古き蛇

@perushan

リボルバー


雨が絶え間なく降る夜の街。

ネオンの光が水たまりに揺れ、電脳信号が頭の中で脈打つ。

人々の思考がデータの奔流となり、街全体が情報の海のように動く。


コルトの電脳パーツは、スラムで手に入る最低限のものだった。

資金も権力もない貧困の中で、生き延びるための選択。

性能は最新世代に遠く及ばず、情報の奔流に追いつくことはできない。


生活のために犯した小さな罪が、今では巨大な組織の追跡を招く。

「生きるための選択が、さらに危険を呼んだ」

雨の路地を走りながら、自分の決断を思い返す。胸の奥で恐怖と後悔、そして生への執念が絡み合う。


雨粒が頬を伝う。

コルトは路地裏の影に身を潜め、息を殺した。頭の奥で、電脳が断続的にノイズを吐き続けている。敵の探索信号が空を飛び回り、鷹の目のような鋭い視線が突き刺さる。旧式の電脳では完全に遮断できない。


ジャケットの内側から古びたリボルバーを取り出す。

重みが手のひらに確かな存在感を刻む。

グリップには精巧に蛇の紋様が刻まれている。指先に伝わる鱗の凹凸。

蛇は捕食者の象徴。コルト自身も、危険の中で静かに力を溜める。


ゆっくりとシリンダーを押し出す。

金属が擦れる乾いた音が、雨音に混じって小さく響いた。

そこに並ぶ薬莢はわずか数発。火薬の匂いがわずかに鼻をつく。真鍮の表面には細かい傷や黒ずみが刻まれており、それがこの銃の歴史を物語っていた。


弾頭に映る街のネオンが歪んで揺れる。

最新の電磁兵器や光学銃が支配する時代に、火薬を爆ぜさせるただの鉛玉。

だが、引き金を引けば確かに火は閃き、煙は匂いを残す。

それはデータの奔流にも消されない、生の手触りだ。


シリンダーを回し、音を確かめるように閉じる。

カチリ。

小さな機械音が、コルトの中で決意を締めるように響いた。

蛇の彫刻が握る手に食い込み、まるで自身に噛みついて離さないかのようだった。


路地の角、電脳化した組織の追手が迫る。

脳内に侵入してくる攻撃の波。情報が思考の網に絡みつき、旧式パーツが悲鳴のように警告音を発する。

信号ログを簡易的に書き換え、自分のシグネチャを乱雑なノイズで上書きする。

最新式から見れば稚拙なハックにすぎない。

だが、その不格好な工作がほんの刹那だけ、敵の探索アルゴリズムを空振りさせる。


わずかに生じた信号の死角。

コルトはその瞬間を掴み、身体を前へと押し出した。



バンッ!

リボルバーの銃口が閃光を放つ。

火薬が爆ぜ、鉛玉が弾道を描いて飛び出す。

手に伝わる強烈な反動が腕全体に衝撃を走らせる。

煙と火薬の匂いが鼻腔を刺激し、アナログな現実感が脳内の電脳戦の混乱に対する軸となる。


弾丸が追手の電脳リンクを一瞬遮る。

かつて多くのものを屠った銃も、今や強化した電脳パーツの前では致命傷を与えることはできない。

情報の奔流は止まらない。だが、行動したのは自分だという確かな感触が残る。


コルトは躊躇うことなく、廃工場の影に飛び込んだ。非常階段を駆け上がり、屋上に飛び出す。街のネオンが霧の向こうにぼんやりと浮かんでいる。

追手の足音と電脳のざわめきが迫る。視界に閃光が走り、侵入してきたハックが思考を歪めた。

コルトは必死にキャッシュをクリアし、ノイズを振り払う。


「まだ、やれる」


次弾を放つ。

バンッ!

銃口の閃光と共に、弾丸は看板の電源ケーブルを撃ち抜き、青白い火花が散った。

一瞬にしてネオンが落ち、路地が暗闇に沈む。


混乱する追手たち。

その隙を縫い、コルトはビルの縁から隣の屋上へと身を投げた。衝撃で肺が焼けつくように痛む。だが、転がりながらも体勢を立て直す。

背後では怒声と信号が入り乱れていたが、暗闇と煙に紛れてコルトの姿を捕らえることはできない。


胸の奥で息を殺し、リボルバーを握り直す。蛇の彫刻が手のひらに食い込み、痛みと共に生き延びた実感を刻んだ。

いつの間にか雨は止み、霧が街を包んでいる。


コルトはその霧の中へと足を踏み出した。

まだ戦いは続くだろう。だが今はただ、生き延びた——それだけで十分だった。

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