友人からの告白


 奉献は見知らぬ場所で目を覚ました。意識が朦朧とし、夢の底に沈んだままのような感覚。瞼をこじ開けると、薄暗い闇が視界を覆っている。本殿のような空間の中央、冷え切った床に横たわっていた。


(どこだ、ここ……)


 辺りを見回す。窓のない壁は、黒い幕に覆われ、遠くで微かに響く鈴の音が、不規則に途切れ、静寂を余計に際立たせる。空気は重く、まるで外界とのつながりが絶たれたようだ。


 スマートフォンを取り出そうとポケットに手を伸ばすが、ない。纏っているのは見慣れない白い狩衣。滑らかな布地が肌に冷たく張りつき、背筋が粟立つ。まるで神事に捧げられる生贄の衣装だ。


「ようやく目覚めたか、奉献」


 声が響き、闇の奥から天津が現れた。彼の姿は、いつもとはまるで別人だ。黒い狩衣を身に纏う天津は、美しい顔立ちも相まって、人間離れした荘厳さを湛えていた。


「天津……俺、途中で意識失って、それからどうしだんだっけ。ここ、もしかしてお前の家?」

 

「家、か。まあ――そう呼んでもいいかもしれない」


 天津は笑みを浮かべ、一歩ずつ近づいてくる。


「これから、お前と私の永遠の居場所になるのだから」


 まるで意味がわからない。

 奉献は状況が掴めないことへの混乱を振り払おうと、首元に手をやった。だが、そこにあるはずの青い石が消えていた。


 記憶が蘇る。池の畔で石を投げ捨てたこと。祖父からの警告の電話。「逃げろ」と叫ぶ声。そして、天津の手が強く腕を掴んだ瞬間――。


「なあ、天津。石の呪いは……もう解けたんだよな?」

 

「呪い?」

 

「お前が言ってた、青の呪石。ほら、資料見せてくれただろ?」

 

「ああ、あれか」


 天津は唇の端を吊り上げ、低く笑った。


「我ながらよくできていただろう?」

 

「……何を、言って……」


「確かに、あの石は呪いだった」

 天津は指先で己の唇をなぞりながら、笑みを深める。

 

「お前を私から遠ざける、忌々しい結界。だが、もうそれもない」

  

 図書館の郷土史も、青の呪石の伝承も、そもそも初めから存在していなかったのだ。

 奉献の頭の中で、何かがガラガラと音を立て崩れ落ちる。


「じゃあ、全部――」

 

 奉献は唇を噛み、血の味を覚えた。

 祖父の言葉を無視したこと、天津を信じた自分の愚かさ。すべてが、取り返しのつかない過ちだった。


「……触るな!」


 天津が伸ばした手を、奉献は反射的に振り払った。

 見開かれた天津の瞳が、底なしの闇へ変わり、圧迫感が奉献の心臓を締め付ける。


 奉献は天津から背を向け、出口を探すため本殿の壁へ駆け寄った。だが、足を踏み出すたび見えない壁に阻まれる。黒い幕が揺らめき、まるで生きているように奉献の動きを追う。遠くの鈴の音が、不規則に鳴り響き、頭を掻き乱した。


「まだ理解していないようだな」


 天津の声が背後から降りかかる。


「お前はもう、どこにも逃げられない」


 奉献は振り返り、絞り出すように叫んだ。


「お前一体何なんだよ!?全部、嘘だったのか? 友だちだと言ってくれたことも、俺を心配してくれたことも――」

 

 天津が大学の中庭で初めて声をかけてきた日のことも、自分に向けてくれた笑顔も、共に過ごした日々も――何もかも、偽りだったのか?


 天津はゆっくりと近づき、奉献を見下ろした。まるで深淵の底から覗くような瞳で奉献を捉える。


「天津という人間も、伝承も、確かに虚構だ。だが――」 

 天津の声が、一段と低くなる。


「お前を愛おしいと思う、この想いだけは真実だ」


 天津の手が奉献の顎を掴み、無理やり視線を絡めた。冷たい指先が頬をなぞる。


「ずっと、お前を見てきた。お前が生まれる前、母親の腹の中にいた時からずっと――」


 奉献の全身に戦慄が走る。


「狂ってる……お前、狂ってるよ!」

 奉献は叫び、天津の手を振りほどこうともがいた。


「俺の周りの人たちを傷つけたのも、全部お前の仕業か?両親も、友だちも――」


 天津は微笑みを崩さず、黙して答えない。

 沈黙が、肯定よりも重く胸にのしかかる。


「愛しているんだ、奉献。友だちなら、わかってくれるだろう?」

 

 一瞬――奉献の心にかすかな揺らぎが生まれた。

 あの日、自分を孤独から救ってくれた笑顔を、まだどこかで信じたいと叫んでいる。


(俺は……何を信じればよかったんだ?)


 震える拳を握りしめ、奉献は固く目を閉じた。


 闇が二人を飲み込み、黒と白の狩衣が絡み合う。

 鈴の音が最後に鳴り響き、光は途絶えた。

 

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青い石 おへやぐらし @Oheyakurashi3

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