どこかの話

白川津 中々

◾️

 こんな稼業に身を落としていても、やはり、人として考えてしまう瞬間がある。


「どれがいいと思いますか?」


 依頼主からの質問にうんざりしながら、かといって金をいただく立場でもあるため、「分からない」という風に小首を傾げてみせる。いずれも◾️◾️用のドレスで、照明に反射してキラキラと輝いているのが、悪趣味に拍車を掛けていた。


「こんな事ならもう二、三人頼めばよかった。あ、今からでも間に合いますか?」


「生憎ですが、在庫なんてものがないので難しいですね」


「カタログはあるのに?」


「売り切ってしまう前提ですから。売れなかったら大損なばかりか余計なリスクも被らなきゃいけないですからね」


「その時は私が全部買おうじゃないか」


「そう言って今回、しっかり厳選されたんじゃないですか」


「一定のクオリティは維持してもらわないと。エラー品なんて、一部のマニアにしかウケないだろう」


 エラー品。


 命をそんな風に言えてしまえる感覚に唾棄を催すも、そんな輩に売っているのは俺なのだから批判する権利はない。むしろ、こうした手合いに営業している分、俺の方が質が悪いかもしれない。


「……よし。今回は、この二着にするかな」


 選ばれた青と緑のドレスはしっかり仕立てられている。◾️◾️◾️童が着ればさぞ爛漫に映えるだろう。


「それじゃあ、部屋に入れますよ」


 電話をワンコールだけ掛けて切る。扉が開き、二人の◾️◾️が何も身に纏わずこちらに歩いてくる。怯え切り、震えながら。


「あぁ、愛らしいね。素晴らしい。さぁ、怖くないよ。一緒に遊ぼう。君たちのためにお洋服も用意したんだ。素敵だろう」


「商品チェックはよろしいですか?」


「あぁ、もちろんですよ。いや、後三人は買えばよかった。次は優先して案内してほしいな」


「上に言っておきます。何もなければ私は失礼しますが、よろしいですか?」


「結構です……さぁ、お着替えしましょうねぇ」


「……」


 反吐が出る。

 しかし、あの二人は貧民街にいるカスの腹から生まれ、ろくでもない環境で育ってきた。いつ死んでもおかしくはなかっただろう。ここにいれば少なくとも二、三年は食うに困らないどころか、一生かけても経験できないような生活を味わえる。そのための代償は……やめておこう。俺には関係のない話だ。


「さぁ着終わった。綺麗だねぇ。よし、寝室へ行こう。遊び終わったら、美味しいものをなんでも、食べさせてあげるからね」


 ……良心はとうに捨てた。

 金のために、生きていくためには仕方がなかった。あの二人だって俺と同じ立場にいたらこうなっていただろう。心を痛める事はない。


「俺はクズなんだ」


 そう言葉に出すと、少しだけ楽になる。

 そうとも。俺はクズだ。クズだから、こんな仕事しかできない。悪行で金を稼いで、ゴミのように死んでいけばいいのだ。俺の人生、そうでなくてはならない。


「……」


 スマートフォンを見る。

 二人分の入金がされている。


 これでいいのだ、これで……

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