プロジェクターA5 ―上映開始ィ!― 【読み切り】

五平

A5プロジェクト

ここはオタク学園。文化祭の熱気は、廊下の隅までこもった空気をじんわりと温め、甘い綿あめの匂いや、焼きそばの香ばしい匂いと混ざり合って、独特の香りを放っていた。

だが、その平穏な匂いを切り裂くように、校舎の屋上から絶叫が響き渡る。


「上映開始ィ!」


学園に君臨する武闘派オタク女子、A子(アエコ)が叫んだ。彼女の肩には、無骨な金属の塊が担がれている。それは、80年代の業務用映写機にも似た、しかしどこか禍々しい光を放つ「プロジェクターA5」だった。

文化祭の目玉であるアニメ上映会の主導権、すなわち「青春の主導権」を賭けた、年に一度の戦いが今、始まろうとしていた。


校庭のど真ん中、特別に設営された巨大スクリーンを挟んで、対峙するもう一人の女。

お嬢様オタクのB子(ベコ)だ。彼女は白いドレスを翻し、お抱えの8ミリフィルム部隊を従えていた。


「セル画は私のドレスよ! あなたのような下品なプロジェクターに、神聖なフィルムを映す権利などないわ!」


B子の高笑いが響く。彼女の背後には、『風の谷のナウシカ』のセル画を何枚も重ねた「風のドレス」を身につけた部隊が控えている。

B子にとって、アニメとは完璧に美しく描かれた芸術品であり、それを穢す者は許されない。対するA子にとって、アニメは「魂の叫び」を映し出すメディアであり、そこに技術的な完璧さなど二の次だった。


A子の思考が暴走する。

(B子の奴、ドレスにセル画を使っているだと…? 許さん! あれは『機動戦士Ζガンダム』の最終回でカミーユが描かれた、あの貴重なセル画じゃないか! こんなドレスにしたら色落ちするぞ! カミーユの髪の色が濁ったらどうするんだ! 精神が崩壊するのは俺のほうだ! あれは飾るものだ! 崇めるものだ! いや、あれはそもそも本物のセル画なのか? 待てよ…もしB子が使っているのが『プロジェクトA子』のセル画だとしたら…あいつは俺に喧嘩を売っているのか!?)


A子の右腕から、プロジェクターの光線が放たれる。

それは光の矢となり、B子の部隊が構える8ミリフィルムに突き刺さった。


「くっ! さすがはプロジェクターA5…!」


B子は歯噛みする。だが、彼女は不敵に笑みを浮かべた。


「無駄よ、A子。私たちのフィルムは、この世で最も神聖な物質でできているわ!」


次の瞬間、スクリーンに映し出されたのは、B子たちが持ち寄った8ミリフィルムだった。

だが、その映像は突然、逆回転を始める。


「……フィルム逆さまに入れちゃった☆」


天然ギャグ要員、C子(シーコ)がのんきな声で告げた。

スクリーンに映し出されたのは、『宇宙戦艦ヤマト』の逆再生映像。

波動砲の光がブラックホールに吸い込まれ、ヤマトは後進しながら大爆発を起こし、そして復活する。


「うおおおおお! ヤマトが復活したァァァ!」


観客のオタクたちが、謎の感動で涙を流し始めた。彼らは、映像の逆回転という「ハプニング」を、ヤマトの新たな力だと信じ込んだのだ。


だが、この混乱の隙をついて、二人の転校生が乱入する。

一人は眼鏡を光らせ、手に『月刊OUT』の増刊号を抱えた少年。コードネームは「アウシタン」。


「待ってください! この逆再生は、ヤマトの『時間遡行機能』を示唆しているに違いありません! 古代進が過去に戻り、沖田艦長の死を回避しようとする…これは『時の砂漠』のメタファーであり、作画の揺れは、時間軸の歪みを表現しているのです!」


アウシタンが、フレーム単位で考察を始める。観客の笑いは一瞬で凍りついた。

その凍てついた空気を切り裂くように、もう一人の転校生が飛び出す。

手に『ファンロード』の読者投稿ハガキを束ねた少年。コードネームは「ローディスト」。


「ばーか! そんな理屈でアニメが面白くなるか! この逆再生は、我々の人生そのものだ! 『ウルトラマンタロウ』の『たろうの母』を『たろうの墓』と書くセンスが、お前らの人生を逆回転させてるんだよ!」


ローディストが叫び、スクリーンにダジャレ字幕を投影する。

《ヤマトは、いや、ヤマイモは…今日も進む!!》

観客は再び爆笑に包まれた。考察とギャグ、二つの波がスクリーン上で激突する。


A子とB子の戦いは、いつしか、この考察とギャグの代理戦争と化していた。

A子はプロジェクターの出力を最大にし、B子は8ミリフィルムを次々と投げつける。

やがて、スクリーンは学園を飛び出し、商店街の壁や、ビルの側面へと広がっていく。


「上映開始ィィィ!」


A子の叫びで、プロジェクターが暴走を始めた。

『宇宙戦艦ヤマト』の波動砲発射シークエンスの横で、『聖闘士星矢』のペガサス流星拳が炸裂し、『うる星やつら』のラムちゃんが「だっちゃ!」と叫ぶ。

アウシタンの考察が、ローディストのダジャレと混ざり合い、全く意味不明なテキストとして空に浮かび上がる。


《うる星やつらのラムちゃんの電撃は、ギャグの波動砲で、そしてそれは、友情の流星拳…つまり、全ては一つだったのだ!》


観客の脳内はオーバーフローし、完全にショートした。彼らの瞳は虚ろになり、ただひたすらに、目の前のカオスな映像を凝視するだけだった。


その時、異次元の映像が空を覆い尽くし、その中心に、一筋の光が浮かび上がる。

それは、雑誌の編集部からの赤字コメントだった。


《どっちも仲良くしてね★》


その瞬間、全ての光が収束し、プロジェクターの暴走は止まった。

A子もB子も、アウシタンもローディストも、皆、放心したようにその文字を眺めていた。

戦いは、誰の勝利でもなく、誰の敗北でもなく、ただただ、この一言で終結した。


だが、彼らの脳内では、永遠に終わらない戦いが続いていた。

『月刊OUT』と『ファンロード』のどちらを買うべきか、という。


---


次回予告!


プロジェクターA5 第二章

「上映無用の大混戦! 友情か? 上映権か?」


プロジェクターA5

近刊予定


お楽しみに!

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