28話かもね

「あー、やだやだ。女の子にこんな重いもの持たせるなんてね。」


 ビニール袋をひょいっと持ち上げて、重いのよ?とアピールしてみせる。


「僕の現状を見て? もう持てる場所なんてないよ」


 天野は袋を5つもぶら下げてヒーヒー言ってるのに、アタシは1つだけ。

 しかも、その1つですら中身はほぼなし。


「それが何かあるの? アタシは“重い”って言ったのよ?」


 胸を張ってそう言うと、天野は呆れ顔をこっちに向ける。


「それに――あるじゃない」

 ニコリと笑って、アタシは続ける。

「咥えたら、あと2つはいけるわよ」


「歯が折れるし、咥えないよ。……持つとしたら、せめて左側だよ」


「そ、じゃあよろしくね」


 アタシはしゃがんで、天野の手にそっと触れる。


 ……ふふっ


 そのまま、ビニール袋の持ち手を引っ掛けてあげる。


 立ち上がると、髪を指先で整えて、制服の埃をパンパンと払う。


 アタシがにこっと笑うのに対して、

 天野は完全に「やられた……」みたいな顔。


「相変わらず気が利かなくて気が利くわね。アンタは。」


 そう言って、軽く手をひらひらさせる。


「ほら、頑張んなさい。ファイト。ナイスガッツ。いけるいける。……カッコいいわよ。」


 天野の苦しそうな声と、アタシの軽いエールだけが、こだまする。


 ▷▷▷


「寒い」


 白い息が出るほどじゃないけれど、指先は少し冷たい。


「11月だからね。冬が近づいてきてるって感じがするよ」


「不思議だわ。ついこの前まで暑かった気がするのに……ほんと」


 気づけば、ふたり並んで公園のベンチに腰を下ろして休憩している。


 ……急がないといけないのに。


「飲み物でも買ってきた方がいい?」

「今はいらないわ。隣に座ってなさい」


 ……早く戻らないといけないけど。


 風が抜ける音と、揺れた葉のこすれる音だけが聞こえる。


 ほんの少し、手を動かせば――

 ほんの少し、頭を傾ければ――


 触れられるのかしら、あなたに。


「四季。ちょっといいかな」


 ――っ!?


「ど、どうしたの? いきなり話しかけてこないでよ」


 目の前の天野は、真剣さと不安が入り混じった、顔をしていた。


 ……前にも、こんな顔を見たことがある気がする。


 いつだったかしら?


「体育祭のことは、ごめん」


 あぁ――思い出した。


 あの時と、同じ顔。

 だから……アタシは、勘違いしたの。


「気にしなくていいわ。もう、過ぎたことだし。それに……」


 言いかけて、言葉が喉につかえる。


「ア、アタシの方こそ……ごめん」


 いつもの、自信に満ちた声じゃない。

 語尾が震えて、だんだん小さく、かすれていく。


「ん? 何て言ったの?」


 ――あーもう……。恥ずかしくて、顔が上げられないわ。


「だ、だから……ごめんって」


 声が思ったより小さくて、自分でも情けなくなる。


「んー?」


「……っ!」


「ちょっと! いい加減にしなさいよね!」

 勢いよく顔を上げて、天野を睨む。


「あ、やっとこっちを見てくれた」

「元気もなさそうだったし、いつもみたいに勢いがなかったから心配したけど……大丈夫そうだね」


「~~~~っ!」


「あ、でも、茶化すつもりはなくて。 謝りたかったのは本当だし、長い間、四季がいなくて心配してて……」


 怒りが萎んでいく、胸の奥で別の感情が膨らむ。


 ……み、みたくもないわ。天野の顔なんて。


 天野に背を向ける形で座り直し、無意識に体を少しだけ丸める。


 胸が締め付けられるみたいに、苦しくて、熱い。


「うっさいわよ……バカ」


 胸のドキドキがうるさい。

 これ、天野に聞こえちゃうんじゃない?


 ……今、髪型大丈夫?顔、おかしくないかしら?制服も、変じゃないわよね?


 げ、ここ跳ねてる!


 朝だれ? もー……直しておいてよ。


 くし、櫛は?……なんでないのよ。


 秋音か冬乃ね。この無頓着さは。


「四季?」


 急に声をかけられて、体がびくっと跳ねる。


「あ、天野? ちょっと待ってね……少しだけ」


 跳ねてる髪を手で押さえながら、そっと天野の方を向いて返事をする。


「そ、それと……夏海でいいわ」


「え?」


「だから! ふたりっきりの時は……夏海でいい……わよ」


「誤解しないでよ!? さっきから四季、四季って分かりづらいのよ!」


 そう。これは分かりづらいから!

 四季彩葉は、4人の名前なんだから!


「まあ……四季……じゃなくて……夏海がそれでいいなら、いいけど……」


「もう一回、呼びなさい……!」


「えーっと……夏海?」


 口元が勝手に緩む。


 嬉しいとか、恥ずかしいとか、そういうのが一気にごちゃまぜになる。


 あ、、


 今じゃない!今じゃない!待って!いや!ヤダ!


 ――テレビの電源を切るみたいに、意識が消える。

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恋は1/4?愛は1/1? たかぎん @akasatanaha117

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