空を本気にさせる能力

秋都 鮭丸

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 小説家になるのが夢だった。身体が大きくなるにつれ、その夢の遠さを知っていく。

 明確な諦めとも、挫折とも違う。少しずつ道を逸れていくように、ただ、遠ざかっていく「それ」を眺めている。心の底で言い聞かせる。

これが「大人になる」ということだ、と。


 小説が好きだ。読むのも、書くのも。誰が書いた文章でも、そこにはきっと想いがある。誰にも読まれないとしても、ひたすら書きたいことがある。

 似たようなことを考えた人たちが集まるイベントがあると、俺は最近ようやく知った。いわゆる「小説家」にならなくたって、自分で本を作ってしまおう。それを皆で売り合おう、と、そういうイベント。そんなのを知ったら、そりゃ飛び込まずにはいられないよな。

 そんなこんなで何回か、俺は小説のイベントに参加している。今回のイベントでは、一つテーマを決めた短編集を作った。どんなテーマか、って? それがずばり、「チョイ能力」ってやつだ。


 俺の周辺には、地味で微妙でパッとしない、だけど不思議な能力、「チョイ能力」を持っている人が何人かいる。鳩にとにかく懐かれるだけの女子大生、赤信号に止まることがないタクシー運転手、靴下を必ず片方なくす居酒屋バイト。そんな彼らに取材して、短編のネタにさせてもらった。うっかり話が膨らみ過ぎて、想定以上のボリュームになってしまったが、まぁ出来は上々だ。

 ただ、一番身近な「チョイ能力者」の話を書くのを忘れてしまっていた。


 俺の友人であり、「協力者」でもある、ミズノという男の話。


 ミズノが持っているのは「空を本気にさせる能力」。雨が降っている最中に外出すると、例外なく、土砂降りの豪雨に変わる。どんな小雨も、本気の雨に。まさに空を本気にさせている。本人曰く、かなり厄介な能力だ。


 実を言うと、俺自身も「チョイ能力」を持っている。ミズノに負けず劣らず、厄介な能力。春でも夏でも一年中、身体に静電気がたまる。冬場になったら、どこに触れてもバチっといく。そのせいか、手にした電子機器はことごとく壊れる。異常なまでの機械音痴。俺はこれを、「電気に嫌われる能力」って呼んでいる。

 この能力のせいで、パソコンにはとことん疎い。原稿用紙に手書きで小説を書いている人は、今の世では絶滅危惧種なんじゃないだろうか。それでも、小説を書きたければ、そうするしかなかった。


 そんな俺に、手を差し伸べたのがミズノだった。

小説家になるのが夢だ、と、俺は初めて人に言った。ミズノは笑わなかった。それどころか、「書いた小説を読ませろ」と言ってきた。俺の小説を読んだアイツは、自ら協力を申し出てくれたんだ。

 俺の原稿をデータに起こし、小説投稿サイトへの投稿を代理してくれたり、イベントの申し込み手続きを請け負ってくれたり、同人誌印刷所を探し出してくれたり。電気に関わるほぼすべてを、俺はミズノに頼っている。


 アイツは言ったんだ。俺を小説家にするのが夢だ、って。

あれは確か、初めてのイベント参加の時。早割入稿の締め切り直前。例のごとく豪雨が降って、原稿を守りながらその中を駆け抜けた。俺のせいか、雷もひどくて、部屋の中が轟音で震えていた。結局、停電で締め切りには間に合わなかったんだっけか。どうしようもなくて、とにかく笑っていたのを覚えている。

 あらゆることが電子化された現代社会。ミズノがいてくれなければ、きっと、俺の夢は叶わない。



 小説家になるのが夢だ。身体が大きくなるにつれ、その覚悟の重さが増していく。

 俺は「空」じゃないけれど、ミズノに「本気」にさせられた。アイツは最初の、そして一番の、俺の読者だ。アイツに恥じない小説を、これからも書き連ねていく。二人分の夢を背負って、今日もペンを走らせる。

 かっこつけて、斜に構えても、なりたい自分には近づけない。やるなら「本気」で。

 これもきっと、「大人になる」ということだ、と今は思う。

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