目の前の小銭に釣られて生きる

しずく

変化求める季節

「黒崎」

「なに?」

「足」


 そういって赤城さんは足の間にずりずりと入り込んできて、そのまま両腕で私の体を抱きしめてくる。

 これは赤城さんがいつもやる構えのようなもので、私と一緒にいるときは定期的に私に抱き着いて体温を奪っていく。


「好き。」

「うん。柔軟剤のにおいがね」

「はずれ、今日はシャンプーのにおい」


 いつもこうやって赤城さんは他人だったら勘違いするような言動をすぐにしてくる。私が異性だったらたぶん彼女の言葉に勘違いしてたかもしれない。




 おそらく黒崎は私の「好き」という言葉をそのあとに続く言葉とつなげて理解している。私の好きという言葉とにおいが好きということばは、お互いに離れた意味なのに、私にとってその勘違いは少し都合がよくて都合が悪い。


 素直になれれば早いんだろうけど、この関係値が私の邪魔をする。だから好きって伝えるだけのことが出来ずにいる。

 黒崎が着ている服からは黒崎のにおいがする。当然のことなんだけど、私はこの柔軟剤のにおいこと黒崎のにおいが大好きだ。


 私の部屋のぬいぐるみにもこのにおいを定期的に移してほしいと思う。だけど、そうすると多分気持ちが抑えられなくなりそうで言えない。




「黒崎」

「なに?」

「キスしたい。」

「だめ」

「なんで?」

「生理だから」

「えぇ……。」


 ――――――えぇ……。どういうこと。




 私が通っている学校は県内でも有数の進学校。

 通う生徒の進路は決まっていて、当然国立の大学。

 親が医者をやっていたり、検察官をやっていたり、政治家をやっているなんていう生徒が何人もいる。

 国の未来を決めていくような高尚な人様たちが通う学校。私も一年まではそうだった。両親はお金も出してくれるし、勉強だってついていける。不満なんて当然ないと思っていた。

 だけど、不満がない。からといっても満足している。ということではないことを知ってもらいたい。

 私の家はこの日本という国において限りなく裕福で自由な暮らしができる部類の家庭だと思う。両親の立場にしては珍しく子供にプレッシャーをかけることがないから、本当に自由に生活できていると、私だって思う。


 でも……


 何か足りなかった。


 だから私は何となくで授業をサボってみた。たぶん、私の意志で授業に出席しなかったのは人生で初めてだと思う。

 といってもどこかに行くわけでもなく、行内を授業中にぶらぶらするだけ。

 意外と、これが楽しくて、教室から声や音は聞こえてくるけど周りにはだれもいなくてこの学校に一人でいるような気分になった。学校の中には案外私の知らない場所がいっぱいあって、ちょっとだけわくわくして楽しかった。


 昼になって、いつものように購買で買ったパンを食べたあと、午後の授業はいつも通り出席した。授業は普段と変わらず、分かりづらくもなくわかりやすくもなく普通だった。


「あ、黒崎じゃん」


 何事もなかったかのように下校しようとしてた私に後ろから声をかけてくる人が二人。白鳥と、紀田だ。


「黒崎、今日午前サボったの?」

「うん。」

「意外だあ。」

「なんでサボったん?」

「なんとなく。授業がつまらなく感じたから?」

「そんなこと言うと、せんせー泣いちゃうぞ?」

「それは逆に見てみたい、かも?」

「確かに。」

「……話はそれだけ?」


 彼女たちは嫌いじゃない。会話は面白いし、明るい正確なだけで馬鹿じゃないから話が合うし、お互い勉強を教えあいながら、うまく友達という関係を維持できてると思う。


「うんや。カラオケ行かんかね?とおもって」

「行かない?」

「行かない。」

「そっかあ。ざんねん。」

「それじゃ、私帰るから。」

「また明日。」

「またなあ、黒崎。」

「またね。」


 ……語尾を伸ばすのが紀田。で、私は覚えている。この二人よく一緒にいるし、似てるからどっちがどっちか私もよく忘れる。顔と名前を一緒に覚えられないから、というだけな気もするけど、この二人は一層わからない。


 うちの高校は午後の授業が終わったらすぐに下校させられる。何か理由があるというわけではないが、学生のうちは早く帰れるのですごく助かる。近くにあるほかの学校よりも下校時間が早いから通ってると言ってもいい。他の高校だと遅くても十八時とかなのに対してここは三時間も早い十五時ちょっとすぎたころには学校を出てる。

 十五時はほとんど昼と変わらない。冬も夏も明るいので遊んで帰る余裕すらある。


 特に何かする予定はないけど、それだと暇なので家の近くにある商店街に来た。

 久しぶりに来たけど、あんま変わってない。と思う。


 お肉屋さんでコロッケを一つ買って食べながら歩く。商店街を意味もなくぶらぶら歩いていると、フィギュアやぬいぐるみを売っているおもちゃ屋さんが目に入る。


 錆びて読みずらいが白井玩具店と書いてあるのがわかる。

 小さいころよくここでカプセルトイをしに来ていた。

 実際今もお店のカプセルトイを回している人がいる。私と同じ制服の人だ。


 私よりも早くこんなところに来てる人がいるなんて思わなかった。


 なんのカプセルトイをしてるのか気になって少し遠めから覗いてみると意外にもその中身は最近も夕方にテレビでやっている有名なアニメのカプセルトイだった。


 まだ更新してたんだお店の人。

 小さい頃はまだここのおもちゃ屋さんは人がいっぱいいて、定期的にカプセルトイの中身が変わっていた。


 小学生のころはここのカプセルトイでシークレットだした人が凄い!みたいになってたっけ。

 いつの間にか引かなくなっちゃったんだよね。なんていうか、最近のゲームにいっぱいあるから。


「全然でないなあ。あと、十個くらいかな。」


 カプセルトイを引いているその人は隙間から残りのカプセルの数を数えるとまた小銭を投下してカプセルトイを音を立てて回し始める。

 近くにあるコンビニのレジ袋の中には開けられたのであろうカプセルが大量に入っている。いくら分買ったのだろうか。


「またダブった……。あと一種類なのにぃ!!」


 小さいころ憧れた大人買いを大きくなってみるとなんというかパチンコにはまって抜け出せなくなってしまった人を見ているみたいで可哀そうに見えてくる。


 カバンの中から財布を取り出して小銭を数える。

 値段が変わってなければあそこのカプセルトイは三百円でちょうど私の財布の中には百円玉が三枚入っている。

 ちょっとだけ、引いてみようかな。


 私はカプセルトイを引いているその子の隣にいく。


「私も回していい?」

「い、いいけど。ダブるよ?」

「大丈夫、どうせ一回しか引かないから。」


 私はカプセルトイのコイン投入口に百円玉を一枚ずつ転がして、持ち手をもって反時計回りに機械を回すとガラガラという音を立てて一つカプセルを落とした。


 中身はなんだろうな。と思いながらカプセルを開けて中身を見ると緑いろの少年が入っていた。


「あ、それ!」


 うーん。私あんまりアニメ見ないからわからないんだよなあ。

 おもちゃと一緒にカプセルの中に入っている紙を広げてみると、その紙には書かれていないキャラクターのようで名前はわからなかった。


「いいなあ。」

「これ?」

「うん。」


 同じ制服を着ているので同じ学校に在籍してるんだろうけど、なんせ興味がないあまり、人の名前とか顔を知らないので誰かはわからない。けどたぶんリボンが同じ色なので同級生だというのはわかる。


「ほしい?」

「ほしい。」

「どれくらい?」

「これ全部あげてもいいくらい」


 彼女はそういうとコンビニのレジ袋の中に入っている大量のカプセルを私の目の前に出して見せてくる。


「い、いらないかな……。」

「そっかあ……。なにかほしいのあるならそれあげるからそのキャラ譲ってくれない?」


 そう急に言われても今欲しいものなんて浮かばないしなあ。と私は少し悩む。


「うーん。あなたの体?」

「……えっ。あなたそっちなの?」

「冗談だよ?」


 そっちってどっちなんだろう?と思ったけどさすがに冗談が過ぎたと謝罪する。


「別に興味ないから、あげる。」

「いいの?!」


 うん。と言って彼女にカプセルごと中身のキャラクターを渡すと、ぴょんぴょんとはねて喜びを表現する。なんか見えてなのにウサギの耳としっぽが見えた気がした。


「でも、ただじゃ、よくないよね?」

「別にいいよ。」

「私が、よくないの!」


 彼女は、むむむ……と唇を尖らせて考える。


「同じ学校でしょ?」

「ん?そうみたい?」

「名前、教えて。それが君が私にくれる物。」

「それだけでいいの?」


 と言って、彼女は自分のことを赤城せきじょうあかりと名乗った。

 赤城っていえばここら辺だとあの家しか浮かんでこないけど、あの赤城なのかな。


「赤城ってあの?」

「どの赤城?」

「赤城病院とかの赤城なのかなって。」

「さあ?」

「さあって……。同じ苗字なんだから興味くらいもちなよ。」

「興味ないから。でも上の兄が海運業やってる。」


 それだ。間違いない。私が知ってるいるのと同じだったらしい。


「興味ないの?」

「みんな私に興味ないから。私も興味ない。」


 何か事情があるらしい。でもあまり深堀することもよくないのでこれ以上は進まないでその場で止まる。なんなら十歩くらい戻ってもいい。


「そのカプセルトイ、大事にしてね。」

「うん、ありがと。」


 赤城あかりさんは私から受け取ったカプセルトイを大事に手で持つとニコニコとしながら商店街の奥に消えていった。


 嬉しそうでよかった。私は興味なかったから彼女にあのカプセルトイをあげてよかったと思う。


私も立ち上がると、もう一度お肉屋さんに寄って、コロッケを買って帰った。




=======


スーパーのお惣菜売り場のコロッケより商店街のコロッケの方がおいしく感じるのは気のせいじゃないはずです。


黒崎は小食なのでコロッケ二個分ですぐにおなかいっぱいになります。コンビニのおにぎりはなんと一個でもいいそうです。燃費よすぎ。

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目の前の小銭に釣られて生きる しずく @tokishizu

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