第44話 新人エヴァ・ハートネット魔術伯爵

 後日、ロッドフォード伯爵家から正式に謝罪を受けた。

 ロッドフォード伯爵がハートネット家にいらして、前回のアラン様の付きまといの件も含めて、改めて丁寧に謝罪をされた。


 アラン様は、しばらく自宅で謹慎することになったらしい。

 毛髪のこともあるから、王宮魔術師団には髪の毛が生えてくるまでは顔を出せなくて、休職届を出したみたい。


 ハートネット伯爵家の令嬢に呪いをかけようとして、それが跳ね返された挙句、髪の毛を全て失うなんて、魔術師としてはかなりの恥よね──口止め料も含めて、かなりの和解金をいただいたわ。


 ただ、人の口に戸は立てられなかったみたい。あの舞踏会に参加した貴族の間から、いろいろと噂が漏れ出てるみたい。

 さすがにそこまでは、私たちもロッドフォード伯爵でも、どうにもできなかった。


 フィン兄さんも「魔術師団内でもいろいろ噂になってるよ」と、クスクスと笑ってたわね。



 あと、ロッドフォード家づてに、ダルトン子爵家の話も聞いたわ。


 何でも、ミアはラングフォード魔術伯爵のファンの女性たちから、相当非難されたみたい──理由は「ハムレット様に迷惑をかけた」かららしい。

 最近は、お茶会も夜会もどこからもお誘いがこなくて、除け者にされてるみたい。


 そして、アラン様が自宅謹慎されてるから、今は父がミアと喧嘩しながらダルトン家の仕事をしているそう。互いに仕事を押し付け合っているらしいわ。


 ダルトン家は相変わらず資金繰りが良くなくて、父はいろいろなところに頭を下げて、お金を借りようとしたり、返済を延期させようとしたりしてるみたい。


 そのせいで、他の貴族や取引のある商会からは避けられてるみたいね……まぁ、今までのツケを払っている状態だから、自業自得よね。


 アラン様が父とミアにかけた呪いについては何も聞かされなかったから、今はもうどうなっているのかは分からない。


 ただ、「人を呪わば穴二つ」と言うし、アラン様が呪いを解除していなければ、おそらくアラン様にも代償として「金運がなくなる呪い」と「男運が最低になる呪い」がかかっているはず──教えてあげる義理もないので、私はただ黙っていた。

 アラン様からはいろいろと酷いことを言われたり、呪われそうになったのだから、これくらいはいいわよね?



 あと、ラングフォード魔術伯爵からも、迷惑をかけてしまったことについての謝罪と、なぜかデートのお誘いの手紙が届いた。


 一応、義妹の件でこちらも迷惑をかけてしまったのだから、私からも謝罪はしたけれど、デートのお誘いの方は丁重にお断りさせていただいたわ!


──だって、絶対に女性関係で変なトラブルに巻き込まれそうなんだもの! ああいった殿方には、近づかない方が賢明よね……



***



 今日は、私がドラゴニア王立特殊魔術研究所──通称「黒の塔」に、入塔する日だ。


 真新しい制服は、軍服風のかっちりとした黒いワンピースだ。袖を通せば、背筋がしゃんと伸びて、わくわくと期待に膨らむ気持ちが胸いっぱいに広がった。



 入塔日初日には、なぜかセルゲイがわざわざハートネット家まで馬車で迎えに来てくれた。


 私が緊張しているのを知ってか知らずか、向かいの席に座るセルゲイが尋ねてきた。


「緊張しているのか? 今まで何度も来ただろう?」

「そうだけど、正式なメンバーになってからは初めてよ。先輩方にもちゃんと挨拶しなきゃ!」


 私が気合を入れて言うと、セルゲイは「ほどほどにな」とさらりと答えた。



 特殊魔術研究所の建物の前に着くと、私は大きく息を吸って気持ちを整えた。


 二階建ての古びた洋館と、天に向かってそびえ立つ塔──どちらも、呪い魔術の影響を受けて黒ずんでいる。

 周囲の森も、呪い魔術が染みて草木や地面が黒くなってしまっていて、面接の時に初めて研究所の外観を見た時には、幽霊屋敷のように感じられて本当に怖かった。


 でも、今はあの時とは感じ方がかなり変わった──


 以前は呪い魔術に偏見があったからただただ恐れていたけれど、今はシュウの加護もある。何より呪い魔術を知って、適切に対処できれば大丈夫だとちゃんと分かっている──そんなに恐ろしい場所だとは思えなかった。


「さ、行くぞ」


 セルゲイが先導して、洋館の方の大扉を押して開けてくれた。


 洋館の一階玄関ホールには、すでに特殊魔術研究所所長のテオドール殿下や護衛のライデッカーさん、その他にも数名の黒の塔の先輩魔術師がいた。

 玄関ホールが見渡せる二階の手すりには、サイモンさんが寄りかかっていて、小さく手を振ってくれていた。


 私が洋館内に足を踏み入れると、先輩魔術師から黒いもやを二、三個投げかけられた。

 シュウの加護があるおかげか、私が腕に魔力を込めて軽く振り払うと、黒い靄は元の呪い主の方に向かって飛んで行った。


「あら、呪い返しはちゃんとできるみたいね」

「うん、上手、上手!」

「……今、何か加護が発動してなかったか?」


 先輩たちは、戻ってきた呪いを片手でパシッと払い除けて消していた──アラン様の時のように呪いが吸収されなかったから、瞬時に呪い自体を解いて消したのか、それとも全く別の人宛てに飛ばしたのか──どちらにしろ、これが呪い魔術の上級者のやり方なのかと、すごくびっくりさせられた。


「呪い返しも問題無いようだな」


 テオドール殿下が、ゆっくりと近づいて来られた。


「改めて、ようこそドラゴニア王立特殊魔術研究所へ。エヴァ嬢、共に働けることを嬉しく思うよ」


 テオドール殿下が優雅に微笑まれた。


「はいっ! エヴァ・ハートネット、本日より塔の魔術師として精一杯努めさせていただきます!」


 私は元気よく挨拶をした。

 先輩方から、パチパチとささやかな拍手をもらえた。


「彼女が君の教育係になるカーラ・ウィンバリーだ」


 テオドール殿下が、斜め後ろに控えていた女性を紹介してくださった。

 パチッと大きな瞳にぷっくりした唇。赤茶色のボブヘアーをした美女──面接の時に案内してくださった方だ。


「カーラよ。分からないことがあったら何でも訊いてね」

「よろしくお願いします、カーラ先輩!」


 スッと右手を差し出されたので、私もきゅっと握り返した。


 黒の塔には男性魔術師が多いみたいだけれど、これから相談することが多くなりそうな教育係の方に女性を選んでもらえたのは、正直嬉しかった。


「それじゃあ、まずは建物内を案内しようか」


 カーラ先輩が先導して歩き始めた。


「はいっ! ……ん?」


 私の足元に、ひらりと一枚、タロットカードが落ちてきた。


「うん? どうかしたか?」


 いきなり立ち止まった私に、セルゲイが不思議そうに尋ねてきた。


「ちょっと落とし物をしちゃったみたい……」


 私は苦笑いして誤魔化した。今ここにいる全員が、私の「占い」スキルを知っているわけではないし、自分の手札は本当に信頼できる人にしか明かさないようにした方がいいと言われている。


 足元のタロットカードを拾った瞬間、私は思わずギョッとしてしまった。

 見えた絵柄は、白い女性と黒い男性が教会のような場所で手と手を取り合っているシーン──『恋人』のカードだった。


 本っ当に、セルゲイとはそういうのじゃないんだからね!!


 私が内心絶叫して焦っていると、セルゲイとカーラ先輩に不審がられたのは言うまでもなかった。



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呪いの魔女の札占い 〜義妹に婚約者を奪われて家を追放されたので、占断通りにこの国最高峰の魔術師の塔を目指します〜 拝詩ルルー @rulue001

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