こんな勇者と魔王は嫌だ!

美女前bI

旅の途中




 本当に長かった。仲間を一人も失わずここまで来れたのは、たぶん運が良かっただけ。そしてこの先はもう……


「ようやく次で最後か。みんな、魔王にビビってないよな。特に反対がなければこのまま行くぞ。準備はいいか」


 信じられない言葉が聞こえた。つい振り向きたくなるような渋みのある低音ボイス。しかしその姿は膝が笑って腰が曲がっているおじいちゃん勇者だ。


 声と風貌が合っていないギャップ萎え。歯は四本しかないし、すぐ漏らしながら逃げるし、私達をやらしい目で見てくることも多いクズ老人。できれば置き去りにして帰りたい。


 だから私は反対した。


「私も反対します」

「あ、あたしも!」


 女戦士リゼと魔法使いのエミリーも私に続いて反対票を投じてくれた。これで三対一。過半数が戻るべきという答えを出すことで命を繋ぐことに成功。


 内心で喜んでいると、「そうか、わかった」と呟くおじいちゃん。珍しく私達の意見を聞くその姿にホッと胸をなで下ろすも、その爺さんは考え事をするかのように目を瞑る。


 しばらく動かないその男に向けて、リゼは合掌しているが今は無視しよう。


 動き出した彼は軽い足取りでその場から離れようとする。またいつもの徘徊かな?


 それにしても魔王軍の四天王を相手に、ぎっくり腰と言い逃げ回っていたあの動きはなんだったのか。よく考えたらぎっくり腰は動けないもんね。姿勢まで正してこんな時だけ力強く大地をとらえているのも釈然としない。


「ちょ、その先は……」

「何、心配するな。俺が倒してしまっても問題ないのだろう?」


 ジジイが向かう先は最恐ラスボス魔王嬢の部屋だ。それなのにジジイのその自信はどこから来るのだろうか。


 鼻の下が伸びる彼、軽蔑の目で見る私達。


 そしてここは世界の果てにある魔王城。その主は恐ろしいほどに強く、残酷なほどに男好きという呼び声高い魔王嬢。男はロマンを求めて軒並みすべて敗れ散った。長い歴史の中で、男どもは結局ビキニ姿の四天王にすら敵わなかったのだ。


 枯れかけた爺さんと女子だけのこの変成チームだからこそ、ここまで来れたというのに。また男の暴走で敗れようとしている。


 しかし扉はもう開けられた。勇者を止める手立てはもはやない。


「と、扉を閉めてしまおうか」


 リゼにしては珍しいナイスアイディア。だが、それはもう無理だ。彼が開いた扉は魔法の扉。開けてしまえば魔王以外、もう閉じることができないのだから。


「逃げるほうがまだ現実的でしょう」


 エミリーはそう言うが、我々は既に満身創痍。回復薬も帰還の指輪もあのバカに預けてしまった。腰痛を言い訳に、荷物持ちとしても役に立たなかったくせに。なぜこんな時だけ率先して足を引っ張るのか……


 いや、ちょっと待って。あれはただのスケベジジイよね。枯れてるとは言え、噂の美貌を目の前に足を止めるわけがない。


 私は内心、舌打ちをする。私達は頷き合い様子を見るだけ見ようと慎重にその部屋へと続いた。


「ヒィッ!」


 それは部屋の入り口に着いた瞬間だった。バカの情けない悲鳴に思わず足を止める。攻撃を受けたのだろうか。それにしては戦闘音は聞こえなかったけど。


「な、なんで……そ、そんなことが」


 ん?何か話でもしてるの?


 私達は慎重に進む。そこは無駄にキラキラと光っている部屋だった。奥にあるのは長い玉座。そちらでしなを作って寝そべる人影はたぶん間違いなく魔王嬢。が、対峙しているジジイは蹲って床を叩いていた。


「ちくしょう、ちくしょう!」


 その叫びは涙声。己の無力さにようやく気付いたのだろう。実際に彼はお世辞にも戦力とは言えない立ち回りだった。わかってるなら連れて来るなと言う話だが、帰還の指輪を人質にされてたから私達に選択肢はなかったのだ。


 しかし今はそんなことよりも大きな疑問があった。敵のボスの前だと言うのに、なぜジジイは呑気に隙を見せているのだろう。恐ろしくはないのだろうか。


 床を叩き続ける彼に比して、魔王嬢は冷静にバカを見下ろしたままだった。ぴくりともしない彼女にゆっくりと近付きようやく大変なことに気付いた。


 この世で最も美しくグラマラス。男好きの彼女にかかれば、目が合っただけでどんな男も喜び、自ら精を抜かれに襲いかかる。そんな話だったが、かつての美貌はすでにない。


 玉座に横たわっているのは、透けた服を着込む骨と皮だけの干物。いや、干物よりも身が少なく見える。これを老婆と言えば、その他大勢の老婆にも失礼かもしれない。


 それもそのはず、魔王嬢と呼ばれていた時代は1500年以上も昔の話だ。逃げ切った冒険者が広めたらしいが、古の時代からここまでよくその伝聞が途絶えなかったものだ。


 しかし私は気付いた。その女らしき物体がまだ生きていることを。


 私は唯一の自分の武器を杖代わりにして、ジジイを追い抜く。ゆっくり階段を一歩ずつ上ると女の横に立った。聞こえないほどの小さな音が聞こえる。声にもなっていないが、たぶん呪詛でも口にしているようだ。


 彼女の目の前まで来て、聞き取れたのは知らない呪文だった。精を抜き取ろうとでもしているのだろうか。男はたちまち骨抜きにされるという恐ろしい魔法を持っているという魔王嬢。さっきから同じところで噛んで最初から唱え直してるけど、あんなお漏らし徘徊ジジイでも彼女にとってはその対象になるんだね。


 なんというか、こいつら見てると人生の虚しさに絶望しかけている自分がいるのだが……


 ババアは小声だしジジイはバカだし。老化という絶望を目の前にして、冒険者という一攫千金を夢見てしまった人生の選択に悲嘆してしまった。もうこれ以上、私を悲しませないでくれ……


 聖なる力が宿った棍棒を持ち上げ、私は力を抜いて重力に従うままにそれを下ろす。


 ババアの抵抗はなかった。なんならうめき声もなかった。撲殺した干物は消えた。重力に従って玉座の当たった棍棒の音だけが、金色の部屋に響いていた。

 

 魔王嬢の討伐。きっと何もしなくてもあれはもう寿命だった気がする。私の腹いせでなんとなく倒してしまったけれど、なんか後味が悪い終わらせ方をしてしまったかもしなれない。


 帰ったら相手は誰でもいいからさっさと結婚しよ。あんな色ボケババアにだけはなりたくないから。


 帰るまではまだ旅の途中。


 私はジジイから回復薬だけ奪い取り、帰還の指輪の使用は彼らに任せた。


 これからは私の婿探しの旅が始まる。








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