第14話 禁書庫の魔女
模擬戦での圧勝により、城内での俺たちへの風当たりは劇的に変わった。
騎士たちは、会うたびに敬礼をし、畏敬の念のこもった視線を向けてくる。貴族たちも、これまでの侮蔑的な態度は鳴りを潜め、今では遠巻きに好奇の目を向けるだけだ。力とは、これほど分かりやすく人の態度を変えるものかと、俺は改めて実感していた。
国王からは、正式に「王国の剣」の称号を与えられた。
それは、勇者と同等の権限と、城内での自由な行動を許可するものであり、俺たちは客分として破格の待遇を受けることになった。用意されたのは、貴族が住む区画にある、広々とした一室だった。
「……落ち着かんな」
豪華すぎる天蓋付きのベッドに腰掛けながら、セレスティアが不満げに呟く。
「私は、ゼーブルクのあのアパートの方が好きだった」
「同感だ。だが、目的のためだ。我慢しろ」
そう、俺たちの目的は、この国の剣になることではない。
セレスティアの魔剣の呪いを解くための情報を得ることだ。
翌日、俺たちは約束通り、バルド補佐官に王家の禁書庫へと案内してもらった。
城の最奥、厳重な魔法の封印が施された巨大な扉の先には、想像を絶する光景が広がっていた。
床から天井まで、壁という壁が全て本棚で埋め尽くされている。何百年、あるいは千年以上の時を経て集められたであろう、古今東西のあらゆる知識が、そこに眠っていた。
「ここが、王家の禁書庫だ。約束通り、君たちには特別な閲覧許可を与えよう」
バルド補佐官はそう言うと、俺たちに一枚の羊皮紙を手渡した。
「ただし、この書庫には一人の管理人がいる。彼女の機嫌を損ねると、少々面倒なことになるかもしれん。その点だけは、注意しておきたまえ」
意味深な言葉を残し、バルド補佐官は去っていった。
管理人? 俺たちは顔を見合わせ、書庫の奥へと足を踏み入れる。
古書の黴と、乾燥したインクの匂いが満ちる静寂の中、俺たちはひたすらに魔剣や呪いに関する文献を探し始めた。だが、蔵書はあまりに膨大で、どこから手をつけていいのか見当もつかない。
「……カイ、少し休まないか。目が滑ってきた」
「そうだな……」
数時間が経過し、疲労が溜まり始めた頃だった。
不意に、書庫の奥から、車輪の軋むような音が聞こえてきた。音のする方へ向かうと、そこには山のように古書を積み上げた手押し車と、その傍らで一冊の本を熱心に読みふける、一人の女性がいた。
歳の頃は、俺たちとそう変わらないように見える。長い黒髪を無造作に結び、大きな丸眼鏡をかけたその女性は、俺たちの存在に全く気づいていないかのように、読書に没頭していた。彼女が、この禁書庫の管理人なのだろうか。
「あの、すみません」
俺が声をかけると、彼女はびくりと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
眼鏡の奥にある紫色の瞳が、驚いたように俺たちを捉える。
「……ああ、失礼。何か御用でしょうか、騎士様方」
「いや、俺たちは騎士じゃない。訳あって、ここで調べ物をさせてもらっている」
俺がそう言うと、彼女は「はあ」と気の抜けたような返事をした。そして、俺とセレスティア、特にセレスティアが腰に差している魔剣に視線を移すと、その瞳が、初めて好奇の色に輝いた。
「……その剣……『夜啼きの魔剣』ですね」
「……! なぜ、それを」
セレスティアが驚きの声を上げる。
すると、彼女は悪戯っぽく微笑んで言った。
「伊達に、この書庫の管理人をしていませんから。私の名前は、エリアーナと申します。人呼んで、『禁書庫の魔女』、です」
エリアーナと名乗った彼女は、椅子から立ち上がると、慣れた様子で巨大な本棚の間をすり抜けていく。そして、一冊の分厚い古書を抜き取ると、俺たちの元へ戻ってきた。
「『古代遺物の呪詛に関する一考察』。その剣についてなら、この本に少しだけ記述がありますよ」
彼女が差し出した本を、俺たちは食い入るように見つめた。
そこには、霞みがかった伝承の中に埋もれていた、魔剣の呪いに関する、確かな情報が記されていた。
「これは……!」
俺とセレスティアが顔を見合わせる。
それは、呪いを解くための、最初の、そして最も重要な手がかりだった。
無能と追放された俺の治癒魔法は「呪い」を代償にするだけでした。~死の森で出会った最強の女剣士は俺の呪いを打ち消せる唯一の存在だったので、専属ヒーラーとして契約結婚することに~ 希羽 @K2127
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