断片
ASOBEENO
第1話 断片 短編
第1話 【断片】
1963年、東ベルリン。
壁に沿って、古い図書館がひっそりと佇んでいる。
司書のヨハネス・ヴァイスは、退屈な日々を送っていた。
彼の仕事は、古くなった書籍の整理と、時折やってくる老人に本を貸し出すことだけ。
しかし、彼の本当の仕事は、地下の資料室で受け取る、本に隠された暗号の解読だった。
ヨハネスは西側のスパイだった。
ある日、彼の元に、一人の若い女がやってくる。
彼女は、東ドイツの詩人、エヴァ・シュナイダー。
「この本を貸してください」
彼女が指差したのは、ヨハネスの最も大切な、亡き妻との思い出が詰まった本だった。
その本の余白には、妻が書き残した暗号が隠されていた。
それは、ヨハネスが西側に伝えるべき、最も重要な情報だった。
しかし、妻の暗号は、エヴァの指の動きによって、少しずつ別の意味に書き換えられていく。
ヨハネスは気づく。彼女は、自分と同じくスパイだと。
そして、彼女が西側に伝えるべき情報が、自分の妻が残した情報と相反することに気づく。
妻は「西側の高官に東側のスパイがいる」と告げていた。
一方、エヴァが伝えようとしているのは、「東側の高官に西側のスパイがいる」という情報だった。
どちらかが嘘をついている。
だが、どちらも「自分の妻が残した暗号」と「亡命を装った女」という、それぞれが信じざるを得ない情報源を持っている。
どちらを信じるべきか、ヨハネスは迷う。
もし間違えれば、妻の死は無駄になり、自らの命も危うくなる。
エヴァは静かに語りかける。
「信じて。私は、あなたの妻を知っている」
ヨハネスは彼女の瞳の奥に、亡き妻の面影を見る。
最後のページが書き換えられる瞬間、ヨハネスは決意した。
彼は、エヴァが伝えようとした暗号を、西側に送信する。
その暗号は、彼自身が、東側のスパイであることを告発するものだった。
END
断片 ASOBEENO @asobino774
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