ローディスト戦記 【読み切り】
五平
アウシタン vs ローディスト ―終わらない読者戦争―
ここはオタク戦線異状なし、某年某月某日。
アニメ雑誌『月刊OUT』と『ファンロード』の読者が、またしても戦場に集結していた。空を覆うのは、印刷機の熱でわずかに歪んだ紙の匂い。インクの鉄分臭と、投稿はがきに染み付いた油性ペンの匂いが混ざり合い、戦場特有の香りを放っている。
「アウシタンよ! 我らこそ、アニメ批評とメタ考察の覇者!」
雑誌の裏表紙を盾に、アウシタンたちが集団で吠える。彼らが手にしているのは、ただの紙ではない。それは、『OUT』の「銀河英雄伝説」特集号だ。その緻密な年表、人間関係の分析図、そして作品世界の政治体制を論じた深遠な考察記事が、彼らの知性の証であり、何よりも強固な「理論の盾」となっていた。
「見てみろ、この『宇宙戦艦ヤマト』の波動砲発射シークエンスの徹底解析を! 一コマごとの作画の揺れ、美術設定の変遷、そこから読み解く監督の意図! 我々の視点の前には、すべての作画ミスすら必然性の鎖となるのだ!」
「笑わせるな! ネタ投稿とパロディ漫画の宝庫こそがロードの真髄! ギャグで世界を救うのがローディストの使命だ!」
ファンロードの読者ハガキを束ねて武器にしたローディストが応じる。彼らの武器は、ハガキ。しかし、それは一枚一枚にぎっしりと、「だまされたふりして最後まで読むギャグ」や「読者参加型ミニコーナーの抱腹絶倒な回答」、そして「あらゆるキャラクターが突如として漫才を始める四コマ漫画」が描かれた、まさに「笑いの弾丸」だった。
「お前らの理屈と理屈の間を、我々のギャグがすり抜ける! 『聖闘士星矢』の聖衣を『セイントココナッツ』と読み間違えたネタで、お前らの分析は瓦解する! 『機動戦士ガンダム』を『機動戦士カニダム』と呼ぶだけで、お前らの論理武装は溶解するのだ!」
両者の間に、紙吹雪のように飛び交うのは――読者投稿ネタの数々。
「お前らのイラスト、デッサン狂ってるぞー! 手の骨格が完全に無視されてる! 関節が二つしかないのか!?」
アウシタンの怒声が響く。彼らは、『OUT』に掲載された「プロの仕事」を知っている。セル画が持つ線の美しさ、色指定の精緻さ、背景美術の奥行き。それらすべてを「真実」として受け止めていた。
「そっちこそ、寒いダジャレしか載ってねぇじゃねーか! 『ウルトラマンタロウ』の『たろうの母』を『たろうの墓』と書くセンス、小学生以下だぞ!」
ローディストが反論する。しかし、その顔はどこか誇らしげだった。彼らは『ファンロード』の「寒いネタ」にこそ、人生の真理が宿っていると信じていた。
「いや、そのダジャレで俺らは育ったんだよ! 『魔女の宅急便』のキキの親友の名前、『とんぼ』だっけ? いやいや、『キキのトンボ』だろ! という無駄な知識をインプットされて育ったんだよ! お前らの知識は人生に役立つのか!?」
「分析の深さこそ文化の支柱! お前らが『うる星やつら』のラムちゃんを愛する理由を説明できるか? その可愛らしさは、高橋留美子の描く線の丸み、キャラクターの表情の変化、そして時代背景に起因する記号の集合体として、無意識の情動を喚起する必然性に裏打ちされているのだ!」
「いや、ギャグの軽さが文化の命! 俺たちは考える前に笑う! 考えるのはその後でいいんだ! 『Dr.スランプ』のアラレちゃんが、突如として『んちゃ!』と叫ぶ瞬間の多幸感に、理屈は要るか!? 理屈は要らない! そこに笑いがあるから! 存在そのものが笑いの必然性なんだ!」
議論は不毛で、しかしどこか愛に満ちていた。五感は情報に飽和し、思考は暴走を始めた。
(…待てよ。キキのトンボ? あいつの名前、トンボじゃないだろ。何でそんな記憶が? いや、あれは『ファンロード』の読者ハガキで見た記憶だ。きっとそうだ。俺の記憶は『OUT』の解析によって構築された完璧なライブラリのはずなのに、なぜこんなゴミデータが…?)
アウシタンの思考が暴走する。しかし、その脳裏に浮かぶのは、『ファンロード』に掲載された、「キキがトンボを愛する理由を考察する」というパロディ記事だった。そこには、トンボの羽根の構造が航空工学的に優れているという、どうでもいい分析が真面目に書かれていた。
(…『キキのトンボ』で育った…? いや、そんな馬鹿な。俺は確かに『ファンロード』を読んでいたが、そんな低俗なネタで人生観が形成されたなんて…いや、待て。あの時、確かに俺は笑っていた。『聖闘士星矢』のパロディで、氷河が「クリスタルウォール」じゃなくて「クリスタルボール」を出すネタで、腹を抱えて笑った記憶がある。『OUT』が『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリーを分析する横で、俺はヤンがカレーを食べながら「ヤンキーカレー」と叫ぶネタで、涙を流していた…)
ローディストの思考も暴走する。彼は、『OUT』の深遠な分析に憧れを抱きながらも、『ファンロード』のくだらないギャグに安らぎを見出していた自分に気づいてしまう。
両者の視線が交錯する。互いの瞳に映るのは、相手を罵倒する言葉ではなく、過去に読んだ雑誌の記憶だった。
やがて戦場に現れる伝説の存在。
編集部からの赤字コメント。
《どっちも仲良くしてね★》
その瞬間、アウシタンもローディストも沈黙した。そのコメントは、あたかも『OUT』の巻末に掲載された「アニメ界に潜む闇の組織を徹底的に暴く」という硬派な記事の横に、『ファンロード』の「編集長の日常を綴った四コマ」が掲載されたような、理解不能な、しかし抗えない破壊力を持っていた。
だが次の号の発売日には、また戦場で会うのだ。
「…おい、来週の『OUT』の『装甲騎兵ボトムズ』特集、見どころ満載らしいな…」
「…おう、『ロード』の『ハヤテのごとく!』のパロディネタ、今回も期待できるらしいぜ…」
――永遠に終わらない読者の戦い。それは、愛と憎しみが混在した、奇妙で懐かしい「青春」の記録だった。
ローディスト戦記 【読み切り】 五平 @FiveFlat
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