焔囁

 光が、熱を孕んだ獣のように世界を這い昇る。

 山吹と蘇芳の奔流が入り乱れ、壁を這う影は形を変えながら、長い舌先のように私の肌を探った。


 炎は、輪郭という檻を持たず——

吐息ごとに揺れ、吸息ごとに貌を変え、私の肺とひとつの呼吸を分かち合う。

 熱に満たされた空気は鈍い蜜のように重く、粒立つその甘苦が肌を滴り落ちていった。


 吸い込むたび、空気は焦げた果実のように甘く、微かに苦い。

 その香は忘れられた記憶を呼び起こし、胸奥で燠のように鈍く燃える。

 遠くで崩れる音がしたが、すぐに炎の囁きへと溶け込んだ。


 熱は膚を超え、骨の髄にまで滴り落ちた。

 それは鼓動に絡みつき、内側から私を抱き締める。

 瞬きのたびに視界は深紅から熾金へ、さらに溶けかけた白へと滲み変わる。


 耳朶に、焔がそっと舌を這わせる。

 それは警告でも慰撫でもなく、ただ私を光の胎内へ招く声。


 やがて呼吸は行き場を失い、身体はゆらめく火柱の一部となる。

 影も色も融け合い、世界はひとつの脈打つ光へ収束した。

 その光は潮のように寄せては返し、私の輪郭を幾度も舐め溶かす。


 最後に残ったのは、音を喪った焔の呼吸。

 熱も光も溶け合い、視界は白金の脈動に満たされた。


 その奥で、私は静かに——


褪せゆく花弁のように、光の中へと還っていった。

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