第7話 拠点へ

「それにしても、下見ても雲ばかりで今の外の世界を見たかったけど残念だな。」

響は感心した様子でうろうろと透明な空間を動き回っているようだった。時折「そこ触らないで」「そこ近づかないで」とヨミチが注意する声が聞こえてきていた。そういえば説明では高度二万メートルと言っていたが、それが体感としてどれくらい高いのかは全く分からなかったが、少なくとも雲の上であるという事実に僕は目を開けると眼下に広がっているだろう文明消滅後の荒涼とした地表を想像して身震いした。

「そろそろ拠点上空になるよ、そこの二人はそろそろ起きて」

「ううー、むりー」

「たぶん目を開けたら心臓発作でショック死しちゃうから、とりあえず落っこちても大丈夫なぐらいの高さになったら教えてほしい」

極限の状況を乗り越えて余熱に滾る意気はまるで風船の結び目から徐々に抜けていく空気のように萎んでいた。

「おいおい、三人のうち二人が、高度恐怖症に三半規管よわよわなんて大丈夫かよ。」

呆れたようにチシマは頭を抱えていた。

「そもそも人間が乗るように設計されてないのだから、吐かないだけマシ、それよりそろそろ到着する。」

ヨミチが下を見ながら言う。そこは富士山の樹海の奥地だった。機体が下降していくと、寄り添っているように見える木々の密林は映像投影技術を使用していたのか、構わずすり抜けて下に進むと、やがて字面が見えてきて、その地面は機体が近づくと大きく横に開き地下へ続く大穴が現れた。そのままゆっくりと降下していく。

「凄いね、こんな地下に向かうんだ。思っていたより規模が壮大で驚いたよ」

僕は揺れがなくなり、降下のみの動きになったことで、すこし恐怖がマシになり、立ち上がることが出来た。そばを見るとまだ紫陽花はへばっているけれど。

「へへ、凄いでしょ?随分と昔から準備してたんだから、もちろん本当にすごいのはこれからだよ」

欲望司書が誇らしげに答えた、やがてその果ての無いような大穴にも底が見えてきた、そこには白い広い空間が広がっていた。

「よし、到着したぞ。降りろ」

機体が透明な状態を解除し、武骨な金属製の機内に変化し、後部の扉がゆっくりと開いた。僕は優しく紫陽花の肩を叩き、揺すった。

「紫陽花ちゃん、着いたよ?大丈夫?」

のそのそと呻きながら紫陽花は起き上がり、ゾンビのような千鳥足でゆっくりと出て行った。

「なんだ?拠点って言っても何もないな。ただの広いだけの場所じゃないか」

響は周囲を見回して言った。確かに言われた通り何もない空間だが、さすがにこの場所だけではないだろう。

「もちろんですよ、舐めないでください。こんな空間はただの発着場所でしかないのですから、付いてきてください。」

ヨミチがすかさず言葉尻をとらえるように反発し、歩き始める。

右手の壁際まで進むと、そこにヨミチが手を当てると、扉が薄く光り押し込まれそこから通路が現れた。

「こっち」

ヨミチとチシマが先導し、長い白い廊下を歩いていく、途中いくつかの部屋の扉があるのを確認したが、最終的に僕たちは一番奥の扉の前に来た。

両開きの大きな扉をチシマとヨミチが一つずつ取っ手を持ち洗練された動作で開いた。

「凄い・・・」

僕達は唖然とした、とても大きな部屋には真ん中の部分には見たこともないような立派な巨木が植えられ、その周りにもいくつかのシダ植物が植えられていた。右手には螺旋階段になっており、ロフトがあった。部屋の壁は相変わらず無機質な味気ない白い壁だが床には豪奢なペルシャ絨毯が敷かれていた。多くの方にはソファーに暖炉まで取り付けられていて、まるでどこかのホテルのフロントのようなそんな雰囲気の部屋だった。

「ここがリビング兼作戦室です」

「やばーい!めっちゃラグジュアリーじゃん!うわー、ソファーもふかふか!ここのカーペットも知らない動物の毛皮じゃない?」

紫陽花がさっそく飛び込んで、パタパタと見て回っている。僕はロフトの先が気になって、螺旋階段を上っていった。

ロフトの部分には三面モニターの置かれたいくつかのPCとワークデスク、まるでオフィスみたいな造りになっていた。先ほどの作戦室という面はこの部分を表しているのだと察した。

「やあ、紅葉君」

突然後ろから声を掛けられて、驚き振りむく。

そこには、チシマとヨミチを連れて目の前でにこやかな顔で手をひらひらと振っている欲望司書の姿があった。

「な、なんで?君は人間だったの?」

人の形を取って目の前に現れた少女に僕は驚愕した。僕の大きな声に反応して他の二人もロフトに上がってきた。

「えーーー!?司書ちゃん?」

「これはどういうことだ?欲望司書」

二人も僕と同じように戸惑っているが、当の渦中の欲望司書はその反応を楽しんでいるかのように、頷きながら大げさな溜めのあと話し始めた。

「ふふ、驚いた?これは立体映像だよ、ほらこのふよふよ浮いている小さな球体から投影されているの」

そういわれてよく見てみると、確かに米粒ほどの小さな球体がいくつか浮いていた。僕はおそるおそる、欲望司書の身体に触れてみる。しかし言葉通り映像なのかすり抜けてしまう。

「ほ、ほんとだ・・・けど、近くで見ても違和感ないくらいリアルな質感だね」

「まあね、これから君たちはあの最大限の合理化された都市では見たこともないような技術やテクノロジーを目の当たりにするかも知れないけど、勘違いしないでね?本来の人類の技術力はこれほど多様な物なんだよ」

「それじゃあ、とりあえず拠点の内部について説明していくか、着いてこい。まずはお前ら人間の居住スペースだ」

僕達は来た道を戻り道中に合った別の扉に入っていく。そこには更に別の廊下が続いていて五つの扉が両側に対になり並んでいた。

一つの部屋の中に入ると、そこは広い部屋だった。決して広すぎるほどではないけれど、長期的に滞在するのを考えても充分すぎるほどだった。

「部屋の中はこんな感じ、何か必要なものがあったら用意出来るものは少ないけれど、言って。出来るだけ揃えるから」

チシマの案内で僕達は部屋の中を見て回り、全ての部屋が大して差は無いことから、適当に部屋を分けて、それぞれ荷物を置いた。

「次の区画に行くぞ、着いてこい」

それから僕たちは水耕栽培施設や、トレーニングルームを見て回った。どれもかなりの大規模で、まるで人類最後の地下シェルターのように感じられた。余談だが、紫陽花はずっとテンションがバグっているいくらい高かった。僕も、恐らく響も少なくとも感動はしていた、人類最後の自由の為の施設だ、ここには監視カメラもついていない。

「よし、最後にこの拠点内で絶対にお前らが立ち入ってはいけない場所を教える。ついてこい」

再び廊下に戻る。しかし変だ、僕は疑問に思った。

「ねえ、チシマ、もう全ての扉に入ったけれどどこにそんな危険な場所があるの?」

そう、今まで紹介してもらった場所を含めてすべての扉の先にある施設を紹介してもらっていた。これ以上どこにそんな場所があるのだろうか?

「ああ?そんなん危険なんだから隠しているに決まっているだろ。」

チシマはそういうと、何もない壁を叩く、そうすると壁がスッと横に消えて広い空間が現れた。

「うおっ!これは中々良いな」

響が嬉しそうに声をあげた、僕はそんなことすら気にならないくらい唖然としていた、その場所は先ほどの発着場と同じような造りのただ広い空間だが、大小さまざまな兵器が多量に保管されていた。

「へえ?戦車に戦闘機?それからロケットに装甲車、これは偉いね。これで戦争でもする気なの?」

紫陽花はニヤニヤしながら後ろから着いてきた欲望司書に目を向ける。

「馬鹿言わないでよ、こんな古臭い兵器はAI相手には使い物にならないわ。ただこの場所元は軍事基地の一つだったからその名残で残っているだけ、もちろん使い道も無いわけじゃないから一応保管しているの」

僕はゾッとしてしまった、図鑑で見たことのあるような大量殺戮の道具がここには沢山保管されていて、僕はそれらを所有する組織のリーダーになってしまった事実がある。

「ああ、まあこれで分かっただろ、危険物を保管しているから立ち入り禁止ってことだ。もう行くぞ」

チシマはそういうと大して僕達の反応に興味を示さず、少し面倒そうな様子で戻っていった。

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欲望司書と理想都市 鳥木野 望 @torikino

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