最終話 かけがえのないものを手に入れました

 ある日、大型音楽番組の生放送がテレビから流れていた。ジャンヌ・ダルクは、その特別番組のメインパフォーマーの一人として、矢場芽衣子と共に堂々とステージに立っていた。10時間におよぶ生放送の終盤に登場した二人。白いライトを浴びながら歌う彼女の声は力強くも優しく、まるで夜空に浮かぶ星のように多くの視聴者の心を照らしていた。


 その様子を、井田家のリビングで見守っていたのは、ジャンヌを迎え入れた功と奏恵だった。ソファに並んで座りながら、二人は静かに、しかし深く感動を抱いていた。


「ジャンヌは、あっという間に立派な歌手になったな……」と、功が呟くように言った。「もう日本だけじゃなく、世界でも知られる存在になって……。初めてうちに来たときは、見るからに心細そうで……あのときの姿が、まるで昨日のことのようだよ。」


 奏恵は微笑みながらも、少し寂しげに言葉を継いだ。


「そうね。立派になったのは嬉しいけど……あの子がいつか私たちのもとを去る日が来るのかもしれないと思うと……ちょっと胸が締め付けられるわね……」


 静かな夜。テレビの中で輝くジャンヌを見つめながら、二人の胸には誇らしさと寂しさが同時に湧き上がっていた。


 そんな思いを抱えていた数時間後、玄関のドアがそっと開いた。番組を終えたジャンヌが帰ってきたのだ。


「功さん、奏恵さん、ただいま戻りました。」


 リビングに入ると、ジャンヌは少し申し訳なさそうな笑顔を浮かべた。


「この一ヶ月、仕事が詰まっていて全然お会いできなくて……正直に言うと、すごく寂しかったんです。だから……これからは、少しだけお仕事の量を減らそうと思っています。もっと、二人と過ごす時間を大切にしたくて……」


 功と奏恵は目を見開いた。そんな言葉をジャンヌから聞くとは思っていなかったのだ。しかし、驚きはすぐに温かな感情に変わった。


「ジャンヌ、君がそう思ってくれるだけで、私たちは本当に嬉しいよ。」功が静かに、しかし力強く言った。「寂しい思いをしていたのなら、なおさら。君の気持ちを大切にしていこう。」


 奏恵も優しくジャンヌの手を取り、「私たちはね、あなたがどれだけ有名になっても、ずっとあなたの家族よ。寂しさを口にしてくれる素直なあなたが、私は……大好き。」と微笑んだ。


 ジャンヌの目には、自然と涙が浮かんでいた。


「……ありがとうございます。私、功さんと奏恵さんに出会えたから、ここまで来ることができました。だから……これからも、家族として一緒にいたいんです。」


 少しだけ躊躇いながらも、ジャンヌは大きな勇気を持って、口を開いた。


「あの……お父さん、お母さんと、呼んでもいいですか……?」


 その瞬間、二人の目からも涙がこぼれた。何も言わず、ただ力強くうなずき、三人はその場で自然と肩を寄せ合った。家族としての絆が、静かに、しかし確かに結ばれた瞬間だった。


 その後、ジャンヌは仕事と私生活のバランスを見直しながら、音楽活動を続けていった。芽衣子との交流も変わらず続き、時には一緒に映画を見に行ったり、ショッピングを楽しんだりと、現代の文化に溶け込む時間を共有した。


 芽衣子は時折ジャンヌに言った。


「大事なのは“自分がどこにいるか”より、“誰といるか”だよ。ジャンヌは良い家族と良い仲間に恵まれてるんだから、自信持ちなよ!」


 その言葉に、ジャンヌは何度も勇気をもらった。


 年月が流れても、彼女は初心を忘れず、支えてくれた人々への感謝を胸に、音楽を通じて多くの人々とつながっていった。ライブステージでも、テレビの中でも、彼女の歌声は人々の心に光を灯し続けた。


 かつて神の啓示に従って生きた少女は、今、愛と絆に導かれて、自分自身の意思で歩む人生を選び取っていた。


 そしてその物語は、ここで終わることなく、これからも歌と共に続いていく——

 新しい時代に生きる、ジャンヌ・ダルクとして。

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ジャンヌ・ダルクは剣を捨てたようです 飯田沢うま男 @beaf_takai

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