堕華
夜風が、熟れた香を裂き、断ち切られた余韻が宙を漂う。
枝を離れた花弁は、闇の底で息を潜める水面へと舞い降り、私の肉体もまた、ひそやかな群れに溶け入った。
足先が虚空を踏み、胸奥でひそやかに一本の糸が断たれる。
その刹那、風が頬を撫で裂き、衣の端を喰らい、星々の沈む淵へと私を誘った。
はじめ、重力は恋人の腕のように私を抱きとめた。
やがて風は衣を噛み裂き、骨髄にまで染み込む笛音を放つ。
天地は翻り、月は足裏に沈み、地は頭上で淡く漂った。
遠くの街灯は水面に跳ねる泡沫の星となり、ひとつ、またひとつと溶け消えた。
世界は、ひとつの見えぬ潮流に吸い寄せられていた。
髪は乱れ、視界の端で花片が白い渦を編む。
その一片ごとに夜空は硝子のように砕け、私は星座の記憶を零し落とした。
鼓動は烈しく膨れ、呼吸は脆い翼のように脈打ち、やがて音を置き去りにした。
耳奥を満たすのは、幾重にも折り重なる風の層が発する深い呻き。
そのはるか下で、海は黒曜の心臓を抱き、緩やかな鼓動で色も時も溶かし込み、静かに私を待っていた。
最後の瞬間、私は白い花弁の群れと石榴の滴のように混ざり——
風の腕に抱かれたまま、夜の底へと還っていった。
幽の譜 白蛇 @shirohebi_495
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