第2話:殺し屋
いつも通り、私は朝の「白神翔くん見送り任務」に就いていた。
もちろん、本人に見つからないように。
(つまりはストーキングである)
(あ〜今日もかわいいなぁ、翔くん♡)
ポケットに両手を入れたまま、すこしだけ眠そうな表情。
なのに制服の着崩し方とか自然体でオシャレなの、ずるい。
「今日は咳払いを9回……あと、髪をかき上げたのは3回。ああ、今の首の角度、約5度傾いてた……かわいい、尊い、罪深い……」
そんなふうに尊い翔くんを分析しながら追っていると、不意に視界の端に違和感が走った。
(……ん?)
ちょこちょこと、私よりもさらに影に隠れるようにして歩く影。
(え、誰……)
その子は――小柄で、赤い髪、青い瞳。まるで外国のお人形さんみたい。
ぱっちりとした目、可愛い顔立ち、透き通るような肌。
あれは……私の中の“理想的な可愛い女の子像”を全部詰め込んだような存在だった。
だけど、何よりも気になったのは――
(……あの子も翔くんを尾行してる!?)
一気に警戒レベルが爆上がりした。
でも焦っちゃいけない、冷静に、優しく、礼儀正しく……
私はその子にそっと近づいた。
「ねぇ、何してるの? もしかしていま、誰かをつけてた……?」
その子はピクリと反応した。
だけど、顔を向けずに、なにか小さくブツブツと呟いている。
「!……少し、殺気……? この子、只者じゃない……少し強いな……」
小さな声が耳に入る。
「試しに……ひと蹴り…いやダメだ……様子見を…………」
(え?)
「ど、どうしたの?」
そのときだった。
シュッ!
空気が切り裂かれるような音とともに、鋭い“何か”が私の顔スレスレをかすめた。
足の動き――これは蹴り。
咄嗟に身をひねって避ける。
ほんのわずかでも遅れていたら、私は地面に転がってた。
(なにこの子……本気だ……!!)
少女はじっと私を見つめると、再び口元でぶつぶつ言い始めた。
「!?この人、避けた。私の蹴りを避けるなんてそんな人、そうそういないのに……」
そしてぽつり。
「……もしかして……この人、あの人を追跡……任務の邪魔は殺せって……お父様の命令……」
( 任務!? 殺せ!?)
ヤバい子だった。
私なんかよりはるかにヤバい子だった。
「――っ!」
この子、まともじゃない。
かわいい顔して、さっきの蹴りは本気だった。
少しでも反応が遅れていたら、私はもう倒れていた。
(やばい……)
背筋を冷たいものが走る。
でも、翔くんの尾行をめぐって誰かに負けるなんて――絶対にイヤだ。
「ごめんね? 本当はあんまり暴力とか好きじゃないんだけど」
私は制服の内ポケットから包丁を抜いた。護身用。翔くんの安全を守るための、最低限の準備。
(……やるしかない)
私は迷いなく一歩踏み出し、少女に向かって斬りかかった。
だけど。
「――遅い」
少女は一言だけ言うと。
シュンッ!
空気が裂けた。
私の包丁が届く前に、少女の身体はスッと消えていた。
(え……?)
「速い……っていうか……見えない……」
視界から完全に消える動き。まるで、カメラの早送りみたいなスピード。
次の瞬間。
「うっ……」
私は自分の背中に冷たい感触を感じた。
そこにあったのは――刺さっている包丁。
振り返ると、少女はほんの少し申し訳なさそうな顔で、でも淡々とこう言った。
「ごめん……でも、邪魔する人はどんな人でも……。それが、殺し屋の役目だから」
(あ……また……死んだ……)
膝が崩れ、視界が赤く染まっていく。
(翔くん……)
⸻
気づけば私は、また“あの日の下校時間”に立っていた。
(……は?何あの強さ)
翔くんが歩いてる。私は後ろを歩いてる。
(戻った。また、あの“ストーキング開始地点”に……)
心臓がドクンと脈打つ。今の感覚はまさに死だった。
(やばいやばいやばい……)
私は額から汗を流しながら、心の中で叫ぶ。
「どうしよう……あの子、強すぎるんだけど!?」
殺し屋の少女。超人的なスピード。まるで人間じゃない。
あんなのに何度も殺されたら、翔くんの追跡すらできない。
(……どうする、どうすればいいの……)
けれど――逃げるという選択肢は、私にはなかった。
(だって……翔くんが狙われてるなら……私が守らなきゃ)
例え、何度死ぬことになっても。
(殺し屋……って言ってたよね、あの女の子)
再び“白神くんストーキング起点”に戻ってから三度目の朝。
私は彼女――あの謎の赤髪少女をまた見つけていた。
白神くんの後ろをつけるようにして、だけど警戒心バリバリで。
その姿は、どう見てもただのストーカー仲間じゃなかった。
(でもあの時……ちょっと話せば、わかってくれそうだった気がする)
怖かったけど、決めた。今のままじゃ勝てない。
だったら――入れてもらおう、殺し屋組織に。
情報を得るために、演技くらい朝飯前だ。
彼女がひとりきりになったタイミングを見計らって、私は後ろから声をかけた。
「あ、あの……あなたが有名な……殺し屋の、えーと……」
(大体テキトーなこと言ってれば話噛み合うでしょ)
ピクッと肩が動いた。
彼女はくるりと振り向き、にこっと笑ってウインクしてきた。
「え? 殺し屋って知ってるの?なんで知ってるの?私社会の裏の裏の裏で働いてるようなやつなのにーなんでー?まあ細かいことはいっかふふ、私は**殺し屋の赤嶺光(あかみね ひかり)**だよ」
(えっ、そんな軽く名乗っていいの……!?)
その顔は人を何人か刺してるとは思えないくらい無邪気で明るかった。
さっき刺された人間としては、このギャップが一番怖い。
だけど、私は怯まずに言った。
「えっと……私、あなたの弟子になりたいです」
「え? 本気で?」
「はい! 殺しとか興味あります!! いっぱい殺したいです!!(迫真)」
(あぁ今のセリフ、録音されてたら人生終わる)
すると光ちゃんは小首をかしげて少しだけ困った顔をした。
「うーん、私はいいけど……お父さんがね~、すっごく厳しい人だから……“弟子取るなら殺してから”って言われてるんだよね~たぶん」
「殺してから!?」
「冗談だよ、たぶん。うちの家系は、代々国家公認の裏殺し屋なの。裏の裏の裏で暗躍する存在? それなりに厳しい血統なんだよ」
国家公認の裏殺し屋!? それもうただの公式の闇じゃん。
私はとりあえず笑顔で答えた。
「で、でもでもでも! 私、努力は惜しみません! なんでもします!」
光ちゃんは一瞬だけ私をじーっと見つめたあと、ぽつりと呟いた。
「……ふーん。でもなんで? 殺し屋なんて、普通はなりたくならないよ?」
(くっ……ここは演技力で乗り切る!)
「……私は、守りたい人がいるの。誰にも手出しさせないくらい強くなりたいの」
(まぁ全部事実だけど…)
「…………」
光ちゃんは目を細めてから、ふわりと笑った。
「そっか……じゃあ、採用ね。うち来る? 面接しよ」
(やった……! これで内部に潜入できる!)
「……って、まだ採用はダメだったわ。うちのルールがあるからね」
光ちゃんはウインクしながら、くるりと一回転して続けた。
「5分間!」
光ちゃんは片手を勢いよく突き出し続けた
「5分間私に1回でも触れたら、正式採用! どう?」
「う、うん……」
(やばい……反射で返事しちゃったけど、どうやって触るの?)
彼女の動きは、目に映らないレベルの超スピード。
人間じゃない。何か別の生き物。
普通にいったら、絶対無理。
(……でも、私も普通じゃない。)
「と、あたりに落ちてたちょうどいい小石を見つけた。
(この石、使えるかも……)
私は頭をフル回転させながら、その石を道の上にそっと置いた。
見えにくい位置。光ちゃんが立ち止まりそうなルート上。
(あとは、動きを読む)
呼吸を落ち着けて、彼女の癖、重心の位置、目線、そして風の流れまで見て――
この一瞬に賭ける。
「準備いい?」
光ちゃんが構える。
「うん!」
その瞬間、彼女の姿がふっと消えた――!
(きた!)
石が、ほんのわずかに転がった。
(そこだーーーっ!)
私は全力で踏み込み、左手を振るう――!
「……!」
彼女の頬に、私の指先が一瞬触れた。
スッ……と彼女はすぐに距離を取ったけど、その目は驚きに満ちていた。
「……すご……っ!」
彼女はあっけに取られた顔で、感心したように言った。
「まだ2分も経ってないのに……本当に触ってくるなんて。私に、“私自身が気づく前に”触れた人、初めてかも」
「へ、へへ……どう? 合格?」
「うん、もう即採用! あ、名前なんだっけ?」
「黒野闇子。翔くんのために、今日から殺し屋見習いだよ」
「翔……くん……」
ふと名前を口にした瞬間だった。
光ちゃんの顔が、ほんの一瞬だけ――暗くなる。
(……あれ? 今……なんか、雰囲気変わった……?)
「どうしたの?」
「ううん……なんでもないよ、うん! ほらっ、お父様のとこ行かないと! 採用採用!」
あからさまに話題を変えたけど、私はその小さな違和感を覚えておくことにした。
*
しばらく山道を歩いていると、急に光ちゃんが立ち止まる。
「ここだよ〜」
そう言って、地面をトントントンと何回か軽く叩くと――
パカッ!
「!?」
大きな穴が、音もなく開いた。まるで漫画の秘密基地のような。
「す、すごっ……本当にこういうのあったんだ、秘密基地……」
「ふふ、でしょ? この中、めちゃくちゃ広いんだよ! 私、五人姉妹だからそれぞれ部屋もあるんだよ~。ちなみに私が一番下。しかも防音完備! 外に何しても聞こえないの!」
(何してもって何……?)
入ってみると、まるで軍事施設。
近未来っぽい鉄の廊下に、監視カメラ、警報装置、機密扉――
(このレベルの施設って……本気のやつじゃん)
私は口がポカンと開きっぱなしだった。
すると光ちゃんが、さらっととんでもないことを言い出した。
「ちなみに、うちの姉たちすごいんだよ? 殺し屋としてそれぞれ専門分野があって――」
「専門分野!?」
「うん! 順番に紹介するねっ!」
・長女:赤嶺瑠奈(あかみね るな)
科学殺し屋。ナノ兵器から生体改造までこなす実験狂。マッドサイエンティスト。身長がめちゃくちゃ低くて可愛いけど笑うと怖い。
・次女:赤嶺翡翠(ひすい)
狙撃特化。2000m先のターゲットも狙撃できる伝説のスナイパー。無口。気に入った人に執着してくる。
・三女:赤嶺花(はな)
毒の調合担当。触るだけで死ぬ花とか育ててる。いつも笑顔。
・四女:赤嶺灯里(あかり)
爆発物&工作担当。好きな言葉は「起爆」いつも部屋で爆弾を爆発させてる
・そして私、赤嶺光。近接戦闘特化だよ〜!
「…………」
「えへへ、どう? 面白そうでしょ?」
「情報量多すぎて混乱してきた…………」
(やば……翔くんにこんな一家の子が接触してるなんて)
この屋敷の中には、私を殺せる技術を持ったプロたちが揃ってる。
(これは……私が情報を集めて、一番最初に動かないと。誰かが翔くんに手を出す前に)
「ね、ねえ……お父様って、どんな人なの?」
「ふふふ、それは――会ってからのお楽しみ!」
(怖……ッ!!)
「……ここが、赤嶺家の父の部屋……」
目の前には、鋼鉄のような巨大なドア。
どう見ても軍事施設か何かのセキュリティルーム。とりあえず、トントントンと叩く。
「――入れ」
その一言が響いた瞬間、心臓が跳ねた。
(こ、声だけで威圧感やば……!)
「闇子ちゃん、緊張しないでね」
光ちゃんが小声で囁くけど、その表情はどこか……悲しそうだった。
「失礼します」
中に入ると、そこに座っていたのは“化け物”だった。
……いや、人の形をしているけど、でかすぎる。
二メートル超えてる。肩幅も異常。顔には刀傷、腕は丸太、瞳は獣。
(……やば……ガチで強いやつだ……)
「さっき電話で聞いた。お前が“闇子”か」
「は、はいっ!」
「返事はいいな。よし、テストをしよう」
「え、テスト?」
「“私に触れろ”。成功すれば採用。失敗は……死だ。」
「……へ?」
私は一瞬、自分の耳を疑った。
「こっちに来い。防音室でやる」
(やばい……なんか軽い気持ちで来たけど……本気で命賭ける系だこれ……)
「闇子ちゃん……がんばって。死なないでね」
光ちゃんが、まるで見送り人のように小さく言った。
「うん! 頑張るね……」
(……たぶん、無理だけど)
*
案内された防音室は広大だった。体育館ほどある真っ白な空間。
中央に立った男は、もはや風景を壊す圧力。
「始めるぞ」
その一言と同時に――
風が鳴った。いや、空気が裂けた。
(は……速い……!? さっきの光ちゃんより速い……!)
姿が消えた。どこ? どこにいる?
視界の端に一瞬――
「ぐあっ」
腹部に鋭い痛みが走った。
気づいたときにはもう血反吐を吐いて倒れていた
血が逆流して、喉からこみ上げて、力が抜ける。
「ちょ……うそ……」
男は一言、淡々と。
「不合格」
視界がぐにゃりと歪む。私は、そのまま、意識を手放した――
*
「……入れ」
(あれ?)
「闇子ちゃん……がんばって。死なないでね」
(……また……この場面……!?)
「失礼します」
(うそ……いつの間に?いつ死んだ?)
私はまた、死ぬ前に戻った。
⸻
(これはヤバい……あいつに勝てる気がしない……でも私には時間がある。死んでも戻るこの力がある――!)
翔くんを守るためなら、何度死んでもいい――!
ヤンデレ女のやり直し 夜凪東(よなぎ あずま) @Kamimamita0110
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