労していた時期でもあった。


いつもは課員が相談窓口に座るが、その日は有給を取った職員が二名いた事で課長の美智子が相談窓口に座っていた。


美智子は、市役所生活保護課の課長として、誠実に職務をこなしていた。父もかつて同じ課で働いていた。父の背中を追い、彼女は市民のために尽くす日々を送っていた。


アラフォーの男性が席に座ったので、美智子は「生活保護課の美智子です。宜しくお願い致します」と言った。


「あの……生活保護の申請に来たのですが……」と弱々しい声だった


くたびれたTシャツ、白髪混じりの髪、色の変わったスニーカー。その姿に、美智子は一瞬、時が止まったような感覚を覚えた。


「生活保護課の美智子です。よろしくお願いいたします」


男性は顔を上げた。弱々しい声で言った。


「あの……生活保護の申請に来たのですが……」


その顔に、見覚えがあった。幼稚園から中学まで、十一年間、美智子を執拗にイジメ続けた男――義男だった。


義男は気づいていない。美智子が旧姓から変わっていることに。


美智子は微笑みながら言った。


「お久しぶりです。田崎美智子です。その節は、大変お世話になりました」


義男の顔が青ざめた。ネームタグを見て、蚊の鳴くような声で言った。


「課長さんに……なられたのですね……」


美智子は頷いた。義男は、父の会社の倒産、両親の病、自らの失業を語った。かつての栄光は消え、今は生活保護を申請する立場になっていた。


美智子は静かに話を聞いた。彼の過去の行いを思い出しながらも、怒りではなく、憐れみの目で見つめた。


「よく分かりました。検討いたしますね」


その言葉に、義男は深々と頭を下げた。


美智子はすぐに上司に掛け合い、申請を通すよう動いた。彼女には拒否する権限もあった。だが、それをしなかった。


それが、美智子の『復讐』だった。


彼女は、陰湿な仕返しではなく、誠実さで返した。父のように、市民のために尽くす職員として。


数ヶ月後、美智子は市教育委員会に出向した。そこで、かつて中学時代の担任の石川先生が教育長候補に挙がっていることを知る。


美智子は、過去のいじめと石川の黙認を証言した。その結果、石川は候補から外され、教育委員会でも尊敬を失った。


美智子は、今も市役所で市民のために働いている。

その姿は、かつてのいじめられっ子の少女が、誠実さで世界を変えた証だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「仁慈な復讐」 @k-shirakawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画