第24話 真実+α=


 これだけ遠い過去に関しては、僕のSSRミッションカード【時間遡行】では運命を変えることはできないし、埋もれた真実を発掘することくらいしかできない。


 それでも、掘り出したものの中には当時を生きていたシスでさえ知らなかった希望の灯りが紛れているかもしれない。だとしたら、悲劇の中心にこそ希望は見えてくると考え、僕は伯爵のいる寝室を中心に時間を少しずつ進めることにした。


 寝室では、医者や使用人、客人等、そうした人たちの行き来が見られた。その中でも特に見たくなかったのが、メイドリーダーのファリアンや執事ルセフの出入りだ。あんなことをしでかしながら、一体どの面下げて見舞いに来るのか。


 不快なのでこの場面を飛ばそうかと思ったけど、僕は思い直した。彼らの中に希望の光なんてないと考えるのも先入観で盲点といえるのかもしれない。怖いもの見たさっていう気持ちもあるし、ここは我慢して少しだけ覗いてみようか。


 まずは、シャルド伯爵とファリアンとの会話だ。


「シャルド様……おいたわしや。あなたがこんなことになるなんて……」


「……ファリアン、か」


「は、はいっ! 私ですよ、ちゃんとここにいるので安心してください……」


「まさか、誰かに毒を盛られるとはな……」


「え……な、何を仰るのです。医者の話では、毒の話など出てきませんでしたよ?」


「……隠さずとも、よい。自分の体のことは、自分がよくわかる。ファリアン……私はな、こうして死ぬのが自分でよかったと考えているのだ」


「……はぁ、それは何故でございましょう?」


「もし、それが私以外の誰かなら、これほど辛いことはなかっただろう」


「シャルド様……」


「特に、それがシスだったなら、私の心は張り裂けていたはずだ……。それは死ぬよりも辛いことなのだ……」


「……」


 伯爵の手を握っていたファリアンの顔色が露骨に変わるのがわかる。それはまるで自分こそが犯人だといわんばかりの、憎悪に満ちた表情だった。それに気づいたのか、ファリアンが我に返ったような顔になる。


「た、確かに、シスは可愛いですからね。私にとっても、凄く辛いことです」


「ごふぉっ、ごふぉおぉっ……!」


「シャ、シャルド様っ!?」


 ファリアンは伯爵の手を再び握ろうとしたが、それを寸前で止めると、まるで汚物でも見下ろすかのような表情になった。その口の動きは、さっさとくたばれと呟いているようにも見えた。


 でも、本当の意味で見下されていたのは彼女自身だと思う。冷酷な表情で伯爵を見下ろしつつも、唇を噛みしめていたファリアンの表情こそが良い証拠だ。


 彼女の姿が消えてから時間を進めていくと、もう一人の重要人物が現れた。執事のルセフだ。そこで僕は指を止めて、二人の会話に耳を傾けることにする。


「そこにいるのは、ルセフ、か……」


「これはこれは、伯爵様、おいたわしや……」


「……何故、毒を盛ったのだ……?」


「はて。伯爵様、一体なんのことですかな?」


「……わかっているのだ。お前は認めぬだろうが……。おそらくは、ファリアンがシスに毒を仕込み、それをお前がすり替えたのだろう」


「……ハハハッ、推理小説の読みすぎですぞ? 私がどれほど貴方様に誠心誠意仕えてきたことか」


「……だからこそ、わかるのだ」


「……」


「もっと早く、シスを遠ざけるべきであった。お前たちのような腐り切った輩から……」


「フン、死にぞこないめが」


 ルセフの表情には、もはや遠慮の色は微塵も見られなかった。


「シャルド、貴様を殺すことは簡単であった。しかし、ファリアンの心を手に入れるために、少しだけ猶予を与えてやっただけのこと。お前は何も守ることができずに無様に死ぬのだ。悔しいか?」


「……フフッ、悔しくなどない。私の命など惜しくはない。シスは、お前たちが思うほど弱くはない。あの子の代わりに私が死ねるのなら、むしろ本望だ……」


「ご殊勝な心掛けですなあ。貴様が愛するシスはこれから、お前を呪い殺した犯人に仕立て上げられるというのに」


「……いいか。よく覚えておけ」


「何?」


「お前たちにできることはその程度だ。もし、シスを必要以上に苦しめるようなら、末代までお前たちを私が呪ってみせる。お前たちに幸福など訪れぬであろう。ゆえに、決してやりすぎぬことだ……」


「……」


 シャルド伯爵の鬼の形相は、今まで見たこともないほどに恐ろしいものだった。


 その後頻繁に訪れてきたシスに対して、伯爵は一言も毒に関してはもちろん、ファリアン、ルセフについても触れなかった。それは、シスを守るためなんだと感じた。シスはファリアンを尊敬していたし、ルセフについても信頼している様子だった。そうした存在が黒幕だったということをシスに告げなかったのは、彼女の心を守るためだったのだ。


 そして、ファリアンとルセフがシスを呪いの首謀者とするくらいでそれ以上何もできなかったのは、伯爵のあの怒りが抑制した結果だと思えたんだ。


「――あ……」


 未来へ帰還したとき、そこは真っ暗な庭だった。どうやら、過去に戻っていたこともあって時間は一切経ってなかったみたいだ。


「「「「おかえり!」」」」


「ただいま、リン、ゴン、エル、シスさん……」


 みんなの顔を見て、僕は心の底から安堵できた。やっと自分の居場所に帰ってこられたんだなって。さて、これからがある。それは、シスさんに今まで見たことを全て伝えるのかどうかだ。でも、僕の中ではもう、どうするべきか絞りつつあった。


「シスさん、真相がわかりました」


「覚悟はできています。話してください、トモヤ」


「はい。伯爵は、毒殺されたんです。執事のルセフから」


「……そ、そんな……! お二人の関係は良好に映っておりましたのに……」


「何やら確執があったみたいで。多くは語らなかったけど……」


「そうなのですね。でも、伯爵様は何故、私にそのことを最後まで黙っておられたのでしょう……?」


「それは、シスさん、あなたの心を守りたかったからじゃないかな?」


「わたくしの、心を?」


「はい。伯爵はシスさんのことをずっと気にかけていました。あなたが黒幕を知ることで、それを恨むようなことが無いようにしたかったんだと思います」


「……そう、だったのですね……」


 伯爵の真意を知ったシスの目元に涙が浮かぶ。僕は少し真実を歪めてしまったかもしれないけど、これでよかったんだと思いたい。これで、伯爵とシスの両方に思いを寄せた格好になれただろうから。

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異次元に閉じ込められた学校でガチャをすることになりましたが、【SSR確定】スキルを獲得したのでガチャ無双します 名無し @nanasi774

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