異世界カフェ経営、来店する勇者がクソ客すぎて心が折れそうです!

瀬戸 奈由真

異世界に来たら働かなくていいと思った? 残念、カフェ経営です

閉店時間も私の定時もとっくに過ぎていた。

ホールの照明は落としたのに、キッチンだけが薄く白い光を放っている。

閉店時間ぎりぎりまで居座りやがった客達の皿の山、仕込みのスープ、空いた鍋、補充のソース類……。朝8時から休憩なしで働いて、現在夜の9時過ぎ。このまま行くと今日は10時コースかなぁ、と虚ろな目で時計を見る。

バイトの子達は定時になってすぐに「お疲れ様でーす!」と笑顔で帰っていった。悪くない。あの子達は何も悪くない。たとえ仕込みが何一つ終わってなかったとしても、まだ次々にお客さんが来店していたとしても、洗い物が山のように溜まっていても、片付けが一向に進んでいなかったとしても……。

定時なんだ。定められた時間までちゃんと真面目に働いてくれたんだから。今日も忙しかったもんね。疲れたよね。早く帰りたいよね。しょうがない―――。

ひとり残された私は深呼吸をする。

それでも…これだけの激務が残っているのに見捨てて帰るかな普通?!明日も普通に営業するから、絶対に作業は終わらせて帰らないといけない。みんな帰ったら、この量の作業を私がひとりで全部やらないといけなくなるって、誰1人そう思わなかったのかな?!一応私の定時は7時なんですけどね?!

まあ、そんなことは口には出さない。

愚痴はあれど、みんな根は優しくて真面目でいい子だと知っているから。

悪いとすれば、この人手不足の状況を作り上げた上で、無理やりにでも営業をさせる社長だ!

絶対に私はこのカフェを辞めてやる。

私がいなくなったらこのカフェが潰れちゃうとか知ったことか!私の責任ではないし、今までも、今も!こんなにも尽くしているのにありえないほど薄給だ。

人手不足……というのではなく、奴隷不足だと言った方がいいのでは??

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」

ぐぐっと背中を伸ばし、お世辞にも綺麗とは言えない声をキッチンに響かす。

「……頑張るか。」

もうあとは適当に終わらせよう。とりあえずめんどくさい床掃除を終わらせてしまおうと、洗剤で荒れた指を伸ばしモップを掴む。


社畜。それが私の肩書きだった。


―――その瞬間だった。

視界の端で、床のタイルの端が淡く光り始めた。

え?洗剤の泡……ではないよね?幻覚……?

ついに来るとこまで来てしまったか……。

と天井を仰いだが、下から来る光りは徐々に強くなっている。

「え……まじぃ??」

気づけば足元に広がる光の模様。

蛇のようににょろにょろと光の線が私を囲う。

眩しい輝きが渦を巻いて―――

「ちょ?!ちょっとまって!まだ片付け終わってないんですけどー!!!」

私の叫びも虚しく、私はモップを握ったまま光の中に飲み込まれていった。



―――眩しい光が消えたとき、私は石作りの床の上に立っていた。

見上げれば天井は高く、見た事の無い大きさのシャンデリアが煌めいている。

思わずほぇーと間抜けな声が漏れ出るが、奥に見える玉座には豪華な衣をまとった王様らしき人物が。ずらりと並ぶ甲冑姿の騎士達に、左右には黒い服を来た魔術師らしき人達が立ち並んでいる。

私の少し先には数人の男女が膝をついている。

どうやら私以外も何人か召喚されたらしい。

「勇者様!」

そう言われた男性は、王様の前で片膝をつき、まっすぐな瞳で見つめている。

「聖女様!」

そう言われた女性は、その場で手を組み祈りを捧げている。

「賢者様!」

そう言われた人は、長い杖を握り、神妙な顔で頷いた。


そして私は汚いモップとエプロン姿。

「なんこれぇ……。」

場違いにも程があるだろう。間違えたのか?私は間違えられこんなとこにいるのか?だとしたら恥ずかしすぎているんだが……。

「よくぞ来てくれた!勇者よ!聖女よ!そして賢者よ!この世界を救うため、汝らの力を貸して欲しい!」

おぉ……。勇者パーティー召喚シーン。ファンタジー小説でよく見るやつだ。まさか生で見ることになるとは思ってもいなかったが。

―――で、私の番は???

偉そうな人が巻物を広げ、厳かに読み上げる。

「そして、最後に癒しの場をもたらすもの。」


その瞬間、全員の視線が私に集まった。


「……え?」

「あなたは―――カフェ経営者として召喚されました。」



「……………は????」

「ちょ、ちょっとまって!!勇者とか、聖女とか、賢者とか、みんなめっちゃかっこいい肩書きなのに…なんで私だけ社畜続行枠!?履歴だけで転生職決めんなー!!!!」


こうして、異世界に召喚された私は、勇者や聖女や賢者のように世界を救う力を与えられることもなく。 悪役令嬢やスライムとかに転生したわけでもなく。

ただひとり、カフェ経営者という、社畜続行ジョブを押し付けられたのである。


異世界転生。

それは希望でも奇跡でもなく―――

私にとってはクソ客無限ループの始まりだった。

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異世界カフェ経営、来店する勇者がクソ客すぎて心が折れそうです! 瀬戸 奈由真 @uni_miya

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