第12話『決着と余韻』
午の鐘。審問は最終日。
部屋は同じだが、空気は軽い。
机の上に紙が揃う。
幽閉区の受領控え。
砂環連絡帳の差押え記録。
合図板の炭拓。
落ちていた鉛封。
昨夜の釘。
風棚移管の掲示。
そして、王立郵便庁から届いた封書。
記録官が木槌を鳴らす。
「審問を再開する」
ミルダが順に出す。
「印影は新旧で縁が違う。押しの癖も違う。通達は旧印併用の原則に反し、現場では保留が妥当。
砂環連絡帳は私用の連絡。合図板の記法と一致。
昨夜、合図板に手を加えようとした者を現行で拘束。道具を押収済み」
サーシャが続ける。
「白旗優先は港の合意。昨日、本日とも落ちなし。負傷は一件、記録済み」
港務庁席は静かだ。
名代は紙をめくるだけ。
副長官代理アルバの席は空いている。
記録官が視線を巡らせ、王立郵便庁の封書に触れる。
「追放郵便士レーンに関する件。王立郵便庁監査局より」
封書が開かれ、短い文が読まれた。
「追放手続は監査の瑕疵により停止。身分は仮復帰。最終判断は再審にて。」
音が落ち着いて部屋に広がる。
俺は一つだけ息を吐いた。
戻ることが目的じゃない。
でも、筋は一本通る。
記録官が木槌を置く。
「判」
声は短く、内容は明確だ。
「港務庁による新印単独運用は不当。印の管理は停止。
風棚の管理は三署に移管。
砂環連絡帳に関わった者は取調べ。
白旗優先は継続。
私設『砂海物流ギルド』は港内配送組合として仮認可。
王立郵便庁は再審までに協定の見直し案を提出」
木槌が鳴り、審問は終わった。
外に出ると、港の風が少し変わっていた。
羽根の回転は同じでも、匂いが違う。
人の動きが前に進む匂いだ。
広場で人が待っていた。
酒場の親父、帆織りの女、人足たち。
キサラは縄を肩にかけ、短く笑う。
「つまり、看板は正式ってことだな」
「仮の上に紙が乗っただけだ。けど、走れる」
ティノが控えを差し出す。
「今日の便」
「走る。重荷を一本。白旗、青線で」
メアが柱にもたれていた。
帽子の影の中で目が笑っている。
「王立の紙、おめでとう」
「仮だ」
「仮でも風は変わる。私の昔の旗は捨てた。あんたのやり方に合わせる。外で拾った話は公証院に先に渡す」
サーシャが肩章に触れて言う。
「それが一番速い」
午後、門の前で列を組む。
白旗が揺れ、鎖が下りる。
小舟が一本。
次に重荷。
門番台の記録が走り、警護隊の影が上をかぶる。
いつも通りだ。
それが、嬉しい。
夕刻、公証院の前で紙が一枚増えた。
『砂海横断航路・試走の打診』
差出人は王立郵便庁監査局。
目的は二つ。
一つ、物流の独占をやめて協定を結ぶこと。
一つ、砂海の真ん中に眠る風神機コアの安全確認。
ミルダが紙を読み、目だけで笑う。
「次の道が来た。受ける?」
「受ける。ただし、うちのやり方で」
サーシャが手短に言う。
「港は協力する。白旗、青線。約束は変えない」
キサラが縄を叩く。
「袋は増やす。人も」
メアが肩をすくめる。
「腹はふくれる?」
「少しずつ。砂はすぐには動かない」
倉庫に戻る。
焦げた板に手を置く。
字は読める。
焼け跡は残る。
でも、板は立つ。
「家族は、同じ便を守る人たち」
俺は言った。
「雇いも、客も、協力も。同じ方向を見られるなら、近い」
ティノがうなずく。
「じゃあ、僕らは」
「最初から家族。明日も家族」
風が通り抜け、看板が少し鳴った。
砂は鳴り、風は層になる。
〈風路〉を覗くと、港から外へ一本、外から港へもう一本。
どちらも細いが、切れていない。
夜。
黒板に明日の予定を書く。
小荷三、重荷一。
その下に、小さく一行。
砂海横断・準備。
灯りを落とす。
砂の音は静かだ。
息は長い。
板は立ち、紙は重い。
『追放郵便士の俺、辺境で“砂海物流ギルド”を立ち上げたら国家の切り札になっていた件 〜スローライフしたいのに、配達するたび国境がひらく〜』 bnd @net893
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