いつか折れた水仙と、ゼラニウムの置き手紙。

しゃけ_サン

『拝啓 私の最愛なる親友、浅川千雪へ

直接は言えないから、こうして遺書を残します。


昔から私、作文とか書くのが苦手だったから、拙い文章になっちゃうと思う。

だけど、いつもみたいに笑って許してほしいな。




千雪ちゆきちゃんと私が出会ってから、今年で6年目になるね。

中学1年生のとき、ひとりぼっちだった私に話しかけてくれたこと、今でもずっと感謝してるよ。

声の掛け方は、ちょっとアレだったけどね。


実は、初めて千雪ちゃんを見たときね、なんて綺麗な人なんだろう、って思ったんだ。

千雪ちゃんをお花に例えるなら、冬に氷を割って咲き誇る水仙だね。


水仙の花言葉はね、神秘的とか、上品、それに尊敬って意味があるんだ。

いつも助けてくれて、とっても優しい千雪ちゃんのこと、私はほんと尊敬してるよ。


これからも千雪ちゃんは、私の憧れの人だよ。




千雪ちゃんとの毎日は、白昼夢かと思っちゃうほどに幸せでした。

こっそり学校を休んで遊びに行ったこと、クリスマスにお泊まり会したこと、誕生日に旅行に連れていってもらったこと。

その全てが、私の大切な、とっても大切な、幸せの記憶だよ。


もし千雪ちゃんと出会ってなかったら、私はきっと、もっと早くいなくなってたと思う。

千雪ちゃんのおかげで私は、もっと生きてみよっかな、って思えたんだ。


本当にありがとう、千雪ちゃん。




ここまで長々と書いちゃってごめんね。

どうしても書くのに、勇気が必要だったんだ。

今から本題に入るね。


まずは、私なんかに告白してくれてありがとう。

それと昨日、返事もせずに逃げちゃってごめんね。


碧依あおい。一生を賭けて幸せにするから、私と付き合ってください!」


なんて、千雪ちゃん仰々しく言うから、プロポーズされたかと勘違いしちゃった。

千雪ちゃんの気持ち、私、しっかり受け取ったからね。


それでも私は、あなたから逃げちゃった。

その理由を今から書いていくね。




実はね、私って、両親に捨てられたの。


ある日お父さんは、浮気をして家を出ていった。

それでお母さんは壊れちゃって、私に暴力を振るうようになった。


2人ともそうなる前は、私に『愛してるよ』って、毎日のように言ってたんだよ?

気が付いたらお母さんも家から居なくなって、今では寂しい部屋でひとり暮らし。


両親のことは恨んではないけど、思い出すたびに今でも涙が止まらなくなっちゃう。


あのね、千雪ちゃん。

私は、千雪ちゃんの言葉が信じられないの。

千雪ちゃんは違う、私の両親とは絶対に違う、どれだけ自分に言い聞かせても。


一生一緒なんて、永遠の愛なんて、信じ切ることが出来ないの。

友達だったら、いつか裏切られても耐えれると思う。

でも、恋人になった千雪ちゃんに裏切られることを想像したら、私もう無理になっちゃって。


これが、私が千雪ちゃんの告白に返事を出来なかった、1つ目の理由。




そういえば、どうして千雪ちゃんは私に声をかけてくれたんだろうね。

何回も聞いたけど、いつも「運命だったからだよ」なんて誤魔化されちゃったから、結局分からずじまいだったよ。


まあどんな理由でも、千雪ちゃんが声をかけてくれたことで、私が救われたことには変わりないし。

それにもしかしたら、私たちは本当に運命だったのかもしれないしね。




それと、中学2年生のときだったよね。

男子に襲われかけたことが原因で、私、男性恐怖症みたいなのになってさ、千雪ちゃんにいっぱい迷惑かけたよね。


それでね、すごく書き辛いことなんだけどね。




告白してくれたときの千雪ちゃんの目が、私を襲った男子と同じように見えちゃって。

まるで私を犯そうとしか考えてない、情欲に満ちた瞳に。


絶対そんなわけないのに、あんなに優しい千雪ちゃんがそんなわけないのに。

そんな風に思っちゃった自分が、酷く酷く嫌になっちゃって。


これが、千雪ちゃんの告白から逃げた、2つ目の理由。




それでね私、家に帰っていっぱい考えて、思い付いたことがあるんだ。


今の私は、千雪ちゃんに告白されてすっごい幸せなの。

色々と心が複雑に絡まって、ぐちゃぐちゃになっちゃってるけど、千雪ちゃんからの告白が嬉しかったことは確かなんだよ。

でも、この嬉しさって、この幸せって、絶対どこかで消えて無くなっちゃうでしょ?




だから私は、自殺することにしました。

このまま幸せな夢を見ながら、永遠の眠りにつくの。




自分勝手な私でごめんね、千雪ちゃん。


これから千雪ちゃんは、私が居なくても幸せな人生を歩んでいくと思うの。

だから私なんかより、もっといい人を見つけて、私の分も幸せになってね!


今までありがとう、おやすみなさい。




敬具 千雪ちゃんの最愛なる親友、靏代つるしろ碧依あおいより』





「あ、あぁ……ちが、私、そんな知らなく、て……碧依が、そんな追い詰め、られて……そんな……」


丁寧だけど丸っこくて、そして可愛らしい文字で書かれた、私宛ての置き手紙。

碧依の遺書を最後まで読んだ私は、涙を流しながら膝から崩れ落ちた。


遅すぎた気付きと後悔、そして罪の意識が心の中で渦巻いて、私はうめき声を上げる。


どこで間違えてしまったのだろうか、何が不正解だったのだろうか。

何時間も苦悩しても、その答えは思い付かない。


水仙の花言葉には、『もう1度愛してほしい』、『私のもとへ帰って』という意味もある。

彼女の透明で純粋な心が、ガラスの破片となって私に深く深く刺さる。

なんて皮肉なのだろう、これはなんの罰なのだろう。


嵐のように涙を流し、雷鳴のように絶望をさけび、そして疲れ果てて分かったこと。

分かりきったひとつの事実を、私はぽつりと呟いた。






「私が……私が、碧依を殺したんだ」






正直に言えば、一目惚れだったのだろう。




乱雑に切られた短い黒髪に、頬に貼られた大きな絆創膏。

光を灯し忘れた瞳は、まるで希望を失ったかのように見えた。

手元にはボロボロになった教科書が開かれていて、彼女はそれを義務のように眺めている。


気が付けば私は、そんな彼女のそばにまで近寄って話しかけていた。


理由はしっかりとは分からない。

ボロボロになった捨て猫を拾うかのような、そんな気まぐれだったと思う。


「ねぇそこのかわい子ちゃん。ちょっと私とデートいかない?」


突然声をかけられた彼女はビクッと震えると、顔を上げてその空虚な瞳で私を見つめてくる。

その眼差しに、私の頭の中の愚考は、一瞬で黒に塗り潰された。


全てを諦めたような暗澹あんたんたる瞳。

まるで曇天どんてんのような顔色。

生死の狭間で円舞ワルツを踊っているかのような、美しく、そして儚いその姿。


(あぁ、綺麗………………)


まさに地に落ちた天使、さながら虚無を孕んだ女神のよう。

そんな彼女を瞳に捉えた私は、ただひたすらに醜い、1つの欲望に囚われていた。




どうにかして、彼女を私のにしたい。




歪で、不純で、そして狂気的な、そんな欲望に。




それからの私たちは、順調だと言えるほどに関係を深めていった。


まず私は無理やり、放課後デートと称して彼女を連れ回った。

一緒に服を見て、おやつを食べて、公園でお喋りをした。


そんなことを続けていたら、いつのまにか私は、彼女の友達になれていた。

だけど私は、それではまだ物足りなかった。


(もっと……もっと碧依と、仲良くなりたいなぁ……)


ゼラニウムのように可憐な碧依、そして水仙のように優美な私。

たった2種の花々で出来た、鮮やかで愛しい花束のような。


私は彼女と、そんな関係を築きたかった。




気が付いたときには、高校生活も最後、卒業式の日になっていた。

残念なことに、私と碧依は志望している大学が違うから、これからはお別れになってしまう。


私たちは大親友ではあるが、それでもいつかは縁が薄くなっていく。

立派な社会人になった頃には、もしかすれば他人同士になっている可能性もあるのだ。


(そんなの絶対に嫌だ! 私は、私は碧依と付き合うんだ!)


だから私は卒業式の後、卒業デートと称して碧依を連れて回った。

そうして日が暮れ出した頃、私は初めてのお出かけの時と同じように、2人で公園のベンチに座った。


(今だ……勇気を出せ、私!)


不思議そうな表情を浮かべる碧依を見つめながら、私は勇気を振り絞って口を開いた。


「碧依。一生を賭けて幸せにするから、私と付き合ってください!」


いつのまにか目に光を取り戻していた碧依は、私の告白を聞いて一瞬だけ顔をほころばせた。

そう、一瞬だけだったのだ。


死ねばいいと思うほどに愚かだったその時の私は、彼女の表情の変化には気が付けなかった。

彼女と付き合える喜びと、彼女にやっと触れられる喜びを、ただ私は覚えた。


次の瞬間、彼女は顔をサッと青褪あおざめると、瞳の光を何処かに落とす。

そして俯いて震え出すと、彼女は私の告白に返事をせずに、公園から走り去ってしまった。


「ぁ………………まあ、親友だと思ってた人からの告白なんて、ビックリしちゃうよね……」


実に愚かだ、実に愚かだった。

告白の返事をもらえなかった私は、残念に思ってそう言葉を溢した。


ここで間違えたのだろうか。

ここが不正解だったのだろうか。


彼女の背を追いかけなかった私は、実に愚かだった。






次の日、碧依が死んだ。






愛しい愛しい花束は、ただ静かに欠けてしまった。






そのことを知ったのは、告白をしてから3日後の夜。

眩しいくらいに輝く火星が、暗闇に浮かんでいる日のことだった。


電話越しに警察から伝えられたのは、碧依が自殺をしたこと。

どうやって碧依が見つかったのか、どんな状態だったのか、詳細は聞かされていない。


『ご友人であった浅川あさかわさんには、非常に――』


耳に入ってくる憐れんだ警察の声に、私は受話器を勢いよく床に投げつけた。

今夜、両親が残業で帰ってきていなくて、本当によかったと思う。


「……ッ! はぁ、はぁ……!」


私は喉が締め付けられる感覚を覚えると、そのまま床に座り込む。

そして本能に身を任せて、私はただ、ただ泣き叫んだ。


透明な血が、尽き果てるまで。

不可視の涙が、枯れ果てるまで。

月が雲に隠れて、見えなくなるまで。






そして次の日、碧依の書いた遺書を、警察に手渡された。






昨日も今日も晴天で、雲ひとつ流れていない。

碧依は、泣いていないのだろうか。


黒色のワンピースに身を包んだ私は、駅のホームで空を見上げていた。

水仙ゼラニウム碧依、2人で出来た鮮やかで愛しい花束を、この腕に抱えながら。


『――。黄色い線の、内側までお下がりください』


ただぼんやりとしていると、そんなアナウンスが聞こえてくる。

それと同時に、私の足は無意識に、前方へと出ていた。


碧依のいない人生なんて、何が残るのだろうか。

生きることに意味はあるのだろうか。


そこには何もない、ひたすら空っぽだ。

私の人生の全ては、気が付けば碧依で満たされていたようだ。


ゆっくりと前に進んでいけば、いつのまにか立っていたのは、ホームの端っこであった。

そしてもう1歩を踏み出そうとした瞬間、碧依の遺書に書かれていたひと言が、頭の中に浮かびあがる。




『私の分も幸せになってね!』




気が付けば私は、足を引っ込めていた。


(やっぱり……もうちょっとだけ、生きてみようかな)


そう、碧依の分も。


今日で碧依に、心からの別れを告げよう。

彼女が居なくても、私は幸せに生きていけることを、証明するために。

私たちだけの花束を捧げて、それでさようならをしよう。


いつのまに降っていたのだろうか。

見えない雨のせいで、私の頬に水滴が伝っていた。


私はワンピースの袖で拭うと、意を決してゆっくりと足を後ろに持っていった。




きっと、後ろも見ずに下がっていった私が悪かったのだろう。

重さを失った足取りでホームの内側に戻っていくと、後ろから迫ってきていた誰かに、トンッとぶつかった。


慣れないヒールのパンプスを履いていたせいか、私はいとも容易く体勢を崩す。






そのまま私の身体は、ふわりと宙を舞った――






「あっ」
















乾いた踏切の警報音、そして鈍いブレーキ音が、無情にもホームに響き渡っている。











水仙は折れ、ゼラニウムを失い、そして愛しい花束は舞い散った。






























『14日午前10時半頃、JR静岡駅東海道線ホームで、10歳代女性が突然、男に背中を押されて、普通電車と接触しました。女性は全身を強く打ち付けており、その場で死亡が確認されたようです。


静岡県警察は同日、女性を突き落としたとして、静岡県島田市の職業不詳の男28歳を殺人容疑で現行犯逮捕しました。発表によりますと、男は女性と面識がなく、調べに対して、


「幸せそうな姿にむしゃくしゃして、線路から落としてやった」


と、容疑を認めているようです。この事件において――』



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