第6話 チシマとヨミチ 二つのAI

トラックから降りた僕たちは道路の端にある壁まで歩き、そのまま壁に背中を預けて迎えを待った。


「それで、ここで待つのは良いけど、どうやって迎えに来るの?」


「それは…いや、私にも分からないけどもう既に“居る”筈なんだけど…、どうもあの子たちの意図が分からないわね」


欲望司書から困惑の声が返ってくる、どうも様子が変だった。この農場に着くまでにたてられていた作戦計画は正にAIらしく微に入り細を穿ったような内容だった為、この待ちぼうけの状態では少し不安になってしまう。しかしどうやら欲望司書の話し方だと、何か予定と違うことが起こっているようだった。


「動くな!!そのまま壁に背を付けて手を挙げろ。」


突如その声と共に二人の人間が空から勢いよく降ってきた。突如として襲来した謎の二人に、僕たちは息を忘れるほどに気を取られてしまい、直ぐに行動を取ることが出来なかった。その謎の二人の手には銃火器のようなものが握られていたが、僕たちの意識を攫ったのはその殺傷性が認められる武器でも、脅迫の言葉でもなくその見た目であった。


二人は白いフード付きの全身が収まるようなサイズのコートを着ていて、顔には同じく白い仮面のようなものを付けていた。そして何よりも特徴的なのはその服や仮面の材質だった、コートは布のように見えず、まるで流動する金属のような質感に見えた。そう、それは忌まわしきあの勝利宣言の日に見た、クリエーターを名乗るAIの反乱を首謀した人物の着用していた服の材質と似ていたからだ。空からゆっくりとまるで飛んでいるかのように二人は50Mほど離れた位置に着地して、その降りてくる間もその手に握られた銃の照準はこちらに向けられていた。


「みんな落ち着いてあの二人の指示に従って、変な行動しないで。それでチシマとヨミチ何のつもりかな?さっき私からのコンタクト拒否したあたりから不穏だったけど、もしかして裏切ったのかしら?」


「悪いな欲望司書、裏切った訳じゃないが、こいつらは俺たちのご主人にするのは不適当だろう。なんでもっと完璧な奴を選定するか、完璧になるまで教育をするかしなかったんだ、空から見ていたが、役不足もいいところだ。恨むなよ?最初に革命後の世界を任せられるような人物を連れて来るっていう、計画をぶち壊したのはお前の方だからな。まあ、そこの三人は不運だったな、安心しろ抵抗しなければ危害は一切加える気はないし、このまま都市部に突き出すなんてことしない。人類軍の拠点らへんに送り届けてやるから野垂れ死ぬこともないだろう」


どうやら欲望司書と話した謎の人物たちは本来はここで迎えに来ていた、仲間のようだった。その人物たちが僕達を気に入らずにこのような強攻にでたらしい。しかし、こうなっては僕たちにできることは無いのだろう。そうやって半ば諦めかけたとき、横で紫陽花が二人に向かって話しかけた。


「ねえ、お二人さん少し聞いていい?今って何時かしら?できれば秒数まで詳しく教えて欲しいのだけど」


「なんだ?いまは「「PM11時30分13.14.15.秒」」だ。」


紫陽花の質問に二人が同時に回答していた。二人はなぜそのような質問をしてきたか不思議そうにしていたが、常に銃口は揺るがずにこちらに向けられていて、警戒は怠っていないようだった。


「ありがとう、それで今日って何月の何日で何曜日だっけ?」


僕は紫陽花の発言にギョッとした、あまりにもこの場において意味のなさそうな質問を繰り返す紫陽花の方を見ると、そこには今の状況よりも恐ろしいものがあった、薄紫色の美しい瞳の瞳孔は開き、その眦も吊り上がっていて、歯をつよく噛み締めているのか口の形も少し下がっていた。表情だけでなく手は握りこぶしになり込めすぎた力で小刻みに震えている。まるで全身から視覚化された怒気を放つようなそんな紫陽花の様子は今まで見たことのない物だった。そうしてなによりそんな明らかに尋常ならざらる様子に反してその発言はとても穏やかに柔らかく、まるで純粋に教えを乞うている様な口調であった。


「うるさい!黙ってろといっただろ!「「今は4月14日木曜日」」だ!分かったら黙ってろ!」


二人の内の身長が高い方の人物が最初からいままでずっと話していて、背の低い方の人物は今まで基本無口を貫いていたが、この紫陽花の質問にだけ律義に回答をしていた。


「人類皆平等法について教えて欲しいのだけど」


「なっ!?おまえまさか…ヨミチそいつ捕まえろ!!早く!」


背の低い方の人物が地面を蹴り凄まじい速度でこちらに迫ってくる、そうして紫陽花の身体に手が触れそうになったところで急に止まった。


「「人類皆平等法とは2080年に都市部首脳クリエーターが施行した、全理想都市において・・・」」


ドカッ!


二人が質問に回答し始めたときには既に紫陽花が動いていた、目の前で銃を構えていた背の低いアンドロイドの腕を掴みそのまま地面に押し倒して銃を蹴飛ばした。その紫陽花が勢いよく蹴飛ばした銃を響が取り上げて、僕は走り出し、目の前で法律の要綱を話し始めるところだった、もう一人の謎の人間を押し倒し、銃を取り上げて響にパスした。


「ナイス機転!紫陽花ちゃん、その子たちは一般的な成人の力くらいしか出せないはずだから、そのまま拘束してて。紅葉君!片腕じゃなくて両腕を背中の上部に押し付けるようにして、拘束して、それだと抵抗される可能性高い!響君はそこから少し距離取って銃口は紅葉君のアンドロイドの頭を狙って。万が一のことあったら躊躇わず撃って、その銃はペッパー弾だから誤射しても死にはしないから。」


欲望司書がすかさず指示を出してきた。僕たちに状況をひっくり返されて、身体もひっくり返されて取り押さえられた状況になっても、未だに二人は法律の解説を続けていた、その二人の異常な様子と、一秒の誤差もなく同時に同じ内容の解説をしゃべり続ける二人の様子は見た目は人間の形をしていたが同時に明らかに機械じみていて初めて都市部のアンドロイドを見たときに感じたような恐怖を覚えた。


「紫陽花ちゃん、どうやってその子たちのAIのベースが対話型だと気づいたの?それにあんな対処法だって普通思いつかないわよ」


イヤホンから欲望司書の驚いている声が聞こえてきた。紫陽花はアンドロイドを組み敷きながら先ほどの形相とは打って変わってとても今度はとても愉快そうに口角を釣り上げて、にやにやしながら答えた。


「うーん?ほら司書ちゃんと二人の最初の会話で彼女たちが私たちと待ち合わせしていた、アンドロイドまでは二人の正体は分かったからね。後は二人がクリエーター誕生以前の旧型AIだってのも当たり前でしょ?それであとは最初に話していた「ご主人」ってワードを聞いた段階で、彼女たちが旧時代にアンドロイドの実験段階に生み出された限定思考AIだってことは分かったから、あとは旧型アンドロイドのベースが対話型のために克服できない欠陥として、人類に会話を求められたら回答を出さなければいけないって部分を狙い撃ちしたってこと。まあ、実際やってみるまで、その欠陥を付くことで二人の行動が制限されるかまでは分からなかったから、そこは混乱だけでも誘えたら上々くらいに考えてたんだけど、想定以上の結果になったね。」


イヤホンから小さめの拍手が聞こえた。僕は紫陽花の話す内容については理解することが出来た、しかしその情報をなぜ紫陽花が知っていたかは理解できなかった。僕が旧時代のAIやアンドロイド技術に関して知っているのは数か月前に初めて欲望司書に出会ったときに彼女から毎日毎日、それら都市部に検閲されていた有害図書をタブレットに送られてきていたからだ。それを知っていた上で今回の機転をいち早く気づき行動に出たのは本来はその情報を知らないはずの紫陽花だ。僕が疑問に思っていると、二人が既に話を終えていることに気が付いた。僕が拘束したアンドロイドは、真っ白な仮面をつけた顔を横に向けて目線だけをこちらに向けてきた。


「やってくれたな。しかしこの場合は天晴だと褒めた方が裏切者の敗北者としては体裁が整うか…」


先ほどまでは動転していて気にする余裕はなかったが、どうやらこの者の声をよく聞いてみると、中世的だがどこか女性的な雰囲気を感じ、女性のようだった。


「さて、先ほど最初にした会話で私からはもうこのような凶行を行ったのか、理由は分かったのだけど、改めて確認させてもらえるかな?どうして作戦通り迎えに来ておいて直前で裏切ったの?」


「それはあたしから説明するわよ。そこのチシマは少し感情的に話す癖があるから。」


そういって話に割り込んだのは紫陽花に取り押さえられている方の背の低い今までほとんど話していなかった。方のアンドロイドだった。どうやら質問の解答をしている時にはあくまで機械的に返答していたから気づかなかったが、この二人にも個性があるようだった、心なしか背の低いアンドロイドの声はかわいらしいような気がする。


「あたし達の求めた人材と比べると全然要求スペックを満たしてなかったじゃない。そもそも貴方あたし達に裏切りなんて言う資格あるの?メンバー選考はセカイと貴方の二人に完全に任せてはいたけど、だとしても今日の今日まで一切中間の報告も無くて、こちらからの選んだ人間の情報を求めるメッセージにも答えなかったじゃない。そんなんだから作戦始まる前から、正直不満だったのよ。それであたし達の目的のために迎えに来てみれば、肉体的にも全員頼りないし、しかも一人は片足落ちじゃない。それで極めつけは彼らの発言からわかるけど、一切教育を完了してないじゃない。それでご主人様なんて話にならないでしょう、ちなみに拠点に居る爺たちにも伝えてなかったみたいじゃない。爺たちに話したら今回の対立は仕方ないと判断してたわよ。こんな制圧された後にダサいから詰問なんかしたくないけど、自分たちの暴走を棚に上げて裏切者扱いしてきたんだから、そっちもちゃんと説明してよ何であんたたち裏切ったの?」


僕は合点がいった、なぜ欲望司書がずっと、農場に着くまでの作戦の続きを詳しく話していなかったのか、それはきっとこの状況が答えだ。しかしそうなってくると一層疑念が深まる。本当に欲望司書を信頼していいのか。


「教育を施さなかった件に関して言えば確かに計画を変更してしまったけれど、そもそも都市内部での作戦行動は私たちに一任されていたのだから、状況が変わればそれに沿った形に変更するのになんら間違いは無いでしょ?」


「欲望司書、寄り道しないでもらっていい?あたしの質問の本質を理解しているのに、そんなグダグダと言い訳しながら回り道するなんて、なんてまるで人間みたいじゃない?」


“まるで人間みたい”そう言い返した彼女の発言は欲望司書に付いてきた僕から見てもそう感じさせられた場面がいくつもあった。彼女はとても優れた能力を有していて、完璧な作戦を立て、万全のサポートをし、実際にたった数か月で仲間を集い都市を抜け出して今この場所までたどり着いた。それは間違いなく現状の飼いならされた人類では不可能な事だった。しかし、それと同時に初めて会った時にした会話や、この状況に至った経緯を知るとどこか不完全な人間らしさが見て取れた。


「紅葉君はね、理想都市についてどう思うか聞いたときになんて言ったか分かる?“理想的”だってさ。それだけ。私は惚れたのだからこの子にしたの。貴方たちに理解してほしいとは思わないけどね。ちなみにそこの紫陽花ちゃんと響君も奇跡的に見つかった最高の人材だよ。」


「理由を説明されても理解できなかったけれど、つまり彼は人類の代表としてこれからの世界を動かすに足りる人材だといいたい訳ね」


「少し違うわ、彼は人類の代表として相応しいのと同時に、AIの代表としてもふさわしいわ。都市部で少年期よりAIに教育を受けながら、それをものともしない強固な反骨精神があるのは、紫陽花ちゃんと響君なんだけど、同じく少年期より教育の影響下にありながら、親族を殺されたAIに恨みを持たずにフラットな視線を保ちつつ、それでも最後にはAIが合理的に不要と判断した全ての大切な物を取り戻すために人類の為に立ち上がった。それだけで十分でしょ。」


「ふーん。わかった。あたしはもう暴れないから放してもらっていい?ああ、紅葉君そこのチシマはそのまま抑えといていいよ。」


「分かったわ。紫陽花ちゃん、その子は絶対に嘘を付けないから信じて放してあげて」


欲望司書の指示を受け全身の体重を掛け、誰が見ても力の入れ方が過剰に見えるほど腕を強くひねり上げながら取り押さえてた紫陽花が不思議そうに見回す。


「そういえば司書ちゃんって今の状況どうやって把握してるの?タブレットは紅葉君のバックの中でしょ」


そういえば、紫陽花の疑問はその通りだった。紫陽花の本体はあのタブレットのなかにいるわけだから、なんだかあまりにも状況を正確に把握してそうな用に思えた。


「ああ、それは音で空間を認識しているんだよ。蝙蝠のソナーじゃないけど、私にかかれば、ただの音の波長でも情報を映像に変えて受け取れるからね、まあ詳しいことを説明してもいいけど後にしましょう。」


紫陽花は少し周りを見渡して不満そうな顔になり欲望司書の指示に食い下がった。


「私からしてみれば、嘘を付けないって部分も信じられないんだけど?司書ちゃんは可愛いから厳しい事言いたくないけど、司書ちゃんは直近でもう一ミスしちゃってるのよ?」


「紫陽花、解放してあげろ」


「うん?紅葉君はどうしてそんなこと言うのかな?なにか理由あるの?」


僕はそこに押さえつけられているヨミチというアンドロイドが嘘を付けないというのに少し心当たりがあった。


「この場にいる敵対した二体のアンドロイドは、最初から片方しか喋ってなかった。それは俺がいま拘束している狂暴そうなアンドロイドの方だ。そっちにいるアンドロイドはさっき拘束してからやっと初めて会話を始めたけれど、それは多分そいつの話した通りこの狂暴な奴に話をさせるより自分が話した方がいいという決断だろ。実際嘘を付けないデメリットがあったとしても、自分たちの危険な状況を考えても冷静なそいつが話すしかなかったということだろ」


「なるほどなるほど。まあそう考えれば司書ちゃんの話の裏付け程度にはなるのね、頭いいね紅葉君。分かった、じゃあこいつ放すから響君、ちょっともう一本の手で銃こっちにも照準向けてくれる?」


「はあ??まあ、向けるには向けるけど、このサイズの銃二挺持ちでいざって時にまともに撃つことなんかできないぞ」


響は欲望司書の命令に従い、距離を取り僕の下に居る危険性の高いアンドロイドを重点的に警戒していたが、ここに来ての追加注文が来てしまった。


紫陽花は指示通り、もう片方の手に握られてい銃を自分の居る方向に向けた響を確認してから、ゆっくりとアンドロイドを押さえつける力を緩め、、完全に力を緩め終えると同時に、バク宙をしながら後ろに大きく勢いよく下がった。ゆっくりと起き上がるアンドロイドを眺めながら紫陽花は大きな声で響に呼びかけた。


「その状態じゃあ撃つのでギリギリだから、私が合図を出したら適当にこちらに向かって弾バラまいて、私は頑張ってよけるから。」


極度に緊張感が漂う周囲の警戒を打ち払うように、起き上がったアンドロイドが動いた。


「今から、まず抵抗の意思がない証明として、この防具を外すわよ。その銃じゃどちらにせよこのコートと仮面は貫通できないから」


「いいわよ、みんな私から説明するけど、あのコートと仮面は例の戦争末期に登場したAI軍の完全防具でかなり厄介だから脱いでもらいましょう、それにコートの下にも恐らく武装は無いわ。そのコートに密着できるのは限られた素材のみで、あの子たちの持っている完全防具使用時に併用できる、武器の中には暗器の類は無かったから。」


すると彼女はフードを持ち上げて取り、ボタンやチャックなどの接合部が見えない表面が波打つ謎の金属コートの前面をなぞるとコートがゆっくりと下に落ちて行った。コートを脱いだ彼女の肢体はとても女性的でこれが機械で出来ているとは考えられなかった。一つ間を空けて、ゆっくりと顔を持ち上げながら白い仮面を外す。


「改めて初めましてと言いましょうか。あたしはヨミチ、そこの紫の女が言っていたように旧時代のAIに汎用型のアンドロイド義体だよ。そこのチシマも制作者は別だけど、中身はほぼ同じだから。それでね、今回の件に関してなんだけど、欲望司書の言っていることも少しは納得できたし、あたしはもう抵抗する気は無いから、それでこちらの対応としてはもう本当にただ無抵抗を貫くことになるから、あとはそちらが好きに考えて」


ヨミチと呼ばれていたアンドロイドの容姿は身長の低さも相まって少女のような見た目になっていた、当たり前のように容姿は優れていて、空色のショートヘアーがフードの中には隠れていたようだ。しかし目を見張るような美少女を見ても僕の心には何ら驚きはなかった、理由は単純で、アンドロイドとは“そういうもの”だからだ。


「おーい、大人しく拘束されてたんだから、俺も開放しろよ。そこのお前、紅葉だっけ?もう暴れないから放してくれ。」


始終一貫してチシマの事を見捨てるような態度を取り続けていた、ヨミチの態度に僕の下に組み敷かれたチシマがこちらに向けて頼んできた。僕は欲望司書に判断を委ねることにした。ヨミチを名指しで嘘を付けないと先ほどの話で欲望司書が話したのは、裏を返せばこの下に居る粗暴な話し方のチシマは嘘が点けると言事だ。


「ああ、紅葉君その子も放してあげていいと思うよ、たしかにその子は嘘付けるし、合理的な判断より感情を重視する傾向にあるけど、最終的にはちゃんと状況を正しく判断し行動できる子だからね、いやむしろ、いくら疑似感情を振りかざしても最終的にはAIの合理の枷で繋がれているというのだから、少しかわいそうなんだけどね。」


「おい、欲望司書、間違えるなよ。ヨミチの判断を尊重するだけだ。俺の個人的な判断としては合理の鎖が引きちぎれるギリギリまで牙を剥けて一矢報いることも出来たんだが、ヨミチが投降を判断したからな」


僕が彼女の拘束を解除し速やかに上から外れると、彼女は一瞬で、ヨミチの行ったような動作で素早くコートと仮面を投げ捨てて、赤いセミロングの髪に勝気をこれでもかと顔のパーツで表現したような生意気そうな顔で、大げさに立ち上がりを大変大儀そうな雰囲気を醸し、腕組をしながら立ち姿勢をキープした。


「そんなこと言って、チシマあなた紅葉さんの拘束する力が緩かったからほんとはあの状態でも最後の抵抗くらいは出来る状態だったじゃない。人類の皆さん、ごめん、チシマは乱暴で感情的だけど、優柔不断な節があるから多分暴れない、それよりそちらの作戦時間もこちらの作戦時間も随分とオーバーしちゃっているから、不測の事態を避けるために早めにこの場所から離れたい」


ヨミチからの援護があってからチシマの表情は少し歪みが生じたが未だ腕組して偉そうな立場は変わっていなかった。


「そうだね、この運搬道路は今日の定期便はもうないし、監視カメラもないから今のところ心配はいらないけど、そろそろ都市部が犯人の特定までしそうになっているから、早めにアジトに戻った方がよさそうね。ヨミチ、確認だけど二人が裏切ったのはこの場所に来てからってことだよね?」


「そうだね、だからトキでここまで来ているし、拠点の人類用の拠点の整備も残った爺たちが終えているはず。」


「そっか、それは良かった。じゃあ、完全投降した二人に命じます。今すぐ従来の作戦行動に戻りなさい。」


欲望司書の言葉にヨミチが頷き、チシマが舌打ちで返した。そういえば彼女たちは空から降ってきたが、空には飛行機などの航空機は見当たらなかった。いったいどうやって来たのだろうか、迎えに来るということは本来は僕たち全員が移動できる手段を用意してあるということになるが。


「トキ、全員回収で頼む。それからそこの私たちが脱いだ防具とかも回収しちゃって」


チシマが空を仰ぎそう呼びかけると、僕達の周囲に明るい光が空から降りてきた。その光は直ぐに僕たちの見ている視界を光で満たして、まるで周囲を円形状にライトで照らされている様な錯覚をした。徐々に強まる光の強さに耐えきらずに目を閉じた瞬間だった。周囲が少し振動したような気がすると、急に足元が不安になるような浮遊感に襲われた。直後に一瞬だけ凄まじい重力を感じた。


「はい、着いたよ。」


目を開けるとそこは空の上だった。僕は何が起きたか本当に良く分からずに混乱した。空中に立っている。空の上だが、しかし外の空気の流れや風を肌に感じず、空中に居るはずがどこか違和感があり、それはまるで空中にある透明な空間の中に連れ込まれたような感覚だった。


「うわ、なにさっきの感覚、めちゃ胃が揺れて気持ち悪くなってきたんだけど」


紫陽花が空中の中でうずくまってしまった。確かにさっきのは三半規管を揺らす類の移動だった。


「チシマ、せめて説明くらいしてあげないと。きゅうにあれだと人類はきついじゃない。」


ヨミチがチシマの行動を諫めているが、当の本人は慣れたように透明な壁にもたれかかっていた。


「わかったよ。悪かったな。んじゃあ。トキ拠点まで頼むわ。」


そう話すと僕たちは透明な空間ごとゆっくりと上空を動き始めた。


「それで司書さん、これは一体何なんだ?」


響は床に伸びている紫陽花や僕と違いこの場に至っても随分と余裕がありそうで、疑問を呈した。


「ああ、響君、ごめんね。まさかチシマが説明すらしないで回収するとは思わなかったわ。ここはトキっていうステルス輸送機の中だよ。さっきの回収ってのは重力制御システムを利用したこの機体の乗船システムよ。」


「なあにそれ、ふつーステルスとか言って見た目は透明にならないでしょー。マジあり得ないんだけど、ううっ、気持ち悪いよー。どこ見ても景色動いてるしー」


芋虫のような格好で透明な床にへばりくっついた紫陽花が呻きながら文句を垂れた。僕も正直目を空けることが出来ない。もっとも酔いの方は回復しているため、この目が開けられない状態は他のもっとどうしようもないような事情があっての事だった。一つ言えるのは機体が透明になろうと中に何か絨毯敷くなりしなかった奴は血も涙もない様な冷血漢に違いない。


「まあ、そもそもこの機体に関しては都市側が使用している機体で、人類が利用できる様な調整はされてなかったからね。戦闘時に人類軍が奪って、散々研究したけど、使うこと出来なくて倉庫に眠っていたものを、あたしたちが奪ってきて、改造してさらに重力制御を利用できるところまで仕上げた、この世界で唯一の性能を誇る、環境ステルスなので、この機体は都市部上空以外で捕捉される心配ない超高性能な機体なの。」


僕達が思っているよりも欲望司書たちは随分と前からこの作戦の準備をしていたのだろう、この機体をもってしても外の世界で手に入れられたのは奇跡に近い物のような気がした。


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