日本の中小企業の99%は魔術でできている
伽墨
半分冗談、半分本気です
私は時々思うのだ。
うちの会社の従業員は仕事をしているんじゃなくて、営業利益を生む「魔術」のための儀式を繰り返しているだけなんじゃないか、と。
同僚にそう言うと、彼は笑ってこう返した。
「なんぼ何でも、仕事は仕事やろ。俺らはちゃんとこなしとるってこった」
でも、私にはどうしてもそうは見えない。
ある日、私は隣の部署を見てこうつぶやいた。
「言われてみれば、なぜ俺らは業務時間中に机を磨き、掃除機をかけているんだろうか」
すると先輩が胸を張って答える。
「そらもう、うちの会社の“4S”っていう文化であり、伝統や」
4S──Startup、Speed、Scalability、Strategy?
「違う!整理・整頓・清掃・清潔や!」
先輩は誇らしげだった。
だが、どれだけ机をぴかぴかに磨こうとも、それで営業利益の数字が光るようになるわけではない。磨かれた机が反射するのは「やってる感」だけだ。
業務時間中も、私は引っかかり続けている。
「このスプレッドシート、なんでこんな妙なレイアウトなんです?セルの結合がめちゃくちゃたくさんあるし、これじゃ表計算ソフトとして使えないのでは?」
私が尋ねると、返ってきたのはこういう答えだった。
「ああ、それ印刷して課長のはんこもらう用や」
デジタルで済むものを、紙に戻して三日間かけて巡礼させる。
課長の印が押されると、その紙は神聖な存在となり、効力を持つようになるらしい。
私は呆れて笑ったが、誰も疑問を抱いていないようだった。
「どうしてこんなに会議が多いんですか」
ある日とうとう我慢できずに聞いた。
すると先輩は落ち着き払って答えた。
「会議は話し合うこと自体に意味があるんや。結論を決めるのは来週の会議や」
……話し合うこと自体が目的となり、実際に何かを決めるのは「次回の会議」。
この国の「魔術」はゆっくりと循環を繰り返し、形となるまでに膨大な時間を要するのである。
そして、製造現場には金庫がある。
中には最新のマシンのマニュアルが眠っている。
このマシン、「壊したら怖い」という理由で、購入してから今に至るまで一度も使われることなく、封印されたままだ。
代わりに、昭和からの機械が今も動き続けている。
「三日かけると熟成の味が出る」──と誰かが言った。
私は心の中でつぶやいた。これはワインじゃない、と。
そして私は、妄想する。
もしサム・アルトマンやジェンスン・ファンがうちの社長になったら──。
彼らはきっと言うだろう。
「机を磨いて、床を拭いて、君たちは一体作っているんだ?」
笑いながら書いていて、ふと怖くなる。
もしかすると日本の労働力の多くは、ほんとうに「やってる感」を生むための魔術に費やされているのではないか、と。
我が国のGDPの四割くらいは、「やってる感」でできているのではないか、と。
机を磨きながら、私はそんな考えを拭い去れないでいるのであった。
日本の中小企業の99%は魔術でできている 伽墨 @omoitsukiwokakuyo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます