ひと夏のこなゆき

sabamisony

Room 404

 八月の湘南海岸。


 空高く打ち上がった花火たち。


 ぱらりと音を立て、一瞬ふわりと満開になった大輪の光の花が、しゅわっと溶け、やがてさらさらと消えてゆく。


 夜空を見上げる二人は、わずかに肩がふれる距離。


 そっと彼女の小指に、彼の小指が絡む。


 こちらを少し見て、微笑む彼。


 そっと肩をあずけて、目を閉じる。



 気がつけば花火はフィナーレを迎え、砂浜に集まった人々は、あっという間に去ってゆく。


 しばしそのまま、花火の気配を探すように、ふたりは波打ち際に佇む。


 横から見る彼の表情は、遠くを見つめるような眼差しが印象的で、まるで誰にも関心がないように思えて、ふと不安になる。


 いつのまにかしっかりと握っていた、彼女の手のひらの感触を確かめながら、彼は愉快そうに呟く。


 顔の割に、ちっちゃくて子どもみたいな手なんだね、と。


 密かなコンプレックスを刺激された彼女は、手をあげて軽くぶつような仕草。


 彼は笑いながら、距離を取るように砂浜を小走りに逃げ出す。


 笑いながら、追いかける彼女。




 不意に振り向いた彼に抱きしめられ、ふたりはそっと、口づける。




 海岸線にたちならぶ、バリリゾートをイメージした外観のホテルの一室。


 ふたりの言葉が、音もなく中空を彷徨い、息遣いが白い壁に吸い込まれてゆく。


 声にならない想いが、揺らいで、おぼろげにかたちを変えて、天井を見つめる彼女の視界が、眩い光につつまれる。



 

 夜明け前、窓の外が薄っすらと明るくなり、朝の気配を告げる。


 ふたりは、そっと扉を開けて、誰もいない廊下へと出る。


 エレベーターに乗り込む前、彼は彼女をそっと抱きしめ、耳元で囁く。


 また、会えるよね。


 うん、また会えるよ。




 ありがとう。


 うん。楽しかった。





 またね。










※本作はsuno ai musicと連動しています。

是非リンク先から音楽もお楽しみください。


https://kakuyomu.jp/users/sabamisony/news/16818792439165449333

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