不敬罪の俺と『無能王女』
燈蒼
百鬼夜行
プロローグ
この世界では王族というものが存在する。国を統治し、良き政治を行う王族。
そこは他の世界と大差ない。
ただ、数ある世界の中でも珍しい特徴として、様々な異能を持っている。王族だけだ。
それは戦争を有利に行えるものだったり政治を円滑にするものだったり本当に様々だ。
しかし中には使えない能力も存在する。そんな能力を持っている者たちを世間は『無能王子』という俗称で蔑んだ。
『無能王子』は基本表に出てこないためその姿を知るものはあまり多くないが、能力が判明する五、六歳辺りで表舞台から姿を消すため、『あいつは無能王子だった』と判断される。
しかし能力は同じものが同時に存在することはないため、弱い異能を持っている者たちがいることで優秀な異能を持つ者がいると言えるだろう。
だが俺にとってそれは全く関係ない。俺が好きで関心を示すのは剣だけだ。
異能の中には別の世界を覗けるものがある。
その異能を持っている者が鍛冶屋に再現させた異界の武器、刀が最近売りに出された。
度々異界の武器を再現する王族の一人は短剣だの鉤爪だの銃器だのよくわからんものばかり作っていたがようやく剣を作ったようだ。
刀という武器を使って魔物を斬ったり素振りしてみたり試したのだが、どうにも納得できないことがある。
おそらくだが刃と峰が逆だ。それにすぐ刃が外れる。多分本来はなにかしらストッパーが付いているのだろう。
今はその能力を持っていて鍛冶屋に作らせた国王にこの武器が本来とは違うだろうということを伝えに行っている。
門番にそのことをなんとなく伝えると、なんだか質素というかなんというか、剣以外の気品というものを理解できない俺でも分かるくらい薄い内装の部屋に案内された。
無駄に飾ろうとしてたり窓と窓の間に置かれた花の種類がバラバラだったり、そんな小さなことだけれども積み重なって表に現れてしまっている、そんな感じだ。
『こんな場所で客を待たせるなんてどんな神経をしているのか』
剣以外に興味を持ったのは久しぶりだ。
『運よく王への謁見が許されることになった』
そのことを散々待たせたというのに後ろめたさを感じさせないお堅い衛兵が告げてくる。
「その『運よく』って表現はなんなの? 王の貴重さを引き立たせようってわけ?」
俺には王を敬う気持ちも無ければそういう行いの意味も分かっていなかった。
元から敬う気持ちがある人間も俺のような人間にも王に暇なんかないってのは分かっている。しかし、何故それを際立てるのか、そっちは皆目見当も付かなかった。
「事実を述べたまでのこと。今はソウラとの国交を締結する以外の仕事を止めている。そしてちょうど日報用の文書をまとめ終えられた」
「つまり暇ってことだろう。素直にそう言えよ」
腰の欠陥武器を軽く撫でて奥へ向かう。
随分と顔に出ない男らしく、衛兵は無を貫いたまま俺の案内を始めた。
王城の内部構造は内部の人間しか知らない。当然俺だって知らないし、ついでに言えば興味も湧かない。
「俺の武器。取り上げなくていいのかい」
なにも俺は王の命を取りに行くわけではない。預けろというのなら言葉での説明で十分だ。
「王の御前の前の前。そこに武器を預けてもらう」
「へぇ。そうかい」
正直絶対見直すべきと感じたが、あまり剣を作らない王だし殺されてもどうとも思わない。当人がいいならそれでいいだろう。
広く静な雰囲気を漂わせる廊下、というより道にはいくつもの扉があった。
その内いずれにも剣の気配はしない。どこかに修練場はないものか。
この国は今、かつてないほど安定している。先ほどチラッと言っていたソウラ以外の先進国はそのほとんどが国交を締結しており、もう百年ほど戦争は起きていない。
そのため、王城に入れ込んでまで訓練する必要がないのだ。
「どの角度から見てもつまんない建物だな。中からならもう少しマシだと思っていたんだが」
何気ない俺の言葉に男とのあいだの空気がピリリと震える。
震えはしたものの特にあれやこれやと言われることもなく、武器を回収するという部屋にようやくたどり着いた。
「持ち物を検めろ。そのヘアゴムは?」
この国の政治体制に一抹の不満も存在しない俺は素直に剣を手渡し、やはりこんだけ近づけば簡単に王を殺せるだろうと警備の杜撰さに軽く溜め息をつく。
「お前はヘアゴムで人を殺せるのか」
俺はこの程度のやつにヘアゴムを外せと言われれば帰る。それくらいならみんな堅物で実直に国王から言われた通りのものしか作らない鍛冶屋に直接掛け合った方がマジだ。
「まぁいいだろう。剣は全て預けたな?」
「俺の手を凶器と判断しないのならなにも持ってねぇよ」
「王の御前だ。発言を許可されるまで一言も喋るんじゃないぞ」
それに一切の反応をせず入口から案内してくれた衛兵とは別の『王の側近』みたいな雰囲気を醸し出す男の案内を受けて王の間を目指した。
なんでこうもトントン拍子で王の前に立つことになるのかさっぱりだが、刀を修正してもらうのが先決だ。
二人の側近により開かれた扉の先には、だだっ広い空間に縁を金糸で彩ったレッドカーペット、なんとも圧のない白髪の国王が存在した。
圧がないなりに威圧しているつもりなのか、鋭い眼光を送ってくる国王を遠い親戚の遺影を見る目で眺める。
隣の男が片ひざをついたのを見て、それにならい低い体勢を作った。
慣れない態勢にドギマギしていると、王があごひげを撫でながら言葉を選び始めた。
「申せ。余の耳にその言葉を挟めるのを幸運に思うがいい」
俺はその発言を聞き、片ひざを崩して立ち上がる。
「あ一。一人称だとか話し方だとか、気になる部分はあるんだが.......とりあえず置いておくとして、最近『刀』という武器を作っただろ? それの話なんだ」
瞬間、空気は凍った。
しかしながらその空気に流されない俺は空気の刀を作り出して手に取る。
「あれ、欠陥品だよ。多分刃と峰が逆だし、すぐ刃が抜けるんだ」
凍ったままの雰囲気を意に介さずまくし立てる。
「どう考えても峰を向けて振る方が楽だよ? ちゃんと試しているんだろうね。それとも、元から殺傷を目的としない物なのか?」
先程まで片ひざで頭の位置を下げていた男が立ち上がり、額に血管を浮かばせていた。
「王に対する無礼な口の利き方……万死に値する!」
知らなかったが、男はかなりの地位を築いているらしく、「捕らえよ」と一言命ずるだけで柱の影から大量の近衛が出てきた
一応隠れていたつもりらしく、自信にまみれた顔をしている。
「別に王を殺そうとしてるわけじゃないんだが…………それに、君達が武器を持ってるんじゃあ俺から武器を取り上げた意味がないんじゃないの?」
近衛の一人が持っていた剣を拝借する。
「近衛兵以外が王の間で武器を所持することも犯罪。だが、どちらにせよ王への不敬罪で死刑な貴様には関係あるまい」
へぇ。王の間で武器を所持すると犯罪、か。持たせている時点で遅いだろうな。
不敬罪で死刑……そんなもの真面目に受ける理由はない。
国一つくらい簡単に消せるし身寄りもいないから足手まといも枷もない。
「ガリオン近衛長。お言葉ですが、あれは簡単に殺すべき人材ではないかと」
近衛長。それは一般の国民が目指せる最高の名誉とされる地位だ。
そしてそう助言したのはおそらく、若いにも関わらず王の隣を許されている男として新聞に何度か取り上げられている、確か名前は、クライムとか言ったか。
まぁ今この場にいる奴らの中で一番骨のありそうなやつだ。
人のことをあれなどと言ってくれる男だが、俺の名を知っているらしいというところは評価してやってもいい。
「というと?」
こちらは知らなかったが、近衛長だったらしいガリオンと呼ばれた男が腕を伸ばして自分の兵を止めた。
「その男、アレン・オルレアンは《仮面の剣神》を倒しています」
その言葉を発した途端、空気が再び凍った。
《仮面の剣神》ねぇ。あれは見かけ倒しだった。尾鰭にさらにもう一匹ついているような程盛った評判だ。
《仮面の剣神》とは、薄気味悪い白く顔のパーツがない仮面をつけ、過去国を一つ滅ぼしたという伝説の魔物である。
そして、そこだけを切り取ったせいで過大評価された哀れな魔物だ。
実際少し調べるだけで潰した国がごく小さなものだと分かるし、実際に手合わせをしてみれば実力も明らかだった。
ヤツは、あまりにも弱い。もっと強い剣士はたくさんいる。
「王よ、私に発言の許可を」
ガリオン近衛長が王を見上げながら言った。
「許す」
「かたじけなく存じます。其の男は《仮面の剣神》を倒している。つまり国を救う力があるのではないでしょうか」
身振り手振りをつけて説明を始めた。
俺は近衛にでもされようものなら国外逃亡する。近衛ほど時間のない職業はないからな。
「しかし、危険な存在であるのもまた事実。そこで、『無能王子』の近衛にしてはいかがでしょう」
『無能王子』の……近衛。
そんなものやってられるか。
俺が守るとしたら、自分の命と剣のための時間くらいだ。
「…………よかろう。しかし、『無能』とはいえ余の子なのも確か。決定権は『無能王子』に渡せ」
「はっ」
俺は答える意味も聞く理由もない言葉を背に王の間を立ち去っていた。
そして王の間から出た瞬間、圧倒的な重力に襲われる。
「よくそんなに立っていられるね。逃げようとしなくてもいいんだ。君は『無能王子』の騎士になるだけでいいのさ」
重力、それは見えない力だ。
つまり、魔法では再現できない。
王族が持っている能力は基本見えないものが見えたり見えない力を操ることができるものだ。
魔法は才能と努力さえあればほとんど誰でも使える。だが、見える力しか使えない。
「……近衛にしたところで、逃げるかもしれないだろ……」
「無理だから選んで。この七人からだよ」
あまりの圧に動けずいると、七枚の紙、写真を目の前に出された。
そのうちの、一人。王族の男が右手の小指でギリギリ掴んでいる一人。
このときだけは重力も何も感じなくなっていた。
反抗的な……鋭い瞳に、プライドが高そうな腕の組み方。整った目鼻立ちに全てを見透かすような透き通った蒼い瞳。燃えるような赤色のドレスに髪、アクセントの黄金ブレスレット。そしてその全てのマッチ。
俺は、その女性から目が離せなかった。
人生史上一番呆けた顔をしていると思う。
口を薄く開いて目も見開いて……こんな顔したことがない。
それこそ……そう、《仮面の剣神》と戦う直前のときも、こんな胸の高鳴りを感じたと思う。
そしてこれは……そのときとは…………違う。また別の……人間らしい気持ち。
分かりやすく言うなら、俺はその女性に恋をした。
次の更新予定
不敬罪の俺と『無能王女』 燈蒼 @hiao
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