第5話 救出

 小型探査艇の内部は直径六メートル、高さ一・八メートルの円形のフロアが三層に重なっていた。それぞれの階層は、円の中心部分に設置されている直径一メートルの透明な円筒形のチューブで繋がっている。円筒形のチューブは各階層を貫く自動昇降機だ。

 最上階は操縦室、中間階は休息用の居住スペースで、最下階は機械室兼倉庫となっている。衝突の衝撃で最上階の操縦室は滅茶苦茶に壊れていて、天井の半分ほどが内側に向かってボコリと陥没していた。中間階にはマッサージチェアのような休息用ベッドがあり、省スペースのために壁面に立て掛けるように収納されている。その隣に巨大な金盥を伏せたような円形の機械が置かれていた。直径は二メートルほど。それがイシュウの眠る長期休眠装置である。

 ヤムダンが入口のドアを抜けて操縦室に入ると、非常灯らしき照明具が点灯して室内を照らした。一万年のときを経ても非常用の予備バッテリーが作動しているのだ。ヤナシス星の科学技術は驚異的である。竜太と慎吾が続いて操縦室に入った。入口のドアが音もなく閉まり、外部の喧騒が遮断された。

「とうとうこれで袋のネズミになっちゃった。さて、これからどうしようか」

 竜太が肩を落とした。慎吾は興味津々の顔つきで操縦室内を見回している。

「竜ちゃん、見てみい。この中はグチャグチャや。酷いもんやな、どないしたんやろう。まさか、山田はんのせいやないやろうな、あんな大けな鍾乳石を跡形もなく吹き飛ばしよって・・・あんた、いったい何をしたんや」

 ヤムダンはフルフェイスのヘルメットを脱ぎながら答えた。

「バラリウム重粒子放射銃で、探査艇の表面を覆っていた炭酸カルシウムを吹き飛ばしたのです。探査艇に傷はつけていません。操縦室が壊れているのは、一万年前の墜落によるものです」

 ヤムダンは掌の上に載せたバラリウム重粒子放射銃を見せた。いかつい名前と強力な威力の割に、見た目はちっぽけでおもちゃの水鉄砲ようだ。

「バラリウム・・・? 山田はん、何を言うとるのかさっぱり分からんわ。一万年前の墜落やて? そんなはるか昔から、これはここにあると言うんかいな? そんでもって、それを見つけた天河集落の人たちが、ご神体やと拝んどったと? まさか、これがほんまもんのUFOやと言うんやないやろな」

「未確認飛行物体、いや、異星人の操縦する飛行装置という意味なら、そのとおりです。そして私はヤナセス星人、ヤムダン・デズ・タロナです。最初からそう言っているじゃないですか」

 ヤムダンは両手を腰に当てて、何を今更という顔をしている。慎吾が両目をこれでもかと見開いた。薄く開いた口がワナワナと震えている。

「そんな、宇宙人・・・ん? 竜ちゃん、どないしたんや」

 驚愕の表情を見せた慎吾の腕を、竜太がチョンチョンと指で突いた。竜太の顔には薄ら笑いが浮かんでいる。竜太には全てお見通しなのだ。

「慎吾さん、観光課だよ。これもみんな観光課の仕業だ。考えてもみてよ、一万年も前のものがこんなに綺麗に残っているはずがない。しかも、天河集落の住人がこれを拝んでいた・・・怪しいでしょう」

 慎吾がアッと顔を上げた。真理に脳天を叩き割られたような気がしたのだ。

「まさか、全員がグルや言うんか・・・。イヤイヤそうか、山田はんはそもそも観光課に雇われとったんやったな。地底湖から救出するためや言うて、山田はんがひとりで外に出て・・・」

 頷いた竜太の顔は確信に満ちている。星尾たち天河集落の住民も観光課とグル、あるいは、観光課に何らかの弱みを握られて協力させられているのかも知れないと竜太は考えていた。

「うん、そのときに星尾たちと打合せをしたに違いない。あんなおもちゃの水鉄砲みたいなもので、大きな鍾乳石が吹き飛ぶわけがないよ。手品、いや、それも張りぼてだ。張りぼてのUFOの上に張りぼての鍾乳石を被せておく。山田さんの合図で張りぼての鍾乳石が吹き飛んで、その下から張りぼてのUFOが現れる。それを私と慎吾さんに見せる・・・手が込んでいるなぁ」

 危うく騙されかけた自分を恥じているのだろう、慎吾がギリリと奥歯を噛みしめた。

「ヌウウ・・・観光課のやつら何ちゅう悪どい手を使うんや。もう少しで騙されるところやったでえ。さすがの仏の慎吾はんもガッデムや!」

 怒り心頭の慎吾の前で、竜太がニヤリと笑った。

「観光課のやつらが、これから私たちに何を見せようとするのか、楽しみだね」

「グフフ、もう騙されへんでえ」

 竜太と慎吾は掛かってこいとばかりに不敵な笑みを浮かべてヤムダンを見た。

 ヤムダンは肩をすくめると、首を左右に振った。この能天気な地球人ふたり組には、何を言って無駄のようだ。

「こりゃだめだ。とにかく、ミッションを遂行しましょう」

 ヤムダンは部屋の中央にある円筒形のチューブの中に入った。竜太と慎吾が後に続くと、チューブの中は満員電車のようにぎゅうぎゅう詰めになった。ヤムダンの指がチューブに触れると、三人の身体がスウッと下方に移動した。慎吾が思わず「ホウッ」と声を上げた。竜太はどんな仕掛けなのかと首を捻っている。


 自動昇降機で中間階の居住スペースに移動した竜太たちは、イシュウが眠る長期休眠装置を取り囲むようにして立っていた。

 長期休眠装置は毒々しい赤と黄のペイントが施された保護シートに包まれている。長期休眠装置の脇には小型冷蔵庫ほどの大きさの直方体の機械が置かれていて、複数のケーブルで長期休眠装置と繋がっている。機械の上面には四角いモニター画面が五つ並んでいて、長期休眠装置内の状態を表示している。そのうちの四つのモニター画面の背景色は緑で、状態が安定していることを示している。最後のモニター画面は蘇生可能期限を示しているのだろう、表示されている宇宙共通数字が刻々とカウントダウンしてゼロに近づいていて、背景色は危険領域を示す赤に反転していた。

 長期休眠装置を見た慎吾が、声を潜めるようにして竜太に話しかけた。

「竜ちゃん、これは何やろな」

 竜太は顎に指を当てて首を傾げている。

「分からない・・・おかしな形だ・・・まるで・・・UFOだ」

「UFO?」

「ほら、カップ焼きそばのUFOにそっくりだ」

 慎吾がポンと手を打った。

「ほんまや、形といい色使いといい、そっくりや」

「この中にお湯でも注ぐんじゃないかな」

「そんなアホな」

 ウヒヒと笑いながら竜太と慎吾がバカな掛け合いをしている横で、ヤムダンはモニター画面を確認して小さく頷いた。何とか蘇生可能期限に間に合った。とにかく蘇生作業の開始だ。ヤムダンは長期休眠装置を包む保護シートに目をやった。円形をした上面の縁の部分に小さな突起がある。ヤムダンは突起を指でつまむと、シールをはがすように引っ張った。ビイイイという音と共に保護シートの一部が細い帯状になってはがれていく。キャラメルの箱のセロハンの包装紙をはがしているようだ。

 上面の縁を一周すると保護シートはペロリとはがれて、その下から長期休眠装置の本体が顔を覗かせた。白い強化プラスチックで造られた円形の棺桶のように見えるが、材質は地球上に存在しない未知の金属だろう。上面を覆うように円形の蓋が被せられている。ヤムダンは蓋の縁に手をかけた。

「蓋を持ち上げるのを手伝ってください」

 竜太と慎吾がヤムダンの反対側に回り、蓋の縁に手をかけた。

「持ち上げるよ・・・せーの!」

 竜太の掛け声で三人が一斉に力を込めると、円形の蓋はスッと持ち上がってパカリと外れた。拍子抜けするほど軽い。蓋を壁に立て掛けてから、竜太たちは興味深げに長期休眠装置の中を覗き込んだ。

 装置の中心には柔らかな素材で造られたベッドが置かれていた。ベッドの周囲にはこまごまとした機械類が収納されていて、それらをウネウネとしたチューブや配線が取り囲んでいる。

 ベッドには人型にくり抜かれた窪みがあった。その窪みにカラカラに乾いたミイラのような物体が横たわっていた。異様に大きな頭部、二本の腕と貧弱な胸部、ペコリと凹んだ腹部と細い腰に続く二本の足。顔つきや体形はヤムダンにソックリだ。そしてそれら全体が半透明のシートに覆われていて、真空パックされた生鮮食料品のようにピッタリとシートが貼り付いている。

 低温冬眠方式ではなく、少ないエネルギー消費で、より長期間の休眠を可能とした乾燥休眠方式である。ヤナシス星の科学技術は人類の想像をはるかに超えた領域に達しているのだ。

 不気味な物体をしげしげと見た竜太は、横に立っているヤムダンの顔をチラリと見た。似ている・・・吉木新喜劇の先輩かも知れない。

「山田さんにそっくりの不気味な、失礼・・・奇妙な、いやいや・・・不思議な人形が入っているよ」

「観光課のやつら、おどかしよるやないけ。竜ちゃん見てみい、真空パックや。なまもんが悪ならんように、乾燥させてから真空パックしとるのと違うか」

 慎吾の脳裏には熱海の駅前の土産物売り場で見た真空パックしたアジの干物の姿が浮かんでいる。見方を変えれば美味そうだ。

「ということは、やっぱりお湯で戻すのかな」

「そのまんま七輪で焼くっちゅう手もあるで」

 竜太と慎吾の会話を無視して、ヤムダンは半透明のシートに目をやった。シートの上には蘇生作業の手順や注意事項が、ヤナシス星言語を表記するヤナシス文字と宇宙共通語を表記する公用文字により併記されていた。ヤムダンは文字を指でなぞり、フムフムと言いながら読み終えると、顔を上げた。困惑の表情が浮かんでいる。ヤムダンの眉間には深いしわが刻まれている・・・はずだ。元々しわだらけで分かりにくいのだ。

「山田はん、どないしたんや」

 慎吾の問いかけに、ヤムダンは小さな声で答えた。

「蘇生には高温の一酸化二水素が必要です。この探査艇の中にはない。艇外から調達しなければならないようです・・・困りました」

「コウオンノイッサンカ・・・? 何やねんそれは」

「失礼、地球語で簡単に言うと、高温の水です」

「高温の水? お湯のことかいな」

 竜太と慎吾が顔を見合わせた。

「ほらね、慎吾さん。私の言ったとおり、お湯がいるんだ。やっぱりカップ焼きそばじゃないか」

「そんなアホな」

 ヤムダンは無知な原住民に噛んで含めるように説明した。ヤナシス星の高度な科学技術は未開の地球人には理解できないかも知れないと思いつつ・・・。

「長期休眠装置に一酸化二水素すなわち水を投入すれば、装置が適温に加熱してお湯にします。お湯が装置内に循環して蘇生開始です。地球時間で十五分待って、お湯を排出すれば、イシュウハ蘇生します。これはヤナシス星の科学技術を結集した乾燥休眠方式なのです」

 竜太と慎吾はヤムダンの話を半分も聞いていない。

「お湯を入れて十五分待ってから湯切りをすれば出来上がりだって」

「ほんまや、カップ焼きそばに間違いないわ。観光課はこんな巨大な焼きそばを作ってどないする気やねん・・・」

 竜太の頭の中で豆電球がピカリと光った。

「ハッまさか・・・村おこしのB級グルメ」

 慎吾がアアと声を上げて、分かったとばかりにポンとおでこを叩いた。

「竜ちゃん、それや。B級グルメグランプリの定番のご当地焼きそばや。UFOの村のUFO焼きそば。ホレ見てみい、ワイが最初に言うた通りやないけ。そんでもって、これがその試作品という訳や。ということは、UFO饅頭は我々の目をくらますための囮やったちゅうことやな」

 慎吾を見る竜太の目は称賛で潤んでいる。

「慎吾さん、すごい推理だ。これからはワトソン改めハドソン・・・ああ、ハドソン君の奇跡だ」

「何が奇跡やねん。ワイにとっては、これぐらいの推理はお茶の子さいさいやでぇ。これくらいのことで驚いとったらヘソで茶を沸かすわい」

「へぇ、そぅ?」その場が一瞬凍り付いた。口に出した竜太は、お恥ずかしいと顔を赤らめた。慎吾が小声で「もっと捻らなあかん」と叱る。関西人は厳しいのだ。

 いつものごとく完全に勘違いしている竜太と慎吾の横で、ヤムダンは腕を組んで考えていた。蘇生可能期限が迫っているのに、悠長なことは言っていられない。強硬手段だがこの際仕方がない。バラリウム重粒子放射銃で原住民を脅して一酸化二水素を手に入れるのだ。抵抗するようなら、ひと思いに・・・何も罪もない原住民は可哀そうだが・・・緊急避難だ、やむを得まい。ヤムダンは掌の中の放射銃を握りしめた。

 ヤムダンの物騒な思いなど知る由もないお気楽コンビが、ヤムダンに声を掛けた。

「それで山田さん、水はどうするつもりなの。ここまできたら一蓮托生、毒を食らわば皿まで、据え膳食わぬは男の・・・あ、これは違うか・・・ゴホッ。とにかく、試作品のカップ焼きそばの完成まで見届けるよ。ねえ、慎吾さん」

「ほんまや。どないな味がするのか楽しみやさかいな。忌憚のない意見を言わせてもらうでえ。尻が痒い、いや、耳が痛いかもしれへんけど、これも愛の鞭や。そう、鞭との遭遇やな」

 ヤムダンは掌の中のバラリウム重粒子放射銃を竜太と慎吾に見せた。

「これを使って一酸化二水素を手に入れます。言うことを聞かなければ・・・ズドンです。可哀そうですが仕方ありません」

 慎吾がアホかという目でヤムダンを見た。

「こんなオモチャみたいなもん見せて、どないする気やねん。ホレッ、貸してみい」

 慎吾があっという間にヤムダンの掌の上からバラリウム重粒子放射銃を取り上げた。

「あっ、何をする。ああ・・・」

 取り戻そうと必死に伸ばしたヤムダンの手を邪険に振り払って、慎吾は手の中でクルクルと放射銃を回してから、ポイッと竜太に投げ渡した。竜太は放射銃を構えると、いたずらをするようにヤムダンに銃口を向けた。

 しわだらけのヤムダンの顔が恐怖で引きつった。この能天気な地球人ふたり組は、バラリウム重粒子放射銃の威力を知らないのだ。危険極まりない。

「危ない、やめろ!」

「アハハ、冗談だよ。こんなオモチャに驚くなんて・・・」

 竜太は笑いながら放射銃の銃口を上に向けた。竜太は何気なしに引き金に指を当てた。半ば無意識に指が引き金を引く。パブロフの条件反射だ。

 竜太の手から閃光が迸った。バラリウム重粒子放射銃から発射された高エネルギー重粒子弾が小型探査艇の天井部分を突き抜け、更に鍾乳洞の天井部分に巨大な穴を開けると地表に到達し、地上にある天河様のお社を吹き飛ばして天空に抜けた。

 黒神山の九合目から光の龍が立ち昇り、夜空を一瞬赤く染めた。

 バラリウム重粒子放射銃を持ったまま竜太は腰を抜かしていた。天井を見上げると、大きな穴がぽっかりと開いて、その先に天空に浮かぶ天の川が見える。その横で慎吾は眼を見開き、口をポカンと開けたまま身じろぎもしない。完全に度肝を抜かれているのだ。

 ヤムダンが竜太の手からバラリウム重粒子放射銃をむしり取った。

「だから危ないと言ったのに・・・あ~あ、天井に大穴を空けちゃって。どうしてくれる。・・・ん? 何だ・・・」

 天井に開いた穴から、ポタリポタリと水が滴り落ちてきた。やがてそれはチョロチョロとした水の流れに変わり、あっという間にザアザアと音を立てて滝に変わった。高エネルギー重粒子弾が打ち抜いた地層の岩盤の中に地下水脈が通っていたため、岩盤に開いた穴から地下水が流れ落ちてきたのだ。


 小型探査艇の外では、鍾乳洞の天井に開いた穴から土砂降りの雨のように水が流れ落ちていた。小型探査艇を取り巻いていた星尾たち天河集落の住人たちは、探査艇の天井を貫いて立ち昇った光の柱を見て驚愕し、鍾乳洞の天井に開いた穴を見て肝をつぶした。

 天井から雨のように降り注ぐ水を浴びて、ずぶ濡れになりながら星尾は叫んだ。

「こらいかん、みんな早う逃げろ! 水が・・・水が・・・いや、鍾乳洞が崩れそうやき。奥の階段へ急げ!」

 天河集落の住人たちが我先にと走り出した。星尾は二、三歩後退って小型探査艇を眺め、小さく合唱してからクルリと背中を向けて走り出した。星尾の足元に小さな亀裂が走り、地面が不気味に振動を始めた。天井から鍾乳石の欠片がパラパラと落ちてくる。先程の衝撃で鍾乳洞の崩落が始まったのだ。


 小型探査艇の中では、天井の穴から流れ込む水を見て、ヤムダンが歓声を上げた。

「一酸化二水素だ、大量の水だ。これでイシュウヲ蘇生することができる。竜太さん、慎吾さん、水を入れるのを手伝ってください」

 ヤムダンは長期休眠装置の脇に設置されている直方体の機械の側面に付いた小さなボタンを押した。側面の上部がパカリと開き、取水口が姿を現した。ここから水を投入すれば、直方体の機械内部で適温に加熱され、長期休眠装置に蘇生用のお湯が流れ込む仕組みなのだ。

 ヤムダンが腕組みをして考え込んだ。

「さて、天井から流れ落ちる水を、どうやって取水口に投入すればよいか・・・」

「フォースを使え」竜太の厳かな声が響いた。

 ヤムダンがハッと顔を上げた。ヤムダンの脳裏では、黒い仮面を被ってマントを着けた大男がライトセーバーを振り回している。

「フォースを使え・・・まさか、ジェ●イ・・・おお、フォースと共にあらんことを・・・」

「違う違う、ホースを使えと言ったの。水を入れるんでしょ」

「ホース?」

 ヤムダンがチョコンと小首を傾げた。

「竜ちゃん、あかん。こんな所にホースなんぞ無いわい。ほれ、これを使うたらどうやねん」

 慎吾は壁に立て掛けてある長期休眠装置の蓋を指差した。なるほど、これなら雨樋の要領で天井から流れ落ちる水を取水口に流し込めそうだ。

 竜太たちは長期休眠装置の蓋抱えると頭上に掲げた。降り注ぐ水が蓋を伝って取水口に流れ込んでいく。

 十分な量の水を流し込んだところで、蓋を長期休眠装置に被せると、ヤムダンは直方体の機械の上面にある蘇生起動スイッチを押した。直方体の機械がブルリと振動した。蘇生作業が始まったのだ。

 ヤムダンは手首に巻いている物質探知機のタイマーモードを起動した。お湯を投入してから蘇生完了まで地球時間で十五分。それを待つ間に、小型探査艇の推進装置に使用されているバラリウム重粒子変換装置を見つけるのだ。型は古いが原理は同じだから、ヤムダンの星間飛行艇の反重力推進装置の修理に使えるはずだ。

「蘇生完了まで、地球時間で十五分です。竜太さんと慎吾さんはここで待っていてください。私は探し物をしてきます」

 ヤムダンはそう言い残すと、竜太と慎吾を残して円筒形のチューブの中に入った。行先は最下階の機械室である。

 今更ながら、竜太と慎吾は大穴の開いた天井を見上げている。

「慎吾さん、いまのはいったい何だったんだろう」

「ワイにもさっぱり分からん。アーア、天井に大穴が開いてもうとるやないけ」

 天井を見上げた慎吾の口がポカンと開く。

 竜太の頭の中に何かが引っ掛かっている。

「不思議だ。山田さんが『水が欲しい』と言った途端に天井に穴が開いて・・・都合よく水が流れてきて・・・都合よく?・・・ジャストタイミングだ・・・まさか観光課・・・」

 竜太の頭の中の引っ掛かりが明確な形となった。全ての辻褄が合う。以心伝心、慎吾にも伝わったようだ。

 竜太と慎吾は顔を見合わせると、頷き合った。

「竜ちゃん、観光課の仕業に間違いないで。そんな都合よくことが運ぶはずがないわ。やつら、ワイらにUFOを信じさせた上で、更に村おこし用のご当地焼きそばまで食べさせて『美味い』と言わせるつもりや。それで、言質を取ってワイらを抱き込む・・・カアー、手が込んどるな」

 竜太は額に浮かんだ汗を掌で拭った。

「マッタク油断も隙も無い。あの手この手で信用させようとしているんだ。そうはイカのキンタ・・・失礼、そうはいかんぜ」

「とにかく、焼きそばが出来上がるまで十五分や。山田はんもおらんようになったし、ちと休憩やな。その後のことは焼きそば食べながら考えよか、何や腹が減ってきたわ」

「そうだね、お腹の中のもの全部出しちゃったから空っぽだ」

 竜太と慎吾は長期休眠装置を背にして床に腰を下ろした。竜太が首を傾げた。床についた尻から微かな振動が伝わってくる。

「ねえ、慎吾さん。揺れてる?」

「地震かいな・・・うん? 何や、パラパラと音がするで。この張りぼてに何かが当たっているようや・・・ありゃ、天井の穴から何か落ちてきた・・・鍾乳石の欠片やな」

 竜太たちが首を傾げている間にも、振動は増々大きくなっていく。それに伴って、天井の穴から落ちてくる鍾乳石の欠片が大きく、かつ、多くなった。

「天井の穴を伝って、ちょっと外を覗いてみるよ」

 竜太は立ち上がると、跳び上がって天上の穴の縁に手を掛け、懸垂の要領で身体を持ち上げると、最上階に身体を引き上げた。

 最上階の床から見上げると、小型探査艇の最上階は天井部分がほとんど吹き飛んでいて、縁の方に僅かに残っているだけだった。床の穴よりも天井の穴が遥かに大きいのだ。そして、その上の鍾乳洞の天井部分には直径十メートルほどもある大穴が開いていた。大穴の表面は融けたように滑らかだ。大穴から流れ落ちる水は滝のようだ。

 竜太は立ち上がって周囲を見回した。ひっきりなしに振動が続き、頭上からバラバラと鍾乳石が落ちてくる。壁に手を掛けて外を覗くと、先程まで小型探査艇を取り巻いていた星尾たち天河集落の住人の姿がない。よく見ると、鍾乳洞の床に稲妻のような亀裂が無数に走っている。その亀裂は鍾乳洞の壁面にも繋がっていて、更に鍾乳洞の天井にまで到達しているようだ。竜太の目の前で一抱えもありそうな鍾乳石の氷柱が、鍾乳洞の天井を離れて床に落下した。氷柱は床に激突すると粉々に砕けた。腹の底に響くようなゴオオという地鳴りが徐々に大きくなっていく。

 竜太の心臓が縮みあがった。これは・・・鍾乳洞の崩落だ! 天井に開いた穴のせいで鍾乳洞全体が崩落を始めたのだ。このままだと生き埋めになってしまう! 逃げなくては・・・悠長に焼きそばを食べている場合ではない。

 竜太は転げるようにして中間階に戻った。竜太の顔色は真っ青で、目が血走り、くちびるはワナワナと震えている。

「何や竜ちゃん、その顔は。死人みたいな顔しとるで」

「し、し、慎吾さん・・・に、逃げなきゃ・・・早く、早く・・・崩れる・・・鍾乳洞が崩れ始めているんだ!・・・このままだと、死人みたいじゃなくて、本当の死人になっちまう!」

 慎吾が眼を剝いた。

「崩れ・・・何やと! 鍾乳洞が崩れる! あかんやないけ・・・とにかく逃げよ。山田はんはどこや・・・山田はーん! 山田はーん! 聞こえまっか。鍾乳洞が崩れるんや、早よ逃げなあかんねん! ちゃっちゃと戻っといで!」

 慎吾が最下階に向かって声を張り上げた。そうしている間にも、小型探査艇を揺らす振動は激しさを増していく。

 慎吾の声が聞こえたのか、それとも、振動に気付いたのか、ヤムダンが円筒形のチューブの中に姿を現した。手にはペットボトルほどの大きさの透明なラグビーボールのような形をした部品を持っている。部品の両端は銀色の金属で覆われていて、金属の先にはプラグのような三本の突起が付いている。旧型のバラリウム重粒子変換装置だ。ヤムダンの星間飛行艇に使用されている新型のバラリウム重粒子変換装置に比べると、変換容量は千分の一しかないが、反重力推進装置を起動して地球の大気圏外で待つ恒星間航行艦までたどり着くには問題はないだろう。

 ヤムダンはしわだらけの顔に満面の笑みを浮かべながら自動昇降機から出てきた。

「探していたものがありました。よかった、これで私の飛行艇を修理できます。さて、そろそろ蘇生完了の時間だな。ん? 慎吾さん、どうしました」

 慎吾の顔は恐怖で引きつっている。

「山田はん、のんびりしとる場合とちゃうでえ。竜ちゃんが天井に大穴を開けたせいで鍾乳洞が崩れ始めとるんや。このままやと生き埋めや、早う逃げなあかん」

「アッ、慎吾さん酷い。私のせいだなんて。あれは・・・不可抗力です」

 竜太が口を尖らせた。・・・不可抗力ではない、徹頭徹尾・完全無欠に竜太のせいだ。慎吾がフンと鼻で笑う。ヤムダンが糸のように細い目を見張った。

「鍾乳洞が崩れる? この振動はそのためなのですか・・・とにかく、蘇生を終わらせなければ。あと十秒・・・五秒・・・三、二、一。蘇生完了!」

 長期休眠装置の脇に設置されている直方体の機械がチンと音を立てた。電子レンジのような音だ。

 続いて、ピッピッピッと電子音が鳴り出すと、長期休眠装置の片側がゆっくりと持ち上がり始めた。それに伴って、蓋の縁に並んで開けられた穴からお湯が流れ出た。さすがはヤナシス星の科学の粋を集めただけのことはある、自動お湯切り装置付きなのだ。これなら火傷の心配もない。

 長期休眠装置は垂直に立ち上がってから、再びゆっくりと元に戻っていく。湯切り穴から流れ出るお湯は止まっている。お湯切りが完了したようだ。

 プシューという音がして、長期休眠装置は水平の状態で止まった。『ピンポーン』とチャイムの音が響いた。

 ヤムダンは竜太と慎吾に目配せをすると、長期休眠装置の蓋に手を掛けた。竜太と慎吾がつられるように蓋に手を掛ける。蓋がスッと持ち上がり、蓋と長期休眠装置の隙間からムッとするような蒸気が立ち昇った。

 長期休眠装置の中では、表面を覆う半透明のシートの下で何かがモゾモゾと蠢いている。ヤムダンがシートの端についた切取紐を引っ張ると、ビイイという音と共にシートが破れた。シートを掻き分けるように二本の両手がゆっくりと突き出され、それに続いて上半身がムクリと起き上がった。

 異様に大きな頭部に毛髪はなく、頭頂部にはサイのような角。のっぺりとした顔と細い顎。三つの穴が開いただけの鼻。くちばしのように突き出た唇。異常に大きくて長い耳たぶ。顔全体の無数のしわ。ヤムダンにそっくりだ。

 一万年の眠りを経て、ヤナシス星人イシュウが蘇生したのだ。

 イシュウはゆっくりと首を左右に回した。まだ完全には視力が回復していないのだろう。

《*&“+%##*=>&$(誰かいるのか)》

 イシュウの口からヤナシス星語が発せられた。ヤムダンがイシュウの傍に駆け寄り、そっと手を握った。

《#$&**@&#*\\\¥*&%##*&$*%(私はヤムダン。貴方を救出にきました)》

《(救出? そうか、ありがとう。ところで、ヤムダン、私はどれくらい眠っていたんだろう)》

《(一万年です。蘇生期限ぎりぎりで何とか間に合いました)》

《(一万年も・・・よく、蘇生できたものだ。改めて礼を言うよ。ああ、まだ頭がフラフラするし、視力も回復していない・・・ボンヤリとしか見えないんだ)》

《(完全な状態に戻るにはもう少し時間が掛かるでしょう。大気圏外に恒星間航行艦が待機しています。私の星間飛行艇でそちらに移動しましょう。ここは危険です)》

《(危険?)》

《(小型探査艇のある地下空間が崩落を始めているのです。一刻の猶予もありません。急ぎましょう)》

《(分かった)》

 ヤムダンは壁際にズラリと並んだ引出しを慌ただしく開けて、中から乾いた肌着と地球上活動用保護スーツを取り出すと、イシュウに渡した。旧型の地球上活動用保護スーツはヤムダンの着用している新型に比べて一回り大きく、素材も伸縮性に乏しく動きにくそうだ。一万年の進歩は大きいのだ。

 竜太と慎吾は先程から何が起こったのか十分に理解できないまま、ヤムダンとイシュウを見ていた。

「あいつら、何をピーチクパーチク喋っとんねん。さっぱり分からんわ」

「ねえ、慎吾さん。山田さんとそっくりな人が現れたけど、ひょっとして兄弟かな」

「あれが山田はんが探しとった衣装係の佐藤さんちゃうか。しかしまた、何でカップ焼きそばの容器の中から出てきたんやろう。ワイらを驚かしたろうと隠れとったんやろか、かぁー、酔狂なやっちゃ。それに、出来上がったはずのカップ焼きそばはどこへ行ったんや。ワイは腹が減っとんねん。味見したる言うとるんや、出し惜しみはあかんでえ」

 そう言うそばから小型探査艇がグラリと揺れる。竜太と慎吾がヒッと声を上げて抱き合った。そろそろ限界が近づいているようだ。

「慎吾さん、焼きそばを食べている時間はなさそうだよ」

「ほんまやな。オーイ、山田はん、佐藤はん、逃げるでえ。急ぎなはれや」

 竜太と慎吾は天井の穴から最上階に移動した。その後を追うようにヤムダンとイシュウが円筒形のチューブの中に姿を現した。イシュウはまだうまく歩けないのだろう、何しろ一万年も休眠していたのだ。ヤムダンが肩を貸している。

 天井部分の吹き飛んだ最上階には、地下水が雨のように降り注ぎ、更に鍾乳石の塊がゴロンゴロンと落ちてくる。鍾乳石が頭に当たりでもしたら大怪我を負ってしまうだろう、危険極まりない。ヤムダンは原形を留めない操縦席の後方の備品ロッカーからフルフェイスのヘルメットを取り出すとイシュウに渡した。そして、手に持っていた自分のヘルメットを被りながら、予備の簡易ヘルメットを竜太と慎吾に渡した。

「おふたりはこれを被ってください。頭部を保護できます」 

 竜太の受け取った簡易ヘルメットは、ペラペラの薄い金属をお椀状に加工したもので、固定用に顎紐が付いている。頭頂部が湯呑を伏せたようにポコリと盛り上がっているのは、ヤナシス星人の頭頂部にある角が当たる部分なのだろう。簡易ヘルメットの素材となっているのは、地球人にとっては未知の金属で、チタン合金の数百倍の強度があることなど、竜太と慎吾は知る由もない。

 慎吾がヘルメットをペタペタと叩きながら文句を言っている。

「何や、ペラッペラやないけ。こんなもんで大丈夫かいな」

「慎吾さん、とにかく、何もないよりはましだよ。勝って兜の緒を締めよ、借りたヘルメットの紐を閉めよだ」

 慎吾がギロリと竜太を睨む。捻りが足りないという顔だ。

 ヘルメットを被った竜太が、最上階の壁を乗り越えて小型探査艇の外に出た。竜太は本体の周囲に半分ほど残っている麦わら帽子の鍔のような主翼の上に立った。慎吾の手助けを受けて、ヤムダンとイシュウが続いて下りてきた。最後に慎吾がドサリと跳び下りたとき、小型探査艇はグラリと大きく傾いた。地面に生じた亀裂が広がり、小型探査艇が半ば呑み込まれるように沈み始めたのだ。

 竜太たち四人は転がるように地面に跳び移った。ひっきりなしに地面が揺れ、足元の亀裂は大きくなっていく。ゴオオオという音と共に小型探査艇が地面の割れ目に吸い込まれて姿を消した。間一髪だった。

 鍾乳洞の地面は波のように揺れ、至る所に亀裂が黒い口を開けている。天井からは雹のように鍾乳石がバラバラと降ってくる。時折、巨大な氷柱のような鍾乳石が半ばから折れて、槍のように地上目掛けて落ちてくる。あの氷柱の直撃を受ければ、いくらヘルメットを被っていても命はないだろう。

 竜太は逃げ道を探して周囲を見回した。

「奥の階段に向かおう。階段が崩れていなければいいが・・・それに賭けるしかない」

「竜ちゃん、了解や。そこしかないやろ。山田はん、ワイの背中に乗りなはれ。佐藤はんは竜ちゃんの背中や。なぜ? あんたら爺さんふたりの手を引いてチマチマ走っても時間が掛かるだけや。ワイと竜ちゃんがあんたらを背負って走り抜けた方が早いわい」

 ホレ乗れとばかりに、しゃがんだ竜太と慎吾がヤムダンとイシュウに背中を向ける。

「どないしたんや、山田はん。早うせんかい。時間がないんやで」

 ヤムダンは二十メートルほど先で白木の土台の上に載っている星間飛行艇を見ていた。大きく口を開けた亀裂の上に跨るように白木の土台が引っ掛かっていて、星間飛行艇が亀裂に落ちるのを何とか食い止めている。

「竜太さん、慎吾さん。私の星間飛行艇で脱出しましょう。修理すれば飛行可能です。竜太さん、イシュウを連れてきてください。私は先に行って修理します」

 ヤムダンはイシュウの肩を軽くポンと叩くと、耳元で何ごとかヤナシス星語でささやいてから、地球上活動用保護スーツのポケットから取り出したバラリウム重粒子放射銃を渡した。そして竜太たちに背を向けて星間飛行艇を目指して走り出した。

 竜太がヤムダンの背中に向かって声を張り上げた。

「山田さん、何をするつもりなんだ! そんな張りぼてのUFOなんか役に立たないよ・・・それに、その中には、私と慎吾さんのウン・・・あうっ・・・ああ、行っちゃった」

「マッタク、山田はんは気でも狂ったんかいな・・・竜ちゃん、どないしょ」

「ムウウ・・・山田さんを置いていくことはできないし・・・」

 竜太と慎吾は顔を突き合わせて頭を抱えている。そうしている間にも、揺れは増々ひどくなっていく。イシュウが竜太の手をグイグイと引っ張り、ヤムダンの星間飛行艇を指差している。『あちらに行け』と言っているようだ。

「佐藤さんまで・・・慎吾さん、仕方がない。張りぼてUFOまで行こう。こうなったら、ヤケクソだ」

「ケケケ、焼けてないヤツはあの張りぼてUFOの中やけどな。しかもふたり分や」

 竜太はイシュウを背中に背負うと走り出した。慎吾が後に続く。地面は真っ直ぐに走れないほど揺れている。竜太と慎吾は酔っ払いのようにフラフラと左右に足を取られながら走った。ゴウゴウという地鳴りは耳を聾するばかりに大きくなり、壁面が崩れるガラガラという音がひっきりなしに聞こえてくる。

 竜太たちの目の前の星間飛行艇は、今にもバラバラになりそうな白木の土台の上で心もとなげに揺れていた。星間飛行艇の入口のドアは開いていて、室内から薄緑色の光が漏れている。ヤムダンは白木の土台の上に立って星間飛行艇の後部ハッチを開けて中を覗き込んでいた。恐らくそこに反重力推進装置の心臓部があるのだろう。ヤムダンはハッチの中に上半身を潜り込ませるようにして修理を始めた。追突事故によって壊れたバラリウム重粒子変換装置を取り外し、イシュウの小型探査艇から持ってきた旧型のバラリウム重粒子変換装置を接続しなければならない。

 竜太たちは麦わら帽子の鍔のような形状をした星間飛行艇の主翼部分の上に乗り、入口のドアに手を掛けてヤムダンの様子を眺めていた。白木の土台がギシギシと不気味な音を立てて左右に揺れる。もうあまり長く持ちそうにない。イシュウはバラリウム重粒子放射銃を鍾乳洞の天井に向けて、天井から鍾乳石が落ちてこないか監視している。巨大な鍾乳石が頭上に崩落してきた場合は、バラリウム重粒子放射銃で吹き飛ばして星間飛行艇を守るのだ。

《(ヤムダン、急げ)》

《(もう少しです・・・これを接続して・・・)》

 イシュウとヤムダンのヤナシス星語での会話を聞いて、慎吾が首を傾げた。

「またや。さっきからふたりだけでピーチクパーチク・・・さっぱり分からんわ」

「慎吾さん、あれじゃないかな、業界用語。吉木新喜劇の芸人さんやスタッフが使うやつだよ」

「ははあ、ワシらは一般人とは違いますってか。こんな状況になってもまだカッコつけとるやないけ。かなわんなあ業界人は」

 竜太と慎吾は異星語の会話を聞いてもまだ勘違いしている。思い込みとは激しいものだ。いや、バカに付ける薬はないと言った方がいいだろう。

 星間飛行艇の後部ハッチからヤムダンが顔を上げた。しわだらけの顔に満足そうな笑みが浮かんでいる。修理が完了したのだ。ヤムダンは後部ハッチをパタンと閉めると、竜太たちに向かって右手の小指を立てた。イシュウはニコリと微笑み、竜太と慎吾はポカンとしている。ヤムダンのサインは親指を立ててGOODを意味するサムズアップのヤナシス星版なのだが、地球人には理解できるはずもない。

 ヤムダンが白木の土台から星間飛行艇の主翼部分に跳び移るのと同時に、白木の土台がメキメキと音を立て始めた。土台の中心を走る大きな柱がボキリと折れた。土台全体が大きく傾き、土台の上の星間飛行艇もガタンと傾いた。

 アッと言う間もなく、ヤムダンの身体が主翼の上から滑り落ちる。ヤムダンは咄嗟に両手を上にあげて何かを掴もうとしたが、両手はむなしく空を切った。ヤムダンの身体が暗黒の亀裂に向かって落ちていく・・・。

 ヤムダンは声にならない悲鳴を上げた。

 ヤムダンが頭上に伸ばした右手を竜太の右手が掴んだ。

 竜太は傾いた主翼の上に滑るように身体を投げ出して、主翼の上から上半身を乗り出すようにしてヤムダンの手を掴んでいる。間一髪でヤムダンは落下を免れたのだ。

 竜太に右手を掴まれたまま、ヤムダンの身体は振り子のようにユラユラと揺れている。

「山田さん、もう大丈夫だ。引き上げるから、暴れないで・・・」

 竜太に引き上げられたヤムダンは、傾いた機体の上にうずくまり両手をついた。地球上活動用保護スーツの手袋とブーツの底がホールドモードに切り替わり、機体に吸い付いた。ヤムダンが顔を上げると、主翼の上に腹ばいになった竜太の足首を慎吾が掴んでいる。慎吾の左手は入口のドアの端を掴んでいる。竜太と慎吾が身を挺して助けてくれたことをヤムダンは悟った。

「竜太さん、慎吾さん。助かりました、ありがとう」

 ペコリと頭を下げるヤムダンに向かって、腹ばいの状態のままで竜太が叫んだ。

「山田さん、お礼は後にして、とにかくこの状況を何とかしないと・・・ああ、土台が崩れる・・・」

 竜太の声に被せるようにして、慎吾の悲壮な声が続く。

「竜ちゃん、アカーン。手が痺れてきた・・・もう持たへんで」

 星間飛行艇の傾きは増々酷くなり、土台の上をゆっくりと滑り始めた。その先には、地面を切り裂く巨大な亀裂が、星間飛行艇を呑み込もうと禍々しい口を開けている。

《(イシュウ、反重力推進装置を起動してください。私は直ぐに操縦席に戻ります)》

《(了解した)》

 イシュウは入口のドアから星間飛行艇の中に飛び込んだ。ヤムダンは四つん這いの姿勢で主翼の上をもがくように進む。竜太と慎吾は主翼の上に貼り付いたまま身動きが取れない。

「竜太さん、慎吾さん。あと少しの辛抱です。今度は私がおふたりを助けます」

「私たちを助けるって、山田さん、どうするつもりなの・・・あっ、張りぼてのUFOの中に入るの? 足元のアレに注意した方がいいよ・・・ああ、入っちゃった」

 竜太の謎の忠告を聞き流して、ヤムダンは星間飛行艇に入り操縦席に座った。ブーツが何かを踏んだようだが構っている場合ではない。操縦席の後方スペースにイシュウが身体を折り曲げて座っている。ヤムダンとイシュウが入れば星間飛行艇の中はいっぱいになった。ヤムダン自慢のスポーツタイプの星間飛行艇の定員は二名なのだ。

 ヤムダンは入口のドアを開けたまま、操縦桿を握った。ドアが開いたままの状態であることを知らせる警告音がピーピーと鳴っている。正面のディスプレイ画面では、バラリウム重粒子変換装置の状態を示す部分が赤いエラー表示から緑の表示に変わっている。

 ヤムダンはゆっくりと操縦桿を引いた。音もなく星間飛行艇がフワリと浮き上がる。それと同時に自動姿勢制御システムが作動して、斜めに傾いていた星間飛行艇が水平になった。宙に浮いた星間飛行艇の下で、白木の土台がガラガラと音を立てて崩れ、禍々しく口を開けた亀裂の底に吸い込まれた。

 星間飛行艇の主翼部分の上で、竜太と慎吾は入口のドアの縁につかまって周囲を見ていた。張りぼてのUFOが宙に浮いている。下を見ると幅が五メートルはあろうかという巨大な亀裂が鍾乳洞の床を真っ二つに切断して、鍾乳洞の奥に向かって真っ直ぐ走っている。その巨大な亀裂から何本もの小さな亀裂が枝分かれするように縦横に延びていて、更に壁にまで這い登っている。天井から落ちてくる鍾乳石の塊は増々多く、かつ、大きくなっている。星間飛行艇の上にも鍾乳石は絶えず落下していて、ゴンゴンという衝撃音がそこここから聞こえてくる。

「慎吾さん、宙に浮いている・・・いったいどんな仕掛けなんだろう」

「観光課も手が込んどる。恐らくピアノ線で吊っとるんや。特撮ヒーローもんでお馴染みの手法やな」

 ピアノ線と聞いて天井を見上げた竜太の顔が恐怖で引きつった。

「うん? あれは・・・天井が、天井が崩れてくる! 山田さーん、天井が・・・ウワー!」

 竜太の絶叫が響く。竜太の指差す先には、星間飛行艇の五倍ほどもある巨大な鍾乳石の塊が天井から剥がれて、今にも落ちそうにユラユラと揺れていた。あんなものの直撃を受ければひとたまりもない。慎吾は口をあんぐりと開けたまま固まっている。

 星間飛行艇の入口のドアからイシュウが身を乗り出すようにして天井を見上げた。慎吾の十八番の箱乗りだ。イシュウも元宇宙暴走族なのかもしれない。天井に向けて伸ばしたイシュウの右手には、バラリウム重粒子放射銃が握られている。出力は最強で設定済みだ。

 ガララッという轟音と共に、天井から剥がれた巨大な鍾乳石の塊が星間飛行艇の真上に落ちてきた。イシュウの右手から閃光が迸る。閃光は放電渦を伴いながら太い火柱となって落下してくる鍾乳石の塊を呑み込み、鍾乳洞の天井を貫いた。竜太の目に、身体をくねらせながら天に昇る光の龍が映った。

 巨大な鍾乳石の塊は一瞬で消滅して跡形もなく消え、鍾乳洞の天井に直径二十メートルの穴が開いた。その穴は真っ直ぐ天空に繋がっている。滝のように流れ込んでいた地下水は蒸発して、結露した水蒸気が靄となり穴の壁面に沿ってユラリと立ち昇っている。

 操縦席で操縦桿を握っているヤムダンが、竜太と慎吾に声を掛けた。

「しっかり掴まっていてください、あの穴から脱出します」

 ヤムダンが反重力推進装置の出力を上げ、操縦桿を引いた。星間飛行艇がボワッと光に包まれると、滑るように天井に開いた穴の中を上っていく。エンジン音のようなものも、機体が風を切る音もしない。周りの風景だけが流れるように変化しているように見える。主翼の上に座っている竜太と慎吾の身体が軽くなり、尻が主翼からフワリと浮いた。重力が制御されているためだろう。

 ほんの一呼吸ほどの間に、星間飛行艇は地面に開いた穴を抜けて黒神山の上空五百メートルに到達し、そこで静止した。もし、地上に人がいれば、暗黒の夜空に光の球が浮いているように見えるだろう。

 慎吾がうわ言のように呟いた。

「竜ちゃん、こりゃあ・・・ワイらは夢を見とるんやろうか」

「夢?・・・ちょっと待って」

 竜太は慎吾のほっぺたをギュウッと指で抓った。

「イテテテ何すんねん」

「痛い? 慎吾さん、夢じゃなさそうだ」

「アホッ、そんなもんは自分のほっぺたでやれ」

 竜太は、遥か下に見える黒神山を指差した。

「慎吾さん、あれを見て。黒神山が揺れて・・・ああ、山肌が陥没していく」

「こらえらいこっちゃ」

 地下の鍾乳洞が崩落して地下空間に土砂が流れ込んだため、鍾乳洞があった部分の地表が陥没していた。黒神山の南斜面の山肌が大きく抉れてクレーターのようになっている。そして、クレーターの底から地下水がゴボゴボと音を立てて噴き出してくると、地下水はあっという間にクレーターを呑み込み、黒く大きな湖が姿を現した。地下ではまだ崩落が続いているのだろう、黒神山は不気味に鳴動を続けていて、黒い湖面は鳴動を受けて波立っている。

(第五話おわり)

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