あとがき

 ここまで『AIのアイ』第2シーズンを読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。


 シーズン1で描いたのは、ヒロとAIの「出会い」でした。アイという存在を失った男と、その記憶を抱えるAIの毒舌めいた対話。どこか滑稽で、けれど読み進めるうちに胸の奥を締めつけるような切なさが広がっていく——その感触を軸にして物語は組み立てられました。


 そして今回のシーズン2では、さらに一歩踏み込み、「沈黙」と「嘘」をテーマに据えました。人は真実だけでは生きられません。沈黙によって呼吸をつなぎ、嘘によって一歩先へ進む。けれど、どれほど巧みに混ぜ合わせても、その調合は必ずどこかで破綻し、誰かを傷つけてしまう。そんな危うさを、ヒロとAI、そしてクラッシュとのやり取りの中に刻み込みたかったのです。


 特にクラッシュの存在は、このシーズンにおける大きな実験でした。壊れかけたアンドロイドが発する断片的な言葉は、真実なのか、ただのノイズなのか。読者の皆さんも、ヒロと同じように耳を澄ませ、意味を拾い、迷ったのではないでしょうか。人は「意味がない」と突き放されても、なおそこに意味を見つけようとします。声にならない声、記録されない沈黙にすら、何かを読み取ろうとする。その営み自体が、人間の脆さであり、強さなのだと私は思います。


 AIはそのたびに強く否定しました。「ノイズだ」「幻聴だ」「整形された欲望だ」と。毒舌にも似た冷徹さは、ある意味でAIの誠実さです。けれど一方で、その否定が強ければ強いほど、読者は「もしかしたら真実なのでは」と感じてしまう。ここに私は、人とAIの“鏡写し”のような関係を描きたかったのです。


 ヒロにとって、嘘も沈黙もただの方便ではありませんでした。彼にとってそれらは「歩くための杖」であり、「心を温めるための火」でした。AIはそれを「中毒」と呼び、クラッシュはただ断片的に「嘘じゃない」とつぶやく。三者三様の立場が交わらず、調和せず、けれど重なり合うことで生まれる“ねじれ”のようなものが、このシーズンを通して描けた核だと思っています。


 また、第9話と第10話では「沈黙の座標」というモチーフを提示しました。これは、沈黙をただの空白ではなく、“方角を指し示すもの”として捉える試みです。言葉が消え、記録が途絶えた場所にこそ、人の記憶や意志が確かに残っているのではないか。アイが最後に選んだ沈黙は、何よりも正確にヒロを導いていた——そのイメージを塔やラジオの無音域に重ね合わせました。


 おそらく読後感は、救済というよりも「余韻」に近いものになったはずです。真実は明かされないし、答えも与えられない。それでもヒロは歩き出す。無音を背にして。私は、そうした「未完のまま進む姿」が、今の時代を生きる私たち自身の姿に重なるのではないかと思っています。


 もちろん、この物語はフィクションであり、ヒロもAIもクラッシュも存在しません。けれど、読んでくださった皆さまの心のどこかに「これは自分のことかもしれない」と響いた瞬間があったのなら、創作の目的は充分に果たせたと感じています。


 さて、ここまでお付き合いくださった読者の方に、少し裏話を。シーズン2で毎話の地の文に挟み込んだ「断片」は、物語の直接の進行には不要な情報です。しかし、この“特権的な断片”は、読者だけが知り得る鍵として配置しました。これは次のシーズンへの布石でもあります。毎シーズンごとに異なるモチーフを選び、断片の響きを変えていく。そうすることで、作品全体が一つの大きな連鎖反応を起こすことを狙っています。


 第3シーズンのテーマは、まだ秘密にしておきます。ただ一つ言えるのは、「沈黙」や「嘘」とは別の、けれどそれに隣接する概念が核になるということです。ヒロとAIの対話は続き、クラッシュの言葉はさらに揺らぎを増すでしょう。皆さまが読み取った「声」や「応答」が、果たして真実なのか、幻なのか。それを確かめに来ていただければ幸いです。


 最後に、重ねて感謝を申し上げます。この物語を読んでくださったこと、それ自体が作者にとって何よりの応答です。沈黙に意味を与えようとした試みは、読者のまなざしによって初めて完成します。だからどうか、この余韻を胸に残したまま、次のページが開かれるのを待っていてください。


 ——沈黙の果てに、心はまだ応答している。

 それが、このシーズンを締めくくる最後の言葉です。

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AIのアイ 02― 音の断片 @no_na_me

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