声優の彼氏が欲しい。

白川津 中々

◾️

 声だけはいいレンタル彼氏なるサービスを利用する事にした。


 “アニメやゲームで聴こえる声がアナタの隣に! 現役声優多数在籍! 一日だけ耳を幸せにしませんか? 声優彼氏センターに今すぐ連絡!"


 期待と欲望を擽るコピーはさながら風俗店のようなである。殊に現役声優。このワードは強い。声豚は声優を神格化する傾向にあるから、脊髄反射で荷電してしまう可能性があるのだ。


 しかしながら私は違う。口コミやSNSをリスト化し分析。満足不満足の傾向を洗い出しつつ定性的なデータも基にしてレポートを作成し金を払って有志に内容確認依頼を出したのである。今回のサービス利用はデータと集合知による決断であるが故にある程度のパターンは想定していたし、そのうえで満足できると踏んだのだ。これはもうほぼほぼ勝ち確。この吉良坂怜姫きらさかれいき。勢いだけのパンピーとは違う。そして既に派遣の連絡は送っている。後は会うだけの状況。頼んだのは速⚫️奨カのような低音クソバカかっこよボイスの持主。フェで優雅に茶をしばいていれば幸せタイム到来というわけだ。ぐふふと汚い笑いが溢れ出る。


「もし、吉良坂さんでしょうか。」


 動きが止まる声。トキメキ。

 待ちに待ったボイスに心臓が跳ね上がる。あぁ来たのだ。彼が、ジェネリック速⚫️が! 顔を見上げて迎えるは愛しの声の持ち主。愛⚫️、ウッド⚫️ウ、神宮寺⚫️雷! あの声が私の身近に!


 張り上がるテンション。しかし、急降下。現れたのはアロハシャツに短パン姿のおじいちゃん。その面持ちは齢80を超えるような大ベテランだったのだ。


「あ、望月もちづきさんでしょうか」


「はい。すみませんね、こんな老体で」


「いえいえ! そんな事はございませんよ!」


 こちらの機微に反応してくる。観察眼や感性は確かなようだ。腐っても役者というところか。


「座ってもよろしいですか?」


「あ、すみません。どうぞどうぞ」


 やめろ。クソかっこいい声で「よっこいしょ」なんて言うんじゃねー。


「あ、お姉さんすみません。ノンアルコールビールください」


 タッチパネルあんじゃねーか。煩わせるな店員を。


「おや、吉良坂さん、どうかされましたか?」


「あ、いえいえ、なんでもないです」


 ちくしょう、速⚫️ボイスだから何でも許せちゃう。見た目は完全に実家のおじいちゃんだし言動全部クソうざいけど、そういうキャラだって思うと不思議と受け入れちゃう。悔しい。


 ……そうだ、そうとも。

 元よりそういう声がいいだけの男を手配してもらうサービス。他を望むのは間違っている。割り切ろう。声だ。声を聞きたいだけだ。それを堪能する以外に価値はない。割り切りは大事。


「あの、望月さん」


 早速会話。さて、どんな話をしようか。


「……」


「……望月さん?」


 聞こえてねーのか? しゃあないな。相手は老人。耳も遠いのだろう。


「……」


「望月さん!」


「……」


 いや喋れや! 声を楽しみにしてんだぞこっちは! 居眠りこいてやがんのかてめー! くそ! データに裏切られた。やはりこんなサービス使うんじゃなかった。もう切り上げよう。払う金は勉強代だと思って諦め……うん? 


「あの、望月さん」


「……」


「ちょっと、失礼しますよ」


「……」


 肩に触れ、そのまま鼻と口に手をかざす。

 やっぱり。息をしていない。

 え、看取ったの私? 嘘でしょ? どうしよう……と、とりあえず電話……電話!  


「はい、こちら声優彼氏センターです!」


「あの、声優彼氏を派遣してもらった吉良坂なんですが……」


「ありがとうございます。いかがなさいましたか?」


「あの、指名した望月さん。死んじゃいました」


「え、殺したんですか?」


「違います違います! 多分寿命です! 突然! 急に死んだんです!」


「そうなんですね。あの人も歳だったからなぁ……承知いたしました。では、今から葬式プランに変更いたします。病院から何から全てご用意いたしますね。当然追加料金はかかりませんのでご安心ください」


「え? ちょっと!」


「失礼いたします!」


 ……切られた。

 嘘だろ? そんな対応ある? なんだ葬式プランって。臨終まで織り込み済みなの? いかれてんのか。こんな会社に関わっていたらこっちまで頭おかしくなっちゃいそうだ。痛い受け渡したらもう帰ろう……



 しかし、なんだかんだで葬式に参加してみると、参列者やら坊さんやら皆一様にいい声をしていた。特に緑川⚫️みたいな読経に大満足です。星五つ。次もまた利用します。

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