第6話 大団円
星間飛行艇がスウッと高度を落とし、黒神山の山頂にフワリと着陸した。着陸と同時に飛行艇を取り巻いていた光が消えた。
竜太と慎吾が星間飛行艇の主翼の上から地面に降りた。ふたりの両足の力が抜けて、膝がガクガクと笑っている。ふたりは夢遊病者のようにフラフラと歩くと、星間飛行艇から少し離れた草の上に腰を下ろした。竜太も慎吾も頭の中が混乱して声が出ない。これは夢なのか現実なのか。地下の崩落がまだ続いているのだろう、思い出したように地面がグラリと揺れた。
ガサリと音がして、竜太と慎吾が座る草むらの後ろから人影が現れた。振り向いた竜太の顔が引きつった。慎吾がヒッと声を上げる。
「おまんらぁはここにおったかえ。あの鍾乳洞からよう逃げられたねぇ、ほめちゃるき」
星尾のかすれた声が響いた。その声に続いて、ガサガサと草を掻き分けて天河集落の住人たちが姿を現した。全員が奇怪な姿のままだ。狼狽える竜太と慎吾はあっという間に囲まれた。
「ほ、星尾さん・・・い、命だけはどうか・・・天河様のご神体のことは誰にも言いませんから」
竜太は胸の前で両手を合わせて祈るように頭を下げた。星尾はゆっくりと首を横に振る。
「天河様のご神体は地面の下に埋もれてしもうたきに。もうどうしようもならん」
星尾の声は感情を失ったかのように淡々としている。慎吾が星尾に向かって身を乗り出した。
「星尾はんの言うとおり、もうどうしようもあらへん。せやさかいに、過ぎたことは忘れて明日に向かって前向きに・・・ヒッ」
明日にではなく、慎吾に向かって星尾が鳶口を突き出した。慎吾が慌てて竜太の背中に身を隠す。
「おまんらぁのことはどうでもえいき。儂はこの人らぁに用事があるがじゃ」
星尾はそう言うと鳶口を地面にポトリと落とし、ゆっくりと星間飛行艇の前に進んだ。星尾の顔は心なしか紅潮している。星間飛行艇の入口のドアから、ヤムダンとイシュウが何ごとかと顔を覗かせている。
星尾はヤムダンとイシュウに向かって、万歳をするように両手を上げた。星尾の口から不思議な言葉が発せられた。
《*@*$$#&%%**¥##&‘#“!*\\(ヤナシス星からきた方よ。我々を一緒に連れていってほしい)》
ヤムダンとイシュウが顔を見合わせた。これは宇宙共通語だ。ヤムダンが宇宙共通語で答えた。
《(地球人のあなたが、なぜ宇宙共通語を話すことができるのですか)》
《(私はアンドロメダ星雲第17845区2531番恒星テンガル第三番惑星カミオンからきました。私の名はロキム。我々カミオン星人は四千年の間、救助を待っていたのです)》
一万年前にイシュウの操縦する小型探査艇が墜落し、イシュウは救難信号を発した上で長期休眠装置に入った。
四千年前、太陽系付近を通過していたカミオン星人の運行する恒星間航行艦が、地球から発せられた救難信号を受信した。救難信号を受信した艦艇は、救難信号を発する星人の如何に関わらず、宇宙運行協定により優先して救助に向かう義務が課されている。
宇宙運行協定に基づき、地球に救助に向かった恒星間航行艦は、途中で小惑星との衝突事故を起こして大破し航行不能となった。恒星間航行艦から脱出カプセルで退避したロキム他カミオン星人の乗員は、辛くも地球に到達すると、救難信号を発するイシュウの小型探査艇を見つけてその近くで暮らし始めた。救難信号を受信してイシュウを救助に訪れたヤナシス星又は他の異星人の航行艦を待ち、一緒に救助してもらうことが目的である。
脱出カプセルには休眠装置は備え付けられていなかったため、ロキムたちカミオン星人は地球人の姿に仮装して、四千年の間細々と生活してきたのだ。それが天河集落である。祭りのときに見せる奇怪な姿は仮面などではなかった。その姿こそがカミオン星人の本当の姿なのだ。
ロキムたちはイシュウの眠る小型探査艇を天河様として祀り、常に異星人の来訪に目を光らせながら、救助のときを待っていた。そして、とうとうそのときがきた。一万年のときを経て、ヤナシス星から救助艇が訪れたのだ。
星尾、いや、カミオン星人ロキムの話を聞いたヤムダンは頷いた。
《(お話は分かりました。この星間飛行艇はふたりしか乗員できませんし、通信装置は破損していて大気圏外で待機している恒星間航行艦との通信ができません。私とイシュウが一旦恒星間航行艦に戻り、司令官に報告します。その上で、改めて大型の星間飛行艇で救助に伺います。それでよろしいですか)》
星尾は満面の笑みを浮かべると、深々と頭を下げた。
《(ありがとうございます。お心遣いに感謝申し上げます。天河集落の住人全員が突然行方不明になれば、大騒ぎになるでしょうから、何か理由をつけて集団で転居したような工作が必要です。三日後、この時間にこの場所で、改めてあなた方をお待ちしています)》
《(了解しました)》
天河集落の住人の間からオオウという歓声が上がった。どこからかすすり泣きの声も聞こえる。何事が起ったのか理解できないまま、竜太と慎吾は呆然と立ちすくんでいた。
ヤムダンが竜太と慎吾に声を掛けた。
「竜太さん、慎吾さん。大変お世話になりました。おかげさまで、ミッションを完遂することができました。ありがとうございました」
「ミッション完遂? それはよかった・・・いやいや、何が何だかさっぱり分からないんだ。ねえ、山田さん。この状況をきちんと説明してよ」
「竜ちゃんの言うとおりや。さっきから訳の分からん業界用語でピーチクパーチク喋りよってからに。うん? 星尾はんも業界用語で喋っとったな。ということは・・・やはり、ぐる?」
竜太と慎吾は顔を見合わせると、謎が解けたとばかりにニヤリと笑った。
『一同を集めて探偵さてと言い』・・・川柳そのままに、竜太が一同を見回して「さて」と言った。
「全ての謎が解けました。ヒントは業界用語だ。吉木新喜劇の関係者が使う業界用語を迂闊に使ったのが失敗でしたね」
竜太の声が朗々と響く。
ヤムダンとイシュウは小首を傾げて竜太を見ている。周囲を取り巻く神尾たちは、しわぶきひとつなく静まり返っている。竜太が何を言い出すつもりなのか、想像がつかないのだろう。
ひと呼吸おいてから、竜太はヤムダンを指差した。
「そう、偽物の宇宙人役を演じた、山田さんは吉木新喜劇の芸人」
次に、竜太はイシュウを指差した。
「偽物の宇宙人の同僚役を演じた、佐藤さんは吉木新喜劇の衣装係」
最後に、竜太は金田一●助ばりに髪の毛を一度かきあげてから、星尾を指差した。
「そして偽物のUFOを祀り、私たちを窮地に追い込む役を演じた、星尾さんたち天河集落の皆さんも吉木新喜劇の劇団員だ!」
竜太に指差されたヤムダンもイシュウも星尾もポカンとした顔をしているが、竜太は気付かない。竜太は決まったとばかりにワザとらしい精悍な表情を浮かべて、畳み掛けるように言った。
「この大掛かりな仕掛けは、UFOで村おこしを企む観光課の仕業でしょう。観光課が吉木新喜劇に依頼して、私と慎吾さんを騙すための壮大なお芝居を繰り広げたんだ。天下の吉木新喜劇だ、鍾乳洞は大掛かりなセット、飛行艇は大道具の製作、宙に浮かぶのは特撮用の特殊効果・・・お手の物でしょう。これがこの事件の真相です」
喋り終わった竜太は言葉の余韻を噛みしめている。後を受けた慎吾が感嘆の声を上げた。
「竜ちゃん、一分の隙もない、見事な推理・・・いや真実の開示や」
竜太と慎吾は、ここに至ってもまだ勘違いしている。しかも、根本的に。バカは死ななきゃ治らないのだ。ヤムダンは呆れたような顔をしている。
「竜太さん、いったい何を言っているのか、理解できません」
竜太は、何を今更という顔でヤムダンを見た。その横で慎吾がヤムダンを見る目は慈愛に満ちている。罪を憎んで人を憎まずという言葉が、慎吾の脳裏でネオンサインのように点滅している。そして全て分かっていると言わんばかりにゆっくりと頷いた。
「山田はん、もうええのや。全てバレとる。あんたの芸人魂は大したもんや。尊敬するでえ。それでは神妙にお縄を頂戴してもらおか」
星尾が困惑した顔で言った。
「坂本君、中岡君、おまんらぁは勘違いしちゅうぜ。儂らぁはアンドロメダ星雲にあるカミオン星からきた異星人じゃき」
竜太がプッと吹き出した。
「そんな流暢な土佐弁で『異星人じゃき』と言われてもねえ」
「ほんんまや。まあ、そのへんてこな仮装をした姿は異星人そのものやけどな」
目の前に立っている神尾がカミオン星人の本来の姿を現しているにもかかわらず、竜太たちは祭りの仮装と思い込んでいるのだ。
何をどのように説明すれば現実を理解してもらえるのか、ヤムダンは頭を抱えた。イシュウがヤムダンの耳元でささやいた。
《(なあ、ヤムダン。地球人のふたりには、このまま全てがお芝居だったと思わせておいた方が良いのではないか。そうすれば記憶操作光線で彼らの記憶を操作する手間が省けるじゃないか)》
《(なるほど、了解しました)》
ヤムダンは竜太と慎吾に向かってペコリと頭を下げた。
「竜太さん、慎吾さん。そこまで見破られてしまっては、これ以上嘘を吐きとおすことはできません。おっしゃるとおり、すべては観光課からの依頼によるものです。とうとう、あなたたちを騙すことはできなかった。お見それしました」
ヤムダンがチラリと目配せすると、星尾が意図を察知して小さく頷き、これまでとばかりに神妙に頭を下げる。
竜太と慎吾の顔に満面の笑みが浮かぶ。
そこへ、ガサガサと下草を掻き分けてふたりの男が飛び込んできた。
「あっ、未確認生物対策班の坂本君と中岡君と違うかねえ。それにその奇怪な姿をした方々は・・・天河集落の星尾さんたち? 何でそんな恰好を・・・まあえいか。それにしても、さっきの黒神山南斜面の陥没を見たかえ? こじゃんと凄かったねえ、光の柱が立ったと思うたら天河様のお社が吹き飛んで、その後に地面に大穴が開いたときはどうなるかと思うたけんど、よう逃げられたもんや。皆さんはここへ避難されちゅうがですか? そうやねえ、明るうなるまでここで待機しちょった方がえいろう。ほんなら僕らぁもご一緒させてもらおうかねえ」
早口で喋るのは観光課の畑中主任で、その後ろに大きなジュラルミンケースを抱えた有沢係員が肩で息をしながら立っていた。ふたりの顔は泥だらけで、上着もズボンも真っ黒に汚れている。天河様のお社を見下ろす崖の上で、偽物のUFOを飛ばすために潜んでいた観光課のふたりは、突然現れた天に昇る光の柱と、それに続く地面の陥没を見て肝をつぶし、這這の体で山頂まで逃げてきたのだ。
これで役者は全て揃った。
実行犯山田と共犯星尾の自白、首謀者である観光課の畑中主任と有沢係員の確保。ジュラルミンケースの中は偽物のUFOが入っているはずだ。
竜太は畑中主任と有沢係員の前にスックと立った。
「畑中主任、有沢係員。あなた方、いや、観光課の企みは明るみになりました。全ては観光課の推し進める『UFOの村』村おこし計画のためのお芝居だとね。有沢係員、あなたの持っているジュラルミンケースを渡してもらいましょう。そう、偽UFOの証拠をね」
竜太の凛とした声が響く。
有沢係員の両手がブルブルと震え、ジュラルミンケースをドサリと地面に落とした。畑中主任は観念したようにガックリと地面に両ひざを突いた。畑中主任が腹の底から絞り出すように言った。
「全ては牛乃背村の発展のために、良かれと思ってやったことやき・・・分かってつかあさい」
「ああ、分かっていますよ」
竜太は微笑みを浮かべて、畑中主任の肩に優しく手を置いた。残るのは、あの決め台詞だけだ。
「これにて一件落着!」
竜太が役者張りに見栄を切り、畑中主任と有沢係員がハハアと神妙に頭を下げた。
その横で慎吾がキョロキョロと辺りを見回している。
「あれ? 山田はんがおらへん。張りぼてのUFOもなくなっとるやないけ。どこへ行ったんや」
竜太が振り向くと、先程まであった星間飛行艇が消えていた。星間飛行艇に乗っていたヤムダンとイシュウの姿も見えない。
ヤムダンとイシュウは、竜太と慎吾の意識が観光課のふたりに向いているのを見て、秘かに星間飛行艇を発進させたのだ。音もなく舞い上がる星間飛行艇に気付いたのは星尾だけだった。
「山田さんが逃げた? そうか・・・吉木新喜劇の芸人としてのプライドが、この結末を許さなかったんだろうねえ。なにせ、素人の私たちに全て見破られてしまったんだから」
竜太はしんみりとした声で言った。それを受けて慎吾もウンウンと頷いた。
「せやな、竜ちゃん。腐った鯛、いや、腐っても鯛、年をとっても芸人やさかいな。まあ、証拠は十分あるんや、山田はんのことはそっとしといたろうやないけ」
「それにしても、張りぼてのUFOまで持っていって、どうするつもりなんだろう」
「好きにしたらええがな。それにしても、中を見たらビックリするでえ」
「ウヒヒ、片付けが大変だ。臭いも残るし・・・」
竜太と慎吾は他人事のように笑っている。
黒神山の上空一万メートルまで上昇した星間飛行艇は、大気圏外で待機している恒星間航行艦を目指して更に高度を上げた。下方カメラが映し出すモニター画面には、真っ暗な夜の地球が映し出されているだけで、もはや地上の様子など確認のしようもない。
操縦席の後方で身体を屈めているイシュウがヤムダンに声を掛けた。
《(不思議な地球人のふたり組だったね。最後まで私たちのことを地球人だと誤解したままだったが)》
《(ええ、でも彼らのおかげでイシュウを蘇生させることができました。誤解していたとはいえ、親身になって協力してくれたんです。それに、私の命の恩人だ)》
《(そうか、彼らに感謝しなければいけないな)》
《(さようなら、竜太さん、慎吾さん。あなた方のことは一生忘れ・・・うん? 何だ。足元に何かがある・・・これは・・・ギャー! *@&%#$じゃないか!・・・これは新車なんだぞ! ああ、特別注文のエボマ星産の本革シートが台無しだ・・・あいつら殺してやる!)》
《(まあまあ、ヤムダン、落ち着いて。未開の地球人のしたことだ、勘弁してやれよ)》
《(他人事だと思って・・・ローンだって三百年も残っているのに。くそう、お前たちのことは一生忘れないからな!)》
遥か下の地上にいる竜太と慎吾にヤムダンの悲鳴は届いたのだろうか・・・。
五日後、牛乃背村役場の地下一階にある未確認生物対策班の事務室では、竹中班長が竜太と慎吾に向かって話をしていた。先程、偽UFO事件のてん末をまとめた報告書を山内村長に説明してきたところだ。
「とにかく、坂本も中岡も、今回の件ではお手柄やったねえ。報告書を読んで山内村長も呆れちょったぜよ。これで観光課が進めよった『UFOの村』村おこし計画は終わりじゃねえ。山内村長はダム建設計画に横槍が入らんで、ホッとしちょった」
竹中班長に褒められて、竜太も慎吾も嬉しそうに顔を綻ばせた。
「竹中班長、観光課はどうなるんです?」
「おお、観光課には山内村長からキツイお灸が据えられるようじゃ」
「キツイお灸ねえ・・・」
どんなお灸かは知らないが、そんなことで懲りるような観光課ではあるまい。
「そうじゃ、坂本。天河集落の住人が全員県外へ転居して、誰もおらんようになっちゅうことは聞いたかえ? 今回の騒動が原因やろか、おまん何か聞いちゃあせんか」
竜太と慎吾は顔を見合わせた。吉木新喜劇の団員たちも、仕事が終わって全員引き上げたのだろう。さすがはプロ、引き際が見事だ。
・・・あれから三日後の夜の黒神山の山頂で、天河集落の星尾たち、いや、ロキムたちカミオン星人はヤナシス星の恒星間航行艦から派遣された大型星間飛行艇で救助され、四千年のときを経て母星への帰路についたことなど、竜太と慎吾は知る由もない。
慎吾がもっともらしく言った。
「まあ、竹中班長、彼らもプロやさかい、そこのところはそっとしといてあげまひょ」
「プロ?」
何のことか分からない竹中班長が首を捻る。竜太が笑いながら続けた。
「とにかく、一件落着です。良かったじゃないですか。ところで竹中班長、奥さんに浮気がバレた話はどうなりました。先週末は奥さんに謝るために自宅に帰ったんでしょう?」
竹中班長の顔色が変わった。
「バレたって・・・人聞きの悪いことを言うたらいかんぜ。昔の話をかみさんが蒸し返しただけじゃき。今は綺麗なもんじゃ」
そう言って弁明する竹中班長の顔面には、爪で引っ掻かれたような跡が残っている。奥さんにやられたのだろう。慎吾が嬉しそうにウヒヒと笑った。
「ほんまかいな。そうや、ワイの先輩でオットセイ野郎というあだ名の人がおるんやけど、この人が精力絶倫で手当たり次第に女の子に手え出して・・・」
「あ、その話、途中まで聞いたよ」
竜太は目を輝かせて身を乗り出した。未確認生物対策班の面々は、仕事そっちのけでゴシップ話に花を咲かせている。牛乃背村は平和だ。
人類と異星人とのファーストコンタクトとなる第三種接近遭遇、いや、第三種追突遭遇は、このようにして終わった。
(おわり)
第三種接近遭遇 志緒原 豊太 @toyota-salt
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