『陰謀論ビジネスで人生大逆転! 〜神キーツが教える稼げるコンテンツの極意〜』

アキラ

9年間の孤独と3人の有料読者



【あらすじ】


9年間運営した有料メルマガの読者がたった3人。借金3500万円を抱えて工場のアルバイトで生計を立てる学者マズオ。ある夜、泥酔の果てに見た夢の中で、商売を司る神「キーツ」と出会う。


キーツは、マズオの敗因が「真面目すぎること」にあると断言し、一冊の本「The Real Anthony Fauci」を「聖典」として提示する。この本の構造を解読しながら、キーツはマズオに9つの戒律を授けていく。


教えを実践し始めたマズオのメルマガ読者は爆発的に増加する。彼は不安を煽った信者たちに「救済」を売ることを学ぶ。「政府の監視から逃れる」という物語を付与した原価1万円のネックレス「量子バリア」を700万円で販売し、一瞬にして7億円もの大金を手にする。


さらに年会費1億円の秘密結社「スターシード・ソサイエティ」を設立して熱狂的な信者を組織化し、彼らを支持基盤として裏社会のフィクサーへと成り上がる。ついには物理的な価値を完全に超越したオブジェ「無限螺旋」を1個500兆円で販売し、5京円という天文学的な資産を築き、世界の富と権力を手中に収める。


かつて工場の片隅で自分の無力さを嘆いていた青年は、人間の心理と欲望の深淵を覗き込み、物語の力で価値を無限に創造する術を学び、ついには自らが世界を動かす「神」へと変貌を遂げていく。これは、一人の冴えない学者が、人々を熱狂させるコンテンツの「型」を身につけ、現代の錬金術師として君臨するまでの物語である。


【登場人物の紹介】


マズオ


オックスフォード大学大学院卒のインテリでありながら、商才が皆無なため9年間全く稼げていない、借金まみれの残念な男。コンテンツの質こそが全てだと信じる真面目な学者だったが、キーツとの出会いによって、人間の欲望を直視する冷徹な商売人へと覚醒していく。彼の成長と葛藤が、この物語の軸となる。


キーツ


マズオの夢の中に現れる、商売を司る神。慈愛に満ちた老人に見えるが、その教えは人間の心理と資本主義の本質を突く、極めて辛辣かつ実践的なものである。常識に囚われるマズオを挑発し、時には厳しく叱咤しながら、彼を一流の商人、そして世界の支配者へと導いていく謎多き存在。


【本編:開始】


プロローグ:9年間の孤独と3人の有料読者


☆工場のベルトコンベア


蛍光灯の白い光が、無機質な機械部品を鈍く照らしている。ガシャン、ガシャンと一定のリズムを刻むプレス機の音。それが今のマズオの世界のすべてだった。流れてくる部品に、決められたネジを、決められた角度で、決められたトルクで締める。ただそれだけの作業。思考を必要としないその単純作業は、かつてオックスフォード大学の石造りの図書館で、難解な経済思想史の古書を読み解いていた頭脳を、ゆっくりと、しかし確実に蝕んでいくようだった。


マズオは9年間、情報発信を続けてきた。


彼の主戦場は「有料メルマガ:教養としての経済思想」という、我ながら知的で高尚なタイトルをつけたプラットフォームだった。ケインズからハイエク、マルクスからシュンペーターまで。経済思想の巨星たちが織りなす壮大な知の歴史を、現代的な視点から再解釈する。その内容は、そこらのビジネス書とは一線を画す、圧倒的な質を誇っていると自負していた。


コンテンツの質さえ高ければ、読者は自然と集まってくる。そして、知的好奇心を満たされた彼らは、喜んで対価を支払ってくれるだろう。そう信じて疑わなかった。だから、研究には一切の妥協をしなかった。海外の権威ある大学が出版する有料ニュースレターをいくつも購読した。古書店でしか手に入らない高価な学術書も、借金をしてまで買い漁った。月の研究費は、気づけば600万円を超えていた。


しかし、現実は残酷だった。


9年間という歳月を費やして獲得した有料読者は、たったの3人。月の収益は、コンビニのコーヒーを数杯買えば消えてしまう3000円ぽっち。膨らみ続ける研究費は、すべて借金で賄っていた。その額は、すでに3500万円を超え、もはや個人の努力で返せる領域をとうに逸脱していた。


☆鳴り響くLINEの通知音と、遠ざかる同級生たち


「マズオ、今度結婚することになったよ。相手は、研修医時代から付き合ってた子なんだ」


スマートフォンの画面に表示されたLINEの通知。送り主は、大学時代の同級生だった男だ。彼は医師になり、今では都内の大学病院で准教授をしているという。写真には、幸せそうに微笑む彼と、美しい婚約者の姿が写っていた。


またか。マズオはため息をついた。


同級生たちは、着実に社会的な成功を収めていた。医師、会計士、大手弁護士事務所のパートナー。世界的なクラシックオーケストラの指揮者になった変わり種もいた。彼らは皆、高級マンションに住み、美しい妻を娶り、子供までもうけていた。SNSを開けば、家族旅行でハワイのビーチではしゃぐ姿や、子供の七五三を祝う写真が、嫌でも目に飛び込んでくる。


それに比べて自分はどうだ。


35歳にもなって、いまだ独身。定職にも就かず、工場のアルバイトで食いつなぐ毎日。住んでいるのは、壁の薄い木造アパートの一室。隣の部屋の住人が見るテレビの音まで、手に取るようにわかる。圧倒的な差。焦りが、まるで黒いタールのように心にまとわりつき、思考を鈍らせていく。


ストレスで、酒の量が増えた。仕事帰りにコンビニで買う安い焼酎が、唯一の慰めだった。それをあおり、酩酊状態でベッドに倒れ込む。眠りは浅く、悪夢ばかりを見た。


☆泥酔の果て、黄金の光


その夜も、マズオは泥酔していた。工場のライン作業は、いつも以上に過酷だった。指先は機械油で汚れ、体中が軋むように痛い。アパートに帰り着くなり、冷蔵庫から焼酎のペットボトルを取り出し、ラッパ飲みした。安いアルコールが喉を焼き、胃の腑に落ちていく。意識が朦朧としてきた。


どれくらい時間が経っただろうか。


ふと気づくと、マズオは真っ白な空間に立っていた。どこまでも続く、光だけの世界。現実なのか夢なのか、判断がつかない。混乱するマズオの前に、突如として黄金の光が集まり始めた。光は次第に人の形をとり、やがて、荘厳なローブをまとった老人の姿になった。


老人は、慈愛に満ちた瞳でマズオを見つめ、静かに口を開いた。


「マズオよ。よくぞここまで耐えたな」


その声は、どこか懐かしい響きを持っていた。


「あなたは…誰ですか?」マズオはかろうじて声を絞り出した。


「わしはキーツ。商売を司る神じゃ」


神? 商売? 泥酔した頭では、すぐには理解できなかった。


「お主は9年間、苦しみ続けた。だが、もう案ずることはない。わしが、お主に真の商売の知恵を授けてやろう」


キーツと名乗る神は、そう言って微笑んだ。マズオの長い、そして奇妙な夜が、始まろうとしていた。彼の人生を根底から覆す、魔法の講義の始まりだった。



第1部:神の降臨と「聖典」の解読


第一章:酔夢の中の邂逅、商売の神「キーツ」現る


☆たった一つの敗因


「マズオよ、お主の敗因はたった一つじゃ。それは、真面目すぎることじゃ」


キーツと名乗る神は、開口一番、そう断言した。その言葉は、マズオの心に鋭く突き刺さった。真面目であること。それは、これまでマズオが唯一の取り柄だと信じてきたものだったからだ。


「真面目…すぎ…る?」


「うむ。お主はコンテンツの質さえ高ければ、客は勝手に集まると信じておった。違うか?」


「そ、それは…そうです! 僕の研究内容は、世界中のどの経済学者にも負けない自信があります。質が高ければ、正当に評価され、売れるはずです!」


マズオは思わず声を荒らげた。9年間の努力を、全人格を否定されたような気がした。しかし、キーツは穏やかな表情を崩さない。


「ふむ。質、か。では聞くが、その『質』とは、一体誰が決めるものじゃ?」


「それは…もちろん、僕です。研究者である僕が…」


言いかけて、マズオは言葉に詰まった。キーツは、そんなマズオの心を見透かすように、ゆっくりと首を横に振った。


「違う。質など、買い手が決めるものじゃ。お主がどれだけ素晴らしいと思っていようと、客が価値を感じなければ、それはただの自己満足に過ぎん。お主は、『価値』というものを、根本的に勘違いしておるのじゃ」


☆聖典の啓示


価値は、買い手が決める。


その言葉は、ハンマーのようにマズオの頭を殴りつけた。考えたこともなかった。自分の研究の価値は、絶対的なものだと信じていた。その価値を理解できないのは、世間が愚かだからだとさえ思っていた。


「では…どうすれば…」


愕然とするマズオに、キーツはそっと手を差し伸べた。その手の中に、一冊の本が現れた。黒い表紙に、白い太字でタイトルが書かれている。


「The Real Anthony Fauci」



アンソニー・ファウチ。アメリカの公衆衛生の権威。コロナ禍でその名を知らぬ者はいない。しかし、なぜこの本が?


「これが、お主の人生を変える『聖典』となる。この本には、商売の、いや、人を動かすための原理原則が、全て詰まっておる。これから、この聖典を使い、お主に帝王学を授けよう」


キーツの瞳が、神々しい光を放った。


「よいか、マズオ。お主はこれから、ただの物書きではない。人の心を掴み、熱狂させ、導く者となるのじゃ。まずは、この聖典の第一頁から、共に解読していくとしよう」


キーツが指さした先、マズオの目の前に、聖典の表紙が巨大なスクリーンとなって浮かび上がった。そこに刻まれた文字の一つ一つが、黄金の輝きを放っているように見えた。


マズオは、ゴクリと唾を飲み込んだ。これが、自分の人生を変えるというのか。半信半疑ながらも、彼の心の奥底で、何かが変わろうとしている予感がした。9年間の暗闇に、一条の光が差し込んだ瞬間だった。




第2章:第一の戒律『敵を知り、英雄を定義せよ』- タイトルと表紙の魔術


☆タイトルという名の宣戦布告


「さてマズオよ、まずはこの聖典の顔、すなわち表紙から見ていくとしよう。商売において、第一印象がすべてを決めると言っても過言ではない」


キーツは厳かに告げ、巨大なスクリーンに映し出された本の表紙を指し示した。黒一色の背景に、巨大な白いゴシック体で「The Real Anthony Fauci」という文字が、見る者に威圧感を与えるほど大きく配置されている。


「見よ、このタイトルを。『The Real Anthony Fauci』。実に単純明快じゃ。ここには小難しい専門用語も、学者の自己満足的な修辞もない。ただ一言、『アンソニー・ファウチの正体』。これだけで、読み手は瞬時に理解する。『我々が知っているファウチは偽物だ』と。これはもはやタイトルではない。公衆衛生の権威に対する宣戦布告なのじゃ」


マズオは息を飲んだ。自分のメルマガのタイトル『教養としての経済思想』が、いかに退屈で、誰の心にも響かないものだったかを痛感させられた。それはまるで、大学のシラバスのようだった。誰が、金を払ってまで講義の概要を読みたいと思うだろうか。


「タイトルとは、読者が最初に目にする『約束』じゃ。この本は、あなたが知っている常識を覆し、隠された真実を暴露するという強烈な約束をしておる。だからこそ、人々は手を伸ばす。自分の知らない世界を覗いてみたい、という根源的な好奇心を刺激されてな」


☆副題が紡ぐ壮大な物語


「そして、次に重要なのが副題じゃ」とキーツは続けた。


「Bill Gates, Big Pharma, and the Global War on Democracy and Public Health」


「ビル・ゲイツ、巨大製薬会社、そして民主主義と公衆衛生に対する世界戦争」。マズオはその一文を声に出して読んでみた。まるでハリウッド映画のポスターのようだ。


「うむ。この副題が、物語のスケールを一瞬で伝える役割を担っておる。敵はファウチという個人だけではない。その背後には、あのビル・ゲイツがいる。そして、巨大な製薬会社、通称『ビッグ・ファーマ』が暗躍している。彼らが仕掛けているのは、単なる医療問題ではない。『民主主義』そのものを破壊するための『世界戦争』なのだ、と。どうじゃ? たったこれだけの言葉で、読者の脳内には壮大な陰謀の構図が描き出される」


キーツは楽しそうに解説する。「これは『悪の帝国』の作り方の基本じゃ。まず、誰もが知る『悪役』をキャスティングする。この本では、コロナ禍でメディアに頻繁に登場したファウチ博士と、世界一の富豪でありワクチン推進者であるビル・ゲイツじゃな。次に、彼らが所属する巨大で顔の見えない組織、『ビッグ・ファーマ』を配置する。個人と巨大組織を並べることで、悪のネットワークが全世界に張り巡らされているかのような印象を与えることができる」


「そして極めつけは、『民主主義への戦争』という言葉じゃ。これは、読者を単なる傍観者から『当事者』へと引きずり込む魔法の言葉じゃ。この本を読むことは、もはや知的好奇心を満たす行為ではない。自らの自由と権利を守るための『戦い』の一部となるのじゃ。読者は、本を買うことで、この正義の戦いに参加しているような高揚感を得ることができる。これが、『物語』を売るということの神髄じゃ」


☆著者を英雄に仕立て上げる権威の刻印


「そして最後に、著者の名前を見よ」


「Robert F. Kennedy Jr.」


ケネディ。アメリカでその名を知らない者はいない。悲劇の英雄、ジョン・F・ケネディ大統領の甥。その名前自体が、権力に立ち向かう反骨の象徴として響く。


「ケネディという名前は、それ自体が強力なブランドじゃ。だが、それだけでは足りん。その下に、小さくだが、しかしはっきりとこう刻まれておる。『NEW YORK TIMES BESTSELLING AUTHOR』と」


キーツはニヤリと笑った。「ニューヨーク・タイムズのベストセラー作家。これは、現代における最強の権威の刻印じゃ。たとえその内容がどれだけ突飛であろうと、この一言があるだけで、『これはただのトンデモ本ではない、社会的に認められた価値のある本なのだ』というお墨付きになる。著者は、単なる告発者ではない。ケネディ家の血を引き、ベストセラー作家でもある『英雄』として、読者の前に現れるのじゃ」


「タイトルで敵を定義し、副題で壮大な物語を提示し、そして著者名で英雄を召喚する。この表紙一枚に、これだけの計算が隠されておる。マズオよ、お主の『教養としての経済思想』には、この中のどれか一つでもあったかの?」


マズオは力なく首を振った。自分のメルマガの紹介文には、ただ淡々と、扱う思想家の名前と歴史的背景が羅列されているだけだった。そこには敵も、英雄も、そして物語も存在しなかった。


「では、実践の時間じゃ」とキーツは言った。「お主のメルマガのタイトルを、今ここで変えてみるのじゃ。この聖典に倣ってな」


マズオはしばらく考え込んだ。そして、おずおずと口を開いた。


「…『ダボス会議の黒い手帖:世界経済を操るグローバリストの正体』…では、どうでしょうか」


その瞬間、キーツは満足そうに頷いた。


「上出来じゃ。実に上出来じゃ。ダボス会議という『敵の巣窟』を名指しし、『黒い手帖』という秘密の暴露を匂わせる。『グローバリストの正体』という言葉で、読者を陰謀の探求者へと誘う。素晴らしい。お主には才能がある」


マズオは、自分の口から出たそのタイトルに、自分で少し興奮しているのを感じた。それはもはや、ただの学術的なメルマガではなかった。世界を裏で操る巨大な悪に立ち向かう、スリリングな冒険の始まりを告げる狼煙のように思えた。9年間、誰にも見向きもされなかった自分の言葉が、初めて力を持ったような気がした。





第3章:第二の戒律『権威の軍団を組織せよ』- 推薦文という名の社会的証明


☆称賛の声という名の城壁


「ふむ、タイトルと表紙という『顔』は整った。だが、それだけではまだ城は裸同然じゃ。次に築くべきは、敵の攻撃を寄せ付けぬ強固な『城壁』。それが、この聖典の最初のページにずらりと並んでおる」


キーツはそう言って、本の見開きページを映し出した。そこには、様々な人物からの賞賛の言葉、いわゆる「推薦文」がびっしりと並んでいた。


「本を開いて一頁目、物語が始まる前に読者が目にするものは何か。それは“称賛の声”じゃ。これは、これから始まる物語が、いかに価値があり、信頼に足るものであるかを証明するための儀式なのじゃ」


マズオはそこに並んだ名前を見て、目を見張った。リュック・モンタニエ、ノーベル賞受賞者。タッカー・カールソン、アメリカで最も影響力のあるニュースキャスターの一人。トニー・ロビンス、世界的な自己啓発の権威。


「すごい…そうそうたるメンバーですね」


「うむ。だが、重要なのは個々の名前の偉大さだけではない。その『多様性』こそが、この城壁を難攻不落にしておるのじゃ」


☆思想を超えた推薦者の布陣


キーツは、推薦者たちの顔ぶれを指し示しながら解説を始めた。


「見よ、リュック・モンタニエは科学界の頂点、ノーベル賞学者じゃ。彼の言葉は、この本に『科学的権威』を与える。次にタッカー・カールソン。彼は保守派の論客として絶大な人気を誇る。彼の推薦は、政治的な右派の読者を惹きつける強力な磁石となる」


「そして、トニー・ロビンス。彼はビジネスや自己実現に関心のある層に響く。彼の言葉は、この本が単なる政治的主張や科学的論争ではなく、『人生をより良く生きるための知恵』でもあるかのような印象を与えるのじゃ。科学、政治、自己啓発。思想的に全く異なる世界の王たちが、この本のために集結しておる。これを見た読者はどう思うか?」


「…敵味方関係なく、すごい本なんだな、と…」


「その通りじゃ。読者は、『自分の思想的立場に関係なく、この本には何か重要なことが書かれているに違いない』と考える。こうして、イデオロギーの壁を越えて、幅広い層の読者を城内に引き入れることができる。お主のメルマガを推薦してくれるのは、せいぜい大学の同僚くらいじゃろう。それでは、学問という狭い村から一歩も外には出られんぞ」


☆反対者をも取り込む高等戦術


キーツは、ページの中でも特に異彩を放つ推薦文を指し示した。著名な法学者、アラン・ダーショヴィッツの言葉だった。


「“ボビー・ケネディと私は、コビドやワクチンをめぐる現在の議論の多くの側面について、意見が異なることで有名だ。ファウチ博士についても意見が合わない。しかし、私はボビーの話を読んだり聞いたりするとき、いつも学ぶことがある。だから、この本を読んで、その結論に挑戦してみてほしい”」


マズオは唸った。「意見が違う、と言い切っていますね。なのに、推薦している…」


「これぞ最強の推薦文じゃ」とキーツは目を細めた。「ダーショヴィッツは、著者と意見が対立する立場であることをまず明確にする。これにより、彼は公平な第三者であるという信頼性を獲得する。その上で、『しかし、それでも学ぶことがある』と続ける。これ以上に強力な説得があるか? 全面的に賛同する者の言葉よりも、意見の違うライバルの言葉の方が、はるかに重みを持つものなのじゃ」


「さらに、『その結論に挑戦してみてほしい』という締め方も見事じゃ。これは、読者の知的好奇心と挑戦心を煽る。この本を読むことは、単なる受動的な読書ではない。ダーショヴィッツのような知の巨人と共に、思考の冒険に参加するような感覚を読者に与える。反対意見の者すら『一読の価値あり』と言わしめる本。そう思わせることができれば、勝利は目前じゃ」


☆読者の不安という逃げ道を塞ぐ


「そしてもう一つ」とキーツは、別の推薦者の言葉を指した。自己防衛の専門家、ギャヴィン・デ・ベッカーの言葉だった。


「“この本にある新しい情報を受け入れるも拒絶するも、あなたの自由だ。だが、少なくとも聞いてみてほしい”」


「これもまた、巧みじゃな」とキーツは言う。「読者の中には、陰謀論めいた話に警戒心を抱く者も少なくない。この一文は、そんな読者の不安を先回りして取り除いてやるのじゃ。『すべてを信じろとは言わない。ただ、聞いてみるだけでいい』と。これは、読者に判断の自由を与えているように見せかけながら、実際には『本を読む』という行動へのハードルを極限まで下げておる」


「高圧的に『信じろ』と言われれば、人は反発する。だが、『聞くだけでいい』と言われれば、『まあ、それくらいなら…』となるのが人間心理じゃ。一度本を開かせ、物語の世界に引き込んでしまえば、あとはこちらのもの。彼らは自らの意思で、城壁の内側へと足を踏み入れることになる」


☆マズオの実践と新たな野望


キーツの講義は、マズオの脳髄を揺さぶり続けた。推薦文とは、ただ著名人に褒めてもらうことではなかった。それは、思想も立場も異なる様々な人間を巻き込み、巨大な社会的証明の渦を作り出す、高度な戦略だったのだ。


「さて、マズオよ。お主も『権威の軍団』を組織するのじゃ。お主の新しいメルマガ、『ダボス会議の黒い手帖』を推薦してくれる者を探し出すのじゃ」


マズオは考えた。自分の知り合いに、ノーベル賞学者や人気司会者などいるはずもない。


「キーツ様、僕にはそんな人脈は…」


「頭を使え、マズオよ」とキーツは諭した。「なにも、最初から頂点を狙う必要はない。お主の敵は誰じゃ? 主流の経済学者たちじゃろう。ならば、その主流派を批判している者は誰じゃ? SNSには、『アンチ経済学者』を名乗るインフルエンサーがおるはずじゃ。まずは彼らに接触し、献本するのじゃ。『あなたの活動に感銘を受けました。私のメルマガで、あなたの思想をさらに広める手助けがしたい』と甘い言葉を囁いてな」


「あるいは、全く違う世界の権威を借りてくるのも手じゃ。例えば、スピリチュアルの世界。経済とスピリチュアル。一見、何の関係もなさそうじゃな。だが、『世界の富の不均衡は、宇宙のエネルギーの乱れが原因です』などと結びつければどうじゃ? スピリチュアル指導者に、『このメルマガは、魂の解放のための経済学を説いている』と推薦してもらえれば、全く新しい層の読者を獲得できるやもしれん」


マズオの目に、新たな野望の光が灯った。そうだ、学問の世界で認められる必要などない。自分だけの「権威の軍団」を作り上げればいいのだ。彼は早速、スマートフォンの連絡先リストを開き、数年前に一度だけ会ったことのある、少しうさんくさい自己啓発セミナーの講師にメッセージを送り始めた。その指先は、もはや工場のライン作業で震える無力な指ではなかった。これから始まる、壮大な物語の脚本家の指だった。




第4章:第三の戒律『物語を単純化し、感情に火をつけよ』- 導入部で読者の心を掴む技術


☆理屈ではなく感情に訴えかけろ


「城の顔を整え、城壁を築いた。いよいよ城内へと客を招き入れる時じゃな。マズオよ、聖典の序文、『INTRODUCTION』を読むがよい。ここには、読者の理性を眠らせ、感情を揺さぶるための全ての仕掛けが施されておる」


キーツの声に促され、マズオはスクリーンに映し出された序文に目を走らせた。その冒頭に引用されていたのは、ハーバード・メディカルスクールのジョン・エイブラムソン医師の言葉だった。


「“現代の医学研究の第一の目的が、アメリカ人の健康を最も効果的かつ効率的に改善することだという幻想は捨て去るべきだ。我々の意見では、商業的に資金提供された臨床研究の第一の目的は、健康ではなく、投資に対する金銭的リターンを最大化することである”」


「どうじゃ、マズオ」とキーツは問いかける。「この一文を読んで、何を感じる?」


「…医学界への強い不信感と、怒りです。人の健康よりも金儲けを優先しているのか、と」


「その通りじゃ。この引用は、読者の理性にではなく、まず『怒り』という感情に直接火をつけるためのものじゃ。学術書であれば、まず定義から入り、客観的なデータを提示し、論理的に結論を導き出すであろう。だが、大衆を動かす物語はそうではない。最初に感情を掴むのじゃ。怒り、恐怖、義憤。そういった強い感情こそが、人々を物語に引き込む最も強力なエンジンとなる」


☆正義の告発者というポジション取り


「そして、著者はこう続ける。『私はこの本を、アメリカ人、そして世界中の市民が、2020年に始まった当惑させる大変動の歴史的背景を理解する手助けとなるように書いた』と」


キーツは著者の語り口に注目させた。


「彼は、自分が特別な人間であることを、巧みに読者に刷り込んでいく。まず、『私は生涯の民主党員であり、私の家族は80年もの間、アメリカの公衆衛生官僚機構と深く関わってきた』と語る。これは何を意味するかわかるか?」


「…自分は部外者ではなく、内部の人間だということですか?」


「うむ。それもただの内部の人間ではない。民主党ケネディ家の一員として、本来であれば体制側の人間であるはずの自分が、義憤に駆られて内部告発に踏み切った、という『正義の告発者』のポジションを確立しておるのじゃ。彼は敵の陣営から寝返った英雄であり、その言葉には、単なる批評家とは比較にならぬ重みと信憑性が生まれる」


「さらに、『私は40年間、環境と公衆衛生の擁護者として活動してきた』と続ける。これにより、彼の告発が個人的な怨恨や金儲けのためではないことを示唆する。彼の動機は、あくまでも公衆の利益を守るためである、という高潔なイメージを植え付ける。読者は、この英雄的な語り手に感情移入し、彼の言葉を無条件に信じ始めるのじゃ」


☆数字の魔力(1):危機感を煽る具体的なデータ


「そして、物語は具体的な数字をもって、読者の不安を煽り始める」


キーツは、序文に散りばめられた数字を指し示した。


「1984年にファウチがNIAIDのトップになって以降に生まれた子供たちの54%が、慢性疾患に苦しんでいる。彼が就任した当時、その割合はわずか12.8%だった、と。どうじゃ? 非常に具体的で、衝撃的な数字じゃろう」


「はい…これほど増えているとは驚きです」


「この数字の真偽は、この際どうでもよい」とキーツは言い放った。「重要なのは、この数字が読者に与える『印象』じゃ。曖昧に『病気の子供が増えた』と言うよりも、『54%』という具体的な数字を示すことで、危機感は飛躍的に高まる。読者は『自分の子供も、孫も、その54%に含まれるかもしれない』という恐怖を感じる。そして、その恐怖の原因は、アンソニー・ファウチという一人の男にあるのだと、物語は明確に指し示す」


☆「富の移動」という禁断の果実への嫉妬


「物語はさらに、もう一つの強力な感情を刺激する。それは『嫉妬』じゃ」


キーツは、ロックダウンによって起きたとされる富の移動に関する記述を指した。


「“2020年、労働者は3.7兆ドルを失い、億万長者は3.9兆ドルを得た”。どうじゃ、この対比は? まるで天秤のように、庶民の富が吸い上げられ、富裕層の懐へと注ぎ込まれていく光景が目に浮かぶようじゃろう」


「庶民が苦しんでいる間に、一部の人間だけが不当に儲けている。この構図は、古来より大衆の怒りを買う最も古典的で、最も効果的な物語の型じゃ。読者は、自分の経済的な苦境の原因が、自分自身の努力不足などではなく、ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグといった『強欲な億万長者』たちの陰謀にあるのだと知る。これは、ある種の救いじゃ。自分の不幸を他人のせいにできるという、甘美な誘惑なのじゃよ」


☆マズオの実践:物語の再構築


「さあ、マズオよ。お主も自分の物語を再構築する時じゃ」


キーツの言葉に、マズオは自分のメルマガの書き出しを思い浮かべた。そこには、アダム・スミスの生涯と『国富論』の歴史的意義について、学術的な正確さを期した、退屈な文章が並んでいるだけだった。


「お主の複雑な経済思想史など、誰も興味はない。読者が知りたいのは、自分たちの人生に直接関わる物語じゃ。例えば、こう始めるのじゃ。『あなたの給料が20年間上がらないのは、偶然ではありません。それは、ダボスに集うエリートたちが仕組んだ、壮大な計画の一部なのです』と」


マズオの脳裏に、電撃が走った。そうだ、読者は思想史の知識を求めているのではない。彼らが抱える将来への不安、経済的な苦境、そして社会への不満。それらの感情に対する「答え」を求めているのだ。


「複雑な理論は捨てよ」キーツの声が響く。「物語を単純化し、感情に火をつけるのじゃ。『あなたの貧困は、彼らの“計画”の一部です』。その一文から、お主の新しい物語を紡ぎ始めるのじゃ。そうすれば、読者は渇いた喉で水を求めるように、お主の言葉をむさぼり読むようになるであろう」


マズオは、ノートパソコンを開いた。そして、9年間書き溜めてきたメルマガの原稿を、すべて削除した。真っ白な画面に、彼は新しいタイトルを打ち込む。


『ダボス会議の黒い手帖:第1章 あなたの貧困は、計画されている』


彼の指は、まるで何かに憑かれたように、鍵盤の上を踊り始めた。もう、迷いはなかった。




第2部:信者を生み出すコンテンツの型


第5章:第四の戒律『データを武器として使え』- チャートと表が持つ視覚的説得力


☆一目でわかる「真実」の作り方


「マズオよ、感情の火種は撒かれた。次はその火を燃え上がらせるための『薪』が必要じゃ。それが、データという名の武器なのじゃ」


キーツは聖典の29ページをスクリーンに映し出した。そこには「Anthony Fauci's Report Card」と題されたシンプルな表が掲載されていた。各国のコロナウイルスによる人口100万人あたりの死亡者数が、上から多い順に並べられている。


「この表を見よ。どうじゃ? 一目瞭然じゃろう」


マズオは表に釘付けになった。一番上に君臨するのは「United States 2,107 deaths/1,000,000」。そして、ずっと下の方に「China 3 deaths/1,000,000」「Tanzania 0.86 deaths/1,000,000」という数字が並んでいる。


「アメリカが…ダントツで最悪じゃないですか。それに比べて中国やタンザニアは、ほとんど死者が出ていない…」


「その通りじゃ。文章で『ファウチの政策は失敗だった』と100回書くよりも、この一つの表を見せる方が、はるかに強力な説得力を持つ。人間は視覚的な情報に弱い生き物じゃ。複雑な文章を読むよりも、単純なグラフや表を見る方が、脳は楽に『理解した』と錯覚する。これは、反論の余地なき『事実』として、読者の脳に刻み込まれるのじゃ」


☆比較対象が生み出す幻想


「だがマズオよ、よく見てみよ。この比較には、巧妙な仕掛けが施されておる」とキーツは指摘した。


「なぜ、アメリカの比較対象が、スウェーデンやドイツといった西側諸国だけでなく、イラン、キューバ、ジャマイカ、そして中国やタンザニアなのか? 普通に考えれば、医療水準や生活様式が近い国と比較するのが筋じゃろう」


「それは…なぜでしょう?」


「答えは単純じゃ。読者に『アメリカは世界で最も悲惨だ』と印象付けるためじゃ。もし比較対象が、アメリカ以上に被害の大きかったブラジルやペルーだったらどうじゃ? アメリカの悲惨さは薄れてしまうじゃろう。逆に、驚異的なほど被害を抑え込んだ中国やアフリカ諸国を並べることで、『ファウチの無策がいかに酷いか』、そして『我々が知らない何か別の有効な対策が存在するのではないか』という疑念を、読者の心に植え付けることができる」


「データの見せ方とは、すなわち比較対象の選び方じゃ。都合の良いデータだけを切り取り、自分たちの物語に有利なように並べ替える。これは、学問の世界では禁じ手かもしれんが、大衆を動かすプロパガンダの世界では、基本中の基本なのじゃ」


☆専門用語という権威の鎧


「そして、読者に提示するデータには、必ず『権威の鎧』を着せることを忘れてはならん」


キーツは、聖典の中に頻出する言葉を指し示した。「査読済み論文(Peer-reviewed)」「科学的コンセンサス(scientific consensus)」「メタ分析(meta-analysis)」。


「これらの言葉は、それ自体が魔力を持つ。一般の読者は、その正確な意味など理解しておらん。だが、『何やら専門的で、信頼できそうだ』という印象だけは強く残る。たとえ、その論文が三流雑誌に掲載されたものであろうと、結論ありきで書かれたものであろうと、『査読済み』という一言を添えるだけで、途端に神々しい輝きを放ち始める」


「お主もメルマガを書くときは、これらの言葉を惜しみなく散りばめるのじゃ。誰も読まないであろう膨大な脚注と引用リストを巻末に添付することも忘れるな。そのリストが長ければ長いほど、お主の言葉は信頼性を増す。中身を読む者など、ほとんどおらんのだからな」


☆マズオの実践:世界格差チャートの誕生


マズオは、キーツの教えに深く感銘を受けた。データとは、客観的な事実の提示ではなかった。それは、自らの物語を補強し、敵を攻撃するための、極めて主観的で戦略的な武器だったのだ。


彼は早速、新しいチャートの作成に取り掛かった。テーマは「世界の経済格差」。横軸にG7諸国の平均所得の推移を、そして縦軸には、国民一人当たりの所得を並べる。もちろん、アメリカや日本の停滞ぶりを際立たせるために、比較対象として経済成長著しいBRICs諸国や、東南アジアの国々を選ぶ。


「これだけでは、まだ弱いな…」


マズオは考えた。そして、キーツの教えを思い出した。「感情に火をつけろ」。


そうだ、と彼は閃いた。チャートの右端に、もう一つ、全く別のデータを加えてみよう。それは、各国の「国民幸福度調査」のランキングだった。所得が高いはずのアメリカや日本が、ブータンやコスタリカといった国々よりも遥かに低い順位に甘んじている。


チャートのタイトルはこうだ。「失われた30年と幸福の喪失:グローバリストが奪ったもの」。


この一枚のチャートが、複雑な経済問題を、いかに単純で、感情的な物語へと昇華させるか。マズオは、その効果を想像して、思わず笑みを漏らした。このチャートをメルマガの冒頭に掲載すれば、読者は間違いなく引き込まれるだろう。「我々は、金だけでなく、幸福まで奪われていたのか!」と。


彼の武器庫に、また一つ、強力な兵器が加わった瞬間だった。






第6章:第五の戒律『汝だけの言葉を創造せよ』- 専門用語による共同体の構築


☆信者だけが理解できる「合言葉」


「マズオよ、物語の骨格はできた。武器も手に入れた。だが、お主の軍団はまだ烏合の衆に過ぎん。彼らを真の信徒へと変えるには、共通の言語、すなわち『合言葉』が必要じゃ」


キーツは聖典のページをめくりながら、特定の単語を指し示した。その言葉は、通常のニュース記事ではめったに見かけないものばかりだった。


「“Pharma Profits”(製薬会社の利益)、“Agency Capture”(規制機関の虜囚化)、“Medical Tyranny”(医療独裁)。これらは単なる言葉ではない。信者だけがその真の意味を理解できる、特別な合言葉なのじゃ」


マズオは、それらの言葉が持つ独特の響きに気づいた。それは告発であり、断罪であり、そして秘密の知識を共有する者同士の符牒のようでもあった。


「普通の人間は『製薬会社の利益』と聞いても、ただの経済ニュースだと思うじゃろう。だが、この聖典の読者は違う。彼らはその言葉の裏に、人々の健康を犠牲にして私腹を肥やす、巨大な悪の陰謀を読み取る。合言葉は、同じ世界観を共有する者たちの間に、強固な絆を生み出すのじゃ」


☆ラベリングによる敵の無力化


「言葉の力は、味方を結束させるだけではない。敵を無力化するための最強の武器にもなる」とキーツは語気を強めた。


「この本の中で、自分たちに反対する者たちは何と呼ばれておるか? 『ファクトチェッカー』『主流メディア』じゃ。どうじゃ? この言葉を聞いただけで、何やら胡散臭い、権力に媚びへつらう者たちの姿が目に浮かばんか?」


「…確かに。真実を探求するというよりは、何かを隠蔽しているような印象を受けます」


「それがラベリングの力じゃ。相手の主張にいちいち反論する必要はない。ただ、『お前は主流メディアの手先だ』というレッテルを貼ってやればよい。それだけで、相手の言葉は信頼性を失い、読者の耳には届かなくなる。逆に、自分たちの仲間は『真実の探求者』『独立系ジャーナリスト』と呼ぶ。言葉の印象操作によって、戦う前から勝敗は決してしまっておるのじゃ」


「これは、お主の戦いにおいても極めて有効じゃ。お主を批判する経済学者が現れたら、こう言ってやればよい。『彼は、ダボス会議から資金提供を受けている御用学者だ』と。証拠などなくとも構わん。一度貼られたレッテルは、そう簡単には剥がれないものよ」


☆新しい概念の創造と「賢者の錯覚」


「さらに上級者になると、自ら新しい言葉を創造し始める」


キーツは楽しそうに続けた。「『ワクチンカクテル』『医療独裁』『グレートリセット』。これらの言葉は、この聖典とその仲間たちが広めた、新しい概念じゃ」


「新しい言葉は、人々に新しい視点を与える。これまでぼんやりとしか感じていなかった社会への不満や不安に、具体的な名前が与えられる。すると、人々は『ああ、そうだったのか!』と膝を打ち、自分が世界の真理を理解したかのような錯覚に陥る。これを『賢者の錯覚』と呼ぶ」


「難解な事象にシンプルな名前を与えることで、読者は自分が賢くなったと感じる。そして、その知恵を授けてくれたお主を、指導者として崇め始める。彼らは、お主が創造した言葉を使い、まだ目覚めぬ友人や家族を啓蒙しようと試みるじゃろう。こうして、お主の思想は、口コミによってウイルスのように広がっていくのじゃ」


☆マズオの実践:『プロメテウス通信』の誕生


マズオは、自分のメルマガの新しい名前を考えていた。『ダボス会議の黒い手帖』は悪くない。だが、キーツの教えを受け、さらに強力な名前に昇華させたいと思った。


そうだ、と彼は思いついた。人類に火を与えた神、プロメテウス。彼は権力に逆らい、人々に知恵を授けた英雄だ。


『プロメテウス通信』。


その名前は、自分のメルマガが単なる情報ではなく、人類を闇から解放するための「知恵の火」であることを象徴していた。彼は早速、メルマガの中で新しい言葉を使い始めた。


「皆さんが苦しんでいるのは、単なる不景気ではありません。それは、一部のエリートによって仕組まれた『経済的奴隷マトリックス』なのです」


「彼らが計画している『デジタル円による家畜化計画』の真実を、あなただけにお伝えします」


「『グレートリセット』の先に待つのは、自由なき監視社会です。しかし、我々にはまだ希望があります」


これらの新しい「合言葉」は、読者の間に爆発的に広まった。コメント欄は、「マズオ先生、いつも真実をありがとうございます!」「これで目が覚めました!」「私も光の戦士として戦います!」といった熱狂的な言葉で埋め尽くされた。彼らは、マズオが作った言葉を使うことで一体感を深め、選ばれた知識を持つ者としての優越感に浸っていた。


マズオは、もはや単なる経済思想史の研究者ではなかった。彼は、信者たちに言葉を与え、世界を定義する、新たな教祖となっていた。かつて3人しかいなかった読者は、わずか数ヶ月で数千人に膨れ上がっていた。しかし、これはまだ序章に過ぎないことを、マズオ自身も、そして神キーツも知っていた。






第7章:第六の戒律『救済を売れ、情報を売るな』- コンテンツから商品への飛躍


☆不安という名の"商品棚"


「マズオよ、信者は集まった。熱狂も生まれた。だが、お主の懐はまだ寂しいままじゃな。それはなぜか。お主がまだ『情報』を売ろうとしておるからじゃ」


キーツの言葉は、順調に読者を増やしていたマズオの自信に、冷や水を浴びせた。


「情報…ではないのですか? 僕は、彼らが知らない貴重な情報を提供していますが」


「愚か者め」とキーツは一喝した。「読者が本当に求めているのは、情報ではない。彼らが金を払うのは、自らが抱える『不安』からの“救済”に対してじゃ。お主のメルマガは、読者の不安を煽るだけ煽っておいて、その解決策を提示しておらん。それは、客を商品棚の前に連れてきておきながら、何も売らずに帰すようなものじゃ」


「救済…ですか?」


「うむ。お主はこれまで、『世界は闇の勢力に支配されている』という強烈な不安を読者に植え付けてきた。それは見事な手腕じゃ。だが、その不安を取り除き、『あなただけは大丈夫だ』という安心感、すなわち救済を与えてやらねば、本当の意味での信者とはならんし、大きな金にもならん。恐怖を煽り、解決策を提示する。これぞ、商売におけるマッチポンプの基本構造じゃ」


☆物語を纏う物理的な"お守り"


キーツは、虚空から一つのネックレスを取り出した。それは、奇妙な幾何学模様が刻まれた、鈍い銀色の金属でできていた。


「例えば、こういうものじゃ」


「これは…何ですか?」


「ただの金属の塊じゃ。だが、もしわしがこれを『闇の政府が放つ思考盗聴電波から、あなたの脳を守る量子バリアネックレス』だと説明したらどうじゃ?」


マズオは、その突拍子もない言葉に一瞬戸惑った。しかし、すぐにその意図を理解した。


「…喉から手が出るほど欲しくなる信者もいるでしょうね」


「その通りじゃ」とキーツは頷いた。「価値の源泉は、モノそのものにあるのではない。そのモノが纏う『物語』にあるのじゃ。人々は、金属の塊が欲しいのではない。政府の監視から逃れ、選ばれた人間であるという特別な感覚、すなわち『安心』と『優越感』が欲しいのじゃ。機能ではなく、ストーリーを売る。これこそが、高付加価値ビジネスの極意じゃ」


「情報という無形のものから、ネックレスという物理的な商品へ。この飛躍こそが、お主を次のステージへと導く鍵となる。信者たちは、お主の言葉を身にまとうことで、お主との一体感をさらに深め、より強固な信仰を抱くようになる。それは、彼らにとっての『お守り』なのじゃ」


☆価格が価値を創造する


「ですが、キーツ様。こんなもの、一体いくらで売れば…」


「お主なら、いくらの値を付ける?」


マズオは考えた。原価は、せいぜい数千円だろう。少し色をつけて、3万円くらいか。いや、物語の価値を考えれば10万円でも…。


「甘い!」とキーツは再び一喝した。「お主はまだ、貧乏人の発想から抜け出せておらん。よいか、価格とは、売り手が決めるものではない。買い手が『これくらいの価値がある』と納得する水準で決まるものじゃ。そして、その価値認識を操作するのが、我々の仕事じゃ」


「このネックレスは、ただのアクセサリーではない。闇の政府の支配から逃れるための、唯一無二の盾じゃ。その価値は、命の値段と同等か、それ以上かもしれん。ならば、価格は安くてはならん。むしろ、高ければ高いほどよい。なぜなら、価格そのものが『価値の証明』となるからじゃ」


キーツは、挑戦的な笑みを浮かべた。


「700万円じゃ。一個700万円で売るのじゃ」


「ななひゃくまんえん!?」


マズオは素っ頓狂な声を上げた。工場のアルバイトの年収の2倍以上の金額だ。


「そうだ。700万円。この価格は、二つの効果を生む。一つは、フィルタリングじゃ。この価格を払える者、あるいは、借金をしてでも払おうとする者だけが、真の熱狂的な信者であるという証になる。そしてもう一つは、所有者に強烈な優越感を与える。『私は、700万円の価値がわかる、選ばれた人間なのだ』と。彼らは、その価値を守るために、お主の熱心な宣伝マンとなるじゃろう。人は、自分が大金を払ったものが、価値のないガラクタだとは認めたくない生き物だからな」


☆マズオの実践と狂乱の始まり


キーツの講義を終えたマズオは、すぐに行動に移した。まず、無料の動画チャンネルを開設した。そこで彼は、メルマガで展開してきた「来るべき金融崩壊」と「デジタル円による家畜化計画」の恐怖を、さらに扇情的に、視覚的な資料を多用して語った。動画の最後には、必ずこう締めくくった。


「しかし、希望はあります。真実を知り、備える者だけが、この嵐を乗り越えることができるのです。そのための具体的な方法は、私の有料メルマガ『プロメテウス通信』でお伝えしています」


メルマガの読者は、爆発的に増えた。そして、読者が十分に「教育」された頃合いを見計らって、彼は自身のECサイトを立ち上げた。そこで、満を持して発表したのが、防御ネックレス「量子バリア」だった。


価格は、キーツの言った通り、700万円。


サイトには、ネックレスの神秘的なデザインと共に、こう書かれていた。「これは、単なる装飾品ではありません。これは、あなたの思考と資産を、目に見えぬ脅威から守るための盾です。量子テクノロジーと古代の叡智を融合させたこのバリアは、選ばれし光の戦士のみに、その力を与えるでしょう。限定生産100個」


マズオ自身、さすがに売れるかどうか半信半疑だった。しかし、発売開始からわずか10分後。サイトの管理画面には、「完売」の文字が踊っていた。


7億円。


9年間で3000円しか稼げなかった男が、たった10分で、7億円を稼ぎ出した。工場のアルバイトで稼ぐには、200年以上かかる金額だ。


マズオのアパートの電話が、鳴り止まなかった。「ネックレスを再販してくれ!」「いくらでも払う!」という信者たちからの、狂乱の叫びだった。マズオは、震える手で受話器を置いた。世界が、昨日までとは全く違って見えた。これは、ビジネスではない。もはや、宗教だ。そして自分は、その教祖なのだ。






第3部:帝国への道


第8章:第七の戒律『神殿を建て、信者を集え』- コミュニティという名の最強ビジネスモデル


☆個から集団への昇華


「マズオよ、巨万の富を手にした気分はどうじゃ?」


キーツの声が、札束の山に埋もれて呆然としていたマズオの意識を引き戻した。7億円という現金の重みは、彼の価値観を根底から揺さぶっていた。


「信じられません…まるで夢のようです」


「うむ。だが、これはまだ夢の入り口に過ぎん」とキーツは言った。「お主は確かに金を得た。だが、お主の信者たちは、まだ個々の点に過ぎん。点を線で結び、面とし、立体的な構造物へと昇華させるのじゃ。すなわち、お主だけの『神殿』を築く時が来た」


「神殿…ですか?」


「コミュニティのことじゃ。個々の信者では力は弱い。だが、彼らを組織化し、共通の目的を持つ集団へと変えることができれば、その力は単なる足し算ではなく、掛け算となって増大していく。それは、金では買えぬ最強の資産となる」


☆秘密と排他性が生む熱狂


キーツは、新たなビジネスモデルの設計図をマズオに示した。


「秘密結社『スターシード・ソサイエティ』を設立するのじゃ」


その名前を聞いただけで、マズオの胸は高鳴った。スターシード、星の種。自分たちは地球の常識に縛られない、特別な存在なのだという響きがあった。


「なぜ人は『秘密』に惹かれるか、わかるか? それは、自分だけが特別な情報を知っているという優越感と、共同体への帰属欲求を満たすからじゃ。そして、『排他性』も重要じゃ。誰でも入れる場所には、価値は生まれん。『選ばれた者』だけが入れるという高い壁を作ることで、内部の結束は強まり、外部の者は憧れを抱くようになる」


「年会費は1億円じゃ」とキーツはこともなげに言った。


「いち…億円!?」マズオは再び叫んだ。「700万円のネックレスですら驚いたのに…」


「価格は、価値の宣言じゃ」とキーツは繰り返した。「年会費1億円は、この結社が、その金額を払うに値する特別な場所であることを世に示すためのもの。そして、その大金を払ったメンバーは、自らの選択を正当化するためにも、より熱心な信者となる。高い授業料を払った講義ほど、真剣に聞くじゃろう? それと同じことじゃ」


☆共通の敵がもたらす強固な結束


「そして、コミュニティを永続させるために不可欠なのが、『共通の敵』じゃ」


キーツは、マズオがメルマガで描き出してきた「ダボス会議」や「グローバリスト」を指した。


「彼ら『闇の勢力』の存在こそが、お主のコミュニティを結束させるための接着剤となる。メンバーは、ただ集うのではない。『闇と戦う光の戦士』として、共通の目的のために集結するのじゃ。定期的に敵の新たな陰謀を“暴露”し、危機感を煽り続けることを忘れるな。平和な時には、軍隊は団結できんからのう」


☆マズオの実践:光の戦士たちの誕生


マズオは、秘密結社「スターシード・ソサイエティ」の設立を宣言した。入会資格は、厳しい審査を通過した者のみ。年会費はもちろん1億円。


発表と同時に、申し込みが殺到した。700万円のネックレスを買った富裕層の信者たちが、我先にと入会を希望したのだ。マズオはあえて入会審査を厳格にし、「残念ながら、今回はご縁がありませんでした」という不合格通知を多数送った。これにより、結社の価値はさらに高まり、入会できたメンバーは、選ばれたエリートとしての誇りを胸に刻んだ。


結社の内部では、マズオは教祖として君臨した。彼は毎週、メンバー限定のオンラインセミナーを開催し、「闇の勢力」の最新動向と、それに対抗するための「宇宙の法則」を説いた。メンバーたちは、「我々はマズオ先生に導かれる光の戦士だ」「この世界を救うという使命を帯びている」と語り合い、強固な連帯感で結ばれていった。


彼らは、もはや単なるメルマガの読者ではなかった。彼らは、マズオという神を頂点とする、強固な信仰共同体の信徒となっていた。8000人ものメンバーが集まり、マズオは年間8000億円もの安定した収益を得る巨大な帝国の礎を築き上げた。もはや、工場のライン作業に戻る必要など、どこにもなかった。彼は、自らが作り出した神殿の玉座から、世界を見下ろしていた。






第9章:第八の戒律『現実世界に影響を及ぼせ』- 政治と金、究極の権力掌握術


☆熱狂を権力へと変換する


「神殿は完成し、忠実なる信徒も集った。マズオよ、次の段階に進む時が来た」


キーツは、スターシード・ソサイエティのメンバーリストが映し出されたスクリーンを見つめながら言った。そこには、企業の経営者や投資家、地方の名士など、社会的影響力を持つ人物の名前がいくつも並んでいた。


「信者の熱狂は、それ自体が莫大なエネルギーじゃ。だが、それは神殿の中に留めておくだけでは宝の持ち腐れ。そのエネルギーを現実世界へと解き放ち、 目に見える『権力』へと変換するのじゃ」


「権力…ですか? 政治の世界に乗り出すと?」


「直接的である必要はない」とキーツは首を振った。「お主のような存在は、影から操る方がはるかに大きな力を発揮できる。お主が築いたのは、単なる金持ちの集まりではない。共通の思想と危機感を共有する、強固な支持基盤なのじゃ」


☆「大義」という名の究極の集金装置


キーツは、新たな組織の設立をマズオに提案した。


「特殊工作員部隊『パランティア・ネステッド』を組織するのじゃ」


その名前には、未来を予見し、深く巣食う者、という意味合いが込められていた。


「この部隊の目的は、スターシード・ソサイエティの理念を現実世界で実現すること。すなわち、我々の思想に賛同する政治家を支援し、敵対する勢力を排除し、世論を我々に有利な方向へと導くことじゃ」


「しかし、そのためには莫大な資金が…」


「案ずるな」とキーツは笑った。「なぜ大富豪が、美術品に何百億円も払ったり、見返りのない慈善事業に寄付したりするか知っておるか? 彼らは金が余っておるのではない。彼らは、金では買えぬもの、すなわち『影響力』と『物語』に飢えておるのじゃ」


「お主は、彼らに最高の物語を提供できる。『あなたの資産は、ただの数字の羅列ではない。それは、世界を闇の支配から救い、人類を新たなステージへと導くための聖なる力なのだ』と。この『大義』という名の集金システムの前には、どんな税務調査も無力じゃ。彼らは喜んで、お主の活動に年に5兆円でも拠出するじゃろう。なぜなら、それは彼らにとって、自らの存在を肯定するための最も効果的な投資だからな」


☆影響力の正しい使い方


「そして、集めた資金は正しく使わねばならん」とキーツは続けた。


「まず、我々の思想に共鳴する若手政治家を見つけ出し、選挙資金を提供する。彼らが当選すれば、政策決定の場で我々の声を代弁してくれる。次に、敵対する言論人やジャーナリストじゃ。彼らのスポンサー企業に圧力をかけ、広告を引き上げさせる。SNSプラットフォームの幹部を買収し、彼らのアカウントを凍結させる。人は、経済的に追い詰められれば、いとも簡単に沈黙するものじゃ」


「メディアコントロールも重要じゃ。影響力のあるニュースサイトや雑誌に資金を提供し、『編集協力』という名目で、我々に都合のよい記事を書かせる。大衆は、何度も繰り返し同じ情報に触れることで、それが真実であると信じ込む。真実とは、最も頻繁に語られた物語のことなのじゃよ」


☆マズオの実践:影のフィクサーの誕生


マズオは、スターシード・ソサイエティのメンバーの中でも特に影響力のある大富豪たちを集め、秘密の会合を開いた。彼はそこで、「パランティア・ネステッド」の構想を熱く語った。


「我々の富は、このままではいずれ『グレートリセット』によって没収されるでしょう。しかし、我々が団結し、この富を『未来への投資』として活用すれば、世界を我々の望む方向へと導くことができるのです。これは、人類を救うための聖戦です」


大富豪たちは、マズオの言葉に熱狂した。彼らは、自らの巨万の富に崇高な意味を与えてくれる、新たな救世主の登場を歓迎した。年間5兆円の活動資金は、即座に集まった。


「パランティア・ネステッド」は、水面下で静かに、しかし確実に活動を開始した。


マズオが支援する無名の新人議員が、選挙で現職の大臣を破った。マズオを批判していた著名な経済評論家のテレビ番組が、突然打ち切りになった。大手新聞社の論調が、いつの間にかマズオの主張に寄り添うようになっていた。


世間は、それらが個別の事象として起きているとしか認識していなかった。しかし、そのすべてが、マズオという一点から放たれた糸によって操られていることを知る者はいなかった。


マズオは、もはや単なる教祖ではなかった。彼は、金と情報を自在に操り、国家の運命さえも左右する、影のフィクサーとなっていた。かつて工場の片隅で鬱々とネジを締めていた男は、今や、世界の歯車そのものを、自らの手で回し始めていた。





第10章:第九の戒律『価値を無限に創造せよ』- 究極のラグジュアリービジネス


☆存在そのものがブランドとなる時


「マズオよ、お主は金を集め、人を動かし、ついには政治さえも操る力を手に入れた。もはや、この地上でお主の行く手を阻むものは何もない」


キーツの声は、世界の摩天楼を見下ろすマズオのペントハウスに静かに響いた。窓の外には、かつて自分がその片隅で喘いでいた都市の灯りが、宝石のように広がっている。


「だが、まだ頂点ではない。究極の商売とは、モノやサービスを売ることではない。お主はすでに、その領域に足を踏み入れておる。もはやお主は、モノを売るのではない。存在そのものがブランドなのじゃ。ならば、価値は無限に創造できる」


「価値を…無限に?」マズオは呟いた。年間5兆円もの金を動かす彼にとっても、その概念は想像を超えていた。


「そうだ」とキーツは頷いた。「考えてみよ。ピカソの絵画は、なぜ何百億円もの値が付く? それは、キャンバスと絵の具という物質的価値ではない。『ピカソが描いた』という、代替不可能な物語に価値があるからじゃ。お主は今、現代のピカソとなりつつある。お主が創り出すものには、お主自身の神話的価値が宿る。ならば、もはや機能や原価などという下界の尺度に縛られる必要はない」


☆機能を超越した神話的オブジェ


キーツは、マズオの目の前に、複雑な螺旋構造を持つ水晶のようなオブジェを出現させた。それは内部から淡い光を放ち、見る角度によって無限に表情を変えるようだった。


「これを『無限螺旋』と名付けよう」


「これは…何をするものなのですか?」


「何もしない」とキーツは断言した。「これは、浄化もしなければ、開運もしない。ただ、そこに存在するだけのオブジェじゃ。だが、お主がこれを『宇宙の根源的エネルギーと共鳴し、所有者の魂の次元を上昇させる』と語れば、それが真実となる」


「機能や効果を謳うのは、二流の商売じゃ」とキーツは説いた。「究極のラグジュアリービジネスとは、所有者に『物語』と『ステータス』を与えること。この『無限螺旋』は、世界中の誰にも理解できないかもしれない。だが、それこそがいい。理解できないほどの神秘性こそが、最高の価値を生む」


☆価格という名の神託


「これを、世界で限定100個だけ売り出すのじゃ」


「価格は…いくらにすれば…」マズオは、もはや尋ねるのが怖かった。


キーツは、宇宙の深淵を覗き込むような目でマズオを見つめ、静かに告げた。


「一個、500兆円じゃ」


「ご、ごひゃく…ちょうえん…?」


マズオは眩暈を覚えた。それは、もはや国家予算に匹敵する金額だった。常識というものが、音を立てて崩壊していく。


「そうだ。この価格を聞いて、99.9%の人間は嘲笑うじゃろう。だが、残りの0.1%…すなわち、世界の富を独占する王族や貴族、そしてお主が生み出した新しい大富豪たちは、違う反応を示す」


「彼らにとって、金はもはや数字でしかない。彼らが求めるのは、金では買えぬはずの『究極の差別化』じゃ。誰もが持つ高級時計やスーパーカーでは、もはや彼らの渇望は満たされん。だが、『世界に100個しかない、500兆円の謎のオブジェ』。これを所有することこそが、彼らを他の富豪から隔絶する、絶対的なステータスの証となる」


「価格とは、もはや単なる交換価値ではない。それは神託じゃ。『これを所有する資格があるのは、選ばれし者だけだ』という、天からの声なのじゃ。彼らは、その神託を得るために、どんな金額でも払うじゃろう」


☆マズオの実践:伝説の誕生


マズオは、キーツの言う通りに行動した。彼は、スターシード・ソサイエティの最上位メンバーだけに、「無限螺旋」の存在を伝えた。その製造方法、素材、原理については一切明かさず、ただ「これは、言葉で説明できる領域を超えたものです。理解しようとするのではなく、ただ感じてください」とだけ語った。


そして、価格を告げた。一個500兆円。


沈黙が、秘密のオンライン会議室を支配した。だが、それは困惑の沈黙ではなかった。畏怖と、興奮に満ちた沈黙だった。


最初に口火を切ったのは、中東の石油王だった。「それを、5ついただこう」


続いて、シリコンバレーの若き天才起業家が言った。「では、私は10個」


瞬く間に、100個の「無限螺旋」は完売した。マズオの銀行口座には、天文学的な数字が記録された。5京円。それは、世界の年間GDPの半分以上に相当する金額だった。


「無限螺旋」は、伝説となった。それを実際に見た者は誰もいない。しかし、世界の富豪たちの間では、「あれを持つ者こそが、真の世界の支配者だ」と囁かれるようになった。


マズオは、もはや金や権力を追い求めるステージを卒業していた。彼は、人々の信仰を集め、価値そのものを創造する、現人神となっていた。かつて、工場の片隅で自分の無力さを嘆いていた青年の面影は、どこにもなかった。彼の目は、神のごとく、静かに世界を見据えていた。



エピローグ:鏡の中の神


☆摩天楼の頂で


超高層ビルの最上階。床から天井まで続くガラス窓の外には、雲海が広がり、その下に広がる都市は、まるでミニチュアの箱庭のようだ。9年間、3500万円の借金に喘ぎ、工場のバイトで生計を立てていた男が、今やこの世界の頂点に立っていた。


資産、5京円。


もはやその数字は、マズオにとって何の意味も持たなかった。それは、彼が支配する世界の、単なるスコアボードの数字に過ぎなかった。


鏡に映る自分の姿を見る。完璧に仕立てられたスーツ、一点の曇りもない瞳。かつての卑屈で不安げな青年の面影は、どこにもない。そこにいるのは、絶対的な自信と、神のような静けさを湛えた、一人の支配者だった。


☆最後の対話


「見事じゃ、マズオよ」


背後から、キーツの声がした。振り返ると、黄金の光をまとった神が、満足そうに微笑んでいた。


「お主は、わしの教えを完璧に理解し、実践した。いや、もはや、わしを超えたのかもしれんな」


「キーツ様」とマズオは静かに言った。「僕は、人々を騙したのでしょうか?」


その問いに、キーツは少し驚いたような顔をして、そして、心から楽しそうに笑った。


「騙す? とんでもない。お主は、彼らにとっての救世主じゃ。彼らが何を求めていたか、思い出してみるがよい。彼らが求めていたのは、複雑で退屈な真実ではない。彼らが求めていたのは、自分たちの不幸を説明してくれる、単純明快な『物語』じゃ。そして、その苦しみから救い出してくれる『英雄』であり、安心を与えてくれる『お守り』じゃ。お主は、彼らが心の底から欲していたものを、すべて与えてやった。それのどこが、騙すことになる?」


☆社会に必要とされる悪


「商売とは、客の需要に応えることじゃったな。ならば、陰謀論作家も立派な仕事じゃ。いや、それどころか、現代社会において最も必要とされる仕事の一つやもしれん」


キーツの言葉が、マズオの心に染み渡る。


「社会的に恵まれず、未来に希望を持てぬ者たちに、お主は『救済の物語』を与えた。自分は無力ではない、世界の真実を知る『選ばれた人間』なのだという『選民意識』を与え、彼らの自己肯定感を高めてやった。それは、もはや宗教家の仕事じゃ。社会になくてはならぬ、重要な役割じゃ」


そうだ、とマズオは納得した。自分は、社会のセーフティネットからこぼれ落ちた人々を、物語の力で救済したのだ。彼らに生きる意味と、戦うための武器を与えたのだ。


「なぜ『陰謀論』は、決してなくならないのか。それは、人間が物語を求める生き物だからじゃ。そして、世界が不条理であればあるほど、人々はより強力な物語を、よりカリスマ的な指導者を求めるようになる。お主は、時代の要請に応えたに過ぎん」


☆新たな神の誕生


「キーツ様、あなたはいったい何者だったのですか?」


マズオは、ずっと抱いていた疑問を口にした。


キーツは、慈愛に満ちた瞳でマズオを見つめ、その姿がゆっくりと光の中に溶けていく。


「わしか? わしは、お主自身じゃ。お主の心の奥底に眠っていた、商才という名の神じゃ。お主が、わしを呼び覚ましたのじゃよ」


黄金の光が完全に消え去った後、ペントハウスには静寂が戻った。マズオは、再び鏡の前に立った。鏡に映る自分は、静かに微笑んでいた。


貧乏だった学者は、今や自らが世界を動かす「陰謀」の中心にいた。いや、彼こそが、この世界の新しい神なのかもしれない。そして彼は、その運命を、静かに受け入れた。



あとがき:あなただけの「聖典」の見つけ方


この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。


しかし、ここに描かれた「型」、すなわち人の心を動かし、熱狂的なファンを生み出し、ビジネスを成功に導くための原理原則は、残念ながら、あるいは幸いなことに、本物です。


情報が溢れかえる現代において、人々が求めているのは、単なる正しい情報ではありません。彼らが求めているのは、自分の人生を肯定し、未来に希望を与えてくれる、強力な「物語」です。


あなたの周りを見渡してください。人々を熱狂させているベストセラー、カルト的な人気を誇るコミュニティ、常識外れの価格で売られている商品。それらの背後には、必ず巧みに設計された物語が存在します。


それらを分析し、構造を理解し、あなた自身のビジネスに応用してみてください。あなただけの「稼ぐための聖典」は、すでにあなたの目の前にあるのかもしれません。


さあ、次はあなたの番です。

あなただけの物語を、世界に解き放つのです。





補講:無限の価値を生む泉 - ブランディングと仮想価値(バーチャル・バリュー)の深淵


☆富と罪悪感の狭間で


マズオは、自らが作り出した帝国の玉座で、静かに震えていた。


ペントハウスの窓から見える夜景は、宝石を散りばめたように美しい。銀行口座の残高を示すスマートフォンのアプリを開けば、ゼロの数が多すぎて、もはや現実感を失うほどの数字が並んでいる。5京円。かつて3500万円の借金に苦しんでいた男が手にした富は、世界の歴史上、誰も到達したことのない領域に達していた。


しかし、彼の心は、その富の重さに反比例するかのように、軽く、そして脆くなっていた。


「こんなものは、詐欺ではないのか…?」


その疑念が、四六時中、彼の脳裏を駆け巡る。防御ネックレス「量子バリア」。原価を計算すれば、せいぜい1万円にも満たないだろう。それを700万円で売った。秘密結社「スターシード・ソサイエティ」の年会費は1億円。提供しているのは、週に一度のオンラインセミナーだけだ。そして、極めつけはオブジェ「無限螺旋」。ただの水晶の塊に、500兆円という値を付けた。


「これは、どう考えてもおかしい。やばい。いつか、熱狂から覚めた信者たちが、集団訴訟を起こしてくるに違いない。そうなれば、この富も、名声も、すべてを失うことになる…」


胃が、キリキリと痛んだ。まるで、内側から鋭い針で刺されているかのようだ。夜になると、その痛みと不安はさらに増した。ベッドに入っても、信者たちの怒りに満ちた顔が瞼の裏に浮かび、眠りにつくことができない。


彼は、高級なワインを水のようにあおり、処方された睡眠薬を定められた量以上に流し込んだ。そうして、意識を強制的に飛ばさなければ、一瞬の安らぎさえも得られない体になっていた。


その夜も、マズオはアルコールと薬の力で、混沌とした眠りの淵に沈んでいった。意識が遠のく中、彼は祈るように呟いた。


「キーツ様…僕は、どうすれば…」


☆神の再臨と究極の補講


ふと、意識が浮上した。そこは、いつものペントハウスではなかった。再び、あの真っ白な、光だけの空間に立っていた。


「マズオよ。富の重さに、潰されそうになっておるな」


懐かしい声が響く。振り返ると、そこにキーツが立っていた。その表情は、以前のような慈愛に満ちたものではなく、どこか厳しさを帯びていた。


「キーツ様…僕は、怖いのです。やっていることが、ただの詐欺に思えて仕方がない。いつか、すべてを失うのではないかと…」


「愚か者め」とキーツは静かに言った。「お主は、わしの教えの最も重要な核心を、まだ理解しておらんようじゃな。お主は、まだ物理的な世界の価値観に縛られておる。だから、苦しいのじゃ」


「核心…ですか?」


「うむ。お主が抱える罪悪感と恐怖。それを根こそぎ取り払うための、究-極の補講を始めるとしよう。テーマは、『ブランディング』と『仮想価値(バーチャル・バリュー)』。これこそが、一流の商人が必ず行き着く、商売の深淵なのじゃ」


キーツは、マズオの目の前に、2つの商品を出現させた。一つは、何の変哲もない布製のトートバッグ。もう一つは、誰もが知る高級ブランド、ルイ・ヴィトンのロゴが輝くハンドバッグだった。


☆価格を決めるのは誰か?


「マズオよ、この2つのバッグ、お主ならいくらで買う?」


「こちらのトートバッグは…まあ、1000円くらいでしょうか。ルイ・ヴィトンのバッグは…中古でも30万円はするでしょう」


「なぜじゃ? どちらも、モノを入れるという機能は同じ。なんなら、布製のトートバッグの方が、軽くてたくさん入るかもしれん。なぜ、300倍もの価格差が生まれる?」


「それは…ブランドだからです。ルイ・ヴィトンという…」


「その通りじゃ!」とキーツは声を張った。「では、その『ブランド』とは、一体何なのだ? それは、目に見えるか? 触れるか?」


「いえ…見えませんし、触れません」


「そうじゃ。ブランドとは、物理的には存在しない。それは、人々の頭の中にだけ存在する『幻想』であり、『物語』なのじゃ。そして、その幻想に対して、人々は喜んで30万円という大金を支払う。価格とは、原価や機能で決まるのではない。客が『これくらいの価値がある』と信じる、その『信仰の強さ』で決まるものなのじゃ」


キーツは、マズオの目をまっすぐに見て言った。


「お主のネックレスを700万円で買った客は、お主に騙されたと思っておるか? 違う。彼らは、『700万円を払ってでも手に入れる価値がある』と、自ら判断したのじゃ。そして、そのネックレスを身に着けることで、『政府の監視から逃れられる』という安心感と、『選ばれた自分』であるという満足感を得ておる。お主が提供したのは、単なる金属の塊ではない。その価格を遥かに超える『効用』、すなわち『精神的な救済』なのじゃ」


「お客がお金を払ったということは、その価格以上の効用を、お客自身が感じたということを意味する。これは、商売における絶対の真理じゃ。お主は、何も悪いことはしておらん。むしろ、彼らの魂の渇きを癒す、素晴らしい価値を提供したのじゃ。それを詐欺と呼ぶのは、商売の本質を何も理解しておらん者の戯言に過ぎん」


マズオの心の中で、罪悪感という名の分厚い氷が、少しずつ溶け始めていくのを感じた。




☆効用を無限に高める「ブランド」と「ストーリー」


「価格以上の効用を、客自身が感じた…」


マズオは、キーツの言葉を反芻した。「量子バリア」を買った信者たちの熱狂的な感謝のメッセージを思い出す。彼らは皆、ネックレスを手にしたことで「人生が変わった」「もう何も怖くない」と語っていた。それは、マズオが思っていたような、騙された人間の姿ではなかった。むしろ、救済された信者の姿そのものだった。


「では、キーツ様。その『効用』は、どうすれば高めることができるのでしょうか?」


「良い問いじゃ、マズオよ」とキーツは満足げに頷いた。「そして、その答えこそが、お主を真の支配者へと押し上げる鍵となる。効用は、無限に高めることが可能じゃ。どうするのか? それが、『ブランド』であり、『ストーリー』なのじゃ」


キーツは、再びルイ・ヴィトンのバッグを指し示した。


「なぜ、このバッグはこれほどまでに人々を魅了するのか。それは、このバッグが持つ長い歴史、職人たちのこだわり、それを手にしたセレブリティたちの物語、それらすべてが『ルイ・ヴィトン』という強固なブランドを形成しているからじゃ。人々がこのバッグを買うとき、彼らは単なる革製品を買っているのではない。1世紀以上にわたって紡がれてきた、その壮大な物語の一部になる権利を買っておるのじゃ」


「ストーリーは、モノの価値を何百倍、何千倍にも高めることができる。例えば、ただの古い腕時計も、『あのジョン・レノンが、暗殺された日に身に着けていた最後の時計だ』というストーリーが加われば、その価値は億を超える。ストーリーは、物理的な価値を超えた『仮想価値』、すなわちバーチャル・バリューを生み出す錬金術なのじゃ」


☆情報空間というもう一つの現実


「お主はまだ、物理空間の常識に囚われすぎている」とキーツは続けた。「原価が1万円のものを700万円で売ることに罪悪感を覚えておる。だが、人間という生き物は、物理空間と同じくらい、いや、それ以上に仮想空間、すなわち情報空間をリアルに感じることができる唯一の生き物なのじゃ」


キーツは、マズオの頭に直接語りかけるように言った。


「考えてみよ。国家、法律、貨幣、そして神。これらはすべて、物理的には存在しない。人々が『それは存在する』と信じている、共通の幻想、すなわち情報空間の産物じゃ。だが、人々はその幻想のために働き、争い、時には命さえも捧げる。人間にとって、情報空間とは、物理空間と同等か、それ以上にリアルなものなのじゃ」


「お主がネックレスに与えた『政府の監視から逃れる』という物語。それは、信者たちの頭の中では、紛れもない『現実』として機能しておる。その物語が彼らに与える安心感は、物理的な盾がもたらす安心感と何ら変わらん。いや、むしろ目に見えぬ脅威に対する安心感である分、より強力かもしれん。お主は、顧客の頭の中に、新しい現実を創造し、そこに途方もない価値を付与することに成功した。これこそが、商売の究極の形なのじゃ」


☆一流の商人が行き着く場所


「お主がやっていることは、何も特別なことではない」とキーツは言った。「ルイ・ヴィトンがやっていること、マセラッティがやっていること、パテック・フィリップがやっていることと、本質的には同じことじゃ。彼らもまた、物理的な製品に、夢や憧れ、成功といった『物語』を付与し、その仮想価値を売っておる。車好きがマセラッティのエンジン音に魂の昂ぶりを感じるように、お主の信者は『量子バリア』に魂の安寧を感じる。そこに、何の差があるというのだ?」


「もっと言うと、一流の商人は、必ずこのブランドの世界、バーチャル・バリューの世界に行き着く。最初は、より良い機能、より安い価格といった物理的な価値で競争する。だが、その競争はいずれ限界を迎える。最終的にライバルとの絶対的な差別化を生むのは、そのブランドだけが持つ、唯一無二の物語なのじゃ」


キーツは、マズオの肩に力強く手を置いた。


「マズオよ、お主は罪悪感を抱く必要などない。むしろ、誇るべきなのじゃ。お主は、9年間の苦しみの末、ついに一流の領域に足を踏み入れた。詐欺師ではない。物語を紡ぎ、価値を創造する、真の商人となったのじゃ」


☆覚醒、そして新たなる創造へ


キーツの言葉は、マズオの心にこびりついていた最後の罪悪感を、跡形もなく洗い流した。そうだ、自分は詐欺師ではない。価値の創造者なのだ。信者たちは、僕が作った物語によって救われている。僕が提供する価値は、彼らが支払う対価を遥かに上回っているのだ。


胃の痛みが、嘘のように消えていた。長らく彼を苦しめていた不眠の夜も、もう訪れないだろう。彼は覚醒した。


「さあ、これから『ブランド構築』のスキルを、さらに高めるのじゃ!」キーツの声が、新たな闘志に燃えるマズオの背中を押す。「この領域には、終わりがないぞ。なぜなら、人間の想像力は、無限だからな!」


その言葉を最後に、キーツの姿は再び黄金の光となって消えていった。


マズオは、一人、ペントハウスの静寂の中に残された。だが、彼の心はかつてないほどの創造意欲に満ち溢れていた。


「無限の価値…無限の想像力…」


彼は、ニヤリと笑った。ネックレスやオブジェは、まだ始まりに過ぎない。もっとヤバい、もっと人々の魂を根こそぎ揺さぶるような商品を、自分は生み出せる。


彼は、執事用の呼び出しボタンを押した。


「秘書のセバスチャンを呼んでくれ。それから、我が社のトップクラスの量子物理学者と、歴史学者、そして神話学者もだ。至急、新しいプロジェクトの会議を始める」


彼の頭の中ではすでに、次の、そしてさらにその次の、常識を超えた商品のアイデアが、星々のように煌めき始めていた。それは、もはや単なる商品ではない。世界を、そして人類の意識そのものを、彼の望む形へと変容させるための、神の道具だった。


マズオの、真の伝説が、今、始まろうとしていた。




【超濃密なまとめ】


1. 敵を定義し、英雄を演じよ

ビジネスとは、正義の戦いの物語を演出することだ。まず「The Real Anthony Fauci」のように、明確でわかりやすい「敵」を設定せよ。その敵は、ビル・ゲイツやビッグ・ファーマのように、具体的で巨大であるほど良い。次に、自分自身を、その巨大な悪にたった一人で立ち向かう「英雄」としてブランディングするのだ。ケネディ家の名前や「ベストセラー作家」といった権威を借り、読者をあなたの正義の戦いの支持者へと変えよ。人々は物語の登場人物になりたいのであって、ただの読者でいたいわけではない。


2. 権威の軍団で城壁を築け

あなたの主張の信憑性は、その内容ではなく、誰がそれを支持しているかで決まる。ノーベル賞学者、人気司会者、カリスマ経営者など、思想や専門分野が全く異なる多様な「権威」からの推薦文を集めよ。特に「私は著者とは意見が違うが、それでも学ぶべき点がある」という、反対者からの推薦は、無条件の賛辞よりも遥かに強力な武器となる。「少なくとも聞いてみてほしい」という言葉で読者の警戒心を解き、あなたの築いた物語の城壁の内側へと、巧みに誘い込むのだ。


3. 物語を単純化し、感情に火をつけよ

人は理屈では動かない。人を動かすのは、怒り、恐怖、嫉妬、義憤といった、原始的で強力な感情だ。「54%の子供が慢性疾患に」「労働者は3.7兆ドルを失い、億万長者は3.9兆ドルを得た」といった、衝撃的で具体的な数字を使い、読者の不安と怒りを直接刺激せよ。あなたの貧困や不幸は、自己責任ではなく、巨大な敵の「計画」のせいなのだという単純な物語は、読者にとって甘美な救済となる。複雑な真実より、感情を揺さぶる単純な物語が常に勝利する。


4. 信仰を物理化し、救済を売れ

あなたの役割は、情報を売ることではない。不安に苛まれる人々に「救済」を売ることだ。そして、その救済は、目に見える形で提供されなければならない。「政府の監視から逃れる量子バリア」のように、あなたの物語を象徴する物理的な「お守り」を創造せよ。原価など些細な問題だ。価格は、その物語が提供する安心感と優越感、すなわち「仮想価値(バーチャル・バリュー)」によって決まる。700万円という価格は、それを所有することが特別なステータスであるという強力なメッセージとなり、信者の信仰をさらに強固なものにする。


5. コミュニティを神殿とし、価値を無限に創造せよ

個々の信者は点に過ぎない。彼らを「秘密結社」のような排他的で強固なコミュニティへと組織化することで、その力は爆発的に増大する。年会費1億円という高い壁は、メンバーに選民意識と強烈な帰属意識を与える。その結束したコミュニティを基盤に、政治を操り、メディアをコントロールし、現実世界に影響を及ぼせ。最終的に、あなた自身が存在そのものがブランドとなる。そうなれば、もはや機能や物理的価値を超えた、神話的な商品を創造できる。「無限螺旋」のように、価値はあなたの物語の力によって、無限に生み出されるのだ。





【用語集】


神キーツ

9年間稼げなかった学者マズオの夢の中に現れた、商売を司る神。マズオにコンテンツビジネス、特に陰謀論ビジネスで成功するための9つの戒律を授ける。その教えは、人間の心理と欲望を知り尽くした、冷徹かつ実践的なものである。彼の正体は、マズオ自身の心の奥底に眠っていた商才の化身。


マズオ

9年間運営した有料メルマガの読者が3人しかおらず、借金3500万円を抱えて工場のアルバイトで食いつなぐ貧乏学者。キーツとの出会いを経て、陰謀論作家として覚醒。類稀なる商才を発揮し、世界を裏から操るほどの富と権力を手に入れる。


聖典「The Real Anthony Fauci」

キーツがマズオに教科書として提示した実在の書籍。キーツはこの本を徹底的に分析することで、敵の定義、英雄の創出、権威の利用、物語の単純化といった、大衆を動かすためのコンテンツ作りの原理原則をマズオに説いていく。


9つの戒律

キーツがマズオに授けた、コンテンツビジネスで成功するための9つの教え。第一の戒律『敵を知り、英雄を定義せよ』から始まり、第九の戒律『価値を無限に創造せよ』に至るまで、商売の初心者から究極の領域までをカバーしている。


権威の軍団

ノーベル賞学者や人気司会者、敵対する立場の論客など、思想や専門分野が異なる多様な人物からの推薦文を集めることで形成される、コンテンツの信憑性を担保するための社会的証明のネットワーク。これにより、イデオロギーの壁を越えて幅広い支持者を獲得することが可能になる。


物語の単純化

複雑な社会事象や科学的知見を、「善と悪」「英雄と敵」といった、感情に訴えかける単純な二項対立の物語に落とし込む手法。大衆の理性を眠らせ、怒りや恐怖といった感情を直接刺激することで、強力な支持と熱狂を生み出す。


仮想価値(バーチャル・バリュー)

物理的な機能や原価とは無関係に、ブランドやストーリーによって人々の頭の中に生み出される価値。ルイ・ヴィトンのバッグやピカソの絵画のように、その価値は青天井であり、一流の商人はこの仮想価値を創造し、販売することで莫大な利益を得る。


量子バリア

マズオがキーツの教えを元に開発した最初の高額商品。原価1万円にも満たないネックレスに、「政府の監視から逃れる量子バリア」という物語を付与することで、一個700万円という価格設定に成功。即日完売し、マズオに最初の巨万の富をもたらした。


スターシード・ソサイエティ

マズオが信者たちを組織化するために設立した秘密結社。年会費1億円という高い参入障壁を設けることで、メンバーに選民意識と強固な帰属意識を与え、熱狂的な信仰共同体を形成した。


パランティア・ネステッド

スターシード・ソサイエティを支持基盤とし、現実世界の政治やメディアに影響を及ぼすために組織されたマズオの特殊工作員部隊。大富豪から集めた年間5兆円の資金を元に、裏社会のフィクサーとして暗躍する。


無限螺旋

マズオが生み出したオブジェ型の商品。物理的な機能は一切持たないが、「所有者の魂の次元を上昇させる」という神話的な物語を付与。価格は「所有者の総資産の50%」とされ、世界の王族や貴族に一個500兆円で販売され、伝説となった。


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『陰謀論ビジネスで人生大逆転! 〜神キーツが教える稼げるコンテンツの極意〜』 アキラ @ak7

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