第四話 怒涛のモノマネレパートリー

 形勢は、完全に逆転した。

 ほんの数分前まで一方的に嬲られるだけの獲物だった人間が、今や自分と同じ力を宿す、未知の敵へと変貌を遂げていたのだ。ドラゴンは怒りと混乱に身を震わせ、これまで以上の殺意を込めてマネルに襲いかかってきた。


 グオオぉーーーッ!


 巨体が地を蹴り、地響きと共に突進してくる。狙うは、その身の丈ほどもある巨大な尻尾による薙ぎ払い。一撃で岩をも砕くであろう、まさに必殺の質量攻撃。だが、マネルの目はその一連の動きを、完璧に見切っていた。


『対象:ドラゴン。個体スキル『ドラゴンテール』の観察が完了しました』


 頭の中に響く声が、勝利への号令となる。

 マネルは迫り来る尻尾を迎え撃つように、自らの腰を深く沈め、大きく捻った。


「そいつ、いただきだ! ドラゴンテールっ!」


 叫びと共に、マネルの臀部に幻のような尾が生える。それは鞭のようにしなり、迫り来る巨大な尻尾を、真っ向から撥ねつけた。


 グゥーッ!?


 予想だにしなかった反撃に、ドラゴンはバランスを崩して大きくよろめいた。


 チャンス!


 マネルは怯んだドラゴンの懐へと、一瞬で駆け込む。至近距離でドラゴンブレスを――そう思ったが、そううまくはいかなかった。

 ドラゴンが、迫るマネル目掛けて鋼鉄の如き鋭い爪を振り下ろす。岩盤をバターのように切り裂く、必殺のドラゴンクローだ。


『個体スキル『ドラゴンクロー』の模倣が可能になります』


「よし! ドラゴンクローっ!」


 マネルは迫る爪を紙一重でかわすと同時に、自らの右腕を大きく振りかぶる。指先に力が集中し、まるで五本の刃が生えたかのような錯覚。振り抜かれた手刀は、ドラゴンの爪と全く同じ軌道を描き、がら空きになったドラゴンの脇腹をざっくりと斬り裂いた。


 ギャオオぉーーン!!


 初めて受けたであろう、肉を抉られる激痛。ドラゴンの甲高い悲鳴が洞窟に木霊する。その巨体は数歩後退り、憎悪と苦痛に満ちた目でマネルを睨みつけた。


「ふふっ、いける、いけるぞ!」


 確かな手応え。

 物真似スキル――それは、単なる猿真似ではない。長年培ってきた観察眼と表現力。何がどう動き、どこに力を入れ、どのタイミングでそれを解放するのか、全てを分析し、自らの肉体で再現する。売れない芸人、清水マネルが十年かけて磨き上げた唯一の武器。それが今、この異世界で最強のスキルとして開花したのだ。


 苦痛に耐えかねたドラゴンは、最後の手段に出た。背中の翼を広げ、凄まじい風圧を巻き起こしながら、天井スレスレまで舞い上がる。上空からブレスを放ち、この厄介な人間を焼き尽くすつもりだ。


「空へ逃げるか! いいぜ、付き合ってやるよ!」


 マネルは、翼を広げ、力強く羽ばたきながら上昇していくドラゴンの姿を、食い入るように見つめる。翼のしなり、筋肉の収縮、風を捉える角度。その全てを、脳に、体に、魂に焼き付けた。


『対象:ドラゴン。固有能力『飛翔』の観察が完了しました。『ドラゴンウィング』の模倣が可能になります』


「きたきた! よーし、ドラゴンウィ~ングぅ!」


 叫びと共に、マネルの背中から翼が生える。目前のドラゴンと同じ、禍々しくも美しい漆黒の翼だ。


「行くぞ!」


 マネルが地を蹴る。と同時に翼が自然と羽ばたき、その体を宙へと舞いあげた。

 初めての飛行――だが、まるで生まれながらに飛べたかのように、ごく自然に翼の動かし方が理解できる。


「空中戦だぁ!!」


 力強く翼を打ち付け、弾丸のように急上昇する。あっという間にドラゴンの高度まで追いつくと、空中での壮絶なドッグファイトが始まった。


 ドラゴンがブレスを吐く。炎の玉がマネルに向かう。それを華麗に避けつつ、お返しとばかりに叫ぶ。


「ドラゴンブレ~スっ!」


 マネルのの口から炎の返礼が飛ぶ。ドラゴンが慌てたように横に身体を捻る。視線が瞬時マネルから外れた。そこを狙って、マネルが急接近。首筋をドラゴンクローで斬り裂く。


 時代劇俳優の真似をするため、殺陣の練習をみっちりしたことがある。刑事ものの俳優を真似るため、ガンアクションの練習をしたこともある。香港のカンフースターの真似をするため、カンフーや拳法の動きをしっかりと真似したことがある。

 それらの積み重ねが、今、生きていた。真剣な戦闘の場で、敵の動きに合わせた動作が自然と出てくる。


「モノマネ芸人を舐めるなよ!」


 ドラゴンが、翼で風を起こし反撃。マネルを吹き飛ばそうとする。


『対象:ドラゴン。個体スキル『ドラゴンウィンド』の観察が完了しました』


「よし、こっちも行くぞ。――ドラゴンウィ~ンドぉ!


 マネルの生みだした突風が、ドラゴンの風を吹き戻し、共に消滅する。


 グルグルぅ……


 出す攻撃をことごとく真似され、打ち消されていく現状に、さしものドラゴンも困惑していた。喉を鳴らし、その燃える目でマネルをねっとりと見つめる。

 その全身に、黒い靄のようなものが滲みだす。オーラだ。どうやら全身全霊を込めた最後の技を繰り出そうとしているようだ。

 全身を包むオーラが喉へと集まり膨らむ。


 グゴオぉぉぉ……


 地の底から響くような唸り。その口元から黒のオーラが漏れだしてくる。そして、大きく開くあぎと。黒の炎の塊が、その奥から撃ちだされる。


 グガアアぁぁぁーーーーぁ!!!!!


 今までのドラゴンブレスとは違う。危険だ。本能が告げる。その時――


『対象:ドラゴン。個体究極スキル『ドラゴンブレス滅』の観察が完了しました』


 頭の中で声がする。


 究極スキル――絶対ヤバい奴だ!


 撃ちだされた黒い炎は、周囲のもの――空気をも燃やしながら渦状に広がり、マネルへと襲い掛かってきた。


「くっ、逃げ場はないか。――なら、やるしかない!」


 マネルは、覚悟を決めた。


「究極スキル、ドラゴンブレス滅だぁーー!!」


 マネルの全身からも黒のオーラが立ち上り、それが喉へと集まり、黒の弾丸を撃ちだした。しかし、それだけで、終わらなかった。


「連発だ。――ドラゴンブレぇ~スっ!」


 すぐさま、今度は通常のドラゴンブレスを放つ。


 初めに放った黒の炎が、ドラゴンのそれとぶつかり、混じりあい、世界が黒く燃えあがる。その中心を、二弾目のドラゴンブレスが突き進んでいく。黒い炎を巻き込みながら。


 そして――


 グギャアアぁぁぁーーあぁぁぁーーっ!!!!


 洞窟内にドラゴンの絶命の叫びが響く。


 マネルの見つめる中、全身を黒い炎に包まれたドラゴンが、地へと落ちていく。そして、その巨体が黒の炎によって焼き尽くされる。


「終わった……」


 マネルもゆっくりと地上に下り立った。足が地に着くと共に背中の翼が霞のように消え去る。


「……どうだ。俺のモノマネ、最高だっただろう」


 塵と化した強敵に聞かせるように、マネルは呟き、ほ~と大きく息を吐きだした。


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