『あの子の“好き”は、ちょっとおかしい』

ノワール

📘短編小説『あの子の“好き”は、ちょっとおかしい』

【序章】転校生は、雪のような少女だった


 曇天の月曜日、教室に一人の転校生がやってきた。


「……氷室セナです。よろしくお願いします」


 白銀の髪、透き通るような肌、そして、温度を持たない声。

 雪の結晶のような少女だった。誰もが見惚れるその姿に、教室の空気が一瞬止まったような気がした。


 けれど――彼女は誰とも話そうとせず、孤立していった。


 俺――秋月レイは、なんとなく、彼女の隣の席に座ったことをきっかけに、話しかけるようになった。


「氷室さん、これ……落としたよ」


 彼女が机から滑り落とした小さな鉛筆キャップを拾って渡すと、彼女はじっと俺を見つめて――ふ、と微笑んだ。


「ありがとう。秋月くんって、静かね」


 その一言が、妙に耳に残った。



【第一章】“好き”の意味


 それは、彼女と話すようになって三週間ほど経った放課後のことだった。


「秋月くん。“好き”って、どういう意味だと思う?」


 突然、氷室セナはそう問いかけてきた。

 夕焼けに照らされた廊下で、彼女の瞳はどこか不安定に揺れていた。


「……大切に思うこと、かな。相手を大事にしたくなる、そういう気持ちだと思う」


「……そう。そっか。じゃあ、私、秋月くんのこと“好き”」


 まるで機械が命令を実行するみたいに、無機質にそう告げられた。


 だけど俺は、なんとなく嬉しかった。

 この時は、まだ。



【第二章】消えていくクラスメイトたち


 火曜日、佐伯が学校に来なかった。


 水曜日、高瀬が“転校したらしい”という噂が流れた。


 木曜日には、担任の先生が「急な異動でしばらくお休みします」と教頭が説明した。


 毎日のように、誰かが“いなくなった”。


 けれど、不思議なことにクラスは静かだった。まるで、いなくなったこと自体が最初からなかったみたいに、誰も話題にしなかった。


 ――おかしい。


 俺だけがその“違和感”に気づいていた。いや、きっと“気づかされていた”。



【第三章】彼女の真実


 金曜日の放課後。俺は、屋上でセナと向かい合っていた。


「秋月くん。嬉しくない? 騒がしかったクラス、静かになったでしょ?」


「……まさか、セナ。お前……」


「私は何もしてないよ。ただ……お願いしただけ。“静かにして”って」


 その瞬間、俺の背筋が凍る。


「ねえ、秋月くん。“好き”って、“全部ほしい”って意味だと思わない?」


「それは……違う」


「違わないよ。だって私、“あなた”しか見てない。なのに、あなたは“他人”にも優しくする。それって、ずるくない?」


 彼女の言葉が刺さるたびに、俺の心がざわついていく。



【第四章】警告


 その夜。ポストに、一通の封筒が届いた。


 差出人不明。中に入っていたのは――写真と手紙。


『氷室セナには近づくな。次は、お前が“消される”。』


 写真には、いなくなったはずのクラスメイトたちが、空っぽの目で並んでいた。


 その背後には、セナの姿――ではない。

 セナによく似た、けれど“別の人格”を感じさせる影が立っていた。



【最終章】選択


 翌日、俺は彼女とふたりきりになった教室で、告げた。


「なあ、セナ。……俺のこと、好きなんだよな」


「もちろん。ずっとずっと、見てるもの」


「じゃあ……お願いがある」


 俺は小さく息を吐いて、言った。


「――俺のこと、忘れてくれ」


 その一言に、セナの顔が静かに歪んだ。


「……やだよ。それ、“嫌い”ってこと?」


「違う。お前を……“誰かに殺される前に守りたい”んだよ」


 沈黙が落ちた。長い、長い沈黙の後――


「わかった。じゃあ……さようなら、“秋月くん”」


 彼女は笑って、教室を去っていった。



【エピローグ】


 その日から、俺の名前は記録から消えた。


 出席簿に名前はなく、机もなかった。


 けれど――彼女の目だけが、ほんの少しだけ、泣いているように見えた。


 彼女の“好き”は、ちょっとだけ、狂っていた。

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『あの子の“好き”は、ちょっとおかしい』 ノワール @nowa_

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