Ep.3 青春の終わりと靴下の謎(解決編)

 みるみるうちに警備員の顔が蒼くなる。ただ、そのまま真っ青になるだけではなく、怒りの赤にも染まっていく。


「何だ……何を言っている……!? 何だ!? いきなり人を襲うだとか……!」


 当然の感情ではあるだろう。僕だってこんな冤罪を掛けられたら、じたばたして怒るだろう。マジで足と手をバタバタさせて。

 柴内さんは戸惑って、こちらと警備員を見回している。


「どういうこと? どういうことなの? 何で襲うとかそういう話になってるの? 守衛さんだよね? むしろ不審者から守る側だよね!」


 不審者と言う時に何故か見られた僕。微妙な気持ちを抱きつつも、事情を語らねばなるまい。

 自分の正義の名の元に置いて。


「だって。靴下をわざわざ持ってったんでしょ? 彼女をおびき出すために……ね」


 今度はチラッと彼女を見る。


「ちょっと待って。靴下を持って行って何の意味があるの?」

「意味はあるでしょ。今もこうやって取りに来るんだから。もし一人で来てたとしたら、今頃襲われてたんじゃないか?」


 その言葉を防ぐように怒鳴り声が飛ばされた。


「ふざけるなっ! そろそろ卒業と言うのに何故こんな悪ふざけをするんだ! こんな馬鹿な発言をして恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしいのは貴方でしょ? だって、自分達クラスがドッジボールで外にいる時間、わざわざ中に入って鞄から靴下を取った。こんなことってね」

「落ちていたと言っただろう!」

「嘘だろ? さっきの表情。柴内さんが靴下を僕のものって言った時に顔をしかめたのを覚えている。あれは自分は女子のところから盗んだはずなのにどうして男のものなのか……って思った時の顔だ」

「決め付けるなっ! 単に女物だと思っただけだ!」


 相手は勢いよく壁を叩き、辺りを揺らしていた。地団太も踏んで、今にもこちらに殴りかかりそうな様子。

 しかし、負けてはならない。

 ここで立証しないと、奴はまた同じことを起こす。今度こそ、悲劇が起きる。


「じゃあ、もう一つ。どうして、気にしてないんだ?」

「ん?」


 今回、顔面蒼白になったのは警備員ではなく柴内さんだった。

 ここで話してしまうのも仕方がないか。あまりデリカシーのないことを言いたくはないが。


「靴下に残る匂いだよ。柴内さん……ごめん。気にしてたんだろうね。匂いが上がってくるのを恐れて、君はドッジボールの見学の時も地べたに座ったんだよね。できる限り、下にいるように……」

「そ、それは……」

「そもそも靴下を探したのもそのためだったんだな。落とし物として取りに行く時にためらったのも……後、僕に勢いよくスプレーをかけたのも。全部匂いを誤魔化すためだったんじゃないのか? それが自分のものだって思われちゃうと、困るから……」

「……べ、別に足が匂う訳じゃなくて……あれだけ自分で手洗いして生乾きになっちゃっただけ、なんだよ。あ、足が……足がそういう訳じゃないの! お願い信じて!」

「ちょ、ちょっと、分かったから……分かったから……」


 そのやり取りを聞いて、今まで怒り狂っていた男は言葉を失っていた。

 当たり前だ。奴が隠した真実を今、全てえぐり取る。


「さて、何で新品の芳香剤が置いてあるのにそれも使わず、干していたんでしょうかね?」

「そ、それは……」

「鼻が詰まっていたっていうことが妥当な可能性ですね。今の時期、花粉症を発症している人も珍しくないでしょうし? そうでしょう?」

「そうだ! だから! だから、なんだって言うんだ!?」


 何だって言うのか。

 ミステリーの常套句ではあるが、言わせてもらおうか。


「自白、いただきました」

「はぁ!? 自白!? やったとは全く言ってない! 何だ!? 言いがかりか! 言えば、いいってものじゃないんだぞっ!」


 最後の抵抗か。儚いものだ。


「いえ……だってさっきお菓子のチョコについて。匂いで分かったと言ってたじゃないですか……。それなのに、鼻が使えないってのが分かった。つまるところ、何処で鞄の中のお菓子について見たでしょう? 知ってたんでしょう?」


 ハッと目を見開いて気付くは柴内さん。そして彼女も事の重大さに遅れて気が付いたらしい。


「……あっ。確かに私、他にはチョコを見せてないから……覗くしかないんだ。鞄の中を……それで知ったってこと?」

「ええ。それしかない! だから、鞄の中にも靴下の中にもしっかり指紋が付いているんじゃないかな……彼の指紋が……!」


 ふと警備員の方を見やる。警棒らしきものを構えていた。攻撃態勢マックス。

 来る、と思ったが。こちらは丸腰。

 どうしようか。

 ここで証拠を没収されたら。

 もし負けたら、柴内さんが。

 そう思ったのも束の間。


「これ、借ります!」


 この倉庫には傘の忘れ物もあったようで。柴内さんは傘立てから抜いて、飛び掛かってきた警備員の胴を一発。

 それでは効いていないのか、と思いきや傘で相手の手を突いて警棒を落としていた。彼女は確か剣道部ではなかったはずだ、と再確認したくなる程の見事な動きだ。


「は、はやく! はやく! やっちゃって!」


 ここで我に返る。僕も何とかしなくてはと床を蹴って、警備員に突進。


「よ、よし……!」

「あ、危なかったよ。この人のせいで私、足が臭い人って思われるところだったんだから……」

「えっ? そっちの恨み? 襲われそうになったとかじゃなくて?」


 何とか相手を制圧している合間に人がぞろぞろぞろ、と。ことも大きくなり、騒ぎが何だとすぐさま警備員の行動は露呈されていく。

 どうやら、この警備員、窃盗などの常習犯だったらしく。それに加えて、危険な犯罪まで企てていたようで。

 僕達は卒業後に「こんな人だとは思ってなかった」を幾らでも知ることになる。

 人の裏は恐ろしいものだな、と思う出来事だ。

 そんなこんなで卒業してしまって。未来も考えられない今、どうしようと思う。どう動けば良いのか、全く分からない。

 もうすぐ僕の不確定な未来がやってくる。


「春休みが終われば……」


 その際、クラスラインから勝手に友達登録がされていた、柴内さんからチャットが飛んできた。


『ねぇ、空いてる? 学校近くのワックでちょっと話したいことがあるんだけど……』


 一体、何がと。

 何だか心臓の鼓動が爆発するような。何だか不思議なことが起きそうで。


「な、何の用なんだ……何があったんだ……?」

『ごめん、ご飯食べてたんだけどお財布を忘れちゃって。お金、貸してくれない?』

 

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探偵専門学校ラブコメ推理学科 夜野 舞斗 @okoshino

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