第29話「鐘と耳――街じゅうの“ちーん”で上書きせよ」

 ――停戦十一日目・夜。首都とその外縁、そして魔王城までの空一帯。


 風が冷えている。

 遠く、大聖堂の鐘増幅器がごぉ……と喉を鳴らす。

 広場では手書きダッシュボードが掲げられ、参謀リリアが割り箸バトンを握って立つ。


夜網ノード:フライパン182/鍋ぶた74/木柱28/スリッパ**3(特例×3)


冷却ミント帯:導入17区(祈り+水)


合図:ちーん→からん→クル(三拍子)


注意:B.T.I.は家の外で反省


「本番行きます。窓辺ちーん隊, 門からん隊, 子ども拍手隊、チェック」


「ちーん!」「からん!」「ぱちぱちぱち!(一分だけ)」


「よし。ミント帯はエルノアが冷偏で維持。ツバサ丸は**#今鳴らしたの既読**管理」


 どすん。

 ツバサ丸が肩へ降り、水鏡に**『(中継ON)』『#今鳴らした』『(既読×999)』**を乱貼り。やかましい。


「飾り、ほどほどで」


「クル(了解)」


 アランが共鳴木柱に掌を当て、夜空を見上げる。


「木は聞く。今夜は枝回しで風を二重に。音を回して返す」


「職人ポエム、頼もしすぎる」


 ラズヴァルド(魔王)は喉を整え、勇者フェリクスは耳なしで胸に手を置く。

 エルノアがミント水を霧のように散らし、空気の温度がすうっと下がった。


 ――大聖堂の大鐘が、鳴った。


 ごぉおおおおん。


 地面がわずかに震え、胸骨に低音が刺さる。

 フェリクスの聖印がびりと疼き、命令が浮上する。


 ――耳を塞げ。剣を取れ。聞くな。


「来た。刻む」


 リリアの割り箸バトンがすっと上がり――ぽきっと折れた。


「初手で!?」


「予備割り箸!」


 ぽきっ。


「二本目で!?」


「鋼鉄スリッパ指揮に移行!」


 おばあちゃん(特例)が誇らしげに鋼鉄スリッパを差し出す。

 リリアはそれを指揮棒に持ち替え、ドゥンと空を切った。


「窓辺ちーん隊、入る!」


 ちーん、ちーん、ちーん――

 通りの窓辺が一斉に鳴り、揺れる灯りが拍を作る。


「門からん隊、応答!」


 からん、からん、からん――

 門の木札が風に合わせて揺れ、共鳴木が細く呼応する。


「子ども拍手隊、間を埋める! 一分だけ!」


 ぱちぱちぱち――ちょっとだけ、そして止まる(えらい)。


 ツバサ丸が**『(全域同期)』『(ミント帯ON)』を貼る。

 エルノアは祈りを冷偏で重ね、ミント帯の冷却周波数へ誘導。

 大鐘の低音の赤が、少しずつミント色**に引かれていく。


「スリッパはミュートでカスタネット!」


「カン!」


「かわいい!」


 ごぉおおおん。(大鐘)

 ちーん・からん・ぱち(街)

 クル(鳥)


 波が重なる。

 フェリクスの胸の聖印が熱→ぬる→ひやっの順で落ち、命令の声がAMラジオみたいに遠のく。


「……遠い。今夜は、命令が遠い」


「冷却ミント帯、効いてます。続行」


 ※※※


 ――大聖堂・鐘楼操作室。

 増幅器の針がぶるぶる震え、操作係が顔をしかめる。


「周波数、変調されて……? 冷える……」


 棚の灼熱インクは翡翠色に冷え、ラベルは祝聴。

 セレスが祈り本を広げ、“称号再聴”の項目に白印をぽん。


「再生ではなく再聴。聞いてから決める」


 祭文を司る神官が戸惑い、「在室/祈り中/回覧印中」の札を混乱スライドさせる。

 回覧印中にすると誰も来ない。祈り中にすると祈りが増える。面白い。


「回覧印は人を動かす。今は祈りを増やして」


「了解……祈り中……(カチ)」


 ※※※


 ――街角。

 リリアの鋼鉄スリッパ指揮が火を噴く。

 ドゥン(上)→すっ(下)→ぐるん(巻き)で窓辺ちーん隊と門からん隊が掛け合いを始める。


「ちーん隊!」「からん隊!」「ちーん!」「からん!」


 鍋ぶたはシャーンと高音で隙間を埋め、スリッパはカンでアクセント。

ツバサ丸が空撮に**『(いま鳴らした)』『(こっちも鳴った)』『(スリッパOK)』をぺたぺた。

 ラズヴァルドは“ひと呼吸遅らせ”の指で拍のズレを整え、アランは路地の共鳴木に枝**を一本足して風の道を回す。


「木は聞く。夜は枝で回す」


「職人ポエム、夜景に映える」


 ごぉおおおん(大鐘・増幅)

 ちーんちーん(窓)/からんからん(門)/シャーン(鍋)/カン(スリッパ)

 ぱち(子)/クル(鳥)


 音は層になり、街の形を描いていく。

 フェリクスの胸で、聖印がじゅ……と冷え、外部命令が表面からスベる。


「……俺の耳は、俺が。

 ――聞く」


 短い宣言。

 ツバサ丸が**『(名言)』**を貼り、エルノアがミント水をひと噴き。

 赤→ミントのグラデが、夜空の線に広がる。


 ※※※


 第三魔族対策部・マルク=ベロナは、ヘルメットを抱えながら、矢印の端で立ち尽くしていた。

 資料は正位置。えらい。


「これは……想定外を……想定内に……(自己暗示)」


「マルク、白印持って」


 セレスが手渡す。

 マルクは一瞬ためらい――大聖堂へ届けられる“称号再聴・試聴会様式”の余白に、ぽん。


「……押した。意思で」


「前進です」


 リリアが鋼鉄スリッパをくるりと回し、テンポをわずかに上げる。


「冷却周波数、一点上げ! 窓――ちーん! 門――からん!」


 街じゅうのベランダと門柱が、星座のように明滅して応じる。

 朝鐘ネットβで得た遅延補正が生き、広域が呼吸二で揃う。


「レイテンシ、呼吸1.9。有意差あり」


「数式の言い方なのに生活」


「生活魔術です」


 ※※※


 ――鐘楼。

 増幅器の針がきゅうと沈む。

 「冷え……て……きた……?」

 祈りの香は過呼吸除けに変わり、祭文の末尾は**“耳を開かれんことを”**で摺られていく。


「剥奪の句は再聴へ読み替え。……通ってます」


「生活が儀式を上書きしてる」


「言い方!」


 ※※※


 ――広場。

 フェリクスが拍で胸を押さえ、ワン・ツー・おすわり→よしを自分で回す。

 ラズヴァルドが隣で遮らない。

 エルノアが冷偏、リリアがスリッパ指揮、アランが枝回し、ツバサ丸が既読を量産。


 ごぉお……(大鐘、わずかに息切れ)

 ちーん(街の拍、ぶれない)


「――上書き、成立」


 リリアが低く言う。

 手書きダッシュボードの端に、小さなグラフが描かれた。

 鐘波(赤)と耳波(ミント)。交差点で、ミントが上。


聖印体感温度:−4.0℃


外部命令受信:雑音以下


市民参加:#今鳴らした投稿4,102


スリッパ運用:ミュート/カスタネット良好


「朝じゃないのに、聞ける。……夜でも」


 フェリクスが静かに笑い、胸からそっと手を離す。

 空の耳に、何もない。

 何もないが、聞こえる。


「勇者、耳の勇者」


「言うな、照れる」


 ツバサ丸が**『(てれる)』**を貼って逃げた。早い。


 ※※※


 音が落ち着く。

 大聖堂の大鐘は、ご……と残響を残し、今夜のぶんを諦めた。

 街の窓辺は、一分だけ遅れてちーんを締める。

 門はからんと最後の揺れ。

 子どもは一分だけ拍手をして、まっすぐ眠りに行く。えらい。


「夜網、初勝利。朝へ繋ぎます」


 リリアが鋼鉄スリッパを返し、折れた割り箸をそっと拾って懐にしまう。


「記念に?」


「生活の仕様変更ログです」


「出たな最近よく出るやつ」


 アランが共鳴木の小ベルをからん。

 ラズヴァルドがフェリクスと目を合わせ、短く。


「イーブンだな」


「イーブンだ」


 マルクが白印を胸ポケットに入れ、深呼吸して言う。


「……署名式の式次第、一枠足りない」


「木の余白で満たします」


「最強か」


「事実です」


 エルノアが手帳を閉じる。


「明日――“剣ではなく署名で針が戻る日”」


「根拠は?」


「希望の工学」


「はい出た」


 笑いがほどけ、夜気がやさしく背中を押す。

 ツバサ丸が肩でクルと鳴き、最後に**『(了解)』**を貼った。


 ちーん。

 からん。

クル。


 世界は、耳で揃った。

 あとは、手で――署名するだけだ。


(つづく)

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