怒りのポイント
奈良ひさぎ
怒りのポイント
人前でパワハラ的に部下などを叱りつけてしまう人たちが顕在化した現代では、「アンガーマネジメント」なるものがすっかりメジャーとなった。最も有名なのは「怒りを感じたら6秒我慢する」というものだろう。怒りはピークが短いので、6秒我慢すればそれほどカッとなって怒るほどのことでもなかったと自分で気づける、と謳う。
ところで私は、普段あまり怒ることがない。学生時代は関西人のいうところの「いらち」だった。すぐ「そんなことで怒るなよ」みたいなことで怒ってしまっていた。いらちの父親といらちの母親から生まれた生粋のいらち、なんて冗談もよく言っていた。だが、大人になってそれほど怒らなくなったのである。これは、学生の頃はまだ未熟で自分が何に対しイライラし、何に対して怒るのかもよく分かっていなかったが、精神が多少成長して自分の仕組みが分かるようになってきたのだと考えている。
今の私が露骨に「イライラしているな」「機嫌が悪いな」と自分で思うのは、お腹が空いている時、そして眠たい時である。要は三大欲求に愚直なほど正直なのだ。赤ちゃんみたいだとちょっと自分でも思うし、人からも言われそうなものだが、これほど本能に忠実な人間らしい人間はいないのではないだろうか。もちろん、それ以外でイライラする、ムッとすることはあるにはあるが、表に出すことはない。その原因が人にせよ物や状況にせよ、「諦める」という手段を取ることで、怒りを回避している節がある。
例えば自分の気に入らないことを言ってくる人がいたとする。初対面であろうが何度か会っている人間であろうが、その時点で私はその人のことを「諦める」。これ以上付き合っても無駄であり、私に害をなすばかりで得することはないとして、縁を切る方向に動く。人間関係を構築するうえで私は損得勘定にだいぶ頼っている。損をさせてくる人間には容赦しない。周りにもあの人と付き合わない方がいいと吹聴する。減点法で点数をつけて、ある閾値を下回ったらその瞬間に、たとえ先輩やだいぶ年上の人であろうと「お前のことが嫌いだ」オーラを出す。年上を無条件に敬う意味が分からない、という思想に通ずるものがある。逆に得させてくれる人間には好意的に接する。この「自分が得をするかどうか」の基準はかなり甘く、それゆえに損させてくる人間には「こんなに基準を下げているのに、この程度の得すらお前は与えてくれないのか、本当にお前は価値がないな」という審判を内心下してしまうのだ。
そうやって怒る前に心の中で審判を下すことを繰り返しているので、怒ることが少ないのではなく、そもそも怒りを向けないといけないような人間に自分から二度としゃべりかけることはない、と言い換えることができる。しばしば、怒る・叱るのはその人に期待しているからだ、誰にも期待していなければそもそも怒ることはないという言説があるが、まさにその通りだと思う。私は特定の他人をすごくできる人間だと評価することが少ない。もちろん傍から見ても天才だとか、非常に人間ができているとか、そういった理由で多少加点することはあれど、基本的に身の回りの人間には一律で「100点」をつけている。何か害をなされたらそこから点数を引いていき、ある程度減点が重なると「失格」の烙印を押す。私に加点させてくれるような人間であれば付き合いを続けた方がいいし、そうでなければ縁を切った方がいい。私は人間関係そのものをその程度に考えている。
この選別手法には弊害ももちろんある。加点できる人間などそうそうおらず、大多数が加点も減点もない普通の「100点」の人間なので、記憶の中で引っかかりが生まれず、特徴を把握できないがゆえにその人を覚えられないのだ。最近特にこの傾向が顕著になってきた。怒りはマイナスの感情であると同時に、強力なエネルギーでもあるのだなと実感する。負でも何でも、エネルギーはその人を記憶する動力源になる。顔で覚えるのは難しいので、「珍しい名前」をとっかかりにして頑張って覚えるしかない。平凡な名前の人は全く覚えられないことが続くが、もう仕方ないと割り切るしかない。
話が逸れたが、怒りという行為自体、強力なエネルギーを生み出すということは、それだけ疲れてしまうことをも意味する。昔はささいなことでよく怒っていたので、体力がないのも相まってすぐ疲れていたが、最近は露骨に疲れるということがずいぶん減った。これはもしかすると、めったに怒らなくなった恩恵を受けている、ということなのかもしれない。それと同時に、感情の起伏が昔よりも少なくなったのだろう。これを大人になった証拠だと捉えるのかどうかは、また別の問題だろうか。さすがにそろそろ三十路が見え始めている年頃なので、昔よりは大人になっていると期待したい。私もいずれ会社で誰かの上司になる日が来るだろうが、その時頭ごなしに叱ったりせず、かといってむやみに優しすぎる接し方もせず、「この人になら注意されても素直に聞き入れられるな」「人間として尊敬できる上司だな」と思ってもらいたいのだ。
怒りのポイント 奈良ひさぎ @RyotoNara
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