第15話 ギルド自治領を抜け帝国領に入る

 ギルド自治領を抜け帝国領に入る頃には空気が徐々に張りつめていった。街道沿いに立つ帝国の紋章双頭の蛇が刻まれた監視塔ちらほらと目に入るようになった。それも都市に近づくにつれて数が増え、監視塔に立つ兵士たちの目つきも硬くなっていく。物々しい気配が肌に触れるたび、胸の奥がざわついた。

「なんか……嫌な感じ」

 私がそっと声を落とすと、アエラスもわずかに目を細める。

「軍の警戒態勢が高い。どこかで騒ぎがあったな」

「グリムフリドで反乱があったとは聞いたね。仕事の依頼も出てた」

「ここからグリムヘルドはずいぶん離れていますね。帝国南部の都市は平穏だと思っていましたが……この様子は尋常じゃないですね」

 セレファインが周囲を観察しながら小声で言った。

 やがて見えてきた高い城壁の街が、帝国の境界都市コエンガルだった。鉄製の大門の前には長蛇の列。帝国軍兵が列の一団一団を時間をかけて確認している。ドワーフのバルガナは眉根を寄せた。

「こりゃ……反乱分子の捜索だな。帝国はこういうとき徹底的にやるから」

「反乱分子……」

 胸の奥がひどく波打った。

 帝国の反乱分子。彼らは今、私が何より避けたい相手だ。追われている身としては都市に入るだけでも冷や汗ものなのに、その反乱分子が潜伏している可能性があるらしい。

『兄様……』

『気を張りすぎるな。ここで動揺するのが一番危ない』

 気を落ち着けようとして深呼吸したが、肺の奥が重い。列は緩やかに前へ進み、やがて私たちの組が大門前に出た。帝国軍兵が書類を受け取ると、こちらを順に確認していく。身分証を渡した瞬間、胃がきりきりと痛んだ。

「冒険者か」

「そうです。護衛依頼の途中で……」

 アエラスが落ち着いた声で応じる。兵士はしばらく身分証を見た後、こちらをじろりと見回し、ひとつうなずいた。

「都市内は十分注意して行動しろ。反乱分子が潜伏している可能性が高い。帝国軍は全域を捜索中だ」

「そういう噂を……」

「噂じゃない。すでに幾つかの隠れ家を見つけ、戦闘も起きている」

 兵の口調は鋭く、都市の状況がいかに切迫しているかを示していた。

 案内された先で、臨時の検問を終えた私たちは都市の内部へ入った。街路は普段より人の流れが少ない。軍の巡回隊が随所にいて、店の戸口は固く閉じられ、人々の顔に警戒の色が濃い。

「こりゃ……長居したくないね」

 バルガナですら苦笑するほどだ。

「同感だよ……私たち、さっさと通過して山方面に行きたいんだけど」

「難しいな」

 アエラスが淡々と告げた。

「都市全域で封鎖している。人の出入りは全面的に規制中だ」

「え……じゃあ出られないの?」

「現状は無理でしょうね」

 セレファインが静かに言った。

 嫌な汗が背中を伝う。心臓が跳ねる。

 よりにもよって、反乱分子が潜伏する都市に足止めされるなんて。

 滞在許可の手続きのため、私たちは中央詰所へ向かった。半ば軍施設のような場所で、兵士たちが地図を囲み、ひっきりなしに指示を飛ばしている。受付で滞在の理由や期間を申請していると、詰所の奥から中隊長らしき男が出てきて、こちらを鋭い目で見た。

「お前たち、冒険者か」

「はい」

「都市を出たいと言っていたな。反乱分子捜索が終わるまでは出られん」

 冷ややかな声。

「そこを何とか……護衛依頼の途中でして……」

 アエラスが粘り強く話す。中隊長はしばらく考えると、静かに言った。

「ならば条件付きだ。反乱分子の捜索に協力するなら、特例で通行証を出してやる」

「捜索……?」

「市内に潜伏している可能性のある連中をあぶり出す。冒険者のような少人数の戦力は融通が利く。民間協力は歓迎している。もちろん報酬も出す」

「協力しない場合は……?」

「例外なく封鎖解除まで都市内に滞在してもらう」

 喉が詰まった。

 封鎖解除まで足止めされたら、その間に私が見つかる危険が何倍にもなる。

「どうする?」

 アエラスが振り返って私たちに尋ねる。

「ボクは協力で良いと思います」

「あたしも協力するで良い」

「わ、私も!」

「というわけで協力させたもらうよ」

 アエラスが中隊長に言った。

 中隊長はうなずき、隊員に指示を送る。

「分隊長、地図を持ってこい。彼らに状況を説明する」

 こうして私たちは、都市内の特定区域の探索任務を命じられた。帝国軍の包囲網の隙間を埋めるかたちで、指定の区画を巡回し、異常があれば即座に兵を呼ぶという内容だ。

「兵を呼ぶと言っても、兵隊さんが来るまではどうしろと……?」

 詰所を出てからの帰り道、私は疑問を口にした。

「足止めしなきゃいけないでしょう。戦闘になる可能性が高いでしょうね」

 セレファインはこともなげに答えた。

「でも協力すれば早くこの都市を抜けられる。現状、それが最善だ」

 アエラスの判断は現実的だった。

『私たち大丈夫かな……』

『顔は見られてないんだから大丈夫だろ。俺なんて剣だし』

 兄様は楽観的だ。

 胸の奥にわずかに灯った安心が、歩幅を少しだけ前へ運んだ。

「じゃあ、行くか。日が暮れる前に、指定区画を一周しておきたい」

 アエラスが地図を広げる。

 都市コエンガルの不穏な影を抱えたまま、私たちは探査任務へと足を踏み出した。

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魔女剣士メルと賢者の石 ト音ソプラ @writersopra

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