水葬

 水面が、散らばる星々を柔らかく撫でていた。

 足先がそっと触れた瞬間、薄氷のような膜が僅かに震え、冷たさとも温もりともつかぬ感触が肌を包む予兆となった。

 沈むたび、星の輪郭は硝子の破片のように砕け、波紋は背中をそっと梳く。

 水は重く——しかし慈しむように、私を懐へと抱き入れた。


 指先が水を割るたび、翡翠の粒子がふわりと舞い、糸のような光を編み、やがて見えぬ深みへと溶けていく。

 水は衣を指で解くように撫で、髪をゆるやかにほぐし、私の輪郭を淡く拭い去っていった。


 身体の深みで、世界の音がひび割れるように薄く響いた。

 遠く、水鳥の声が微かに触れたが、それもすぐに水の膜の裏側へ吸い込まれた。

 胸に流れ込むのは空気ではなく、澄みきった静寂そのもの——。

 呼吸は波の律動と重なり、私の内と外をひとつに繋いでいく。


 視界の上で光が淡く揺れ、風が水底の花のようにほころび、静かに閉じていく。

 沈むごとに時間は藍へと融け、さらに深い墨色へ沈降した。

 髪は水草の緩やかな舞を真似——手足は輪郭を解かれ、吐息と水とが分かたれぬものとなる。


 掌に宿るのは、遠い水底の淡いきらめき——

微かに瞬き、長いあいだ私を待ちわびていた恋人の瞳のように揺れている。


 指を閉じる直前、私は——


柔らかな抱擁のまま、深き闇の胎内へとゆっくり漂い還っていった。

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