歓迎された泥棒

青いひつじ

第1話


「あの窓を調べてみるか」


ヨーロッパ風の豪邸の2階、右から4番目の出窓に泥棒は狙いを定めた。


ここに暮らすのは、50代後半の男性ただひとり。すでに調査済みである。職業は不明だが、この立派な建物と中の装飾を見る限りどこかの大会社の社長だろうと泥棒は予想していた。


排水管に器用に足を引っ掛けると、壁を這い、窓枠を掴んだ。窓の鍵も開いているのを確認すると、勝利を確信した泥棒は笑みを浮かべた。それから大きな体を持ち上げようと両腕に力を込めた、その時である。


「うわっ!」


油断した泥棒の手はするりと窓枠を離れ、背中から地面に転落した。


「いってーーー‥‥」


『大丈夫ですか?』


窓から身を乗り出し声をかけてきたのは、ひとりの気の良さそうな男だった。そう、泥棒が侵入しようとしたのは男の寝室だったのだ。

泥棒は慌てて顔を隠すと、森の闇の中へと逃げていった。




もちろん、その日以降豪邸に近づくことはなかったのだが、泥棒にはひとつ気になることがあった。


「お前、あの豪邸で侵入事件が起きたのを知っているか?」


泥棒が仲間に尋ねた。


『森の中の豪邸か?事件なんて聞いたことないぞ。そもそもあのたいそうな建物だ。中の警備も尋常じゃないだろうから、誰も侵入しようなんて考えないさ』


家の主人は、あの夜のことを通報していないらしい。

もしかしたら、鉢合わせした衝撃で気絶してしまったのだろうか。いやしかし、窓から顔を覗かせていたのは家の主人だろう。驚いた様子もなく、不気味なほど冷静だった。ではなぜ、通報しなかったのだろうか。

どうも気になった泥棒は、その夜、豪邸の様子を見に行くことにした。




「なんだあれは‥‥」


茂みの隙間から見えたのは、2階の窓に案内するように立て掛けられたハシゴだった。

さらには真夜中だというのに室内の電気は全てつけっぱなしである。


息を潜め1階の出窓に近づくと、リビングでくつろぐ男の姿が見えた。

そっと窓に手をかけた泥棒はあることに気づき、まさかと思いながらも家中の窓と扉を確認した。答えはそのまさかであった。1階の窓も2階の窓も、裏口の扉も、正面玄関も、全ての鍵が開いているのだ。

まるで、どこからでも入ってくださいと歓迎されているように。



きっと中には侵入者を捕まえるためのすごい仕掛けがあるのだろうと泥棒は考えた。つまり、鍵の解放も、室内の点灯も、油断させるための罠というわけだ。

裏口から入ることにした泥棒は、扉を開くと、なにか触れるものはないかと腕を伸ばした。

見えないレーダーのようなものが張り巡らされており、触れると警報が鳴る仕組みだろうと予想したのだった。しかしなにも鳴らない。床が開き、落とし穴に閉じ込めるつもりか。ところが泥棒の推理も虚しく、床が抜ける様子はない。


「‥‥なんだこの家は‥‥」


知れば知るほど不可解さは深まる一方であった。この家には侵入者を捕まえる仕掛けどころか、監視カメラひとつ設置されていないのだ。

刀台に飾られた見事な日本刀も、ショーケースの中で輝く高級時計も、全部持っていってくださいと言わんばかりである。


右腰のナイフに手を掛けたまま、泥棒は奥へと進んだ。ワイン片手に呑気にテレビを見る男の姿があった。

泥棒は背後から近づくと、掛け軸の前の日本刀を手に取った。

その際、確実にカチャと特有の音が室内に響いたのだが、家の主人は振り向くことをしなかった。

泥棒は日本刀を服の中にしまい、急いで裏口から外に出た。






「まただ‥‥」


次の時も、また次の時も室内の電気は灯され、鍵は開放されていた。泥棒はいよいよ最後の高級時計を盗むと、仲間たちに報告した。


「お前ら、これを見ろ」


男は盗んだ品々を机に広げた。


「俺が森の豪邸から盗んできたんだ。総額いくらになるか楽しみだな」


『森の豪邸?!お前、あの豪邸に侵入したのか。なんて度胸だ‥‥。中はいったいどんな仕掛けだった』


「いやぁ、俺からすればあの程度の仕掛け大したことはない。するりと潜り抜けて、一瞬でリビングへ侵入したさ」


悠然とした泥棒の発言に、仲間たちは『おぉ』と称賛の声をあげた。

そこへ別の仲間がやってきて、泥棒の盗んだ品々に顔を曇らせた。



『おい‥‥この日本刀も腕時計も、暴力団の根城から盗まれたものではないか?ほら、少し前に新聞に載っていただろ』


「暴力団?」


『あぁ、最近勢力を広げてる隣町の暴力団さ』


仲間の話は本当だった。泥棒が盗んだ品々は、数ヶ月前に隣町の暴力団の根城から盗まれたものだったのだ。彼らは今も犯人を探しているらしく、見つかればどうなるかくらい容易に想像ができた。


指紋を拭いてどこかの道端に捨てておくか。

しかし、可能であれば持ち歩きたくないと泥棒は考えた。子分たちが血眼になって街中の隅々を探して回っているに違いない。

落ちていたと警察に出頭するのも不自然である。

あれこれと聞かれても面倒だ。

この事を知らない誰かに引き渡すことができれば‥‥。

その時、泥棒の頭にある考えが浮かんだ。

泥棒はこれまで盗んだ金品を売り払い、その金で高台に建つ中古の家を購入した。豪邸とまではいかないものの、庭もある3階建ての立派な一軒家である。


夜になると全ての明かりをつけ、全ての鍵を開ける。

裏口から入ってすぐのところに、日本刀と高級時計を飾ると、背を向けるようにしてソファに腰掛けテレビをつけた。


月も眠る深い夜、裏の扉が開き誰かが侵入してくる音に、泥棒はにやりと笑みを浮かべた。





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