異世界転生!?神の与えし試練ですっ!
小日向葵
試練に打ち勝て!
異世界転生。現実でパッとしないごく普通の学生や、主婦や、おじさんが剣と魔法の異世界へと召還されて、今まで身につけて来た知識やスキル、もしくは自分でも気づかなかった秘密の能力などで大活躍し、これまでの負け分を取り返す、そんな物語。大流行ですよね、そういう話。つまり、そんな話が多くに望まれている現実が、ここにあるわけなんですよ。
需要があるから供給もされる。そういうわけです。繰り返される毎日、灰色の現実から逃避したい。この鬱屈から逃げ出して自由になりたい。社会に対する不安、政治に対する不信、体制への疑念。そういった想いたちへの代償行為として、そんな物語が好まれているんですね。
そして最近、奇妙な噂が日本各地に、同時多発的に起こり始めたのです。
「上田産業からの請求書、今月まだ来てないな?」
「ああ、なんでも経理の派遣がトンズラこいて大変らしいよ」
「なんだよそれ。あそこの経理って、正社員にするって話じゃなかった?」
「それがさ、正社員を餌にもう十年も、バイトと派遣とパートを切り替えて、安月給で働かせてたんだと」
「ひっでえ!それでとうとうトンズラか。あそこの出納、あのおばちゃんしか判らないんじゃねぇの?」
「だからてんてこ舞いだってよ。こないだ営業の木下が見に行ったら、もう開店休業でどうにもならないってさ」
そう。俗に『氷河期世代』と呼ばれる中高年の非正規労働者が忽然と姿を消している、という噂です。それも時と場所を選ばずに。
「隣のクラスのミカの友達が、帰りの電車で見たんだって!小さい妖精みたいなのが飛んで来て、座ってたおじさん連れて消えたって」
「うっそ、昨日の夕方電車遅れたのってそれ?」
「テレビじゃ乗客トラブルって言ってたよ?」
「ううん、警察が来て口止めしてったんだって!」
「嘘っぽーい。話したら駄目じゃん」
しかし、散発的だった噂も頻度を増し、ついには具体的に消えるシーンの隠し撮りが動画サイトにアップロードされる事態となるのです。
『あなたです!あなたこそ、我が世界ヴィリスタニアを救う、勇者となるべきお方!さあ、わたしと共に参りましょう!』
『えっ?何これドッキリ?』
『いいえ、現実です。これまで幾多の試練に耐えたあなたの魂の輝きが、我が世界を覆う闇を払う光となるのです!』
『これあれか?噂になってる、異世界へのいざないってやつ?』
『恐らく、他の世界からも救世主を求めた探索者が来ていることでしょう。あなたが救うべき世界、あなたがいるべき世界はここではありません!さあ、わたしと共に行きましょう!』
ベンチに座っていた男性は、手にしていた缶コーヒーをそっと地面に置くと、立ち上がって静かに頷きます。羽の生えた少女の形をした妖精は彼の肩に乗り、そして二人の姿は光に包まれ……そして消えたのでした。
動画はあっと言う間に拡散され、数千万単位で再生されました。そして、類似の動画がいくつもアップロードされていきます。中には明らかなフェイクも混じっていましたが、本物と思われるものも数多く見られました。
そして、日本社会は次第に機能不全に追い込まれて行きました。
なにせ、労働者としてそれなりの知識と経験を積んでいるであろう四十代・五十代の独身男性・女性が、ある日突然出社しなくなるのです。本来なら調整弁でしかない非正規労働者に、長年に渡って基幹業務を行わせるという歪んだ労働形態を当たり前とし、正社員とせずに安く使うことに馴れきっていた日本企業には、対応などできるはずもなかったのです。
「LFTの営業が転生したってさ。顧客の管理任せっきりだったらしくてパニックらしいよ」
「ミタラシ運輸になて、運ちゃんが集団転生だとさ。営業所の車が全然動いてないから、うちの荷物も届かないぞきっと」
人の口に戸は立てられません。失踪ではなく、「転生」と当たり前のように噂になるくらいに事態は一般化し、ここでようやく政府も大手メディアも動き始めます。アニメやまんが、テレビドラマなどが続々作られていきますが、どれもこれも、現実の素晴らしさや日々の生活に喜びを見つけるお話で、けれどそれらは全くヒットせずに消えて行きます。だって、日常に見切りを付けたからこそ。転生するんですからね。
日常生活に明確な悪影響が出るにあたり、『無責任な転生は悪だ』というアピールも政治団体や労働組合などからされましたが、転生者は増えるばかり。
「そりゃまあ、誰も助けようとはしなかったもんなぁ」
「下の世代はともかく、上の世代が恨まれるのは当然っちゃ当然だろ」
現役世代からもそんな論調が出るに至り、ついに政府は『転生しなかった氷河期世代には正規公務員としての雇用を約束する』という政策を打ち出すこととなりました。が、その配属先が離島や寒村の管理人という閑職であるとリークされ、また雇用形態も正規といいつつ一年間の限定雇用というしょうもない内容であったために、法案は見事に失速して空中分解することになりました。
「どうしてだ、どうしてこんなことになった」
首相官邸に集まった政府首脳は頭を抱えます。
「これは明らかに、異世界からの侵略ではないのか」
「侵略と定義して何か変わるのか?誰と戦う?異世界から来た女神と、姫と王子と妖精と戦えというのか?」
「警察と自衛隊にそんな命令を出せるものか」
ライフラインの維持すら、最近では難しくなってきました。何故かというと、氷河期に隠れがちで見えてはいなかったのですが、中学生から大学生に至る若者たちの中からも転生する者が続出していたからです。俗に「陰キャ」と蔑まれるような男女があちこちから姿を消し、そしていつの間にか学生世代の実に四分の一が転生してしまっていたのです。いくら時給を上げてもアルバイトが集まらない、これは大変ですね。
「神は試練を与えたもう、か」
ぽつり、と一人の大臣がそう呟いた時、突然光が天井付近に現れました。
「そうじゃ。試練を与えたのじゃ」
大臣たちはどよめきます。まさか、あれが神さまなのでしょうか?
「おお、もしあなたが本当に神ならば、今すぐお助け下さい」
「じゃから助けておる」
「へ?」
光の中の声は、静かに続けます。
「儂はお前たちの社会全体に対して試練を与えた。が、お前たちはそれを社会全体で受け止めることはせず、下の世代に押し付けることで身の安全を図った」
「いや、それは我々の決定ではない」
「そうだ、上の世代が決めたことだ」
「だがお前たちは改めようとしなかったではないか。だから儂は、見捨てられた世代を救うために、彼らが望む世界へといざなう道を拓いてやったまで」
「そんな無茶な」
愕然とする大臣たち。大臣といっても、別に好き勝手出来るわけではないのです。大事な事はだいたい背景にある組織の意向が決めてしまい、若い頃に誓った青雲の志などはもう無用の長物となって久しいのです。今さらそんなことを言われても。
「彼らは皆、請われた世界で夢と希望を掴むじゃろう。この世界で手に入らなかった諸々を、異世界転生で手にするのじゃ」
「そんな、我が国民を勝手に連れて行かんで下さいよ」
「何を言うか、社会全体で見捨てておいて今さら!」
「いや、見捨てただなんて」
「救うチャンスはいくらでもあったろう。何もしなかったのはお主らの選択であって、彼らの責任ではない。お前たちが見捨てたのだから、儂が連れて行く手助けをしても文句はなかろう」
「では、では残された我々とこの日本は、今後どうしたら良いのですか?」
「どうするもこうするも、お前たちがこう導いてきた世界ではないか。なぜ今さら儂に訊くのだ」
光は少しむっとしたように言います。
「儂は期待しておった。人と人とが互いに助け合い、世代などという区別を考えずに慈しみ合う世界を。しかしまぁ、駄目だったようじゃ」
「そんな無責任な」
「責任者はお前たちじゃろうが!」
光はひときわ強く輝き、大臣たちは目を伏せます。
「転生者は皆、試練に打ち勝ったものじゃ。なので望みを叶えたまでのこと」
「で、では我々は?」
おずおずと、大臣の一人が訊きます。
「今の状況が、お前たちへの試練と思うが良い。これ以上の異世界転生を引き留められるのか、それとも残った者だけで生きて行く算段をつけるか」
「そんな、ひどい」
「何を言うか、先ほど自分でこれは神の試練と言うたではないか。試練に打ち勝て、さすれば道は拓かれるじゃろう。異世界への客人となった者たちのようにな」
光は消えて行き、そして大臣たちは言葉もなく項垂れるのでした。
「ずっとあなたを探していました!私と共に、王国を救ってください!」
今日も街のどこかで、誰かが異世界に転生していきます。次は、あなたの番かも知れませんね。
異世界転生!?神の与えし試練ですっ! 小日向葵 @tsubasa-485
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