第五話 女神の横顔と新たなステージ
「お見事でした、清水先生。いえ……救世主殿、とでもお呼びすべきでしょうか」
漆黒のドラゴンが完全に塵となって消滅した直後、目の前の空間が水面のように揺らぎ、まるで当然のように、あの七三分けのスーツの男が姿を現した。相変わらず胡散臭い営業スマイルが浮かんでいたが、その口調には、マネル対する純粋な称賛と安堵の色が浮かんでいるように感じた。
「……これで終わりだな」
「ええ、これにて契約は完了です。では、帰りましょうか」
男が恭しく手を差し伸べる。マネルがためらいがちにその手を取ると、視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間には、見慣れた古ぼけた楽屋の景色が広がっていた。手に残るのは、先程の男との確かな握手の感触と、ずしりと重い茶封筒。中を覗くまでもなく、約束の礼金だ。
「多大なるご協力、心より感謝申し上げます」
男は深く一礼すると、スッと身を引いた。その体が、再び周囲の空間に溶け込むように透け始めていく。別れの時が来たのだ。これで、非日常は終わり、退屈で、しかし平和な日常へと戻る。
だが、男の姿が完全に消え去ろうとした、その刹那、マネルは、見た。
透けゆく男のシルエットの向こう側。ほんの一瞬だけ、全く別の光景が垣間見えたのだ。
そこは、この薄汚い楽屋とは次元の違う、神々しい光に満ちた荘厳な広間だった。そして、その中央に置かれた白亜の玉座に、息をのむほどに美しい一人の女性が腰かけていた。
長く流れる白銀の髪。全てを見通すかのような、しかし今は憂いを帯びて伏せられた深い色の瞳。人間が作り上げたどんな芸術品も霞んでしまうほどの、完璧な造形美。彼女は静かに横を向いており、その表情の全てを窺い知ることはできなかったが、マネルは直感した。
――あれが、『神様』だ
彼女から放たれる、近寄りがたくも、同時にどうしようもなく惹きつけられるような神聖なオーラ。そして、その美しい横顔に刻まれた、深い悲しみの影。使者が言っていた「神の世界の問題」とは、きっと彼女をあのように曇らせている原因に違いない。
「……また、何かありましたら、ご依頼させていただくかもしれません。その時は、何卒」
使者の最後の言葉。
再会の可能性を残しつつ、楽屋は再び静寂に包まれた。
マネルは、手にした封筒の重みを確かめるように、一度強く握りしめた。これさえあれば、芸人としての惨めな自分と決別し、新しい人生を始めることだってできるかもしれない――
だが、彼の脳裏に焼き付いて離れないのは、手にした大金のことではなかった。
あの、神々しくも儚げな女神の横顔。
「……ったく、しょうがねぇな」
マネルは、誰に言うでもなく小さく呟くと、ふっと自嘲するように笑った。
その顔には、もはや売れない芸人の卑屈さはない。困難な依頼を成し遂げた男の、確かな自信が漲っていた。
「あの
新たな依頼がいつ来るのかは分からない。だが、次も必ずやり遂げてみせる。
清水マネルの人生という名のステージは、今、新たな幕を開けた……
おしまい
異世界は突然に ~モノマネは世界を救う?~ よし ひろし @dai_dai_kichi
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