死ねよ、ヒーロー

楼源

死ねよ、ヒーロー

「はははははははっ!」


 大げさに、高らかに、嘲笑うように。ビルの屋上で両手を広げ、土砂降りの空を仰ぎながら僕は笑っていた。


 傘も差さず浴びる雨は、何もかもを忘れさせるような爽快さを覚えさせる。


 ひたすらに、何故笑っているのかも忘れるくらい笑い続ける。

 

 笑って、笑って。それからさらに少しだけ笑ったところで、僕はこうしている訳を思い出した。


 僕は、この世界の終わりに対して笑っていたのだ。



―この世界には、ヒーローがいた。


 ヒーローは、まさしく正義の味方だった。この世に蔓延るありとあらゆる悪を討ち、罪なき人々の平穏で何気ない暮らしを守り続けた。

 

 彼の活躍により、何人もの悪が葬られた。誰もが彼に感謝した。その活躍を喜んだ。中には彼を神のように崇める人々までも現れた。


 人々は安堵していた。彼がいる限り、どれだけ多くの悪が、どれだけ恐ろしい悪が生まれようと、世界はいつまでも平和であり続けるのだろうと。


 誰もがそれを当たり前の事実なのだと信じ、一切の疑いを持たなかった。そうして彼らは平凡でありきたりな、けれど何よりも幸福な日々を生きていた。


 そう、あの日までは。


 ごうごうと降り注いでいた雨はいつのまにか、微かな湿り気の香りだけを残して消えてしまった。

 大きく息をして、その香りを吸いこむ。少しの間を開けてから、肺に溜まった雨の名残とともにそれを吐き出す。僕の体にたまっていた湿り気も、うまく吐き出せた気がした。


 相当長い事思い切り笑っていたせいか、僕は人生で一番の晴れやかな気分だった。すっかり満たされた以上、もうここには用はない。そうして、僕はその心をもって、ビルの屋上から飛び降りた。


 ほんの数秒の事だ。物理法則に従って、僕の身体は落ちていった。いよいよ眼前に地面が迫る。あと少しで体が只の肉塊となろうとしたその瞬間、重力は僕から消え失せた。

 

 頭から落ちていた体を回し、ゆっくりと地面から降り立つ。ずいぶんと久々の恐怖体験を終えた僕は一息ついて、ゆっくりとその足を踏み出した。


 軽い足取りで大通りの真ん中を歩いていく。滅多にできない経験に、僕は少しワクワクする。残念なことといえば、車の走る横を歩くスリルを感じられないことだろうか。

 

 横断歩道も標識も、信号さえも無視して先へ先へと進む僕を誰も止めようとはしない。

 

なんて自由なんだろう。喜び、怒り、感謝、嘆き。ありとあらゆる感情は決して僕へと向かわない。かつてあった縛りは、もうこの世界には存在しないのだ。



―この世界には、ヒーローがいた。


 彼は、世界における絶対的な正義だった。だからこそ、彼らは反発した。彼のいる世界では決して輝かしい光は浴びれないというのならば、自分たちを照らすように世界を変えればいいのだと。


 幾たびも幾たびも彼らはヒーローに挑み、その理想を散らした。様々な悪が存在して、その数だけの理想があった。各々のやり方こそ違えど、彼らの目指した先は一つだった。


 そしてある日、とうとう彼らは手を取った。世界に蔓延る絶対的な平和を打倒し、自分たちの理想を得るために。影から何度も何度も見た、あの明るく幸福な世界で暮らそうとしたがために。


 そうして20XX年、世界中で同時多発的な事件が起きた。今までの平和は露と消え、混乱と破壊で満ち溢れる新たな世界の形は、その日から始まったのだ。



「風が強いな…。」


 そんなことを呟く僕は、雲の上を飛んでいた。あれから、しばらく静かな街を歩いた。最初の内は味わったことのない解放感でルンルンだったものの、熱は案外すぐに冷めてしまった。新鮮さはとうに消え去り、残ったのはわずかな孤独感と寂しさだけだった。


 これ以上この場所にいても得る者は無い。そう思った僕は立ち止まって空を見る。

雲の隙間から漏れ出す光の中を鳥たちが、何一つ苦悩のなさそうな顔で楽しそうに羽ばたいていた。


「やっぱり、あっちが先か。」


 どうせ自由を楽しむのなら、残した用事はすべて終わらせてしまおう。となるとやはり早いほうがいい。徒歩というのも悪くはないが、やはりこれが一番だ。僕は足に意識を集中し、力の限りを込めて地面を蹴った。

 

 アスファルトが砕ける音を背にし、僕は天高くへと昇っていく。


 かのライト兄弟が生み出した英知で人類がやっと手に入れたその場所へ、常人がどれだけ背を伸ばしても届かないはず雲を突っ切り、あっという間にたどり着いた。


 遮るもののないその場所には、無限の青が広がっている。

 何度も見た景色だ、昔なら見飽きたなんて思っていたかもしれない。けれど今の僕にとって、あの退屈なだけの地上よりは、まだこっちの方がよっぽどましだ。


 そんなこんなで、僕は一人で大空を旅する。雲の切れ間から地上を見下ろし、流れ行く景色を眺めてみようとする。けれど目的地には未だ遠いようで、眼前にはただただ広い太平洋が広がるだけだった。


 自分の都合で自由に力を使うなんて、いつぶりだろうか。

 子供の頃は使命なんて気にしないで、自分の思うがままに力を使っていた。人助けもかつてはそのうちの一つに過ぎなかった。


 僕は人が好きだった。平和で自由な日々を愛していた。優しさを貰ったりあげたりするのは心地よかった。 


 あの頃は自分の力が誰かを笑顔にできることが、ただただたまらなく嬉しかった。でも、一つだけ、ずっと疑問にも思っていた。


 この平凡極まりない人の世界に、どうして僕はこんな力をもって生まれたのだろうか。知恵をつけ世界を知るたび、その疑問は大きくなっていった。


 平和な世界には理不尽も不平等も在ってはならない。けれどこの力はどう考えても、それを打ち壊してしまうはずだ。

 

 どれだけの時間頭をひねってみても、とうとう答えは思いつかなかった。だからある日、僕は他人にこの疑問を投げかけてみた。すると、人々はこう答えた。


「貴方の力は、きっと誰かを助けるためにあるんだよ。」


 とてもきれいで、理想的な答えだった。だから、僕は心に決めた。その答えを守ろうと。そうしてそれはいつの間にか、僕の使命になっていた。


 長い間物思いにふけっていたせいか、ずいぶんと時間がたった。日が昇っては沈むのを、三回は見ただろうか。


 空の旅を続けて四回目の朝日を浴びた時、僕はついに目的地へとたどり着いた。


 三日ぶりに地面に降りたせいか、体がひどく重く感じる。また飛ぼうかとも考えたけれど、すぐにその思考は消え去った。


 どうやらあっちも同じ腹積もりだったらしい。僕に気付いたのか、目線がこちらへと向けられる。何度も何度も感じた、悪人の目線だった。


「やあ、調子はどうだい?」


 あくまで気さくに、軽い口調で話しかける。しかし、返事は帰ってこない。よほど余裕がないのだろう。


「だんまりか、残念だなあ。これでも人に好かれてきた方なんだけど。」


 ほんの少し、拳を握りしめるのが見えた。


「…別に、我慢するのは構わないけどさ。言いたいことがあるなら今言わないと後悔することになるよ?」


 そういうと彼は覚悟するように息を吸い、まっすぐと僕を見据えながら言った。


「あんたは、どうして裏切ったんだ。」 


「裏切った?何の話だ?」


「とぼけるな。あんたが全部壊したんだ。平和な日々を取り戻そうと皆で必死に生きていたのに、誰もがあんたを信じていたのに。どうして、どうしてあんなことをしたんだっ!」


 今まで押さえていた感情が、滝のように溢れだしていた。けれどその言葉が届いても、僕の心は微塵も揺れなかった。


「虐殺とは、どうやら君は相当な誤解をしているらしい。僕は、あくまでも悪を倒しただけだよ。今まで君たちが望んでいたようにね。」


「勘違いしてるのはそっちだろ。あんたが殺したのは、ただ何の罪もない平和に暮らしていただけの人々じゃないか。彼らのどこが悪だと言うんだ!」


「…そうか、なるほどなるほど。やっと理解したよ。悪人たちが僕に救いを求めてきたのはそういうわけだったのか。」


「何を一人で納得してるんだよ。」


「いやあ何、とんだ思い違いをしていたものだと思っただけだよ。」


「今更気付いて何になるってんだ、殺した人々に謝罪でもしてくれるのか?」


「安心してくれ、そんなことは絶対にしないさ。【自分を悪だとすら気付いていない悪】に謝る道理なんて、そんなもの僕には一切無いのだからね。」


 その言葉を聞いた男の顔に浮かんでいたのは、本当に理解できないことに対して困惑だった。


「…何を言っているんだか分からない、という顔だね。しょうがない、どうせこれで最後だ。君を代表として、僕の行動の答え合わせをしてあげよう。」




 一つ、息をついた。呆れ果てたのか、はたまたある種の尊敬を覚えたのか、自分でも分からない。そして、僕は薄笑いを浮かべながらそれを語り始める。僕がたどり着いた、正義の話だ。




―この世界には、ヒーローがいた。


 彼はあの日から、世界中で戦っていた。鳴き声や恐れる声がどこかの町に響くならば、すぐに駆け付け希望をともした。誰かが悪によって苦しむのならば、全霊をもってその悪を討ち果たした。


 今までもやってきたことだから大丈夫。自分は正義の味方なのだから、世界を救わなければならない。力があるのだから、悪から彼らを守らなければならない。


 ある時、僕は罵声を浴びた。多くの人を騙し、失意の底に追い込まれたその悪の言葉はひどく醜く、聞くに堪えない言葉だった。挙句の果てに、彼は命乞いをした。おかしなことに、自分に体裁だけでもやり直しの機会が与えられるかもしれないと本気で思っていたのだ。彼の悪事で傷を受けた何人もの人々は、それを願う機会さえもなかったというのに


 聞くに堪えなかったのか、気づけば僕の力は悪人にふられていた。彼は思った。ああ、悪というものは本当にこの世界には要らないのだと。皆が優しく平等に生きることで保ってきた世界を、互いを受け入れ合うことで成し遂げたこの暮らしを、彼らは自分たちの一方的な理想で壊そうとする。


 自分の幸福のためには、他者を犠牲にするというのだ。まったく、なんてひどい話なのだろう。だから、僕が彼らから守らなければならないんだ。他でもない悪から、罪のない人々を。


 この根底にある信念は、自分でも変わらないものだと思っていた、あの日、あの時のあの瞬間までは。


 その日、たまたまその街を訪れていた僕は、一人の盗人を追い詰めていた。悔しいことに、世界から悪は今だ消え失せず、人々の暮らしは困窮していっていた。そんな中奴は、誰もが必死になって求めているものを一方的な欲で奪おうとしたのだ。許されることではない。


 平和な世界でトップの身体能力を誇っていたような人間ならまだしも、この世界でわざわざ盗みを働かざるを得ないような人間が僕から逃げきれるはずもなく、からの短い逃走劇はあっさりとおわった。


 僕に捕まえられると、彼は必死なって命乞いを始めた。またいつものかと思ってこぶしを振り上げた時、強い風が吹き、悪人がかぶっていたフードが捲れ、その顔があらわになった。


 どんな攻撃も受けてもビクともしなかった僕の身体は、目の前の光景によってひどく硬直した。彼の顔には覚えがあった。


 彼は、慈善活動団体のトップとして生きていた男だった。高い立場にありながら自ら前に立って行動し、汗を流し、寝る間も惜しんで誰かの幸福のために生きていた。こんな人の大勢いる世界になってもらいたいものだと、思わず考えてしまうほど善良な人間だったのだ。


「何故、こんなことをしたんだ?」


 元の調子に戻った僕は、男にその疑問を投げかけた。体を震わせ、本当に悔いているような顔をしながら、彼は答えを述べた。


「娘が、空腹に苦しんでいるのです。」


 世界が嘆きに染まる間も、彼は変わらぬ善意の元暮らしていたらしかった。しかしある時、彼の暮らしていた家が襲撃を受けた。武力もなく、抵抗する術を持たなかった彼は、大切な娘と共に必死になって逃げた。名も、名誉もすべて捨て去り、ただ娘の命を守るために動いた。だがしかし、その代償は大きかった。


 彼の手元にある金は、わずかなものだったという。必死に働いても大した収入にならず、苦しい日々が続いた。そんな中で、さらなる不幸が彼の身に訪れた。


 こんな世界で、人を雇って金を払えるような裕福なものは少なかった。当然そんな資金力があれば、奴らが見逃すはずがない。そうして、男はとうとう最後の希望も失った。減っていく金、日に日に弱っていく娘。彼に残された選択は、もうほとんど一つだった。


 あまりに残酷な話を聞いて、僕の心は揺れ動いていた。現状の事実だけを見れば彼は紛れもない悪人だ。けれど僕は、彼が今までどれだけの人を救ったか、まぎれもない正義だったかを知っている。


 悩みに悩んだ末、僕は一つの結論を出した。


「…許すのは、今回だけだ。」


 僕は、彼に更生の機会を与えた。彼は、自らの行動を悔いていた。まだ心が完全に悪に染まったわけではない。彼には、時間が与えられるべきだろう。


 涙を流す彼を抱え、僕は彼の家に向かった。久々の食料に歓喜してそれを口にする彼の娘の笑顔は、僕の行動は正しかったのだと証明してくれているようだった。


 再び彼の家を訪れて、何者かに殺され放置された二人の死体を見たのは、わずか数日後の事だった。彼らには、抵抗した様子がなかった。鍵が無理やり開けられていたのを見るに、寝込みを襲われたのだろう。


 僕に力の一つに、助けを求める人の声が聞こえるというものがある。何かしらの思念が僕に届いているのか、より重大な危機に見舞われている程それは強く伝わる。ましてや殺される直前ともなれば、それは大きな声が聞こえただろう。


 とある組織の撲滅のため、僕はずっとこの街にいた。力を使って警戒していたため眠りすらしていなかったはずなのに、彼らの助けを求める声は、僕には一度も聞こえなかった。


 それから数日後、僕の追っていた組織は壊滅した。勿論僕の手だ。悪人どもには何度も聞いた、おまえが彼を殺したのかと。しかし、誰一人として彼を知る者はいなかった。それは当然といえば当然だ。


 彼らは自分たちの世界を作るために動いているのであって、見ず知らずの誰かを殺すなどという、まったくもって意味のない事をするはずがないのだ。あくまでも彼らは、かつての平和な世界にとっての悪だったのだから。


 僕はあくまでヒーローであって、警察でも探偵でもない。だから真相を解き明かす力なんてものは、持ち合わせてはいなかった。悪が消え去り、平和を取り戻した街を歩く。心の底から安心したような笑みを浮かべた人々が、そこかしこに溢れている。街に生きる彼らのその姿は、まぎれもないあの平和な世界の住人そのものだ。


 けれど、僕は知ってしまった。この中の一人、或いは数人が、彼らを殺した。あの日あの瞬間、確かに彼は悪だった。


「でも…死ななければならないほどだったのか?」


 僕は正義で、皆は守られるべき罪のない人々で、悪人は消え去るべき存在。今まで僕の行動の柱となっていたその考えに、僕は初めて疑問を持ってしまった。


 僕が倒してきた人々は、すべて消えるべきだったのか?本当は違う人もいたんじゃないのか?そもそも、悪の定義とは何なんだ?悪とは、いったい誰が決めたんだ?



 ”僕は、本当に正義なのか?”



 一度持った疑念は、答えが見つかるまで消えはしない。普通なら、答えが出るまで悩むのだろう。でも、僕はヒーローだ。人々が困っているのなら、誰かが助けを求めるのなら、その力の限り、悪を打倒さなければならない。力を持つものとしての、責務を果たさなければならない。


 追いつめた。捕まえた。倒した。裁いた。仕留めた。滅した。討った。殺した。


 悩みは消えない。でも動く。消そうともした。でも心が拒んだ。


 手が重い、足が重い。息が苦しい。それでも悪の前に僕は立つ。ダメなんだ。例え疑いがあったとしても、それでも罪のない人は大勢いるんだ。だから戦う。だから守る。だから僕は、正義の味方で在り続ける。この力は、人のために使わなければならないんだ。


…。



……。



………。



…………。



……………。



……なんでだ?



―この世界には、ヒーローがいた。


  ヒーローは、まさしく正義の味方だった。この世に蔓延るありとあらゆる悪を討ち、罪なき人々の平穏で何気ない暮らしを守り続けた。

 

 彼の活躍により、何人もの悪が葬られた。誰もが彼に感謝した。その活躍を喜んだ。中には彼を神のように崇める人々までも現れた。


 人々は安堵していた。彼がいる限り、どれだけ多くの悪が、どれだけ恐ろしい悪が生まれようと、世界はいつまでも平和であり続けるのだろうと。


 誰もがそれを当たり前の事実なのだと信じ、一切の疑いを持たなかった。そうして彼らは平凡でありきたりな、けれど何よりも幸福な日々を生きていた。


 そう、あの日までは。



 ”だから、これは彼の責任なのだ”


 私たちが平和な日々を失ったのは、彼が私たちを守ってくれなかったからだ。


 今日を生きていくのが辛いのは、彼の力が足りないからだ。


 もとの日々が戻らないのは、彼が努力していないからだ。


 だから、なんとかしてくれよ。だって、ヒーローなんだから!



 20XX年。一度傾いた混沌と平和の天秤は、更に混沌へと傾いた。今のままでは永遠にかつての平和は戻ることは無いと結論を出した人々が、かつての悪人たちと同じように手を取り、自分たちの求めていたあの平和を取り戻そうとしたのだ。


 昨日まで笑いあっていた隣人が、虚ろな目をして倒れていた。


 朝に出て行ったあの人が、さよならも言わずに帰ってきた。


 また会う約束をした友人は、昼間なのに肌が赤かった・


 凄惨たる現実が、人々の心を染めていった。同じ平和を望んでいた人々が、ある日突然恐怖の対象になった。愛が消え、友情が消え、信頼が消えていく。限りない絶望に包まれたかと思われたその時、一人が叫んだ。


「助けてくれ、ヒーロー!」


 その言葉は、人々のくぐもった心をたちまちに晴らした。それから、まるで示し合わせていたかのように、人々は願い始めた。


 どうか助けてください。どうか救ってください。どうか守ってください。


 ひたすらに願い続けた。家を無くし、飢えが訪れ、とうとう倒れ伏したとしても、彼らは信じ続けた。彼ならば、ヒーローならば、この現状を変えてくれるのだと。



 でも、いくら待ち続けても、とうとう彼は来なかった。


 

「なあ、結局何が言いたいんだ?あの時あんたが来ていれば、行動していれば、死んだ誰かは生きれたかもしれなかったのに。あんたは彼らの願いを裏切った。信じるという尊ぶべき感情を踏みにじった。あんたのやったことはそれだけじゃないか!」


「…なあ、一つ聞きたいんだけど、何故みんな僕に願ったんだ?」


「それは、あんたがヒーローだからだ。」


「ヒーローだから、だから皆を救うべきだったと。」


「ああ、そうだ。あんたにはその力があった。なのにアンタはっ!」


「何で僕がしなければならなかったんだ?」


「…は?」


「確かに僕には、大勢の人を救うことができる力があった。でもそれを、何故君たちのために使わなければならなかったんだ?」


「それは、だから、力を持っている以上その責任が…。」


「それは、誰がいつ取れといった責任だ?誰が背負わせた責任だ?いうまでもない、それは君たちが僕に背負わせた責任だ。」


「…だったら、だったら何だっていうんだよ。」


「僕は、平和な世界に生きる人々を“救いたかった”のであって、“救わなければならなかった”わけじゃない。」


「そんなの屁理屈だ!」


「いいや違うね。僕には自由があったはずなんだ。それを奪ったのはほかでもない君たちであり、あの見掛け倒しの平和であろうとし続けた世界だ。」


「見掛け倒し?」


「ああ、だってそうだろう?あの平和はあくまで君たちにとっての安らぎだ。君たちが悪と呼んだ彼らが享受できなかった幸せだ。君たちは彼らに自分の幸せを奪われるのが怖くて、それでいて存在が邪魔だったから悪だとしたんだ。


 この世界には、初めから悪も正義もなかった。あるのは僕を君たちの意志の代弁者として扱った都合のいい話と、そのために数多の命が消え去ったというどうしようもない真実だけだ。」

 

「っつ、だから結局、あんたは何が言いたいんだよ。」


「まだわからないんだ。まあそうか、君も所詮は彼らと同じだ。ならはっきりと言おう。ここまで長ったらしく説明してきた答え合わせの正論だ。」


 一瞬、空気が揺らいだ。刹那、僕の腕は、彼の腹を貫いていた。


「……。」


「君たちの言葉を借りるとするならば、君たちは紛れもなく、僕にとっての悪だったんだ。僕はヒーローであり、正義の味方だ。正義に反する悪を、どうして救わなければならなかったんだ?」


 返答は無かった。ただ僕を見つめる冷たいまなざしがあった。


「はあ…。」


 彼の腹から腕を抜く。彼は力なく地面へと倒れ伏した。長い動乱ののち、僕が倒し続けた悪人たちの最後の一人は、遺言も残さずに死んでいった。


 せめて顔くらいは見てやろうと、僕はしゃがんで彼をのぞき込む。すると、胸ポケットのあたりに何かがあるのが見えた。なんとなく気になった僕はそれを取り出す。


 そこには、写真が入っていた。笑顔で映る男の子とその後ろで同じように笑う、一人にヒーローが映っている。


「…はあ。」


 一つ、溜息をつく。僕はその男の隣に座ると、ゆっくりと目を閉じた。暫くして、僕は真っ白な空間に立っていた。意識がはっきりすると同時に、僕は少し歩き、そして彼に話しかける。


「やあ、調子はどうだい?」


「…どう見えてる?」


「控えめに言って最悪そうだ。」


「控えてるのか最もなのかどっちだよ。」


「まあまあ、そんなことはいいじゃないか。それよりほら、結論を教えてくれよ。せっかく、君が“ただ何もできなかっただけ”っていう事実を、それらしくまとめてあげたんだからさ。」


「…大勢の声が、頭の中に流れ続けてきてたんだ。」


「うん。」


「でも、僕はどうすれば良いかわからなかった。だってどちらも僕が守ってきた正義の結果だったから。ただ少し、ほんの少し考え方が違っただけだ。」


「それで?」


「だから、僕は選べなかったんだ。どっちが良くてどっちが悪いのかなんて、僕に決められるわけがなかった。選ぶということは、どちらかの正義を悪と認めるという事だから。それは、今まで僕が消し去ってきたものも正義だったのかもしれないという事だったから。」


「だから君は、何もしなかった。何もしなければ、君はみんなの正義のままで居られた。だってそうだろう?彼らは最後の最後まで、君を紛れもない正義だと信じていたんだから。」


「…ああ、そうだ。だから僕はヒーローさ。」


「なら、君がするべきことはもうわかっているだろう?」


「ああ、そうだね。」


 そういうとヒーローは立ちあがった。


「…最後に謝っておくよ。君を生み出してすまなかった。」


「いやいや、役に立てたなら光栄だよ。」


 それを聞いてか、ヒーローはひどく安堵したような顔を浮かべた後、自らの腹部に腕を刺した。


 そうだ、たとえ人がいなくなったとしても、自分という異常な存在がいる限り、真の平和は訪れない。


 自分の責任を果たすため。最後の悪を倒すため。



―死ねよ、ヒーロー。

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