【小説】『霧の向こうで、自分を置き去りにしたい』

kesuka_Yumeno

― 記憶のない世界で、君を思う ―

本編『やさしい、やさしい鬼がいる世界』の作中作ですが、単話でも読めます。


外伝:『霧の向こうで、自分を置き去りにしたい』


作者:夢野 咲


――これは、私があなたに届けるために書いた小説です。


⸻⸻


青緑の霧をまとった剣は、今日も僕らの名前を忘れさせる。

それでも“この想い”だけは、霧に溶けてくれなかった。

――これは、〈魔王を探す旅〉の外側に落ちていた、大切な記憶。


剣士と霧魔導士は、母を亡くしたのち、魔王を探す旅に出た。

「どうして?」

「倒さないと、世界が平和にならないから。……そういうもんだろ?」


でもさ、もう、忘れようよ。霧魔導士の“忘却魔法”を、僕が使ってあげる。

何を考えていたんだっけ?

ああ……父さんは? どうだったかな。

――霧に包まれて、思い出せないや。

それじゃダメかな。……まあ、いいか。大した理由じゃなかっただろう。


霧深い森を、僕らは進む。何かから逃げるように。見つかったら、今度こそ殺される。

「……え? 何に?」

「……ああ、思い出しちゃった?」

仕方ないな。もう一度、かけてあげるよ。

ごめんね。僕からも、霧魔法を。

無理しないでよ、魔法剣士さん。

お前こそな、霧魔導士。


ずっと、無理ばかりしてきた。そんなこと望んだ覚えはないのに。どうして? なんで?

……ダメだ、効かなくなってきた。

……霧葬灰哭むそう・かいこく……じゃ足りない。完全に消さないと。

元を断つしか、ないよね。仕方ない。これは“仕方ないこと”なんだ。


ザッ。


「ようやく見つけたぞクソガキが!!!」


都合よく“魔王”が現れた。台詞からして小者臭い。

本当に魔王? せいぜい中ボスじゃないの?

――魔王だよ。それで、いいだろ?


どうして、周りに当たり散らすんだろうな。

さぁ? 忘れよう。さっさと。

さっさと倒してしまおう。


了解。


「さっきから何をごちゃごちゃ言ってるんだ、この役立たずが!! 静かにすることもできねぇのか、馬鹿が!!!」


早く。早く静かにしてしまおう。思い出す前に。


魔王の攻撃は単調だ。強くはない。

けれど、体格差に押され、剣士の腕が血に濡れる。

いけない。……霧哭代傷むこく・だいしょう……

青緑の霧が剣士の傷を包む。跡形もなく消える。代わりに霧魔導士の腕が鮮血に染まる。


「悪い。大丈夫か?」

痛い。大丈夫じゃない。――攻撃は引き受けるから、本当に早く倒そう。

あぁ。


魔王「痛てぇな!!! 何すんだボケが!!!!!」


同じ傷があるのに。どうして、想像できないんだろうね。

……人間じゃなくて、魔王だからだろう。

しょうがないよ。しょうがないな。


剣が魔王の体を切る。めり込む感触が手から心臓まで這い上がる。気持ち悪い。

「……霧で援護は?」

無理。傷だらけで、誰かを庇う余裕なんてない。

はぁ、魔法は得意じゃないんだけど――しかたないな。


……霧閃斬影きりせん・ざんえい……


うるさい首が、落ちた。

「今の、どうやったの?」

「……聞かないほうがいい。聞かないで。」


魔王の首は思ったより小さく、生臭かった。

おかしい。モンスターって倒せば霧になるんじゃないの?

消えないってことは――ストップ。王様に見せる特別演出だ、きっと。

そうだ、深く考えないでおこう。とりあえずその辺に、それを置いた。


……どうしたの?

どうもこうも――血を流しすぎた。ごめんね、死ぬ。


《くてん》魔導士の身体から力が抜けた。


えっ?……本当に死んだの? まさか笑うところ?

ちょっと!? 悪い冗談はよせ!?

遺言とか! こんな時はペラペラ喋るものじゃないのかよ!?


嘘だろ。……平気そうに笑って死ぬなよ?泣くタイミング、逃しただろうが!!!!

――絶対、助けてやるからな。絶対だ!!!!




……霧顕夢現むけん・むげん……

――霧の中で夢と現実を入れ替える魔法。



全てをかけて、最期の魔法を使う。

自分と相手のすべてを、入れ替える。


いつの間にか、剣士は消え、魔導士が一人で佇んでいた。

剣は墓標のように地面に刺さっている。何が起きたかすぐに理解した。

剣士は自身を犠牲にして、魔導士を蘇らせたのだ。


……馬鹿なことを。何のために犠牲になったと、思ってるの?

悲しみと腹ただしさで、すぐに同じ魔法を返す。


……霧顕夢現むけん・むげん……


あっという間に青緑の霧に包まれて魔導士は剣士にかわった……

剣士「あれ?失敗したかな???」

呪文と体、全てでも足りなかったか……ならば。

小剣で自身の長い髪を切る。肩口あたりでぐちゃぐちゃになった髪が、切り離されて木の葉のように風に舞う。それは緑色の霧になって周囲に溶け、魔力を満たしているようだった。

小剣を放り出し地面に刺さった剣を抜く。青緑に光る剣はもう一度、魔法を使わせてくれるだろう。今度こそ、成功させよう。



……むけん・むげん……



……?


青緑の霧が立ち込める中。

そこに立つのは魔導士か、剣士か。判別のつかない、ざんばら髪の“誰か”。


どうして。こんな、はずじゃ。


それは、ただのつぶやきだろうか?

風が吹くがこたえるものはない


「助けたかっただけなのに。どうして……どうしてなんだよ」

もう一度。何度でも。助かるまで。絶対に助ける。絶対に!



……む……むげん……


……む……?…………


霧深い森。辺りは青緑に満ちて――

そこに何があったのか。誰がいたのか。誰か、いたのか。

もう、見えない。何も、見えなかった。


これは、誰かの剣になった少年の話?

それとも、誰の剣にもなれなかった誰かの話?

それとも、みんなここにいたのかな。ここではない場所にいるのかな……?



Fin






あとがき


この小説は、あの夏にいなくなった“君”のために書かれました。

もし君がどこかで読んでくれたら……それだけでいい。



“ここには誰か、いた?”


⸻⸻


※本編『やさしい、やさしい鬼がいる世界』第1話はこちら ▶https://kakuyomu.jp/works/16818792439657431111

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【小説】『霧の向こうで、自分を置き去りにしたい』 kesuka_Yumeno @kesuka_Yumeno

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