第8話 回想:追いかけた父の背中
その夜、闘技場は異様な熱気に包まれていた。
根城内にいるプラント盗賊団の面々だけでなく、各地から集まった荒くれ者たちがひしめき合い、血の匂いと興奮が入り混じる空気が渦巻いていた。
コツ、コツ、コツ。
喧騒の中、ロッドは重厚なブーツで石畳を叩く。その硬質な音が、ざわめきを切り裂くように響き渡り、ロッドはただ一人、まっすぐに闘技場へと向かっていた。
カミーア:「親父・・・・」
不意に背後から声がして、ロッドは足を止める。
石柱の影から、おずおずと現れたのはカミーアだった。
その瞳は不安と困惑に揺れ動き、じっとロッドを見つめている。
ロッド:「カミ―ア。どこにいたんだ。探したぞ。」
ロッドは振り返り、腫れ物でも触るかのように優しく話しかける。
カミ―ア:「・・・・なんで、決闘を受けたんだ?」
カミーアは唇を噛み、震える声で問いかけた。
ロッド:「なんでって・・・お前。」
ロッドは少し狼狽えた。
ロッド:(てっきり、シャルクスのことかと思ったんだが・・・。)
予測していたことが外れ、ロッドは戸惑った。
カミ―ア:「もう決闘なんて勝てる歳じゃないだろ。」
必死な表情を浮かべて、決闘を止めようとしているカミーアを見て、ロッドは優しく微笑む。
ロッド:「これは、ワッツが他者に力を見せつけるための決闘だ。勝ち負けは関係ないんだ。」
カミ―ア:「だけど・・。」
ロッド:「ワッツだって、そこまで本気を出さないさ。そう心配するなって。」
ロッドはそう言って、懸念をはらそうとするが、カミ―アの不安はなかなかぬぐえない。
カミ―ア:「そもそも、なんでワッツを後釜にしたんだ?」
カミ―アは口をとがらせる。
ロッド:「なんだ、お前。私の後釜になりたかったのか。」
ロッドの軽口に、カミーアは目を見開いた。
カミーア:「ンなわけないだろ!」
すかさずにツッコミ返してきたカミーアに、ロッドはフッと笑みを零す。
いつもの気の強い娘の姿に、ほんの少しだけ安堵する。
ロッド:「あいつはな、私が憧れていた男によく似ているんだ」
ロッドは静かに語りだす。
カミーア:「親父が憧れてた男?誰だよ、それ」
カミーアは興味津々といった様子で、身を乗り出す。
ロッド:「私と共にこの盗賊団をまとめ上げた男さ」
カミ―ア:「へぇ、そんな人がいたんだ。初耳だよ。」
カミ―アは感心したように目を輝かせながらも、
カミーア:「なんで話してくれなかったのさ。」
と、やや不満げに口を尖らせる。
ロッド:「・・・・いろいろあってな。」
ロッドはふっと顔を曇らせ、視線を遠くへと向けた。
カミーア:「でも、ワッツみたいに、身勝手な奴だったんだろ。」
カミーアは父親の顔色をそっと窺いながら、気遣うように問いかけた。
ロッド:「いや、ワッツ以上に身勝手な奴だったよ。」
ロッドは肩をすくめて、微笑んだ。
カミーア:「・・・あ、そうなんだ。」
あっけらかんとしているロッドに、カミーアは思わず苦笑を漏らす。
ロッド:「身勝手な奴だったが、人生を楽しんでいた奴だったよ。」
カミーア:「そりゃあ、身勝手なことばかりしてりゃあ、楽しいでしょ。」
呆れたように言い放つカミーアに、ロッドは優しく微笑みながら、ゆっくりと首を横に振った。
ロッド:「そうじゃない。どんなに辛く、過酷な人生であろうと、それに楽しんで立ち向かってた男だった。ワッツもそう言うとこあるだろう。」
カミーア:「・・・・」
ふと、ワッツのことが脳裏に浮かぶ。
カミーア:(確かに似てるな。ワッツに)
ワッツもまた、勝利に異常なまでにこだわり、どんな困難な状況でも、どこか楽しんでいるかのように挑む男だった。
カミーア:「会ってみたかったな。そいつに。」
ぽつりとつぶやいたカミーアをロッドは寂しそうに笑った。
ロッド:「私はワッツにあいつの姿を重ね合わせてたのかもしれない。だから、ワッツを後釜に選んだ。」
ロッドの言葉は静かだったが、確かな決意が滲んでいた。
カミーア:「でも、それじゃあ、余計ワッツと戦うことないじゃないか。」
カミーアの静かなで鋭い指摘に、ロッドは一瞬、視線を外した。
カミーア:「これが運命だと言うんなら、もう十分従ったよ。親父は。」
カミーアは涙まじりに訴える。しかし、ロッドはゆっくり首を横に振った。
ロッド:「これはな。私だけの運命じゃないんだ。」
カミーア:「ワッツの運命だとでも言うのか。」
カミーアも引き下がらない。
ロッド:「そうだ。そしてお前の運命でもあるんだ。」
カミーア:「・・・あたいの運命。」
その一言にカミーアは衝撃を受ける。が、
カミーア:「なんじゃ、それ。」
と、すぐにきょとんとなって首を傾げる。
その姿にロッドは微笑む。
ロッド:「そのうちわかる。今は待つんだ。」
ロッドはそう言うと、カミーアに背を向け、再び闘技場へと足を進めようとした。
カミーア:「……」
カミーアはうなだれ、自分の左手で右腕をぎゅっと抱きしめた。
ロッド:「シャルクスも、今、己の運命と戦っている。」
ロッドは背を向けたまま、静かにカミーアに語りかけた。
カミーア:「えっ。」
突然出たその名前に、カミ―アは顔を上げた。
カミーア:(いけない。シャルのこと、話し合うだった。)
当初の目的をすっかり忘れていたことに気づき、カミーアは狼狽えた。
そんな娘に父親は苦笑した。
ロッド:「だが、いずれ、また、お前の元に戻ってきてくれる。戻ってきて、共に戦ってくれる。」
カミーア:「・・・・」
カミ―アはロッドの言ってることを理解はできなかった。しかし、信じられるものだということは、よくわかっていた。
ロッド:「それまで、待っていてくれるな。」
カミーア:「……うん!」
力強く頷くカミーアを一瞥すると、ロッドは再び前を向き、ワッツとの決戦の場へと歩き出した。
カミ―ア:「……」
カミーアは、父の背が闘技場の入口へと消えていくのを、ただじっと見送っていた。
そして――意を決したようにロッドが消えた闘技場へと、駆け出した。
カミーアの姿が闘技場の闇に溶けると――
石柱の陰から、ひとりの男が姿を現す。
「……ロッドさん。カミーア」
シャルクスは二人の名を呟いた。
その瞳には、複雑な感情が揺れていた。
そして彼は、闘技場に背を向け、静かに歩き出した。
アーポット亭の黄金 春夏かなた @mon-ty
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