第13話 王国の剣

 号令と共に地を蹴った騎士団長リチャードの突撃は、鋼鉄の城壁が迫ってくるかのような凄まじい圧を伴っていた。


 振り下ろされたグレートソードは、風を切り裂き、轟音を立ててセレスティアへと迫る。勇者を名乗っていたアレクの剣筋とは、速さも重さも、込められた気迫も、何もかもが別次元だった。


 だが、セレスティアは動じない。


 キィィィン!!


 鼓膜を突き刺すような甲高い音を立てて、魔剣がリチャードの一撃を正面から受け止めた。


 火花が散り、二人の力が拮抗する。その衝撃だけで、周囲の騎士たちが思わず後ずさるほどだ。


「ほう…! 受け止めるか、小娘!」

「貴様の剣は、重いだけだな」


 リチャードとセレスティアが鍔迫り合いを演じる中、それまで待機していた精鋭騎士10名が一斉に動いた。


 狙いは、ヒーラーである俺。セレスティアを孤立させ、先に俺を無力化する算段だろう。合理的で、隙のない戦術だ。


 だが、彼らが俺を取り囲もうと踏み込んだ、その瞬間。


「――悪いが、そこから先は通さない」


 俺が静かに呟くと、騎士たちの足元の石畳が、まるで柔らかな泥のようにその姿を変えた。


「なっ!? 足が…!」

「沼だと!? バカな、ここは石畳の訓練場だぞ!」


 土の魔法を応用した、即席の拘束魔術。騎士たちは足を取られ、その動きを完全に止められる。


 俺は、驚愕する彼らに向かって、さらに指を鳴らした。


 幻影の魔法で、彼らの視界に無数のセレスティアの幻を作り出す。


 重力の魔法で、彼らが身にまとう鎧の重量を三倍に引き上げる。


 風の魔法で、彼らの武器を持つ手に纏わりつき、その握力を奪っていく。


「ぐっ……鎧が、重い……!」

「ど、どれが本物だ!?」

「くそっ、剣が……!」


 それは、戦闘と呼ぶのもおこがましい、一方的な蹂躙だった。


 俺は一歩も動かず、騎士でもないただの治癒術師が、王国の精鋭騎士団を赤子のように手玉に取っている。その異常な光景に、観客席の重鎮たちは言葉を失い、リチャードは信じられないという顔で俺を睨みつけた。


「貴様、何者だ……!? ただの治癒術師ではないな!」

「ただの治癒術師ですよ」


 俺は、静かに答えた。


「仲間を死なせないための、ちょっとした工夫です」


 その言葉が、リチャードの集中をわずかに乱した。


 その一瞬の隙を、セレスティアが見逃すはずがない。


「よそ見をしている余裕があるのか、騎士団長!」


 それまで受けに徹していたセレスティアが、一気に攻勢に転じる。


 カイがいる。その絶対的な信頼が、彼女の戦い方を常軌を逸したものへと変えた。防御を完全に捨て、ただひたすらに、最短で敵を屠るためだけに振るわれる魔剣の猛攻。


 リチャードは、自らの剣がセレスティアの肩を浅く切り裂くのを確かに見た。だが、その傷は血を流すよりも早く、俺が放つ治癒の光によって塞がってしまう。


「なっ……これが、『不死身』の……!」


 驚愕と焦りが、歴戦の騎士団長の剣筋を鈍らせる。


 そして、勝負は決した。


 ガキン! という耳障りな音と共に、リチャードのグレートソードが高く宙を舞う。


 そして次の瞬間、彼の喉元には、セレスティアの魔剣の冷たい切っ先が突きつけられていた。


「……そこまで!」


 審判役の騎士が、震える声で叫ぶ。


 静寂が、訓練場を支配した。


 王国の最高戦力である騎士団長とその精鋭が、たった二人の冒険者の前に、完膚なきまでに敗れ去ったのだ。


 セレスティアは、剣を突きつけたまま俺に視線を送る。


「カイ。これで終わりか?」

「ああ。十分だろう」


 俺が応じると、彼女は魔剣を鞘に収めた。


 その時だった。


 観客席から、一つ、また一つと拍手が沸き起こった。


 見れば、玉座から立ち上がった国王陛下が、満面の笑みでこちらに拍手を送っている。


「見事だ……! 実に見事! 君たちの力、確かに見させてもらった!」


 その言葉に、他の重鎮たちも慌てて拍手を始めた。


 武器を失い、呆然と立ち尽くしていたリチャードは、やがて我に返ると、俺たちの前に進み出て、深く、深く頭を下げた。


「……完敗だ。俺の不明を詫びる。疑って、すまなかった」


 そして、顔を上げると、その瞳には先ほどまでの敵意はなく、ただ純粋な敬意だけが宿っていた。


「我が国の剣として、どうか、君たちの力を貸してほしい」


 その言葉に、彼の後ろに控えていた騎士たちも、一斉に頭を下げる。


 それは、俺たちがこの王城で、確かな居場所を勝ち取った瞬間だった。

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