いつか折れた水仙と、ゼラニウムの置き手紙。
しゃけ_サン
『拝啓 私の最愛なる親友、浅川千雪へ
直接は言えないから、こうして遺書を残します。
昔から私、作文とか書くのが苦手だったから、拙い文章になっちゃうと思う。
だけど、いつもみたいに笑って許してほしいな。
中学1年生のとき、ひとりぼっちだった私に話しかけてくれたこと、今でもずっと感謝してるよ。
声の掛け方は、ちょっとアレだったけどね。
実は、初めて千雪ちゃんを見たときね、なんて綺麗な人なんだろう、って思ったんだ。
千雪ちゃんをお花に例えるなら、冬に氷を割って咲き誇る水仙だね。
水仙の花言葉はね、神秘的とか、上品、それに尊敬って意味があるんだ。
いつも助けてくれて、とっても優しい千雪ちゃんのこと、私はほんと尊敬してるよ。
これからも千雪ちゃんは、私の憧れの人だよ。
千雪ちゃんとの毎日は、白昼夢かと思っちゃうほどに幸せでした。
こっそり学校を休んで遊びに行ったこと、クリスマスにお泊まり会したこと、誕生日に旅行に連れていってもらったこと。
その全てが、私の大切な、とっても大切な、幸せの記憶だよ。
もし千雪ちゃんと出会ってなかったら、私はきっと、もっと早くいなくなってたと思う。
千雪ちゃんのおかげで私は、もっと生きてみよっかな、って思えたんだ。
本当にありがとう、千雪ちゃん。
ここまで長々と書いちゃってごめんね。
どうしても書くのに、勇気が必要だったんだ。
今から本題に入るね。
まずは、私なんかに告白してくれてありがとう。
それと昨日、返事もせずに逃げちゃってごめんね。
「
なんて、千雪ちゃん仰々しく言うから、プロポーズされたかと勘違いしちゃった。
千雪ちゃんの気持ち、私、しっかり受け取ったからね。
それでも私は、あなたから逃げちゃった。
その理由を今から書いていくね。
実はね、私って、両親に捨てられたの。
ある日お父さんは、浮気をして家を出ていった。
それでお母さんは壊れちゃって、私に暴力を振るうようになった。
2人ともそうなる前は、私に『愛してるよ』って、毎日のように言ってたんだよ?
気が付いたらお母さんも家から居なくなって、今では寂しい部屋でひとり暮らし。
両親のことは恨んではないけど、思い出すたびに今でも涙が止まらなくなっちゃう。
あのね、千雪ちゃん。
私は、千雪ちゃんの言葉が信じられないの。
千雪ちゃんは違う、私の両親とは絶対に違う、どれだけ自分に言い聞かせても。
一生一緒なんて、永遠の愛なんて、信じ切ることが出来ないの。
友達だったら、いつか裏切られても耐えれると思う。
でも、恋人になった千雪ちゃんに裏切られることを想像したら、私もう無理になっちゃって。
これが、私が千雪ちゃんの告白に返事を出来なかった、1つ目の理由。
そういえば、どうして千雪ちゃんは私に声をかけてくれたんだろうね。
何回も聞いたけど、いつも「運命だったからだよ」なんて誤魔化されちゃったから、結局分からずじまいだったよ。
まあどんな理由でも、千雪ちゃんが声をかけてくれたことで、私が救われたことには変わりないし。
それにもしかしたら、私たちは本当に運命だったのかもしれないしね。
それと、中学2年生のときだったよね。
男子に襲われかけたことが原因で、私、男性恐怖症みたいなのになってさ、千雪ちゃんにいっぱい迷惑かけたよね。
それでね、すごく書き辛いことなんだけどね。
告白してくれたときの千雪ちゃんの目が、私を襲った男子と同じように見えちゃって。
まるで私を犯そうとしか考えてない、情欲に満ちた瞳に。
絶対そんなわけないのに、あんなに優しい千雪ちゃんがそんなわけないのに。
そんな風に思っちゃった自分が、酷く酷く嫌になっちゃって。
これが、千雪ちゃんの告白から逃げた、2つ目の理由。
それでね私、家に帰っていっぱい考えて、思い付いたことがあるんだ。
今の私は、千雪ちゃんに告白されてすっごい幸せなの。
色々と心が複雑に絡まって、ぐちゃぐちゃになっちゃってるけど、千雪ちゃんからの告白が嬉しかったことは確かなんだよ。
でも、この嬉しさって、この幸せって、絶対どこかで消えて無くなっちゃうでしょ?
だから私は、自殺することにしました。
このまま幸せな夢を見ながら、永遠の眠りにつくの。
自分勝手な私でごめんね、千雪ちゃん。
これから千雪ちゃんは、私が居なくても幸せな人生を歩んでいくと思うの。
だから私なんかより、もっといい人を見つけて、私の分も幸せになってね!
今までありがとう、おやすみなさい。
敬具 千雪ちゃんの最愛なる親友、
「あ、あぁ……ちが、私、そんな知らなく、て……碧依が、そんな追い詰め、られて……そんな……」
丁寧だけど丸っこくて、そして可愛らしい文字で書かれた、私宛ての置き手紙。
碧依の遺書を最後まで読んだ私は、涙を流しながら膝から崩れ落ちた。
遅すぎた気付きと後悔、そして罪の意識が心の中で渦巻いて、私はうめき声を上げる。
どこで間違えてしまったのだろうか、何が不正解だったのだろうか。
何時間も苦悩しても、その答えは思い付かない。
水仙の花言葉には、『もう1度愛してほしい』、『私のもとへ帰って』という意味もある。
彼女の透明で純粋な心が、ガラスの破片となって私に深く深く刺さる。
なんて皮肉なのだろう、これはなんの罰なのだろう。
嵐のように涙を流し、雷鳴のように絶望を
分かりきったひとつの事実を、私はぽつりと呟いた。
「私が……私が、碧依を殺したんだ」
正直に言えば、一目惚れだったのだろう。
乱雑に切られた短い黒髪に、頬に貼られた大きな絆創膏。
光を灯し忘れた瞳は、まるで希望を失ったかのように見えた。
手元にはボロボロになった教科書が開かれていて、彼女はそれを義務のように眺めている。
気が付けば私は、そんな彼女のそばにまで近寄って話しかけていた。
理由はしっかりとは分からない。
ボロボロになった捨て猫を拾うかのような、そんな気まぐれだったと思う。
「ねぇそこのかわい子ちゃん。ちょっと私とデートいかない?」
突然声をかけられた彼女はビクッと震えると、顔を上げてその空虚な瞳で私を見つめてくる。
その眼差しに、私の頭の中の愚考は、一瞬で黒に塗り潰された。
全てを諦めたような
まるで
生死の狭間で
(あぁ、綺麗………………)
まさに地に落ちた天使、さながら虚無を孕んだ女神のよう。
そんな彼女を瞳に捉えた私は、ただひたすらに醜い、1つの欲望に囚われていた。
どうにかして、彼女を私の
歪で、不純で、そして狂気的な、そんな欲望に。
それからの私たちは、順調だと言えるほどに関係を深めていった。
まず私は無理やり、放課後デートと称して彼女を連れ回った。
一緒に服を見て、おやつを食べて、公園でお喋りをした。
そんなことを続けていたら、いつのまにか私は、彼女の友達になれていた。
だけど私は、それではまだ物足りなかった。
(もっと……もっと碧依と、仲良くなりたいなぁ……)
ゼラニウムのように可憐な碧依、そして水仙のように優美な私。
たった2種の花々で出来た、鮮やかで愛しい花束のような。
私は彼女と、そんな関係を築きたかった。
気が付いたときには、高校生活も最後、卒業式の日になっていた。
残念なことに、私と碧依は志望している大学が違うから、これからはお別れになってしまう。
私たちは大親友ではあるが、それでもいつかは縁が薄くなっていく。
立派な社会人になった頃には、もしかすれば他人同士になっている可能性もあるのだ。
(そんなの絶対に嫌だ! 私は、私は碧依と付き合うんだ!)
だから私は卒業式の後、卒業デートと称して碧依を連れて回った。
そうして日が暮れ出した頃、私は初めてのお出かけの時と同じように、2人で公園のベンチに座った。
(今だ……勇気を出せ、私!)
不思議そうな表情を浮かべる碧依を見つめながら、私は勇気を振り絞って口を開いた。
「碧依。一生を賭けて幸せにするから、私と付き合ってください!」
いつのまにか目に光を取り戻していた碧依は、私の告白を聞いて一瞬だけ顔を
そう、一瞬だけだったのだ。
死ねばいいと思うほどに愚かだったその時の私は、彼女の表情の変化には気が付けなかった。
彼女と付き合える喜びと、彼女にやっと触れられる喜びを、ただ私は覚えた。
次の瞬間、彼女は顔をサッと
そして俯いて震え出すと、彼女は私の告白に返事をせずに、公園から走り去ってしまった。
「ぁ………………まあ、親友だと思ってた人からの告白なんて、ビックリしちゃうよね……」
実に愚かだ、実に愚かだった。
告白の返事をもらえなかった私は、残念に思ってそう言葉を溢した。
ここで間違えたのだろうか。
ここが不正解だったのだろうか。
彼女の背を追いかけなかった私は、実に愚かだった。
次の日、碧依が死んだ。
愛しい愛しい花束は、ただ静かに欠けてしまった。
そのことを知ったのは、告白をしてから3日後の夜。
眩しいくらいに輝く火星が、暗闇に浮かんでいる日のことだった。
電話越しに警察から伝えられたのは、碧依が自殺をしたこと。
どうやって碧依が見つかったのか、どんな状態だったのか、詳細は聞かされていない。
『ご友人であった
耳に入ってくる憐れんだ警察の声に、私は受話器を勢いよく床に投げつけた。
今夜、両親が残業で帰ってきていなくて、本当によかったと思う。
「……ッ! はぁ、はぁ……!」
私は喉が締め付けられる感覚を覚えると、そのまま床に座り込む。
そして本能に身を任せて、私はただ、ただ泣き叫んだ。
透明な血が、尽き果てるまで。
不可視の涙が、枯れ果てるまで。
月が雲に隠れて、見えなくなるまで。
そして次の日、碧依の書いた遺書を、警察に手渡された。
昨日も今日も晴天で、雲ひとつ流れていない。
碧依は、泣いていないのだろうか。
黒色のワンピースに身を包んだ私は、駅のホームで空を見上げていた。
『――。黄色い線の、内側までお下がりください』
ただぼんやりとしていると、そんなアナウンスが聞こえてくる。
それと同時に、私の足は無意識に、前方へと出ていた。
碧依のいない人生なんて、何が残るのだろうか。
生きることに意味はあるのだろうか。
そこには何もない、ひたすら空っぽだ。
私の人生の全ては、気が付けば碧依で満たされていたようだ。
ゆっくりと前に進んでいけば、いつのまにか立っていたのは、ホームの端っこであった。
そしてもう1歩を踏み出そうとした瞬間、碧依の遺書に書かれていたひと言が、頭の中に浮かびあがる。
『私の分も幸せになってね!』
気が付けば私は、足を引っ込めていた。
(やっぱり……もうちょっとだけ、生きてみようかな)
そう、碧依の分も。
今日で碧依に、心からの別れを告げよう。
彼女が居なくても、私は幸せに生きていけることを、証明するために。
私たちだけの花束を捧げて、それでさようならをしよう。
いつのまに降っていたのだろうか。
見えない雨のせいで、私の頬に水滴が伝っていた。
私はワンピースの袖で拭うと、意を決してゆっくりと足を後ろに持っていった。
きっと、後ろも見ずに下がっていった私が悪かったのだろう。
重さを失った足取りでホームの内側に戻っていくと、後ろから迫ってきていた誰かに、トンッとぶつかった。
慣れないヒールのパンプスを履いていたせいか、私はいとも容易く体勢を崩す。
そのまま私の身体は、ふわりと宙を舞った――
「あっ」
乾いた踏切の警報音、そして鈍いブレーキ音が、無情にもホームに響き渡っている。
水仙は折れ、ゼラニウムを失い、そして愛しい花束は舞い散った。
『14日午前10時半頃、JR静岡駅東海道線ホームで、10歳代女性が突然、男に背中を押されて、普通電車と接触しました。女性は全身を強く打ち付けており、その場で死亡が確認されたようです。
静岡県警察は同日、女性を突き落としたとして、静岡県島田市の職業不詳の男28歳を殺人容疑で現行犯逮捕しました。発表によりますと、男は女性と面識がなく、調べに対して、
「幸せそうな姿にむしゃくしゃして、線路から落としてやった」
と、容疑を認めているようです。この事件において――』
いつか折れた水仙と、ゼラニウムの置き手紙。 しゃけ_サン @sha-k_3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます