第30話「剣ではなく署名で針が戻る日」

 ――停戦十二日目・朝。首都・中央広場。


 白布の天幕の下、木の壇はアランの二重補強済み。

 正面には式次第の大きな木札――上部にミント水の意匠がふわっと滲んでいる。


〈朝鐘共同儀・正式署名式〉

一、開式のちーん(一分)

二、耳の権利章典(抄)朗読

三、祝聴式の採択

四、剣ではなく署名

五、一分だけ拍手

六、B.T.I.反省の誓い(トイレは外で)

七、閉式のちーん

 ――(汁) ← 誤植


「最後の“(汁)”が、逃げ切れてない」


「意匠にします」


 参謀リリアがミント水を霧状にして、(汁)の文字にグラデーションをかけた。

 見る角度で青緑に光り、なぜか豪華。


「生活魔術は誤植をも救う」


「出たな最近よく出るやつ」


 ツバサ丸が肩へどすん。水鏡中継に**『(中継ON)』『#剣より署名』『(既読)』を貼っていく。

 アランは壇の縁をこん、こん、こん**。

 「人が乗るなら木を増す。紙も建築物だ」――はい開幕名言。


 可搬タイマー(特製フライパン)が台に据えられ、縁に一分針。

 リリアが軽く弾く。


 ちーん。(開式)


 ※※※


「耳の権利章典(抄)、読み上げます」


 ラズヴァルド(魔王)が木版スライドの前に立つ。

 勇者フェリクスは耳なしで登壇、エルノアは冷偏の祈り本、修道女セレスは白印を袖に忍ばせる。

 第三魔族対策部のマルク=ベロナは資料を正位置で抱え、顔には“今日はやるぞ”の字。


第一条:耳は武器に非ず。

第二条:聴取庇護を常設し、強制を禁ず。

第三条:祝福は開耳のために用いる(祝聴)。

第四条:B.T.I.はトイレの外で反省。


「四条目、事実です」


「事実です(二人同時)」


 笑い。一分だけ拍手がぱちぱちぱち。

 リリアのちーんで拍をしめる。


 ※※※


「次、『祝聴式』の採択」


 セレスが祭文を開く。語尾は**“耳を開かれんことを”。

 香は過呼吸除け**、ミント帯が朝風に溶け、広場の空気は落ち着いて冷たい。


「教会改革派、祝聴を提案。――白印で“遮断”の句を無効化します」


 ぽん。

 白い印影が紙面をすうっと抜け、**“再聴”**の文字が淡く浮く。


 ツバサ丸が**『(白い!)』**と貼る。かわいい。うるさい。


 ※※※


「――第四項。剣ではなく署名」


 司会の声で、机の上に署名板が並ぶ。

 その瞬間、マルクがガバッと立ち上がった。目の下にクマ、しかし声は張る。


「待った! 式次第に一枠足りない! 署名欄が規格上の余白に一致していない! 様式欠落!」


「木の余白を継ぎます」


 アランが前に出て、板の端に薄い木片をすっ。

 つぎ目がわからないほど美しく継がれ、枠が規格どおりに満たされた。


「――様式、物理で満たす」


 会場、どっと湧く。

 マルクは震える手で資料を逆さ→さらに逆さにしようとして、思いとどまり、そのまま正位置で頷いた。成長。


「……異議、撤回します」


「前進です」


 セレスが微笑み、白印を胸ポケットへ。


 ※※※


「では、署名」


 ラズヴァルドが筆を取り、ためらわずに書く。


ラズヴァルド=ネヴァン

――沈黙の謝罪。二度と、声を“武器だけに”委ねない。


 ちーん。(リリアが一拍くれる)


 フェリクスは筆を握り、胸に手を置く。ワン・ツー・おすわり。

 そして、よし――自分で出す。


勇者フェリクス

――遮らない誓い。聞いてから斬らない。聞いてから、斬らずにすませたい。


 ツバサ丸が**『(ズーム)』を貼りに行き、リリアにぺり**と剥がされる。

 セレスが続く。


修道女セレス

――祝聴を運用へ。祝福は耳奥に開くために。


 市民代表(パン屋、港の若い衆、老婦人、学匠、子ども代表)が列を作る。

 UI矢印がミント色で滑らかに動線を示し、行列ダンスは一度も詰まらない。

 途中で押印ゴーレム“ハンコロス”がぱん・ぽん・どん・トンのコンボで副署名欄を整え、パンには押さない。えらくなった。


 最後尾でマルクが深呼吸――白印を見て、朱印を見て、白印を胸へ戻し、朱で小さく自分の名を入れた。


「意思で押した」


「前進です(二回目)」


 ちーん。

 リリアがフライパンで、短く穏やかに締める。


 ※※※


「――署名で針が戻る仕組み、v1.0へ移行」


 リリアが仕様書 v1.0を掲げる。表紙にはミント帯と共鳴木柱の図、角に**(汁)**のグラデ意匠。

 手書きダッシュボードが更新される。


朝鐘共同儀:常設


聴取庇護:常設(朝+前後一時)


祝聴式:採択


回覧印:地獄から定常へ(白印在庫:十分)


B.T.I.:教育ポスター常設(トイレは外で)


 広場の端で、記念屋台が新作Tシャツを掲げる。


前面:〈今日は話して、やめる〉

背面:フライパン家紋+共鳴木+ツバサ丸のミニ刺繍(クル)


「商いが早い」


「生活ですから」


 ※※※


 締めの挨拶。

 ラズヴァルドが一歩前に出る。声は大きくない。砂嵐なしで届く距離。


「剣で世界を止めるより、署名で針を戻す方が、むずかしい。

 だから今日、俺は謝る。沈黙に。

 そして頼む。朝の鐘を、耳のために鳴らし続けてくれ」


 ぱち……ぱちぱちぱち。一分だけ拍手。

 ちーんで収まる。


 フェリクスが続く。


「俺は、耳の勇者になる。

 “今は聞く”を積んで、いつか“聞ける”にする。

 ……剣より先に署名に手を伸ばすと、手が震える。

 でも、震えた手で押した印は、きれいだ」


 ツバサ丸が**『(名言)』を貼り、リリアがぺりと剥がして、その紙片を式次第(汁)の隅に意匠**として上貼り。

 突然オシャレになる(魔術ではない、生活)。


 ※※※


 式の裏手。

 アランが共鳴木の小ベルをからん。

 セレスが祝聴の巻を抱えて、教会の読書台に置く。

 マルクは白印の蓋をしっかり閉じ、胸ポケットにしまう。


「……想定外は想定内。今日は、朝が想定内になった」


「語の暴力が、少し優しくなった」


「努力の賜物」


 パン屋が承・可・了・白印クッキーを配り歩き、子どもたちは一分だけかじって、残りを袋にしまう。えらい。


 ※※※


「閉式の――ちーん」


 リリアが最後の針を落とす。

 ちーん。

 からん。(門)

 クル。(鳥)


 三拍子が空へ溶ける。

 遠くの大聖堂は静かだ。昨夜の鐘戦術は、今日は休むことを覚えたらしい。よし。


 広場の壁面に、手書きのポスターが重ねて貼られていく。


〈#耳の権利章典〉

〈#朝一分話そう〉

〈#ワン・ツー・おすわり→よし〉


 紙は風で揺れ、生活になる。


 ――その時、伝令が駆け込む。

 旅のコート、砂まみれ。地図の外から来た顔だ。


「至急! 他国より来信。“耳の事情”の照会と――“黒角の孤児”受け入れの相談!」


 広場がざわめく。

 ラズヴァルドが頷き、フェリクスが耳の空を確かめ、エルノアが祈り本を閉じ、リリアが新しい割り箸をホルスターに差す。


「次の仕様、作ります」


「根拠は?」


「希望の工学」


「はい出た」


 笑いがほどける。

 アランの木槌がこん、門の看板がからん、ツバサ丸がクル。

 世界は、耳で続く。


 剣は鞘に。

 署名で、針が、ゆっくり、戻り続ける。


(つづく)

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『倒されるのはいいけど、せめて話を聞いてくれ勇者よ』 てぃらみす @dokudoku777

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