勝手にしろと言ったのに、流刑地で愛人と子供たちと幸せスローライフを送ることに、なにか問題が?

@akabaneyuuya

離婚してください旦那様

雲間から差し込む柔らかい春の日差しが、昼下がりのリンダークネッシュ邸の執務室の窓辺に降り注ぐ。


入口から入って中央に設置されているソファーとローテーブルを挟んで、入口に近い側に座っているのは今日結婚式を挙げたばかりの新婦アエノール。神妙な面持ちで座っている。


その向かい側には、新郎であるはずのエリオット。そしてその傍らで侍るのは彼の愛人であり、平民の血を引くサンディがエリオットとの距離を詰めてここが居場所のように堂々と腰を掛けている。


(――まさか、結婚初日でこうなるなんて、誰が予想するのかしら)


アエノールは内心困惑していた。


アエノールの家、ガルシュはこのロロピア王国の片田舎の小さい領地を持つ子爵の家。――小さいといっても、昔から貴族名簿に名を連ねる立派な貴族の家の娘だ。


対して、リンダークネッシュ公爵家はロロピア王国唯一の海沿いの領地を預かる有名な貴族。政治的な結婚を踏まえるとリンダークネッシュ家とガルシュ家の結婚はつり合いが取れていないと言えるが、それでも、「リンダークネッシュ家側から」破格の結納金と条件と共にアエノールを迎え入れたいとの要望があった。


ガルシュ領は交通弁がない山間にあり、水はけがよくない瘠薄した土地柄、主力となる事業もなければ領地運営で収益も建てられず、周辺領地と比べると質素な生活を送っていた。


その矢先の縁談。アエノールを含むガルシュ家では裏があるとは踏んでいたものの、結納金が多額だったため、金額に目がくらんでしまう。


結局「このお金があれば領地を立て直せる」。アエノールがそう判断したことにより、縁談はスムーズに進んだ。


顔合わせも、結婚式も無事に終わり、これから新婚生活を始める――そんな矢先の出来事。


結婚式が終わった次の日に、執務室に呼ばれたかと思えば、突然告げられる愛人との関係。平民の愛人と仲良く暮らすためのカムフラージュとして結婚式を挙げたこと。そして、この愛人――サンディの立場を守るために、アエノールはリンダークネッシュ領の端にある、孤島へ送られること。


その全てを今、初めて聞かされた。


アエノールは情報過多で頭が真っ白になる。


夫――エリオットの背景にある壁紙は青いのに、色彩が失われたように白く見える。


これが、絶望、というやつなのだろうかとアエノールは思い悩む。


どう言葉を探せばいいのかわからず、沈黙が続くと、エリオットは緊張感が立ち込める執務室の空気を、傲岸不遜な物言いで突き破った。


「はっきり言おう。俺は、生涯サンディ以外の女を愛する気はない。だが、サンディは平民だ。平民と貴族の結婚は、法律では禁止されていないが、どうしても貴族社会においては体裁もよろしくない。だから、家格もそこそこで、俺のすることに口出しをできない、体の良い娘を探していた。それが、お前というだけだった」


(そんなの……。結婚をする前に言ってくれれば、まだ考える余地はあったのに。結婚して、結納金ももらってから本当のことを話すだなんて、卑怯だわ。……わかってはいたけれど、元から、私なんか、眼中になかったのね)


アエノールに厳しい現実が付きつけられる。


アエノールは、エリオットとサンディの愛を貫く為の駒としてしか利用価値がなく、今、その役目を終えたため、アエノールは辺境の地に送られる。


その場所は、ロロピア王国の罪人の刑罰でも利用される流刑地と呼ばれる場所。


この流刑地は、リンダークネッシュ領から船で10日ほど航海した先にある絶海の孤島で、横領や、貴族犯罪、国や王族の存亡にかかわる重罪を犯した罪人が送られる島。交通弁はもちろん、特殊な海域で船で辿り着くにも一苦労な場所なため、輸送はもちろん、帰ってくることも困難だ。


そこに送られるということは「二度と領地の敷居を跨がせない」と言っていることと道理で、アエノールを妻として、人として尊重する気も、家族として迎え入れる気もないという意思の表れ。


それでも、アエノールは強く言えない事情がある。


多額の結納金の問題だ。


小領地が五年かけて稼げるほどの大金を受け取り、それをすでに領地や新事業の為に費やしてしまった。断るにしても、使ったお金をすぐに返せる宛がない以上、アエノールはどうすることもできない。


ただ、無慈悲にここから出ていけというエリオットの意思には逆らえない。


だが、言われっぱなしなのは嫌だと、最後の反抗を見せる。


「……事情は理解しました。愛人の方との生活の為に利用されたことも怒っていません。ですが、流刑地に送るというのは、いささかやりすぎではありませんか?私は罪を犯したわけでもありません。少なくとも、結婚前に事情を話してくれてもよかったのではないでしょうか?」


「そうすれば、お前は結婚したか?」


「それは……」


エリオットの嘲笑交じりの質問に言葉を濁らせる。


愛人との生活の為に利用されたとあれば、アエノールの家族も黙っていない。政略結婚でもない、自分の私利私欲のために馬鹿にされ、利用されたとあれば、家族を想う人間ならば誰しも憤りを感じざるを得ない状況だからだ。


アエノールも、事前に伝えられれば、もしかしたら断っていたかもしれない。


言葉を詰まらせたのが、答えだとエリオットは腕を組んで鼻で笑った。


隣に座るサンディは青い瞳も不安げに揺らし、同情した表情でアエノールを見つめるが、それも、本心から思っているのかも、アエノールからしたら甚だしく疑問だ。


じ、とサンディを見ていると、エリオットは不機嫌に眉を潜ませてサンディを守るように肩を抱く。


「なにを睨んでいるのだ!」


「睨んでなど。サンディさんがこちらを見ていたから、見返しただけです」


「どうせ、大方嫉妬したのだろう。愛人とは言え、これからはサンディが実質的なこの家の女主人となるのだからな。……ああ、不愉快だ。さっさと荷物をまとめて出て行ってくれ」


「…………ッ」


どうして、出会って日がたった人にここまで言われなければならないのだろう。アエノールは身体を震わせて、拳を握る。


愛人がいてもいい。愛してくれなくてもいい。けれど、人としての権利は尊重してほしい、それだけのことを、求めるのは贅沢なのだろうか。


アエノールは、絶対に泣くものかと彼らに表情を見せないように、俯いて、喉奥からこみ上げるしょっぱさを必死に飲み込んだ。


エリオットは話は終わったとサンディを先に退室させて、その背中を追いかける途中。


最後にアエノールに言葉を投げた。


「ああ、もう、お前に用事はないから、お前も愛人を作るなり、子を作るなり、好きにするといい。だが、その子は公爵家を継がせはしないがな。……まぁ、流刑地で出会いがあるとも思えんがな?」


執務室の扉が重たく締められる。


訪れた静寂が「さっさと出ていけ」と言わんばかりの無情さだった。


嵐が過ぎ去り、気持を整えるためにアエノールは重く息を吐く。


(あんな人でなしと同じ屋根で暮らすことを考えれば、流刑地でのんびり暮らした方が、しがらみがなくていいわ。貧乏生活は慣れっこだもの。……あの人たちのことを忘れるくらい、精一杯生きてやる!)


アエノールは、震える足に鞭を打って、思い腰を上げた。


絶望に打ちひしがれる――そう思いきや、両手で頬を叩いて自分を鼓舞したのだった。


背筋をしゃんと伸ばして。


流刑地に飛ばされる可哀想な妻ではなく、新な生活を始めるアエノールとして、堂々と、リンダークネッシュ家を後にした。



★★★★★★★★★



リンダークネッシュ領のシュルシュル海域の南方にあるアンソク島。


ここは貴族犯罪の流刑地に使われていた。


シュルシュル海域は特に天候が変わりやすく、海流も早い。一度流刑となってしまえば、行くことはできても、戻ることが難しい島として知られていた。


海流を読むのは難しい反面、アンソク島は比較的温暖で自然環境も豊かで暮らしやすい。


だが、外から物を調達するには難しい。


暮らしていくには最低限の環境はあるが、町として、領地として発展していくには難しい。


外界と連絡を取れる手段や、外から安全に人を招く方法がないのだから。


――10年前までは、そう思われていた。


…………。


――10年後。


リンダークネッシュ家、エリオット宛に分厚い資料が入った封書が届いた。


封書には王国裁判所と国王が認可する紋章のふたつが刻まれており、重要な書類だと判断したエリオットの手によってすぐに確認すると思いもよらない内容が書いてあった。


(アエノールからの……、離婚状と、慰謝料請求……!?何故だ!結納金は破格で支払っただろう……!それに、アンソク島に送ったのだから、そもそも本国に連絡を取れる手段はないのに……!どうやってッ!)


【この度、申立人より離婚の申し立てがありました。


申立人が事情により当裁判所へお越しいただくことが難しいため、


申立人の代理弁護人から、提出された証拠を元に、調査機関による厳正な調査を進めた結果、


相手方による不法行為(王国結婚法第七条、五項目、第十四条違反)を確認したため、


申立人による希望に沿い、強制離婚の対象となります。


つきましては「通知書」と共に「申し立て理由」「申し立て趣旨」が記載された書面が同封されておりますので、ご確認ください】


【通知書


本件、意義申立人、アエノール・リンダークネッシュは


通知人である夫、エリオット・リンダークネッシュにより10年間不当な扱いを受けてきたことが判明しました。


王国歴346年4月、婚姻前に愛人の存在を示唆しなかったこと。愛人の体裁を守る理由で妻である申立人を流刑地に追いやり、夫としての役目を果たさなかったこと(生活支援等)。婚約内容の説明不足による詐欺行為等。


貴殿の好意によって、アエノール・リンダークネッシュの結婚生活は破綻し、多大な精神的苦痛を与えられました。


王国裁判所、国王陛下の承認をもって、慰謝料の支払いを命じます――。


慰謝料の内訳は別紙記載となりますので……】



エリオットは目をひん剥いて、書状を食い入って見た。


結婚生活初日の追い出したアエノールから、流刑地にいるアエノールが、何故王国裁判所と国王の承認を得た書状を発行できるのだろうか。


疑問は募るばかりだが、それよりも先に、エリオットはするべきことがあった。


(とにかく、悩んでいても仕方がない。今すぐ、アエノールに会いに行き、書状を取り下げてもらわなければ俺たちは終わりだ!)


アエノールは、持病の心の病が悪化し、リンダークネッシュ家の別荘で療養生活を送っていることになっている。


その間、アエノールがするべき家の管理はアエノールから引き継いだという名目で、サンディが行い、サンディに付けた有能な秘書が仕事をさばいていた。


それで、サンディが「平民の愛人」というそしりを受けることはなかったし、円満な関係だと社交界では知られていた。


攻撃する者も少なくなかったが、サンディとの間に設けた跡取りがさらにサンディの地位を安定させた。


――順風満帆だったというのに、ここにきて、アエノールの離婚状は今まで積み上げてきた信用を全て失墜させる物であり、どうにかしてエリオットは取り下げなければならなかった。


エリオットは、急いで旅支度を済ませ、離婚状を握りしめて慌ててリンダークネッシュ領を飛び出した。



…………。


アンソク島は、十分な設備が整っている船と天候の条件が合えば、安全に航海できる。


貿易船にも使っているリンダークネッシュ所有の船に乗って10日と少し。


アンソク島に到着したエリオットは記憶の中のアンソク島との変わり様に目を丸くさせた。


(――なんだ、ここは! 流刑地じゃなくて、普通の有人島ではないかッ!)


断崖絶壁を迂回して、唯一停泊できる浜辺へと船を止めようとすると、その手前に停泊所があり、そのための設備があった。様々な船、様々な人種が港町の中心部のように往来していた。


各国様々な言葉が飛び交い、ロロピア王国の共用語の他にも、聞き取れない言語がちらほら聞こえる。


見慣れた白い肌の人。背が小さく、褐色の人。背が大きく、黄色の肌をした人。


リンダークネッシュ領であるはずなのに、異国の貿易中心地に来たような活気にエリオットは近くにいた背が小さくい、上裸の褐色の男性に人に声をかけた。


「急に申し訳ない。聞きたいことが――」


『ん?どうした?俺になんか用か?』


ほにゃほにゃとした口調でなにかを話す男性は、背の高いエリオットを見上げる。


どこかの国の行商人ということは伺えるが、何せ言葉がわからない。


臆して言葉を詰まらせたエリオットだが、なんとか身振り手振りで「ここは流刑地ではなかったのか」「どうして流刑地がこんなに栄えているのか」と質問をしてみるが、男に言葉が通じないようで、首を傾げるばかり。


話の通じなさに、段々と苛立ちを感じ始め、行商人の男も困って頬を掻いた時だった。


丁度通り掛かった、金髪でパーマがかった、活発な印象を持つ子供が行商人の男に異国の言葉で話かけた。


『このおじさんが、どうして流刑地なのに、こんなに栄えてるのかって聞いてるみたいだよ』


『そうだったのか!流刑地っていっても10年も前の話だろ?今は砂糖の生産地として有名だから、皆買い付けに来るのよ……って伝えてくれるか、坊主』


「『わかった』。……流刑地っていっても10年も前の話だろ?今は砂糖の生産地として有名だから、商人が買い付けにくるんだよってさ。おじさん」


「おじさッ……!俺はまだ35だ!」


「俺の母ちゃん29歳だから……、それと比べるとおじさんだし、あってるじゃん。それに35にもなってヘブマ語も喋れないって……。この島に商売しに来るなら困るから通訳つれてくるか勉強した方がいいよ、おじさん。うちの馬鹿な父ちゃんでも喋れるのに」


子供は後ろで両手を組んで、口を尖らせる。小生意気に言葉を並べる姿に、エリオットは殴りたくなる気持ちを我慢する。


感情的になるのはいつでもできるが、今は最優先事項を片付けてしまわなければならない。


アエノールに合うこと、この島がどうしてこうなってしまっているのか。


情報収集をするために、警戒心を抱かれないように、目の前にいる少年の目線に合わせてしゃがみ込む。


「お前は、この島の人間か?」


「うん、生まれも育ちもこの島だよ」


「じゃあ、母親も、父親もいるというわけか?」


「なに当たり前のこと言ってんの? 父ちゃんと母ちゃんいるに決まってんじゃん」


子供は怪訝そうに顔を歪める。可笑しな質問続きで、警戒心を強めてしまったかとエリオットは内心で舌打ちをする。


だが、変わらず子供は話続ける。どうもお喋り好きの様子だった。


「おじさん、共用語使ってるからロロピアの人?身なりからして貴族でしょ。うちの母ちゃんと父ちゃんも貴族なんだ。名前はわかんないけど」


「そうか。……この島は貴族犯罪の流刑地だからな。答えにくいこともあるのだろう」


「貴族犯罪?」


「貴族が犯罪を犯すことだ。王国法ではよほどのことがない限り、死刑にはできないから、重罪を犯した物の刑罰として、流刑があるんだ」


「へぇ。でも、それ、俺が生まれる前の話だよね? 母ちゃんたちは関係ないと思うな。嫌われてるやつが、周りから好かれるわけないし」


「ほぉ、お前の両親は周囲に好かれてるのか」


「うん。だって、外と商売できるようにしたのも、母ちゃんたちのおかげだし、この町仕切ってんの母ちゃんだから」


「それは本当か?」


「うん」


外からの客人ということも相まってか、口の滑りはよくなっていく。


威張るように漏らした言葉をエリオットは聞き洩らさなかった。


「もしよかったら、母親のところに案内してくれないか?俺はこの島の領主、エリオット・リンダークネッシュだ」


エリオットの名乗りにきょとんと首を傾げる少年。だが、「そっか」と薄く答え、「俺はリアム。リアムでいいよ」と名乗ると、エリオットについてくるように促した。



…………。



アンソク島の街並みは驚きで埋め尽くされていた。


港を離れ、舗装された島道を上っていくと、街の看板が張られた入口の奥にある市場が活気づいていた。


扉がない剥き出しの屋根の下で、王国でも見たことのないつやとみずみずしさがある果物や、棘を生やした不思議な果実、異国の装飾品から食器、絵画までなんでも並んでいた。


流刑地というと、不便で暮らすにも一苦労で、ボロボロの小屋の中で一人寂しく暮らすイメージがあったエリオットの常識を覆す光景に目を見張った。


驚くべきが、皆、共用語はもちろん、流暢に様々な言語を使いこなしている。


時折通じないこともあるが、その場合は、近くの人に呼び掛けて、話せる人に通訳をしてもらう。


そのようなコミュニティが形成されていた。


子供までもが、他国の言葉を自在に操っている様を見て、エリオットはリアムへと視点を落とした。


「ここの人間は、皆、貴族とかか?」


「んなわけないじゃん。皆平民だよ。貴族もいるだろうけど、そういう身分、ここじゃ関係ないから」


「なら、家庭教師も着けていないのに、どうしてここまで言葉が話せる?」


「島の学校があるから、大人も子供も勉強したい人は仕事の合間にそこに通ってるよ。お金持ってる人がカンパしてるから、お金に困っている人や、お金がない人はほぼ無料で通えるんだ。おかげで教室に生徒が収まりきらなくて、天気がいい日は、黒板を外に出してみんなで授業してるよ」


「そういった人員はどこから調達しているんだ?」


「知らない。俺たちより前からこの島に住んでいるじいさん、ばあさんが物知りだから、その辺のボランティアが教えてくれてる。そういう細かいのは、母ちゃんたちの方が詳しいから、聞いてみたら?」


話が終わると、ちょうどリアムのお母さんがいる――領主屋敷と呼ばれるこの島で一番大きくて、豪華な屋敷が姿を現す。


石造りの古風な雰囲気の屋敷だが、それでも孤島の建造物という点を踏まえると豪華な造りだった。


先が尖った黒く塗装された鉄柵と門に覆われた先には、家庭菜園をしているのだろうか。さまざまな緑で庭が覆われている。


その一角で、麦わら帽子を被った女性が、小さい女の子の手を引いて、プチトマトの剪定をするために片手で身をもいでる。


「母ちゃーん!」


リアムはその姿を捉えると、エリオットをそっちのけで女性の背後に抱き着いた。


「わッ!リアム。どこに言っていたの?お父さん、リアムが剣の鍛錬サボったって怒ってたわよ」


「父ちゃん、怒ると声でけーし、怖いんだよな。……俺、もうちょっと遊んでこようかな。父ちゃんは?」


「ここにいるぞ。リアム、この俺から逃げるとはいい度胸だな」


リアムが父の存在に身を震わせていると、反対の畑から顔を出した父親が鬼の形相でリアムを睨みつけていた。


リアムは急いで逃げようとするが、子の行動を完全に理解した父親が勝ったのか、首根っこを掴まれて完全に退路を失う。


「お前はまた、鍛錬をサボって遊びに行って……!遊びに行くのはいいが、やるべきことをやって遊びに行けと、何度言わせるんだ!」


「あら、私と出会った時のあなた、そんな感じじゃなかった?」


「そうなの?」


「子供の前で昔の話をするなよ……!恥ずかしいだろ」


男性は女性の横に並び立つと、腕で胸を小突く。


静かに笑う女性に、思い出したようにリアムは声を上げた。


「あ、母ちゃんに用事があるからって連れて来たんだ。なんかこの島の領主?みたいなわけわかんねーこと言ってたけど。……おじさん、この人、俺の母ちゃん!」


「あら、まぁ……。すみません、うちの子が。ご迷惑おかけしませんでしたか?」


「いや、道に迷ってしまいそうだったから、案内してくれて感謝している。それよりも、聞きたいことが――」


女性がつばの広い麦わら帽子を取る。黄緑色の髪の毛を後ろでひとつに縛り、ぱちりと琥珀色の瞳を瞬かせる。母親というには、年若く見える佇まいがたおやかな女性。


その女性は、たしかにエリオットの記憶の中に存在した。


――否。


「――アエノールッ!?」


「……エリオット、リンダークネッシュ……公爵」


エリオットが探し求めていた人物だった。


人懐っこい笑みはエリオットだと知るや否や、表情が消え、岩の様に難く表情が閉ざされる。


冷やかな冬の絶海を思わせるような視線はエリオットの来訪を歓迎していない態度そのものだった。


その表情の変化は子供のリアムにも伝わり、手をつないでいた娘のノーンも気付いた。


隣の男性――リアムの父親はリアムと瓜二つの金髪の癖ッ毛を揺らしてアエノールを庇うように背に隠した。


尋常じゃない緊張感にリアムは不安げに眼を揺らした。


「母ちゃん?」


「……ごめんなさい。リアム、お客さんを連れてきてくれてありがとう。このおじさんとお話があるから、ノーンの面倒を見ててくれる?」


「で、でも……」


「お父さんと一緒にこのおじさんにお話しがあるから。エド、いいわね?」


アエノールの言葉にエドは頷く。


「本当に、大丈夫?」


リアムは、きゅ、とアエノールの袖を掴む。アエノールは「ん」と相槌を打つと、不安がるリアムの頭を撫でた。気持ちよさそうに瞼を閉じて思うままに頭を撫でまわされた後、ノーンの手を引いて庭園の奥へと消えていく。


アエノールは深呼吸を繰り返して感情を整えると、エリオットに向き直った。


「要件は大体察しがついています。書類の件でしょう? こちらへどうぞ。今回はお招きをしますが、次からは代理人弁護士を介してください。裁判所を通じて、書類を送った意味がありませんから」


夫婦だというのに、冷たく突き放す物言いをしたアエノールに対し、エリオットは苛立ちを感じた。屋敷の中を案内するアエノールの背中を睨みつけつつも、その背中が母親のように凛として、芯の通った佇まいに、新婚初日に見た気弱そうなアエノールとの違いに違和感を感じたのだった。


――この男は誰だ、リアムの母親は本当にアエノールなのか。夫を無視して愛人を勝手に作って子供を作ったのか。


そして、何故このタイミングで離婚を切り出したのか。エリオットはアエノールに対して聞きたいことが沢山あった。



…………。


――レースのカーテン越しに照りつける太陽が、若葉色の庭園を照らしている。それを一望できる三回の景色が良い応接室で、アエノールはエリオットと相対する。長椅子のソファーが壁に沿って向かい合わせで二脚置かれており、壁側にはアエノールが。入口側にはエリオットが。そして遅れて氷入りの水が入ったグラスを三人分もって現れたエドが到着した。


「申し訳ない。普段なら窓側が彼女の席だが、今日は日差しが強い故、俺がこちらの席へ座ることを許していただきたい」


エリオットが頷く。窓から差し込む日差しからアエノールを庇い、本来とは着席順が逆なのを承知の上で、エドが隣に着席する。


日差しが強いせいで、眩しくて眉を潜ませていたアエノールだが、エドのおかげで陰ができ、表情が柔らかくなる。


エドの心使いに感謝の意味を込めて微笑むと、エドはぽんぽんと背中を叩いた。


「ところで、離婚状の件だが、あれは、どういうことなんだ」


そんな二人を見て、エリオットは実の夫がいるのに堂々とイチャつくのは何事かと不快感を顕わにした。


自分は突きつけられた書類で思い悩んでいるというのに、いいご身分だと言う口調で本題を突きつける。


アエノールとエドは、琥珀色と水色の瞳をかち合わせて、困った客人を相手にするみたいに露骨に肩を竦めた。


「書状そのままの意味です。リンダークネッシュ公爵、離婚してください。私はこの10年、あなたの妻という肩書だけは守り続けてきました。それは、多額の結納金をいただいた、あなたへの義理があったからです。だから、この島に連れてこられた時も、苦しい生活にも、なんでも耐えてきました。ただ、あなたから解放されることを夢みて。その義理は、果たせた、と私は確信しております」


「なにが義理だ!結婚してから言っただろう!何のために多額の金を払ったと思っている?サンディとの生活を守る為だ」


「その為なら、だまし討ちのようにして人の人生は壊してよいと?」


「だが、お前は大人しくここで暮らしているではないか!」


「逆らえるわけがないでしょう。立場の低い私があなたの手から逃れるには離れるしかなかった。あのまま縋りついて残ったとして、人として惨めな生活しか送れない。そもそもあなたは聞く耳をもってくれなかった。だったら、あのままここに送られた方がマシだと思ったから、受け入れただけ。……いやでしょう。嫌いな人間といつまでも、結婚関係を続けるなんて」


「結婚関係、と口にするのなら、その隣の男は?まさか、愛人だなんて言わないだろうな?」


「ああ、お前と同じ。彼女の愛人だ」


今度は、エドが堂々と宣言する。


アエノールの様子を見るために丸められた背はしゃんとの伸ばし、後ろめたさはないと力強く空気を震わせる。


それがエリオットの神経を逆撫でする。


「よく口にできたものだな。要するに、そこのどこの馬の骨とも知れない男と添い遂げるためにお前は俺と離婚をするというのか」


「ええ。だって、邪魔ですもの」


嘲笑を含ませてはっきりと気持ちを伝える。


(10年。10年よ。家族と離れ離れになって、碌に連絡もとれないまま、アンソク島にたどり着いた。なにもないところから、1から初めて、やっと平穏に暮らせる毎日が送れるようになったの。この人は、この10年、私のことなど忘れたように、だたのひとつも連絡もよこさなかった。夫としての、最低限の生活すら保障してくれなかった。本当に、使い捨てられる人生だと思って、前を向こうと、必死に頑張っても、あの、捨てられた過去を思い出す度、悔しくて、苦しくて何度死のうとしたことがあったか。……わかってくれとは言わないけど、きっと、この人は理解すらしないでしょうね)


自分が被害者のように傷ついて、身体を硬直させるエリオットに同情のひとつすら感じないアエノールは本当に「自分のことばかりなのだな」とため息を吐く。


「そもそも、あなたは言いましたよね。「お前も愛人を作るなり、子を作るなり、好きにするといい。だが、その子は公爵家を継がせはしない」と。私の子供たちに公爵家を継がせろと言っているわけでもないし、あなたの条件通り、この10年暮らしてきたことに、なにか問題でもあるのですか?」


「本当に愛人を作って、子供まで作る女がどこにいる!」


「男が愛人を作って許されるのに、女が愛人を作って許されない理由は?あなたは、サンディとの子供を設けて許されるのに、私は愛する人と子供を作って、静かに暮らすことも許されないの?……さぞ、この10年、幸せに暮らせていたでしょうね」


エリオットはアエノールを追い出した十年を思い返す。


当然、幸せだった。アエノールのことを忘れ、サンディと、そのサンディとの間に生まれたエディとの幸せな時間は、アエノールの犠牲なくしては成り立たなかった。


本来、社交界でも相手にされないサンディは、アエノールが精神疾患を患い、公爵夫人としての権限を与えたという建前をもらって、やっと貴族社会での地位を築けた。


感謝している。アエノールがアンソク島に行ってくれたおかげで、全てが丸く収まったのだから。


それを、やっと10年かけて掴んだ幸せを、何故、今更壊そうとするのか。だが、それは口が裂けても口にはできない。


口にしてしまえば、いままで正当化してきた理論が、アエノールを犠牲にして得た日々だと周囲に認めるような物。非人道的な行いだと自覚しているからこそ、アエノールがどれだけ酷い言葉を浴びせようと、その全てをアエノールは主張する権利がある。


エリオットは視線で懇願する。ただ、考え直してくれと。


アエノールはゆっくりと首を横に振る。


「エリオット様、もう一度いいます。私が、人として自由に生きるためには、あなたが邪魔なのです。エドは、愛人の立場でも良いと言ってくれたけど、私の夫として、リアムたちの父親として堂々と名乗る為にも、結婚をしたいのです。私は、10年、あなたのご迷惑にならないように、息を顰めて暮らしてきました。だから、10年前のことを少しでも憐れだと思うのなら、どうぞ、離婚してください」


「いいのか?形だけとは言え、公爵夫人だぞ。お前がもうなれないような、高い身分なのだぞ」


「身分など、必要ありません。私は、エドと子供たちが傍にいてくれたら、なにもいらないから」


ここまで強い意思ではっきりと拒絶されてしまえば、取りつく島もない。


エリオットは、どうにかして離婚を取り消す方法を模索する。王室も裁判所も受理した書類を覆せるのは、離婚を申し立てた当人だけ。


エリオットは、二人の話を静かに聞いていたエドに顔を向ける。


「お前はどうなのだ。夫がいる女に手を出して、子供まで作って、人の心がないのか。……貴族との離婚は経歴にも傷がつく。もし、王国本土に戻ることがあった場合、アエノールは後ろ指を指されることになるだろう。それでも、本当にいいのか?」


エドは、不愉快そうに水色の瞳を揺らす。迷いを一瞬見せたが、それでも、と言葉を続ける。


「俺はかつて、婚約者がいる身でありながら、他の女に懸想した。一時の気の迷いを本当の愛と信じ込んで、婚約者を公衆の面前で辱めた愚か者だ。そんな俺が言える義理がないのは、わかっている。だが、アエノールはそんな愚か者でもいいと言ってくれた。……この先、どんなことが遭っても、今、手元にある武器を全て使ってでも、アエノールを守り抜く。後ろ指を差されるというのなら、俺がその的になってやるさ」


エドは強い覚悟をもって告げる。貴族のような芯の強さ、王族のような威風堂々とした力強い言葉。そして、太陽の日差しを受けて輝く色素の薄い金髪に、透明感がある水色の瞳。


エリオットは見覚えのある容姿に、記憶の中を探る。――そう、あれは11年ほど前の出来事。


第三王子の婚約式を前にしたパーティーにて事件が起こった。


第三王子エドが婚約式当日に、婚約者であるリティア・ヘーゼル侯爵令嬢ではなく、ティナ・ヤヤ男爵令嬢をエスコートをして婚約破棄を宣言したあの事件だ。


当時のエド王子は横柄で怠け者、気位が高く「女は愛想があればよい」と触れ回っていた、厄介者の王子だった。


公衆の面前でリティアを辱めた事件は、ロロピア国王も心を痛め、リティアの生家であるヘーゼル侯爵は外交に強い、国内有力貴族でもあった。


ふたつの雷に触れたエドは、廃嫡になり、流刑の処分が下されたのは王国史に残る黒歴史だ。


その流刑地はまさにアンソク島。そのアンソク島で、エドはアエノールと出会い、愛を育んだ。


廃嫡の元王子で、流刑処分が下された、いわば犯罪者。大罪人がアエノールと手を取り合う姿は、エリオットは頭を抱えたくなった。


「元王族の犯罪者の愛人に、子供だと……!?お前は、どこまで落ちれば気が済むんだ。こんな奴より、俺の方が劣るなんて……!」


「人を殺したわけでも、盗んだわけでもありません。許されないことはしましたが、騒ぎを起こした罪は流刑で清算されておりますし、示談金も、謝罪も当人同士で解決をしました。……言葉を選んでください。」


後ろ暗いことはなにもないと冷たく言い放つアエノールに、それでも流刑された犯罪人だぞ、と消えそうな語尾でつぶやくエリオット。


苦し紛れの言い訳を探していると、さきほどここまで案内をしたリアムの顔を思い出す。


――彼女たちにとって、子供は大切な存在。その大切な存在に危害が及ぶとなれば、考え直してくれるだろうか。わずかな希望をもってエリオットは口にした。


「子供たちも知ってしまったら、どうなるのだろうな」


脅しともとれる発言に、アエノールの眉が吊り上がった。


「公爵様は、子供まで巻き込むとおっしゃっているのでしょうか」


「そうとは言っていない。だが、そのような父親では、子供も可哀想だろう。離婚を取り消す代わりに、屋敷に戻ることを許してやる。だから、離婚はやめろ」


「それは――」


アエノールがここにきて初めて言葉が詰まる。


まさか、子供を引き合いに出すとは想定外だった。ここまで人でなしだったのだろうかとアエノールの中で、エリオットの評価を改める。


自分たちが好き勝手言われるのは構わないが、子供まで危害が及ぶとなると話が違ってくる。ここにきて、アエノールの決心は揺らいだ。


子供の安全、自分のしたいこと、どちらを優先するかは明白だ。


悔しくて、膝の上で拳を作るとエドが安心させるために手を重ねた。


「……やってみろ」


「は?」


「エド……?」


今度は水色の瞳に静かな怒りを孕んだエドがエリオットを睨みつける。


子供の安全を引き換えに出された条件に、アエノールが馬鹿にされている姿に、黙っていたエドが等々怒りを露わにした。


子供が起こす癇癪ではない、誰かを守る為の真剣な激情に、エリオットはたじろいだ。


「俺は、たしかに廃嫡をされたが、父上とは親子の縁を切ったわけではない。だから、裁判所にも用意に渡りをつけることができたし、離婚状も作成することが叶ったのだ。……だから、このまま、条件通りに、離婚をするのなら、穏便に済ませよう。しかし、戦うというのなら、戦ってみるか? 廃嫡された俺とお前、世間に好き勝手に噂されて、どちらの話に批判が集まるのかを。裁判で、どちらの言い分が通るのかを。――負けた時、相当惨めな思いをするのは、果たして、どちらだろうな」


片や、新婚初日で妻を流刑地に飛ばして10年間存在を隠し、愛人と好き勝手に生きた男。片や、婚約破棄で流刑に処され、その流刑地でその妻の愛人となり、子を作って10年間暮らした男。


愛人を作ること事態は違法ではない。きちんと告知をして過程を踏めば、誰だって作れるものだ。だが、エリオットはそうではない。愛人の存在を隠し、正式な公爵夫人であるアエノールをないがしろにした。


ロロピア王国は貴族主義の社会だ。貴族と平民の醜聞は特に厳しい。どちらの世論が良い方向に傾くと言えば、当然エドの方だった。


エドは、廃嫡されたとはいえ、元王子。アエノールは貴族。エリオットは貴族だが、サンディは平民。形を見れば、平民のサンディはエリオットと共謀し、アエノールの利権と権利、人としての尊重すべき部分を侮辱したのだ。


――今後、貴族社会で、自由に過ごせるわけがなかった。


それを、エドは痛いほど痛感している。新しい婚約者にと立てた過去の女、ティナもヤヤ男爵の妾腹から生まれた女性だった。婚約破棄事件が終わった後も、刑が執行されるまでの城での軟禁生活で、延々と露骨な中傷を受けたのだから。


「離婚状は裁判所を通して受理されている。そして、アエノールを10年傷つけた罪は一生消えない。10年傷つけた罪は、今後の半生をかけて払っていくと良い。……さて、話は以上だ。その書類を持って、領地に帰ると良い」


「……パパ、終わった?」


話に区切りがつくと、一人でに扉が開く。


そこには遠慮気にエドたちを見上げるノーンの姿と、客人の分かアップルパイを三つ置いた盆を持っていたリアムの姿があった。


エドの姿を見ると、ノーンは黄緑色の髪の毛を揺らして小走りで寄ってくるとエドの膝に縋りつく。


「お客さんが来てるときは来ちゃダメだって言っただろ?」


「ごめん、父ちゃん。お客さんにお菓子持ってくっていったら、ノーンがついてきちゃって……」


「そっか。ありがとな。でも、お客さん、もう帰ってしまうから、そのアップルパイはみんなで食べようか」


「いいの!?」


「ああ。だが、この後の剣の鍛錬は倍に増やすからな。午前の鍛錬サボった罰だ」


「うわ、父ちゃん、鬼、鬼畜!」


「その前に、プチトマトの実の剪定が途中だったでしょ?それ、終わらせてからね。明日は天気が悪いみたいだし、今日中に終わらせないと」


「そうだったな。……じゃあ、アエノール。行こうか」


「ええ」


家族の会話をすると、エドはノーンを抱き上げ、アエノールの手を引いて立ち上がる。


エドを見つめるアエノールの表情は柔らかく細められ、エドはアエノールの手を離すと、父親の顔をしてお盆を持っているリアムの頭を撫でた。


エドが子供たちを連れて応接室から出ていくと、最後にアエノールは座り呆けているエリオットに振り向いて言った。


「あなたを許せませんが、アンソク島がなければ、こうしてエドと出会うことができなかったでしょう。それだけは、あなたに感謝しています。……ですから、これ以上嫌いにならないためにも、書類の内容には、納得していただけると助かります」


「遠路はるばる起こしいただき、ありがとうございました。お気をつけてお帰り下さい」アエノールは深々と頭を下げた後、静かに応接室の扉が閉まる。


話に来たのに、いい方向へと持っていけなかったと肩を落とし、捨てたはずの妻には、愛する男と子供で幸せな家庭を築いていることが言葉にできない、複雑な思いを抱く。


いつまでも座っているわけにはいかないと、エリオットは帰り支度を始める。急いで本土に戻って、こちらも代理弁護士を立てなければ。これから出回るであろう噂やサンディと子供の身を守る為の手立てを考えなければ。


頭の中で策を練り続け、ふと窓の外に視線を向けると、エドとアエノールが仲良く手をつなぎ、その先にはリアムとノーンが追いかけっこをして遊んでいる姿が視界に入る。その姿はとても幸せそうで、甘く、争いとは無縁な平凡な家族の在り方だった。













…………。


『おまけ①』国王


――六年前のロロピア王国、王城の一室。


国王の手元には一通の手紙と巾着が届いた。


流刑地に送った息子からの突然の手紙。


その手紙には、なにを書かれているのか。エドの性格のことだ。廃嫡を取り消せと書かれているのだろうかと重たい溜息を国王は吐いた。


捨ててしまおうかとは思ったが、曲りなりにも自分の息子の手紙を読まずに捨てる気にはなれず、手紙を開いた。


そこには五年間前に起こした婚約破棄騒動に関する謝罪。アンソク島で愛する人と出会ったこと。そして、その人との間に子供ができたこと。アンソク島では高級嗜好品の砂糖菓子の元となる砂糖を生産していることと、アンソク島からの商売を認めてほしいこと。アンソク島の所有権をある女性の物として認めてほしいことと、できればその女性の離婚の協力の要請。


要約すると手紙にはそう書かれていた。巾着を開けると、真っ白な砂糖の結晶が沢山詰まっており、指についたそれを舐めてみると、上品な砂糖の甘さが口いっぱいに広がった。


あのプライドの高いエドが下手に出た手紙の書き方と、謝罪の言葉が出てくるのに驚き、誰かが代筆しているのではなかろうかと疑うが、このミミズが走ったような字の書き方はまさしくエドの物だった。


勉強が嫌いで、女性関係にだらしなくて、なのに自分が王位に就くような態度で周囲に振る舞っていたあのエドが。自分に対してのお願いではなく、他人の為に協力を要請するという成長振りに、砂糖の甘さも相まって、国王は笑顔を隠しきれなかった。


人は過酷な環境に身を置くと、性格が変わる者もいるが、エドの場合、それが如実に現れている。六年前の愚かな行動が謝罪のひとつで済まされるわけではないが、それでも自分の態度を改めるという点は評価すべきことで、廃嫡したとは言え、知らない間に孫までできているとあれば、一人の父親として、エドに会わないわけにはいかなかった。


話を聞く気になった国王は、使いをアンソク島に送り、エドの話を聞くことになる。


――リンダークネッシュ公爵の暴挙と、アエノールの事情を知った国王は、時が来たら協力を惜しまないことを約束をした。


それに、合わせ、アンソク島での砂糖の大量生産の成功は、流刑地としてしか価値のなかったアンソク島の未来の可能性を秘めていた。本格的に販売をすれば、国内事業の一角を担うのではないかと予想をした。


もしそうなれば、無価値だった島から千金が生まれる。それだけの功績を、もしエドたちがあげることになれば、リンダークネッシュ公爵家からアンソク島を取り上げることなど容易く、エドたちのことは無視できなくなってしまう。


国益になる偉業を、成し遂げれば地方領地を管理する貴族など、相手にならない。


リンダークネッシュ公爵家は港町を所有し、貿易を盛んに行っていることから、国内有数の経済力を持つが、それ故に王族に対しての敬意をかいていることが目に余っていた。


吠え面をかかせられるのなら、それに越したことはない。


三重の朗報を仕入れた国王は、一人室内で奇妙な笑いを零すのだった。



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勝手にしろと言ったのに、流刑地で愛人と子供たちと幸せスローライフを送ることに、なにか問題が? @akabaneyuuya

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