その面影
シリウスが片膝をついてバロンがカードへ戻ると同時にエルクリッドも限界を迎え、ローレライが煙のように消滅しカードとなって手元へ帰ってくる。
(ぎりぎり、勝てた……でも、まだまだ、だな……)
膝に手をついて息を切らしどっと汗が流れ落ち中でエルクリッドは勝利と共に目指す先にはまだ遠いと思い、喜びよりもさらなる高みをと身体を起こしながら気持ちを切り替えシリウスの元へと駆け寄った。
「シリウス伯父さん、大丈夫?」
「問題ない。お前の強さ、ローレライの力……やはり戦ってみると直に伝わるものだ、な」
エルクリッドが差し出す手を取りながらシリウスは立ち上がり、色彩を失ったバロンのカードをカード入れへ戻しつつエルクリッドと目を合わせる。
リスナーとして相対してわかるものがある。繋がるもの、心の奥底にあるもの、アセスとの絆といった思いの深さが。
戦いを終えた二人の所へ真っ先にノヴァが駆けつけお疲れ様ですと笑顔で述べ、シェダ、リオ、タラゼドと来てそれぞれと顔を合わせシリウスは静かに微笑む。
「エルクリッドは、良い仲間に恵まれたな。そして、スバルが持っていた思いの強さも……面影を感じた」
大罪人であっても妹は妹、兄としてスバルの遺児たるエルクリッドの存在は複雑なものがあれど、今はもういない彼女の面影は伝えられているのがわかり、感じていた繋がりがより強さを増す。
それはエルクリッドも同じ。手を離さずそのまま両手で握ると自分の方に寄せ、すっとシリウスに甘えるように身体を寄せて温もりを感じながら目を閉じる。
「ありがとうシリウス伯父さん……あたしにも、家族はちゃんといたんだって……なんか改めて思うと……」
溢れそうになる涙をそっとシリウスが払ってやり見上げるエルクリッドを優しく撫で、幼い日に妹スバルに同じようなことをしたのを思い返す。
だがすぐにエルクリッドが抱えるものの大きさやその為に何ができるのか、そして待ち受けるものへ彼女が立ち向かおうとしているのを戦いを通して改めて理解し、カード入れからカードを抜くとそっと手渡した。
「そのカードはお前が持っていた方がいいだろう。今は使えないとは思うが」
そのカードは翼を描く白銀の盾のカード。シリウスの言うように今は使えないというのはカードそのものから感じ取れ、同時にその名前も今は口にできないのも感じ取りつつエルクリッドはカード入れへとしまう。
「ありがとうシリウス伯父さん。あの……えと……」
「共には行けない」
エルクリッドが言うよりも早くシリウスは彼女にそう答え、流れゆく風を感じながら空を見上げ自分の旅の理由を明かす。
「このシリウスもやらねばならぬ事がある。この世界に残る同胞達を探し出す事、妹が見たかったものがなんだったのか、犯した罪の贖罪……それらは一人で成し遂げたい、それにお前には、良い仲間達がいる」
このエタリラに今どれだけのエルフが残っているかは四大国はもちろん、十二星召ですら把握してはいない。
そしてスバルが犯した事への贖罪の旅、彼女が見たかったもの、様々な目的を一人で成し遂げるとシリウスの意思の強さをエルクリッドは感じ、また彼に仲間の事を言われて改めてその存在に心が温かくなり強く頷く。
「また、会えるよね?」
「エタリラの空を見上げた時、同じ空の下にいる限り何処にいようと生命は繋がっている。必要な時はまた力を貸そう、それまでしばしの別れだ」
エルクリッドを撫でながら話す言葉は優しく、彼女を撫でて後ろへ下がりながらノヴァ達に目を配って軽く頭を下げてシリウスは立ち去っていく。
シリウスの姿が見えなくなってからエルクリッドは深く息を吐いてから両頬を叩き、くるりと仲間達の方へと振り返る。
「あたし達も行こっか。目的地決めてないけど」
明朗快活なエルクリッドの言葉と表情にノヴァも笑顔で応え、シェダ達も安堵しタラゼドもまた穏やかに微笑む。
「ではここから南へ行きリモドの街へ向かいましょう。そこでカードの補充をしつつ、次の目的地などについて相談しましょうか」
「じゃあそれで行きましょう!」
タラゼドの提案に真っ先にエルクリッドが答え、まばゆいばかりの笑顔が晴れた空と相まってノヴァには輝いて見えた。
明るく道を照らす希望のような人、その笑顔が戻った事を噛み締めながら彼女の手を取り笑顔を返す。
ーー
エルクリッド達もいなくなって静かな森へ戻った場所へ黒衣を纏うネビュラ・メサイアが訪れ、地面に付着している血を見つけて青い紙の切れ端を触れさせ、紙が緑に変色したのを確かめると土から剥がすように血を小さな瓶に入れて採取し、同じようにいくつかの血を集めていく。
その様子を静かに見守りながら周囲へアルダ・ガイストが警戒を続け、終わったよと言ってそそくさと森の外へ歩き始めるネビュラの後を追う。
「純粋なエルフの血はこれで回収できた……あとはザキラが活動してくれれば必要なものは揃う」
「既に情報は渡しているが、動こうとはしない。人選を間違えたのでは?」
「彼女は警戒心が非常に強いみたいだから。それに物が来るまでにやれる事もある、急がないほうが新しい発見がある……エルクリッドのように、ね」
話をしながら森を抜けると共にネビュラがカードを懐から取り出して前へ投げ、直後にカードが破裂すると共に渦巻く暗黒空間が現れそこを通りネビュラとアルダは拠点へ転移する。
ついてすぐにネビュラは薄暗い研究室の机の上に回収したエルフの、シリウスの血が入った瓶を並べていき、その中身を大きな瓶へ養液と共に混ぜていきろ過器にかけて血液のみを分離させていく。
そうして血液だけが抽出されるとそれを新たな瓶に入れて満たし、いくつもの管が繋がる機械に瓶を嵌め込んで中身を吸い出させ、管を通り血液はあるものへと集められていった。
「ネビュラよ。エルフの血ならエルクリッドのものでもよかったのでは?」
「彼女はぼくが手を加えてるから純粋なエルフの血ではないし、これはその彼女の欠けてるものを補う為のものだからね」
なるほど、と返しながらアルダがネビュラの後ろについて共に見つめるのは、いくつもの管が繋がる裸体の女性が台に横たわる姿だ。
ドクンドクンと音を立てながら血液が身体へ浸透していき、それらが全て注ぎ込まれるとネビュラは管を粗雑に引き抜いて懐から灰色のカードを取り出す。
「アスタルテはもうすぐ完成、か」
うん、とアルダに答えながら落とすようにネビュラは灰色のカードをアスタルテと呼ぶ女性の腹に落とすと、カードが取り込まれていきアスタルテの身体がビクンと脈打つ。
しかし目覚める様子はなく、色艶と張りこそあるが生きているという雰囲気は感じられず、アルダですら不気味さを感じていた。
だが今はとすぐに切り替え、ネビュラと今後の話を進めていく
「アリアンにあったここへ通ずる道筋は完全に破壊してある、ここへ来られる事はない」
「わかっている。でもそう遠くない内に見つかるとは思う、その時までにアスタルテの完成をさせたいから……ザキラが間に合わない時はそれはそれで考えておくよ、君も今はその腕を治すのに集中するといい」
あぁ、と答えてアルダは静かにその場から立ち去り、ネビュラは淡々とアスタルテを抱えて水槽へ彼女を入れ機械を動かし閉じ込めると、眠るように身体を丸める彼女を見つめ何かを思う。
「ねぇスバル、君はエルクリッドに何を感じたのかな? ぼくはぼくのやり方で君の答えを見つけるよ、君が教えてくれたエルフの秘術を使って
アスタルテの眠る水槽に手を触れながらネビュラは独り言を漏らす。
その脳裏には血の涙を流しながら何かを抱えるスバルとの出会いを思い浮かべながら、音を立ててヒビが走る自分の手を見つめながら。
To the next story……
星彩の召喚札師Ⅵ くいんもわ @quin-mowa
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