第18話 泥んこ聖女、襲われる⁉


 聖女のお姉さま方が他の見習いの子たちと楽しげに談笑しているなか、ポツンと会場の真ん中に取り残されたわたし達は、二人気まずい時間を送っていた。


 あーこれは、あれかな?

 いわゆるイジメって奴なのかな?


「どうしますハイネさま、なんだか最初に計画していた予定と違って、人を集めるどころかすごく遠巻きに見られてますけど⁉」

「仕方ないじゃん! この宝石たちを見たら絶対食いつくと思ったんだもん!」


 コソコソーッ⁉ とその場で緊急会議を開き、予想外の反応に戸惑うわたし達。


(あっれ~おかしいな? お金持ちの奥様は限定品とヒカリ物に弱いって聞いてたのに)


 当初のこの魔粘土の魅力を使ってこのお茶会の話題を一気にかっさらう予定はどうやら不発に終わったらしい。

 なんだか珍獣みたいな扱いされてない?

 遠巻き見つめてくる視線が痛いんだけど⁉


「せっかくですし展示されている作品を見てみませんか、あちらにハイネさまが見たことのないような聖餐器が展示されているそうですよ!」

「……うん。そうしよっか」


 リリィの提案にガックリと肩を落とし、トボトボと壁際に移動する。


 ううっ、せっかく綺麗に着飾ってきたのに、何がダメだったんだろ?


 そうして有名な聖女や大聖女さま達が作った聖餐器が誇らしげに展示されているエリアに移動すれば、隣に立つリリィがあからさまに声を高くして一つ一つ説明し始めた。

 どうやら落ち込んだわたしを励まそうとしているつもりらしい。

 その微笑ましい気遣いに救われながら、リリィの言葉に耳を傾けていけば、いつしかわたしは見事なまでに細工された聖餐器に目を奪われていた。


「なに、これ」


 どの聖餐器も特徴的で珍しいけど、見事な作品だ。

 これは料理を作る際に使われてる大鍋かな?

 今まで聖餐器といえば『食器』というイメージしかなかったけど、


「……ナイフの他に包丁やレードルなんかもあるんだ」

「ええ、聖餐器は学園ごとに独自の特色があるそうですから、ここは北方の特色を組んでいるようなので、ハイネさまには少し珍しいかもしれませんわね」

「ふーん。その言い方だとリリィには馴染み深い聖餐器だったりするの」

「ええ、恥ずかしながらわたくしの家はいわゆる成り上がりという奴ですので、給仕の手も足りず聖餐式の際はよく自分たちで台所に立っていたこともありますの」


 恥ずかしげに頬を掻き、視線をわずかに逸らすリリィ。


 どうやらわたしが知らなかっただけで、聖餐器そのものを手に入れられるのはよっぽど上位の貴族だけらしい。

 リリィのような下位の貴族は、器ではなく調理器具の聖餐器を使うことで食材を浄化するようで、そういった貴族は『自分の食卓も満足に整えられない成りそこない』として貴族社会では嘲笑の的になるそうなのだ。


「なので極力、多くの貴族は自分たちの食卓事情を知られないように外部には隠すのが暗黙の習わしになっているそうです」


 へぇ、そんな習慣があったんだ。

 道理で屋敷を出て買い食いした時にめちゃくちゃ叱られたわけだよ。


(でも別に、自分で食卓を整えることの何がそんなにおかしいなことなんだろ?)


 むしろ、命のありがたみを実感できる立派な行いで、誰かに後ろ指刺されるようなことじゃないと思うんだけど、


「なるほどねぇ、リリィの聡明さにはそんな隠れた経験があったんだ。道理で学園で一番の物知り博士になれるわけだよ」

「そ、そんな大したことじゃありませんわ。わたくしはただ、少しでも我が家の経済状況を豊かにするために穢れの少ない食物など色々と民間伝承などを調べただけで、そこまで褒められるようなことは何も――」

「いやいや、その知識がするっと出てくる基礎が大事なんでしょ」


 その有能さで忘れがちだけど、この幼さでここまで自分のことを分析できるリリィは異常だ。

 きっと記憶そのものというより、目の付け所がいいんだと思う。

 ある種の神がかった目利きの天才と言ってもいい。


「それに何度も言うけど、リリィが品評会で表彰されるくらい成長できたのもこれまでいろんな経験をしてきたからでしょ? その自分を卑下する癖はいい加減直した方がいいって言ってるよね? 忘れたの?」

「わ、わかっておりますけど、やっぱり自分のこととなると実感がなくて――」

「まったく。変なところで頑固なんだから」


 わたしなんかよりよっぽどすごいことしてるのに、なんだってこの子はわたしなんかを背中がかゆくなるほど称賛し始めるのか、わからない。


 まぁこれを機に、自分の貴重な才能に気づいてくれたらいいな、と思っていると首に巻いた宝石のネックレスが小さく点滅し始めた。


「――げ、もう。魔力切れ⁉」

「あら? ハイネさまどちらに?」

「おほほほ、ちょっとお花を摘みに」


 そそくさと大広間を離れ、教会に仕える巫女たちに案内されるまま化粧室に直行する。

 そしてフラフラと化粧台の前に立つと、


「あ゛あ゛ー、やっぱり貴族社会ってホント面倒!」


 そういって誰もいないことを確認して、大きなため息を履いていた。


 やっぱり大聖女主催のお茶会となると一筋縄じゃ行かないね。

 ここに来るまで、何度も聖女のお姉さま方達の腹の探り合いに巻き込まれたのだ。

 リリィが予想していた通り、聖女にも序列があるようで。道をすれ違うたびに、ニコニコした慈愛の笑みで、細かい牽制を口にしてはマウントを取りにくるのだ。


 そのたびに優等生の皮をかぶって、自分の胸に付けた聖天イシュタリア勲章を見せて黙らせたけど、


(わたしの家はどちら側の大聖女につくとか知らないっての!)


 こっちはこのお茶会を無事に乗り切るので精一杯だっていうのに、なんだってそんなくだらないことに集中しなきゃなんないのよ。

 それにしても――


「想定していたより魔力が減るのが早かったかな」


 鏡に映った自分の首元を見れば、深紅に輝いていた宝石の首飾りが黒く輝きを失っていた。


 洗脳対策で作った宝石型のお守りとはいえ、この宝石自体は『魔導具』だ。

 当然、魔力がなければ魔道具は動かない。

 なので使用限界が訪れると、何度か点滅する仕組みになっているんだけど、


「まさか一時間もしないで魔力切れを起こすなんて」


 やっぱり備えておいて正解だったかも。


 これは魔法陣を研究していくうちにわかったことだが、どうやらこの世界にはいわゆる相手を魅了せさたり、麻痺させたりする類の魔法があるらしい。

 ここは魔法のある異世界だ。

 当然、そういった禁忌に数えられるような魔法があってもおかしくない。


 なので早急に『状態異常』を解呪する類の魔法陣を研究し、とりあえず聖銀と組み合わせることで不自然にならない程度にネックレス型の魔道具としての機能を持たせることに成功したわけだけど、


(テストなしのぶっつけ本番だったけど、ちゃんと発動してよかった)


 黒く輝きを失ったネックレスに手を当て魔力を込めると、黒く染まった宝石が徐々に深紅の色を取り戻し始める。


「よし、これでもうしばらく持つかな」


 いつ、だれが洗脳光線を放ってくるかわからないんだ。

 できる準備は万全にしておいた方がいいだろう。


「たぶん必要ないけど、こっちの出番もないとは限らないしね」


 そういって右手に巻かれたブレスレットのお守りに目を向ける。

 するとタイミングよく聖堂の鐘が大きく二度鳴り、頭上を見上げた。


 おおっとまずい。次は確か、大聖女様入場だったかな?


 また聖女のお姉さま方に因縁をつけられたら大変だ。

 対デバフ用に作った首飾りを改めて確認して、化粧室から出れば、


「きゃ――」

「ごめんなさい!」


 突如襲ってくる右側からの衝撃に、わたしは派手に尻もちをつくのであった。

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泥んこ聖女はわからせたいッッ! ~追放された元聖女、ギフト『泥遊び』を極めて食器を作ったら、やりすぎて荒れ地が理想の領地になっていた件について~ 開拓しーや@【新ジャンル】開拓者 @kawanoue

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